Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
ISSN-L : 1880-5302
Case Report
Pain Management for Patients with Malignant Psoas Syndrome with Repeated Single-shot Epidural Block for Palliative Radiation Therapy: A Case Report
Kayo TakimotoMayu Ono
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2017 Volume 12 Issue 3 Pages 547-551

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Abstract

悪性腸腰筋症候群(malignant psoas syndrome: MPS)は,悪性腫瘍が腸腰筋に浸潤して生じる,侵害受容性痛と腰神経叢領域の神経障害性痛を特徴とする病態である.痛みは強く,症状緩和に難渋することも多い.53歳の女性,子宮癌肉腫で広汎子宮全摘術施行後,骨盤内リンパ節病変が増大し左MPSを生じた.この病変に対し放射線治療(radiation therapy: RT)が予定されたが,強い痛みで股関節伸展保持不能であり,RTを開始できなかった.硬膜外ブロックをRT30分前に毎回実施することで股関節伸展可能となり,RTを予定回数終了し得た.MPSの治療は多角的アプローチが推奨されており,今回は内服治療と併せて早期に硬膜外ブロックを実施することで目標鎮痛を達成し,放射線治療を実施した.MPSの痛みにより股関節伸展が困難であるがために,RTを開始できなかった患者に対する鎮痛手段として,RT前に毎回,単回の硬膜外ブロックを実施することで予定通りRTを完遂できた.

緒言

悪性腸腰筋症候群(malignant psoas syndrome: MPS)は,悪性腫瘍の腸腰筋内浸潤により,腰神経叢L1-4領域の神経障害性痛と侵害受容性痛を示す症候群である1,2).今回,MPSの痛みにより股関節伸展と安静仰臥位保持が不可能で放射線治療(radiation therapy: RT)が開始し得なかったが,硬膜外ブロックを活用することで治療を開始,継続した症例を経験したので報告する.

症例提示

患者は53歳の女性,身長156 cm,体重44 kg,既往歴はなかった.

2016年5月に子宮癌肉腫(pT2N1,stage III C2)の診断で開腹広汎子宮摘出術施行後,補助化学療法を実施していたが,2016年11月CTで骨盤内リンパ節再発が確認され,化学療法終了となった.骨盤内リンパ節病変に対し緩和的RTが予定されたが,痛みが強く仰臥位保持が不可能であったため,RTを開始できなかった.そこで当院産婦人科に入院し,痛みコントロール目的で当院緩和ケアチーム(以下,PCT)に紹介された.

PCT初診時,患者は左股関節を屈曲し側臥位で1日の大半をベッド上で過ごしperformance status 3であったが,車椅子移乗可能,食事摂取可能,排泄はトイレで自立,睡眠は確保できていた.左腰部と鼠径部の痛み,大腿部の痛みとしびれを認め,CTで左腸腰筋内に第3腰椎から腸骨前面を経て骨盤底まで至る最大横径11×7 cmのリンパ節病変の浸潤を確認したため,MPSと診断した(図1).入院時,凝固機能含め血液検査は正常であった.

図1 PCT初診1カ月前に撮影されたCT像(第3腰椎レベル)

矢印は左腸腰筋内に浸潤したリンパ節病変を示す.

入院1週間後のRT開始を目標に定め,まず内服薬の調整で痛みコントロールを開始した.初診時,オキシコドン徐放剤25 mg/日,ロキソプロフェン180 mg,ジアゼパム5 mg頓用を使用しており,Numerical Rating Scale(以下,NRS:無痛を0,想像できる範囲で最高の痛みを10とする整数値による評価)は安静股関節屈曲時1,体動時7,股関節伸展時10で,オキシコドン速放剤5 mgを頓用しても股関節は伸展不能であった.オキシコドン徐放剤を30 mg/日へ増量,ガバペンチン400 mg/日,アセトアミノフェン4000 mg/日を開始,ジアゼパム5 mgを定期内服としたが,オキシコドン速放剤を使用しても股関節伸展不能であった.

