Palliative Care Research
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症例報告
肺癌の傍腫瘍性神経症候群による舞踏病様不随意運動に対し,ハンチントン病の舞踏症状改善薬テトラベナジンが著効し症状緩和が得られた1例
北村 浩林 茂一郎
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電子付録

2017 年 12 巻 3 号 p. 559-564

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Abstract

【はじめに】非常にまれな傍腫瘍性舞踏病に対し,テトラベナジンが著効した症例を経験したので報告する.【症例】92歳女性.肺癌の診断で経過観察中に不随意運動が出現・増悪し,傍腫瘍性舞踏病と診断.本症例に一般的に用いられるバルプロ酸/チアプリド/リスペリドンの三剤併用療法で症状はやや改善したが,頸部,上肢の不随意運動,構語障害は残存した.神経内科主治医よりハンチントン病薬テトラベナジンが効く可能性を示唆され,当科へ転院後に家族が使用を希望した.自らの意志に反し勝手に体が動く状態に身体的,精神的苦痛を感じていることを考慮し,家族への説明と同意を得て12.5 mg/日から内服開始した.開始後に不随意運動は著明に減少,発語が明瞭化し家族と会話ができた.【考察】テトラベナジンはハンチントン病のみ保険適応の薬剤であるが本症例において著効し,舞踏病様不随意運動とそれに伴う苦痛に対して症状緩和がなされた.

緒言

傍腫瘍性神経症候群(paraneoplastic neurological syndrome, PNS)とは悪性腫瘍によって引き起こされる神経障害のうち,物理的な圧迫症状等は除外し,原因が腫瘍細胞の分泌する体液性因子(ホルモン,サイトカイン)や免疫応答(自己抗体産生)に基づくものを指す.肺癌や乳癌で多く多彩な神経症状を起こすが,舞踏病様不随意運動(paraneoplastic chorea, PC)は極めてまれである.今回,われわれはPCを呈する患者にハンチントン病の舞踏症状改善薬テトラベナジンを投与し,著明に症状が改善した症例を経験したので報告する.

症例提示

92歳女性.特記すべき既往歴なし.2015年7月上旬に呼吸苦を自覚し,精査目的の胸部CT検査にて肺癌と診断された.高齢,独居であり,本人と家族が相談しbest supportive careの方針となった.

同年7月下旬,自らの意志とは関係なく目を見開いたり肩を捻ったりする不随意運動が出現した.それまでは独居で生活していたが不随意運動のために日常生活が困難となり,介護施設へ入所した.症状は増悪し,歩行不能,会話困難となり,日中の全身の不随意運動は顕著でベッドに寝かせるために介護スタッフが2人がかりで押さえつけなければならない状態となった.不随意運動は四肢および体幹も身体を揺らす運動であり,座位の状態で車椅子を揺らすほどまで増悪した.ベッドからの転落防止目的でベルトによる身体抑制が行われた.

同年10月,不随意運動の精査加療目的に某病院神経内科に転院した.肺癌は右下葉の腫瘍と左胸水貯留,胸膜播種を認めた(図1).頭部MRIでは加齢に伴う非特異的変化が主体で明らかな脳転移は認めなかったが,両側尾状核で高信号を認めた(付録図1).血液生化学的検査で腫瘍マーカーCEA; 24.3 ng/ml(施設基準値<5 ng/ml)とProGRP; 367 pg/ml(施設基準値<81 pg/ml)が著明に上昇していたが,その他特記すべき異常を認めなかった.PNS抗体検査で血中collapsin response mediator protein(CRMP)-5抗体のみ陽性を示した(図2).以上よりPCを呈するPNSと診断された.原病の治療を行わないため,対症療法として抗てんかん薬バルプロ酸,精神興奮に対して用いられる抗精神病薬チアプリド,そして同抗精神病薬でセロトニン・ドパミン遮断薬リスペリドンの3剤併用療法がPCに有用と報告されており,本症例にも用いられていた.導入後,全身の不随意運動は改善したが,頸部と上下肢の不随意運動,構語障害は残存した.

図1 胸部CT画像所見

右上肺野の腫瘤影と左側胸膜肥厚および大動脈近傍の腫瘤陰影を認めた(青矢印).

図2 傍腫瘍性神経症候群抗体検査結果(血清)

血清中の傍腫瘍性神経症候群を引き起こす抗体検査において,CV2=Collapsin response mediator protein(CRMP)-5抗体のみ陽性を呈した.

【臨床経過】2015年11月に当科転院し,ADLはベッド上で不随意運動のため座位保持は不能であった.不随意運動は両側上肢,頸部,顔面が主体であったが時に全身に及ぶため,4点ベッド柵にしたが,不随意運動によって手足が柵に絡まる危険があるため,柵にカバーが掛けられた.

不随意運動が増悪した場合,神経内科主治医の指示でリスペリドン2 mg/日を3~4 mg/日に増量して対応したが,リスペリドンの増量で結果的に傾眠傾向になり一時的に治まった.覚醒後に様子を見ながら徐々に維持量に戻したが,本人は「助けて」「もう殺して」といった断片的な単語を叫ぶことはあっても構語障害のため会話は成立しなかった.

神経内科医より家族にハンチントン病舞踏症状改善薬テトラベナジンが奏功する可能性はすでに説明されていたが,本症例には適応外であり,神経内科では投与されなかった.転院後に家族からの「できればもう1度まともに話をしてみたい」という思いと,テトラベナジン使用について強い希望があった.面談の際,家族は不随意運動の当初から最悪の発作までほとんどすべて動画撮影,保存して持っており,それを医師や看護師に見せ,ずっと見てきて「何もしてあげられなかった」悔しさと無力感を述べられた.

