Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
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症例報告
終末期がん患者の難治性疼痛に対し,リドカイン持続静脈内投与が著効した1例
中堀 亮一下稲葉 順一吉田 晋下稲葉 康之
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2017 年 12 巻 2 号 p. 521-525

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Abstract

【緒言】リドカインは末梢神経に対し興奮抑制作用を示すことで鎮痛効果を発揮する.とくに神経障害性疼痛を主体とした難治性疼痛やモルヒネ不耐症に対する疼痛マネジメントにおいて有効である.【症例】51歳,女性.終末期の食道がんに起因する難治性疼痛が持続し,オピオイド増量による効果も乏しく,副作用の出現が目立っていた.疼痛に対しリドカイン持続静脈内投与を開始(150 mg/日)したところ,徐々に疼痛は軽減しオピオイドも減量することが可能となった.リドカインによる副作用はみられなかった.【結論】終末期の難治性疼痛およびモルヒネ不耐性を示す患者に対するリドカイン持続静脈内投与は,疼痛マネジメントとして有効であることが示唆された.

緒言

がん疼痛は体性痛,内臓痛,神経障害性疼痛に分類されるが,神経障害性疼痛は腫瘍の神経浸潤によって生じ,しばしばモルヒネなどのオピオイドに抵抗性で難治性である1)).このオピオイド抵抗性の難治性疼痛は進行がん患者の約10~20%に出現し2),オピオイド増量のみでは鎮痛効果が不十分となり,抗うつ剤や抗不安薬,抗痙攣剤,抗不整脈薬などの鎮痛補助薬の併用や神経ブロックが必要となる3).またオピオイドの副作用のために減量が必要な,いわゆるモルヒネ不耐症例に対しても,鎮痛補助薬をはじめとする各種の薬剤との併用が必要とされる.

リドカインは心筋の膜安定化作用を示すとともに,末梢神経に対して興奮抑制作用を示すことで鎮痛効果を持つとされる4).今回われわれは,切除不能な食道がんにおける神経障害性疼痛およびモルヒネ不耐性に対しリドカイン持続静脈内投与が著効した1例を経験したので報告する.

症例提示

【症 例】51歳,女性

【現病歴】2015年9月頸部腫瘤および頸部痛を自覚した.精査の結果,頸部─胸部食道がんの診断(T4N3M1, Stage IVb, SqCC)に至った.同時に肺転移を認め,化学放射線療法の方針となった.フルオロウラシル+シスプラチン併用療法(5-FU+CDDP)および放射線治療(40 Gy/20 Fr)を行うも,肺転移は増大傾向を示した.追加の化学療法としてドセタキセル療法(weekly-DOC)を2コース行い,さらに照射野を縮小した放射線治療(30 Gy/15 Fr)を継続したが,多発肝転移・骨転移を認め,放射線治療は中止となった(total 62 Gy/31 Fr).化学療法を追加で行う方針となりネダプラチン+ドセタキセル併用療法(CDGP+DOC)を投与するも,その後のCT検査にて肺転移の増悪を認めたため中止となった.食道の通過障害も顕著に増悪したため,その後は抗がん剤治療を終了する方針となり当院へ紹介となった.

【既往歴】特記すべき事項なし

【血液検査】Alb 2.7 g/dl, AST 25 U/l, ALT 41 U/l, LDH 284 U/l, ALP 864 U/l, ChE 226 U/l, BUN 18.7 mg/dl, Cr 0.50 mg/dl, Na 134 mEq/l, K 4.6 mEq/l, 補正Ca 11.5 mEq/l, CRP 18.2 mg/dl, WBC 23100/μl, Hb 8.3 g/dl, Plt 36.6万/μl

【PET-CT検査所見】頸部~胸部食道に高度集積を伴う腫瘤(SUVmax=17.32)を認める(図1).甲状腺左葉や気管,左総頸動静脈へ浸潤しており,両側頸部,鎖骨上リンパ節と一塊となっている.縦隔リンパ節にも集積を認める(SUVmax=8.89).

図1 PET-CT検査

頸部~胸部食道に高度集積を伴う腫瘤を認める.

【CT検査所見】右第3肋骨,第12胸椎,第3,5腰椎に溶骨性変化および肝転移を認めた(図2).

図2 腹部CT検査

第3腰椎の溶骨性変化および肝転移を認める.

【入院後経過】入院時,両側胸部から両肩にかけて強い疼痛を認めた.入院前は前医にてプレガバリン150 mg/日,フェンタニル貼付剤8 mg/日,モルヒネ塩酸塩注射液192 mg/日(持続静脈内投与),アセトアミノフェン2000 mg/日,フルルビプロフェン100 mg/日が投与され,疼痛時のレスキュードース(モルヒネ塩酸塩注射液:早送り1時間分/回)が平均13回/日使用されていた.また悪心や上腹部不快感が持続し,不穏や不安感の強い状況が続いていた.NRS(Numerical Rating Scale)は9/10であり,「もう痛い,死にたい」等の発言や,時間を問わず突然大きな声をあげて疼痛を訴えることがみられていた.また両肩の痛みから側臥位をとることが難しかったが,仰臥位になると呼吸困難感が出現する状況であった.

PET-CT検査およびCT検査にて認めていた肋骨,胸椎,腰椎の広範囲の多発骨転移による疼痛や椎体症候群,頸部食道の腫瘤による鎖骨上神経,腕神経叢圧迫および微小管脱重合阻害薬(ドセタキセル)による化学療法に起因する神経障害性疼痛,そしてモルヒネ不耐性による強い悪心や上腹部違和感,また強度の不安から生ずる精神症状と判断し,これ以上のオピオイド増量ではコントロール不能と考え,ベンゾジアゼピン系抗不安薬投与および入院日よりリドカインの持続静脈内投与を開始した.

