社会学評論
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固有名詞にみる社会変動
近代日本語圏における漢字の潜在的諸機能
ましこ ひでのり
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1996 年 47 巻 2 号 p. 200-215

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抄録

「つづり字発音」とは正書法の影響でもともとの発音が変質してしまう現象だが, 無モジ社会以外では普遍的に目にするものだ。とはいえ, 近代においては, この「つづり字発音」はアルファベート圏はもちろんのこと, 伝統的漢字文化圏でもみあたらない, 独自の性格をもってきた。近代日本における漢字は固有名詞をおおいかぶさり, あらたな発音をつくりだす。そして, そのあらたな発音は伝統的発音をほうりだすのである。このことは伝統的発音への圧力という点で, アルファベート社会における「つづり字発音」とは決定的にちがっている。いいかえれば, 伝統的固有名詞の記憶すべてを抹殺し, まるでむかしから新型発音がつづいてきており, あらたな領土が固有の領土であり, そこに住む新住民がすんできたかのようにおもわせるのである。在来の固有名詞は俗っぽい, ないしは時代おくれだと, また在来の住民は存在しないか, しなかったとみなされるのだ。
近代日本における漢字は固有名詞群を変質させ, ついにはマイノリティの言語文化全体をほとんど変質させてしまう。固有名詞の変質はマイノリティの言語文化全体のまえぶれだったのだ。近代日本において具体的にいえば, アイヌ/琉球人/小笠原在来島民 (ヨーロッパ系/カナカ系), および在日コリアンなどが, 規範的で均質的な日本文化に, ほぼ全面的に同化をしいられた; 固有名詞文化にかぎらず言語文化のほとんど全域でである。わかい世代になればなるほど, 日常的言語文化への同化圧力がおおきくなっていく;祖父母世代は希望をうしない, 父母世代は気力をなくし, こども世代は日本の支配的言語文化になじんでいった。はじめは, 漢字によって同化した固有名詞群はマジョリティ日本人からの差別/侮蔑/攻撃をさけるためのカモフラージュ装置だった。しかしのちには, カモフラージュの仮面はほんものの顔に変質した;わかい世代は「日本語人」になってしまったのである。
近代日本における漢字は日本領土にくらすマイノリティを同化する装置だったし, いまもそうである。そして住民たちと領土をあらわす漢字名は, それらが日本的であることを正当化する道具だったし, いまもそうである。

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