Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
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原著
遺族による終末期高齢患者の介護体験評価:認知症併存の有無での比較と関連要因
佐藤 一樹芹澤 未有宮下 光令木下 寛也
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電子付録

2017 年 12 巻 1 号 p. 159-168

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Abstract

【目的】終末期高齢者の介護体験の遺族評価を認知症併存の有無で比較し,関連要因を調べた.【方法】65歳以上のがん・心疾患・脳血管疾患・肺炎による死亡者の遺族を対象にインターネット調査を行った.終末期の介護体験はCaregiver Consequence Inventoryにより評価した.【結果】認知症併存群163名,非併存群224名の有効回答を得た.終末期の介護体験評価は,介護負担感,介護達成感,介護後の成長感の全ドメインで認知症併存の有無で有意差はなかった.認知症併存群での多変量解析の結果,患者に配偶者がなく,家族が頻回に付き添い,精神的健康状態が良好であると有意に介護達成感が高く,患者が高齢で,配偶者がなく,医師と患者が終末期について話し合い,家族に治療の希望があると介護を通した成長感は有意に高かった.【結論】終末期高齢者の介護体験評価は認知症併存の有無で同程度であった.

緒言

わが国では高齢者人口が増加していることに伴い,認知症患者が増加している.65歳以上における認知症有病者数は462万人,有病率は15%と推定され,将来的に増加傾向が推測されている1).直接死因としてアルツハイマー病または血管性および詳細不明の認知症と死亡診断書に記載される割合は1.4%に過ぎないが2),認知症を併存する高齢終末期患者は今後増加が見込まれる.在宅医療・介護の整備が推進されているとはいえ,家族をはじめとする身近な存在が介護者となり介護の提供者となる可能性は高い.誰もが関わる可能性のある身近な病気であり,介護者の身体的・精神的な負担の軽減や生活と介護の両立を支援する必要がある3)

認知症は認知機能の低下に加えて,行動・心理症状(BPSD)が生じるため介護負担が高く,認知症でない家族の介護より様々な困難を抱えやすい4).認知症介護者の介護負担感の関連要因は数多く研究され,システマティック・レビューにより,患者に関する要因として行動・心理,疾患,患者背景,家族介護者に関する要因として介護者背景,心理的状態,介護が示されている5).また,介護による介護者への影響として負担感だけでなく,介護を通した介護者自身の成長(post-traumatic growth)などといった肯定的側面も重要である68).しかし,認知症終末期を対象とした介護体験の研究はまだ少ない9)

以上より,本研究では,高齢終末期患者の介護体験を肯定的側面と負担感の両側面から遺族により評価し,(1)介護体験評価を認知症併存の有無で比較すること,(2)介護体験評価の関連要因を認知症併存の有無別に明らかにすることを目的とした.

方法

1 対象

調査時点で1年以内にがん・心不全・脳卒中・肺炎のため家族と死別した遺族約400名を死因の偏りが少ないように対象を抽出した.対象の抽出はインターネット調査会社の登録モニターから行った.本研究では有効回答より65歳未満の患者を対象から除外した.

2 調査手順

インターネットを使用した質問紙調査を2013年11月~2014年8月に行った.調査会社((株)プラメド)が対象者の抽出と調査を行い,完全匿名化して調査データを作成した.東北大学大学院医学系研究科・医学部倫理委員会の承認を受けて実施した(受付番号:2013-1-411).