まずリドカイン150 mg/日(=2.8 μg/kg/分)から開始したところ,開始翌日には痛みを訴える回数は6回/日に減少し,血中濃度が0.8 μg/mlであることを確認した後,開始4日目に200 mg/日(=3.7 μg/kg/分)へ増量した.同時にフェンタニル貼付剤4 mg,モルヒネ塩酸塩注射液96 mg/日とし,以降,悪心や上腹部違和感は徐々に軽減していった(図3).入院10日目以降,NRSは4~5/10,痛みを訴える回数は3~4回/日で経過し,リドカインは漸増しながら最終的には300 mg/日(=5.6 μg/kg/分)とし,アセトアミノフェンおよびプルルビプロフェンは漸減したが疼痛の増強は認めなかった(図3).この間,傾眠ではあったものの,意識清明時には家族と会話し,多くの面会者と穏やかな時間を持つことができた.入院19日目に全身状態が悪化し,入院21日目永眠した.

図3 入院後経過および投薬内容,レスキュードース(回数/日)とNRSの推移

考察

リドカインは,電位依存性Na+チャネルのブロッカーであり,神経ブロックに頻用される5).Na+チャネルに結合してNa+の細胞外からの流入を抑制することで,細胞膜の脱分極を抑止する5).リドカインの保険適応は硬膜外麻酔などの局所麻酔であるが,痛み治療の神経ブロックに用いることは認められている.神経障害性疼痛に対するリドカインの有効性は数多く報告されているが,本邦ではがん疼痛における神経障害性疼痛へのリドカイン投与に関するガイドラインは確立されていない.

本症例では,これ以上のオピオイド増量による疼痛緩和は困難であり,血中濃度に注意しながらリドカインを低用量から開始し,リドカインによる副作用を生ずることなく疼痛軽減に至ったが,注意すべきリドカインの副作用として,血圧低下,徐脈などがあり,重大な副作用としては中枢神経系の症状(不安,興奮,耳鳴,振戦,末梢知覚異常など)が挙げられる6).循環器領域での適切な臨床容量(血中濃度1.5~5 μg/ml)以下であれば副作用出現の可能性は低いと考えられ,標準投与量は15~50 μg/kg/分,血中濃度が5 μg/ml以上,投与速度が50 μg/kg/分以上になると副作用が発現する可能性が生じ,血中濃度が10 μg/mlでは極めて重篤な副作用が出現する可能性があると言われている6,7).本症例では,血中濃度も適切な臨床容量を維持できており,明らかな副作用は認めなかったが,とくに終末期の場合は肝代謝が低下することによる影響も考慮しなければならない.また肝転移による黄疸などの肝機能障害がある患者はとくにリスクが高く,傾眠やせん妄といった終末期の非特異的症状が局所麻酔薬中毒によるものでないか注意しておく必要がある.

本症例では,オピオイド抵抗性の終末期がん患者の神経障害性疼痛を主体とした難治性疼痛に対し,ケタミンの併用は精神症状の不安定さを増悪させるリスクの方が高い8)と判断し,第一選択としてまずリドカイン持続静脈内投与を使用した.肝転移も存在したことから低用量で開始し,最終的にはリドカインの投与量は7.5 mg/kg/日で維持できたが,一般的な維持量(5~20 mg/kg/日)に対して比較的少量であり,これは終末期および肝転移による影響7)に加え,作用機序の異なる複数の薬剤を併用したことや,強度の不安に対して医師・看護師のみならず様々な職種によるチームとしての全人的ケアも有効であったと考えられた.リドカインの鎮痛効果には即効性があり,また持続投与を行うことで鎮痛効果の維持に有効であったが,これは,リドカインはNa+チャネルのブロッカーとして作用するほかに,ムスカリン作動性アセチルコリン受容体阻害,グリシン受容体阻害,興奮性アミノ酸低下,トロンボキサンA2低下,内在性オピオイド増加,ニューロキニン減少,アデノシン三リン酸低下などを介して,鎮痛効果を発揮することも知られており,複合的な作用により鎮痛に至った可能性も考えられる9).そして,疼痛に対する鎮痛目的に投与されたモルヒネは,鎮痛補助薬としてリドカイン持続静脈内投与の併用により低量に抑えられ,モルヒネ不耐による副作用を抑えることが可能となった.本症例の場合,ベンゾジアゼピン系抗不安薬による精神症状の緩和が疼痛軽減に有効であった可能性も考えられるが,終末期の神経障害性疼痛を主体とした難治性疼痛に対して,オピオイド増量に伴うモルヒネ不耐性が問題となる場合,リドカイン持続静脈内投与は有効な方法と考えられる.

また,入院前に疼痛時レスキュードースが平均13回/日使用されていたことを考えると,今後同様の症状が見られた場合,疼痛管理のみならず,不安や精神面による影響や,ケミカルコーピングの可能性も十分に検討,評価すべきと考えられる.純粋な鎮痛目的ではなく,抗不安作用や多幸感などを得るための精神的な依存を背景に薬剤を使用することをケミカルコーピングと呼ぶが10),依存や乱用の初期段階とも言え,とくに不安を多く抱える場合にみられる傾向があり11),とくに長期予後が予測される患者の場合,われわれ医療従事者がこの問題を正しく認識し適切な対応を実践していくことが必要である.

結論

終末期がん患者の難治性疼痛に対しリドカイン持続静脈内投与が奏功した症例を経験した.リドカイン持続静脈内投与は血中濃度の測定など十分な注意が必要であるが,比較的安全に施行できる方法であり,とくにモルヒネ不耐性患者の疼痛マネジメントとして有効な方法と思われる.

References
 
© 2017日本緩和医療学会
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