われわれは神経内科医,緩和ケア病棟スタッフと十分に検討し,本人がPCによって自分の思い通りに動かない「勝手に動く身体に閉じ込められた」状態から生じる精神的苦痛に苛まれた状況であると判断し,家族には本治療が本来は適応外の薬剤であること,無効もしくは有害事象が疑われたら直ちに中止すること,主な有害事象として肝障害や抑うつが起こり得ることを十分説明し,同意を得たうえでテトラベナジンの初期開始量1錠(12.5 mg)/日を入院第19病日から開始した.

初期量を投与して上肢の不随意運動は著明に減弱し,第2週(第26病日)に2錠(25 mg)/日に増量したところ頸部の不随意運動が消失し,発語が明瞭化した.本人から「なんだかハッキリ聞こえるし話もできる.このまま飛び降りた方が楽だと思っていた.娘に会いたい」という言葉を聞くことができ,発語できなかった状態に精神的苦痛を感じていたことが窺えた.それ以降は家族と普通に会話ができるようになった.投与開始後,明らかな有害事象を認めず,添付文書通り1週間ごとに1錠ずつ増量した.第3週(第33病日)に3錠(67.5 mg)/日まで増量したが,第39病日より原病増悪のため内服困難となり,しかしながら意識レベルが低下したため不随意運動も起こらず,第41病日に永眠された.

テトラベナジン投与開始からのPC改善の評価についてはハンチントン病そのものではないため,ハンチントン病統一評価尺度(Unified Huntington’s Disease Rating Scale, UHDRS)1)のUHDRS#12「舞踏運動の評価内容」顔・頬口舌・躯幹・右腕・左腕・右足・左足について5段階でスコア化して評価する項目があり,これに従って内服期間中に定期的に評価しスコア化したものを提示した(図3).

図3 テトラベナジンの投与量とparaneoplastic choreaのスコアの低下の推移

テトラベナジンの用量依存性にUHDRS#12の評価項目である「顔・頬口舌・躯幹・左右の腕・左右の足」の不随意運動が改善を認めた.

考察

PNSは症状の進行は通常亜急性で,高度の身体的機能障害を生じる傾向があり,約80%に腫瘍発見に先行して神経症状の発症と抗体検出が見いだされる.併存腫瘍は,成人では肺小細胞癌が最も多い2).本症例では治療に寄与しないため侵襲的な組織学的検査は行っていないが,腫瘍マーカーCEAとProGRPが高値を呈しており,小細胞肺癌であった可能性はある.

傍腫瘍性舞踏病についてはO’Tooleら3)が14例(特発性22例)Verninoら4)が16例の報告をしているが,その他症例報告を含め“paraneoplastic chorea”でPubMedにて検索し得た範囲(1988〜2017)では成人発症の傍腫瘍性舞踏病例は54例程度であり528),かつ傍腫瘍性舞踏病症例にテトラベナジンを使用した報告は1例のみであった22)

抗CRMP-5抗体はPNS関連抗体であり,細胞内抗原CRMP-5に対する抗神経自己抗体である.PNSとして脳脊髄炎や亜急性小脳変性症が報告されているが,約10%にPCを認める.逆にPCの原因は抗CRMP-5抗体が6割以上を占め,最も多い29).PCの根本的治療は原病である癌の切除もしくは抗癌剤化学療法であるが,それが困難な場合は対症的に抗てんかん薬,抗精神病薬,セロトニン・ドパミン遮断薬などが併用して使用される22)

他方,テトラベナジンはハンチントン病の舞踏症状に対する適応を有する国内最初の薬剤である.ハンチントン病の病因はいまだ不明であるが,主病変部位は線条体(尾状核,被殻および側坐核)で,その部位でHuntingtinタンパク質の過剰な神経刺激によりドパミン,セロトニンなどを過剰に放出させることで舞踏運動が起こる.テトラベナジンの作用機序は病変部位のモノアミン小胞トランスポーターを阻害し,神経伝達物質の過剰分泌を抑えて舞踏運動を抑制する30,31).本症例では尾状核に高信号を呈しており,CRMP-5抗体による尾状核への免疫反応が起こり,過剰に神経伝達物質が放出されて舞踏症状が起こったものと考えられた.そのためテトラベナジンが症状を緩和する効果が推察され,実際に著明な舞踏症状の改善をみた.

しかしながら家族が希望すれば何でもしてよいのかという倫理的問題は厳然として存在する.われわれは,この症例が極めてまれな病態であるが有効な治療法があること,薬剤自体の症状改善への作用機序の合理性と毒性の低さ,患者本人の良好な臓器機能といった科学的事実も熟慮したうえで投与にて生じるデメリットは低いと判断し,かつ効かなければ直ちに止めることを前提にした.結果的にテトラベナジンは著効し,亡くなるまでのしばらくの間,不随意運動に悩まされることなく穏やかに過ごされ,家族の会話を取り戻すことができた.後日,ご家族が来院され「最後に穏やかな時間を過ごせてよかった」と述べられた.

結論

肺癌による傍腫瘍性PCを呈する患者に対し,ハンチントン病の舞踏症状改善薬テトラベナジンを投与し,不随意運動が著明に緩和された症例を報告した.

References
 
© 2017日本緩和医療学会
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