本研究は「がん患者医療情報の高度活用による終末期医療・在宅医療の全国実態調査に関する研究」班の分担研究として助成を受け,大規模遺族調査のパイロット調査として実施した.調査の主目的は,遺族による終末期医療の質の評価指標の信頼性・妥当性の検証と死亡小票を利用したがん患者遺族に対する終末期医療・在宅医療の実態調査に用いる調査票の開発であった.本論文はパイロット調査の副次的分析の結果であり,終末期高齢者の望ましい死の達成の認知症併存の有無での比較と関連要因の分析は別論文にまとめた10)

3 項目

認知症について,認知症と診断された,または認知症による中等度以上の生活の障害があった,のどちらかに当てはまった回答を操作的に認知症併存群と定義した.認知症による中等度以上の生活の障害の有無は「患者さまが認知症のために,介助なしで適切な洋服を選んで着ることができない,入浴させるためになだめすかして説得することが必要なこともある,といったことはありましたか」のように尋ねた.これはFunctional Assessment Stages(FAST)で中等度の認知機能低下に該当する9).認知症であっても診断されていない可能性を考慮し,家族介護者でも認知症を評価できるよう生活の障害も尋ねた.

終末期の介護体験の評価は,がん患者の遺族を対象に開発され,信頼性・妥当性が確認された評価尺度Caregiving Consequence Inventory (CCI)を用いた11).CCIはがん患者遺族を対象に開発された評価尺度であるため,本研究の分析に先立ち,非がん患者遺族を含めた終末期介護体験評価尺度に改訂したCCI version 2を開発した12).CCI version 2は十分な信頼性と妥当性を有する.「負担感」「達成感」「他者への感謝」「人生の意味と目的」「優先順位の再構成」「統制感」の6ドメイン19項目から構成され,「1.全くそう思わない」~「7.とてもそう思う」の7件法で評価する.各ドメインの平均点を算出するほか,「他者への感謝」「人生の意味と目的」「優先順位の再構成」「統制感」の4ドメインの平均点を算出して「介護を通した成長感」の得点を算出できる.

患者背景として,年齢,性別,死因,信仰する宗教,婚姻状況,子,医療費,日常生活に介助が必要だった期間,意識が低下していた期間,死亡場所を尋ねた.

家族介護者背景として,年齢,性別,続柄,介護関与度,付き添い頻度,副介護者,身体的健康状態,精神的健康状態,サーシャルサポート(周囲の人は話を聞いてくれた,いたわりを示してくれた),信仰する宗教,お参りの頻度,就労状況,現在の抑うつを尋ねた.抑うつは大うつ病障害のスクリーニングツールであるThe Patient Health Questionnaire-2 (PHQ-2)を用いた13).PHQ-2は2項目からなり,合計点(範囲0〜6点)が3点以上の場合に「大うつ病性障害」とスクリーニングする.

終末期に関する意思決定として,話し合い,病状認識,終末期医療の希望を尋ねた.終末期に関する話し合いは,医師-患者間と家族-患者間の話し合いを尋ねた.病状認識は,患者と家族の病状認識の希望と実際,患者の予後認識を尋ねた.終末期医療の希望は,患者と家族の治療と死亡場所の希望を尋ねた.これらは米国での進行がん患者対象のコホート研究の項目と同様である14)

4 解析

各項目について認知症併存群と非併存群別に記述統計量を算出し,t検定またはFisherの正確確率検定により群間差を検討した.次に,CCIのドメイン得点の関連要因の分析を認知症併存群と非認知症併存群のそれぞれのサブグループごとに行った.単変量解析はt検定または分散分析により行った.多変量解析は,家族介護者の年齢・性別(強制投入)と単変量解析でp<0.10となった項目を用いて重回帰分析を行い,変数減少法により変数選択を行った.

統計解析ソフトはSAS 9.4日本語版(SAS Institute)を用い,有意水準は両側5%に設定した.

結果

有効回答数417名のうち65歳以上の回答387名を対象とした.387名のうち,認知症併存群は163名(うち,認知症の診断ありが98名,FAST中等度以上が146名),非認知症併存群は224名であった.

患者背景,介護者背景,終末期に関する意思決定を表1に示す.認知症併存群と非併存群で有意差がみられた項目は,患者背景では年齢,死因,介護必要期間,意識低下期間,家族介護者背景では続柄,介護関与度,精神的健康状態,終末期に関する意思決定では家族-患者間の終末期に関する話し合い,患者・家族の病状認識の希望,患者の病状認識,患者の予後認識,患者の終末期の治療の希望に有意差がみられた.

