Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
症例報告
ベンラファキシンを投与した結果,抑うつ症状と神経障害性疼痛の改善を認めた肺がんの骨転移症例
寺田 忠徳北村 典章中西 司
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11 巻 (2016) 4 号 p. 553-557

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Abstract

【緒言】ベンラファキシンを投与した結果,抑うつ症状や神経障害性疼痛の改善を認めた肺がんの骨転移の症例を経験した.【症例】84歳,女性.肺がんの右大腿骨転移による骨折で当科に転院した.転院時より疼痛並びに抑うつ状態を認めた.オキシコドン徐放剤を増量したが,骨痛,神経障害性疼痛の残存を認めた.さらに抑うつ状態は続いた.ベンラファキシンを投与し,抑うつ状態,骨痛,神経障害性疼痛が改善した.【考察】ベンラファキシンは低用量では主にセロトニン系に,高用量ではセロトニン系とともにノルアドレナリン系の作用が強まるというデュアルアクションを特徴としている.低用量で抑うつ状態の改善を認め,高用量で骨痛,神経障害性疼痛の軽減を認めた.本邦ではがん患者のみならず,抑うつ患者でもベンラファキシンを投与した報告例がまだ認められていない.ベンラファキシンは患者,家族に恩恵がある薬剤であることが本症例から示唆された.

緒言

終末期がん患者の多くは痛みや,抑うつ状態などの様々な症状を呈する.その中でがん疼痛患者の神経障害性疼痛の対応に難渋すること1)がある.さらに3人に1人以上のがん患者が臨床的介入を要する病的な抑うつ状態を呈していることが示されており2),適切な介入が必須である.われわれは,終末期の抑うつ状態や肺がんの転移に起因した右大腿骨頸部骨折による骨痛,神経障害性疼痛に対し,新規抗うつ薬のベンラファキシンを使用することで良好にコントロールできた症例を経験したので報告する.本稿では,個人が特定できないように内容の記述に倫理的配慮を行った.

症例提示

【症 例】84歳,女性

【主 訴】大腿骨の痛み,呼吸苦,胸痛

【現病歴】2014年12月にA病院で右肺がんに対し右肺上葉切除,縦隔胸膜合併切除,リンパ節廓清が施行された.約1年後に両側縦隔リンパ節転移,左下葉に6 mmの転移巣,さらに右大腿骨頭部に4 cm大の骨転移,第8~10胸椎転移を認めた.右大腿骨骨折の予防目的のため,右大腿骨の手術がA病院整形外科より勧められたが患者,家族が希望されず保存的に診ていた.2016年5月に自宅で転倒し,A病院に救急搬送され,右大腿骨頸部骨折と診断された.全身状態が不良であったため手術は困難と判断された.

再度前医整形外科医師より,手術施行と保存的加療についてベネフィットとリスクを詳細に説明された.患者,家族ともに手術は希望されず,保存的加療を希望された.その後,疼痛緩和や心理的サポート目的にA病院から当科に転院となった.

【経 過】入院前はジクロフェナク25 mgを1日3回投与されたが疼痛はNRS(Numerical Rating Scale)で9/10の状態であり,患者から“もう死にたい,痛すぎる”等との発言が続いており,夜間も疼痛に堪えられず大声を上げている状態であった.入院後,疼痛緩和目的でオキシコドン徐放剤を開始した.40 mg/日から開始し,3日間で80 mg/日まで増量し,NRSは体動時が5〜6/10程度,安静時は3〜4/10程度まで落ち着いた.入院後よりジクロフェナクからセレコキシブ200 mg/日の定期投与に変更し,ベタメタゾン2 mg/日の内服投与を開始した.レスキュー剤はオキシコドン速放剤を10 mgに設定した.その後入院6日目よりNRSは2/10程度,体動時は4/10程度まで軽減した.オキシコドン速放剤を1日3回程度服用していた.オキシコドン徐放剤を入院9日目より120 mg/日に増量しNRSは安静時1/10程度,体動時は3/10程度まで落ち着いた.体動時は大腿骨頸部骨折による骨膜損傷による骨痛,並びに突発的に大腿神経領域に電気が走るような刺す痛みやびりびりする痛みが出現した.Pain DETECT日本語版3)に基づき神経障害性疼痛と診断した.リハビリテーションは開始30分前にオキシコドン速放剤を10 mg服用して施行した.

一方で入院時より抑うつ気分,興味と喜びの喪失,易疲労感,並びに集中力と注意力の減退,罪責感,将来に対する希望のない悲観的な見方が認められ,気持ちのつらさの寒暖計4)で7/10であった.精神的支持療法を継続したが改善せず,薬物療法の強化が必要と判断した.入院後7日目からベンラファキシンを37.5 mg/日から開始し,1週間ごとに悪心・嘔吐などの消化器症状や血圧の状態をみながら,75 mg/日,112.5 mg/日,150 mg/日,187.5 mg/日まで増量した.75 mg/日投与後より笑顔がみられるようになり体動時の疼痛がNRSで2/10程度,つらさは3/10まで軽減した.さらに150 mgまで増量したところつらさは1/10まで低下した.疼痛に関しても150 mg/日の時点で安静時痛は0/10まで軽減した.体動時の骨痛,神経障害性疼痛もNRSで1/10程度まで軽減した.この時点でリハビリテーション開始前のオキシコドン速放剤の服用を中止した.中止後も体動時の疼痛は変わらなかった.