入院5日目,内服のみでは入院1週間後のRT開始に十分な痛みコントロールは困難と判断し,硬膜外鎮痛の併用を計画した.硬膜外カテーテルを第2/3腰椎間から挿入し,1%リドカイン10 mlを経カテーテル投与したが,股関節伸展は不可能であった.2%リドカイン10 mlを経カテーテル投与したところ,NRSが安静時0,体動時3,股関節伸展時4ながら股関節伸展が可能となった.入院6日目にオキシコドン速放剤5 mgを内服のうえ,2%リドカイン10 mlを経カテーテル投与したところ,仰臥位を保持でき外照射30 Gy/15 frの予定が組まれた.硬膜外ブロック実施から放射線治療を経て病棟へ戻るまで,がん看護専門看護師がつきそい,血圧低下や下肢筋力低下に注意した.

入院7日目よりRTを開始した.照射予定30分前に毎回オキシコドン速放剤5 mgを内服した.入院7日目は2%リドカイン10 mlを経カテーテル投与し,1回目のRTを実施した.入院8日目,1.5%リドカイン10 mlを用いたが,2回目のRTを実施し得た.その後外出中に硬膜外カテーテルが自然抜去したため,入院12日目に硬膜外カテーテルを第3/4腰椎間から再挿入し1.5%リドカイン10 mlを投与して3回目のRTを実施した.

入院13日目,1.5%リドカイン10 mlを経カテーテル投与したが,1時間経過しても股関節伸展ができなかった.RT開始後でありフレア現象を考慮して2%リドカインを5 mlずつ40〜60分間隔で3回投与し,フェンタニル口腔内崩壊錠100 μgも使用したが股関節を伸展保持できるだけの除痛が得られず,4回目のRTは実施できなかった.翌日X線透視下で確認したところ,硬膜外カテーテルの抜浅を確認したためカテーテルを抜去した.短期間で2回の硬膜外カテーテルが自然抜去し,また4回目のRTが実施できなかったことに対する患者本人の悲嘆と焦りが大きかったため,本人とも相談のうえ,以降は緩和ケアチーム専従の麻酔科医が硬膜外ブロックを単回でRTの直前に実施する方針とした.

入院14日目,単回の硬膜外ブロックを第3/4腰椎間より2%リドカイン10 mlで実施し,4回目のRTを行った.入院15〜24日目は1.5%リドカインで単回硬膜外ブロックを行い,5〜13回目のRTを実施した.投与量は漸減し,入院25日目には1.5%リドカイン5 mlで硬膜外ブロックを行い14回目のRTを実施した.25日目夜間より38℃以上の発熱と右腰痛が出現した.血液検査で炎症反応悪化し,血液培養で大腸菌群が検出され,尿路感染症が疑われた.入院26日目,発熱は継続していたものの,患者本人に脊柱管感染リスクの増加について説明を加え同意を得たうえで硬膜外ブロックを1.5%リドカイン5 mlで行い,15回目の外照射を実施し予定通りRTを終了した.終了後のCTで最大横径9×6 cmと骨盤内リンパ節病変の縮小を確認した.単回ブロック後は収縮期血圧が15 mmHg低下し,立位歩行も軽介助が必要であったが,ブロック実施後3時間以内に症状は改善し不快感の訴えはなかった.

その後も尿路感染症に対して抗生剤加療を継続し入院32日目に解熱,血液検査で炎症反応改善したため,自宅へ退院した.退院時のNRSは安静股関節屈曲時0,体動時3と改善していた.以上の臨床経過を図2に総括した.入院5日目以降の内服薬の漸増経過も図2に示した.以降,在宅療養を継続され,退院2カ月後に自宅で永眠された.