表1 対象者背景

遺族による終末期介護体験の評価の認知症併存の有無での比較を表2に示す.介護負担感(認知症併存群5.24 ±1.12,非認知症併存群5.32±1.24, p=0.487),介護達成感(4.53±1.06, 4.59±1.29, p=0.627),介護を通した成長感(4.94±0.93, 5.00±1.04, p=0.523)のいずれも認知症併存の有無で有意差はみられなかった.

表2 終末期の介護体験評価の比較

介護負担感の関連要因の分析結果を単変量解析は付録表1~3に,多変量解析は表3に示す.認知症併存ありのサブグループでは,患者の信仰する宗教があり,医療費を遺族が把握してなく,家族介護者の精神的健康状態がよく,周りの人が話を聞いてくれたことが,介護負担感を軽減する独立した関連要因であった(決定係数0.11).認知症併存なしのサブグループでは,家族介護者の精神的健康状態がよく,周りの人がいたわりや思いやりを示し,遺族が抑うつ状態でないことが介護負担感を軽減する独立した関連要因であった(決定係数0.13).

表3 終末期の介護体験評価の関連要因:介護負担感(多変量解析)

介護達成感の関連要因の分析結果を単変量解析は付録表1~3に,多変量解析は表4に示す.認知症併存ありのサブグループでは,患者の配偶者がなく,家族介護者の付き添い頻度が多いことが介護達成感の独立した関連要因であった(決定係数0.29).認知症併存なしのサブグループでは,家族介護者の付き添い頻度が多く,身体的健康状態がよいことが介護達成感の独立した関連要因であった(決定係数0.06).

表4 終末期の介護体験評価の関連要因:介護達成感(多変量解析)

介護を通した成長感の関連要因の分析結果を単変量解析は付録表1~3に,多変量解析は表5に示す.認知症併存ありのサブグループでは,医師-患者間の終末期に関する話し合いがあることが介護を通した成長感の独立した関連要因であった(決定係数0.25).認知症併存なしのサブグループでは,家族介護者に信仰する宗教があること,遺族が抑うつ状態でないこと,家族の死亡場所の希望があることが介護を通した成長感の独立した関連要因であった(決定係数0.17).

表5 終末期の介護体験評価の関連要因:介護を通した成長感(多変量解析)

考察

本研究の主たる知見の第1は,遺族による高齢終末期患者の介護体験の評価が肯定的・否定的の両側面ともに認知症併存の有無で統計的に差がなかったことである.効果量の絶対値は0.16以下であり,臨床的にも差はみられなかった.認知症はがんや内臓疾患などの他の疾患と比較してADL(日常生活自立度)はより早期から低下し,介護が必要となる期間は長期間である15).介護者の支援ニードは,認知症の診断後早期から進行し終末期に移行するにしたがって増加する4,16).しかし,認知症終末期の介護者のニードは,介護者の身体・心理的な支援,情報提供と意思決定の支援,患者のADLの支援があげられ4),認知症に特有な要素とはいえない.終末期の身体機能や意識レベルの低下のためBPSDがみられなくなり,認知症特有の介護負担の要因が減少するのかもしれない.介護は長期間であっても,もっとも支援ニードの高い「終末期」に限定した介護の負担感は認知症併存の有無にかかわらず同程度であったのであろう.

本研究の主たる知見の第2は,遺族による高齢終末期患者の介護体験の高齢終末期患者の介護体験の負担感,達成感,成長感の3側面の評価それぞれの関連要因を認知症併存の有無のサブグループ別に明らかにしたことである.認知症非併存群では3側面とも多変量解析の決定係数が小さく,認知症併存群での関連要因を中心に考察する.