ベンラファキシンを投与する前より抑うつ気分がなくなり,笑顔や喜びが認められ,易疲労感がなくなり,集中力や注意力が高まり,罪責感,将来に対する希望の言葉を述べられるようになった.明らかに抑うつ状態の改善を認め,オキシコドン製剤やセレコキシブ,ベタメタゾンでは抑えられなかった体動時の骨痛,神経障害性疼痛が減少した.ベッド上ではあるがリハビリテーションが継続可能であった.なお前医より局所固定までの安静は行っておらず,当科においても局所固定までは行わなかった.

その後家族の希望で入院後53日目に息子の職場の近隣の病院に転院した.

症例の経過を図1に示す.

図1 症例の経過

考察

がんの終末期患者において,抑うつ状態をきたすこと2)がある.さらに神経障害性疼痛をきたす頻度1)も高く,症状緩和に難渋することも多い.神経障害性疼痛においてデュロキセチンやプレガバリンが効果を認めるという報告5)や,多施設共同大規模試験の成績から,オキシコドン製剤が神経障害性疼痛に鎮痛効果が期待できると報告6)もある.今回の症例は当科に転院となるまでオピオイドナイーブであった.

WHO方式がん疼痛治療法に基づき経口投与から開始した.オピオイドは,オキシコドン徐放剤と速放剤を選択し,疼痛緩和に努めた.一方でオピオイドのみでは緩和できない疼痛が存在することがあり,さらに抑うつ状態の改善は緩和医療において必須である.抗うつ薬や鎮痛補助薬の投与や精神的支持療法,リハビリテーションなどを組み合わせて改善に努める必要がある.初日からリハビリテーションや精神的支持療法を毎日複数のスタッフで行った.そのうえで軽減できない抑うつ状態や神経障害性疼痛に対してさらなる薬物療法の強化を行った.

今回ベンラファキシンを抑うつ状態の改善並びに神経障害性疼痛のさらなる軽減目的として投与した.ベンラファキシンは神経伝達物質であるセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害剤として,1981年に米国ワイス社で開発され,諸外国では大うつ病性障害などの治療薬として浸透しており,数多くの患者に処方されている7).一方本邦では保険収載となったのが2015年12月と日が浅い.薬理作用は低用量では主にセロトニン系に,高用量ではセロトニン系とともにノルアドレナリン系の作用が強まるというデュアルアクションを特徴としている8).抗うつ作用はデュロキセチンより高い9).さらにデュロキセチンと同様ベンラファキシンは神経障害性疼痛に対して第一選択薬10)となっている.

デュロキセチンは20 mg/日から開始し60 mg/日までの3段階の調整が保険適応範囲内で投与可能である.一方ベンラファキシンは37.5 mg/日から開始し,225 mg/日まで6段階の調整が保険適応範囲内で投与可能である.つまりベンラファキシンの方が終末期の患者の全身状態や,予後との兼ね合いに合わせたきめ細かな調整が可能である.よってベンラファキシンを選択した.さらに今回はオキシコドン速放剤で一定の骨痛,神経障害性疼痛のコントロールができていた.今回の症例では最初に抑うつ状態の改善を目標とした.そのうえでベンラファキシンの増量が可能であれば骨痛,神経障害性疼痛の軽減を期待した.

実際今回の症例では低用量から開始し,75 mg/日まで増量したあたりで抗うつ状態の改善を認めた.さらに150 mg/日以上に増量することで右大腿神経痛領域の神経障害性疼痛の訴えが軽減し,効果を認めた.その理由はノルアドレナリンの作用効果がより多く出現し,骨痛や神経障害性疼痛の軽減につながったと考えられた.

ベンラファキシンを投与していたうつ病患者はプラセボを投与していた患者に比べ,有意に血圧の上昇を認めたという報告11)がある.さらに血圧の上昇は用量依存性であった11).機序はノルアドレナリンの作用が強く出現するためである.抗うつ薬の一般的な副作用である消化器症状に加えて,高用量投与する場合は,高血圧の既往がある患者や高齢者への投与は留意すべきである.今回の症例では収縮期血圧160 mmHg以上の高血圧をきたすことはなかった.

今回のうつ状態の判断並びに評価は数多くある診断基準の中で,ICD-1012)を基に行った.一方抑うつの診断には精神科専門医の介入が必要であり,精神科専門医の視点からの抑うつ改善の評価が必要である.今回前医でも当科でも精神科専門医の介入は行っていなかった.介入があればより専門性の高いうつ状態の治療を行うことができた可能性がある.深く反省し,今後の課題としたい.

本邦ではベンラファキシンはうつ病にのみ保険適応があり,神経障害性疼痛をはじめとした疼痛に対して保険適応がない.今後の課題である.

著者らが調べたかぎり,本邦でがん患者に対して,抗うつ作用や疼痛目的にベンラファキシンを投与した報告例は認めらなかった.さらに慢性疼痛を含めた神経障害性疼痛に対してベンラファキシンを投与した報告例も認めなかった.さらにうつ病患者に対しての報告例も認めなかった.本邦でも症例を重ねてエビデンスを構築していく必要性がある.

結論

本症例においてベンラファキシンは,がん患者の終末期における抑うつ状態の改善や神経障害性疼痛の軽減を認めた.患者,家族にとって恩恵のある薬剤と示唆された.

References
 
© 2016日本緩和医療学会
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