図2 本症例の臨床経過総括

考察

MPSは,悪性腫瘍の腸腰筋内浸潤により,片側の腰神経叢L1〜4領域の神経障害性痛と侵害受容性痛を示す症候群である.侵害受容性痛は腰痛と,鼠径部・大腿・前腹壁への関連痛を生じ,腸腰筋の攣縮を示唆する股関節屈曲固定が特徴的な症状である.神経障害性痛はしびれや異常感覚も伴い,痛みは強く,苦痛緩和に難渋することも多い1,2)

MPSには系統だった研究がなく治療法が確立されているとは言い難いが,薬物治療・化学療法・手術療法・RT・神経ブロックの有効性が報告され,多角的アプローチで治療することが推奨されている13).今回は紹介の時点で化学療法・手術療法はすでに適応がない状態で,薬物療法による症状コントロールに併せてRTが予定された4).薬物療法としては,オピオイド,非オピオイド鎮痛薬,鎮痛補助薬を併用したが,RTに必要な股関節伸展保持を達成できるだけの鎮痛が得られなかった.そこでRTを開始するという目標を早期に達成するために,薬物療法調整中の段階で神経ブロックを開始した.MPSの鎮痛のための神経ブロックとして,腰神経叢ブロックの有用性の報告があるが,今回は腫瘍が腸腰筋背側に大きく浸潤しており,腰神経叢ブロックの針が腫瘍を直接損傷する可能性を考えて実施せず,硬膜外ブロックを選択した5)

当初は硬膜外カテーテルを留置し,低濃度の局所麻酔薬を持続投与しつつ,放射線治療直前に高濃度短時間作用性の局所麻酔薬をボーラス使用する方針であった.しかし,カテーテルが1回目は4日,2回目は2日で自然抜去してしまい,2回目の抜去時にはRTを中断せざるを得なかった.そのため,単回の硬膜外ブロックを毎回RT前に実施する方針へと変更した.

MPSの鎮痛に適切な局所麻酔薬濃度は不明である.硬膜外リドカイン投与は0.5〜1%で知覚遮断が,2%で運動遮断が得られるが,今回は1%では効果不十分であり1.5%以上を要した.MPSによる痛みが非常に強いか,知覚遮断だけでなく運動神経遮断作用による腸腰筋の弛緩効果が補助的役割を果たした可能性を推測する6).高濃度の局所麻酔薬で腰部硬膜外ブロックを実施すれば鎮痛効果は得られる一方,血圧低下,下肢筋力低下,局所麻酔薬中毒といった危険性も増加する.硬膜外ブロックの作用と局所麻酔薬の薬物動態,副作用について習熟している医療者が実施すること,またブロック実施後は合併症について熟知したスタッフが患者を経時的にフォローしていく医療態勢が必要であろう.

進行した担癌状態で,硬膜外ブロックを短期間に複数回実施することの問題点として,画像上指摘されていない脊柱管内病変が存在しブロックの実施で脊髄圧迫症状が悪化する可能性が挙げられる7).今回は,神経症状の出現を直ちに検出できるよう,短時間作用性局所麻酔薬を使用した.短期間に複数回硬膜外ブロックを実施することで,神経穿刺・感染・出血といった硬膜外ブロック一般に発生する可能性のある合併症の危険性は増加する.事前に凝固,止血検査を行い正常であることを確認し,利益不利益を検討し,患者へ十分な説明のもとに実施すべきであろう.

股関節伸展位は保持できなかったものの,股関節屈曲を保持したまま日常挙措は可能であったため,RTを実施しないという選択肢も挙げられた.化学療法も終了し,腫瘍の進展の早さからも生命予後は長くないと予測され,緩和的RTでもあった.しかしながら,RTの実施が自己効力感の維持につながっており,1度の放射線治療遅延の際に再度その気持ちが確認されたため,RT継続の手段を模索した症例であった.

結語

MPSの痛みにより股関節伸展が困難であるがために,RTを開始できなかった患者に対する鎮痛手段として,RT前に毎回,単回の硬膜外ブロックを実施することで予定通りRTを完遂できた.

References
 
© 2017 by Japanese Society for Palliative Medicine
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