終末期の介護の負担感には,認知症併存の有無で共通した要因が独立して関連した.つまり,終末期に介護者がソーシャルサポートを受け,精神的に安定して介護できるほど介護負担感が低かった.介護者の精神的な健康状態(不安,抑うつ)や社会的な孤独感,対処行動が介護負担感と関連することがレビューにより示されており,本研究で明らかにした終末期の介護負担の関連要因と同様の結果となった17).介護者を取り巻く人間関係を把握し,介護者は適切にソーシャルサポートを受け精神的に落ち着いて過ごせているかをアセスメントすることが終末期の家族ケアの要素として重要であることが示された.ただし,いずれも決定係数は小さく,本研究で未検討の要因の影響が大きいことが示唆された.

終末期の介護の達成感には,認知症併存群では患者に配偶者がない,家族介護者の頻回な付き添い,精神的な健康状態が良好であるこが有意に関連した.介護頻度が多いことは介護負担感の要因であることがレビューにより示されている17).しかし,終末期の介護体験に限定すると介護の頻度が多いことは負担感にはつながらず,むしろ「できるだけのことはできた」「看てあげられてよかった」「患者の支えとなれた」といった達成感に関連する肯定的な要素となっていた.また,本研究の回答者は患者の子の世代がほとんどであった.患者が高齢で配偶者がいなれば,子である家族介護者は認知症の早期から長期間介護に主体的に関わる必要がある.介護の頻度や長さといった時間的な量が達成感に関連する可能性が示唆された.

終末期の介護を体験したことでの成長感の関連要因は,認知症併存の有無で異なった.認知症併存の場合は,患者が高齢で,配偶者がなく,医師と患者が終末期について話し合い,家族に治療の希望があることが関連し,認知症を併存していない場合は介護者の精神面に関する要因と死亡場所の希望が関連した.精神的な健康でないと成長感のいう肯定的側面を感じられないことは自然であるが,認知症の併存の有無で関連要因が異なった理由はわからない.また,意思決定に関する項目では,認知症の併存の有無で共通して,家族介護者に終末期に関する希望がある場合に成長感に関連し,家族の終末期の医療や療養場所に関する希望があいまいであると成長感が低かった.終末期の意思決定という人生の中でも重大な決断を主体的に経験することで,他者への感謝の気持ちが強くなり,人生の意味や目的が明確となり,人生での優先順位が整理され,困難を乗り越える自信を身につく,といった介護体験を通した成長感がより得られるのかもしれない.終末期の意思決定の援助は,副次的に家族介護者の精神的な成長の一助となっている可能性が示唆された.

本研究の限界は,第1に,認知症の操作的定義が医学的な認知症の診断と一致しない可能性である.遺族調査で用いる認知症のスクリーニング尺度はないため,認知症終末期の研究者と協議し,医学的な知識を必要としない日常生活の評価が回答しやすいと考えFASTを本研究では選択した.しかし,死亡高齢者の約40%が認知症併存群に分類され,認知症でない者が多く含まれてしまい,結果に影響を与えたと考えられる.第2に,調査方法がインターネット調査であり,対象がインターネットを利用する人に限定されたことによるサンプリングバイアスである.第3に,終末期の介護体験の評価尺度として用いたCCIは認知症の介護体験の評価尺度ではないため,認知症に特有の要素を評価できていない可能性がある.

結論

本研究はインターネットを使用した質問紙調査により高齢終末期患者の介護体験を肯定的側面と負担感の両側面から評価し,関連要因を検討した.終末期介護体験の評価は認知症併存の有無で違いはみられなかった.介護者がソーシャルサポートを受け,精神的に安定して介護できることで終末期の介護負担感は減少することが示唆された.家族介護者が患者と時間的に十分に関わることができ,家族介護者に対する意思決定支援により介護アウトカムに肯定的な影響を与える可能性が示唆された.

References
 
© 2017日本緩和医療学会
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