社会学評論
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インドネシアにおける「伝統」の実践とポリティクス
新秩序体制下のゴトン・ロヨン (相互扶助) と都市住民組織 RT/RW の夜警をめぐって
小林 和夫
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キーワード: 伝統, RT/RW, 夜警
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2004 年 55 巻 2 号 p. 98-114

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抄録

インドネシアのスハルト新秩序体制は, インドネシア共産党 (PKI) の徹底的な物理的解体のうえに築かれた.この解体は, 人びとに, 国家の暴力と死の恐怖を刻印した.そして, 新秩序体制は, 開発と安定の論理のもとで, ゴトン・ロヨンという「伝統」を所与の「道徳的事実」として, 開発政策への協力を正当化する機制とした.
1970年代末から80年代初めにかけて, 新秩序体制は, パンチャシラの公定イデオロギー化とPKI元政治犯の釈放をほぼ同時に行った.この政策は, 地域住民に国家の新たな監視体制への参加と, 住民組織RT/RWでの夜警をとおした「助け・助けられ」というゴトン・ロヨンへの参加を促した.そして, この2つの異なる位相への住民の参加を制度化したものが, シスカムリンとよばれる地域監視警備体制であった.とくに, 暴力の恐怖の再想起と, 仮想の敵の想定というスハルトの政治的手練によって, 治安の問題は住民に迫真性をもたせていた.
シスカムリンの導入は結果的に夜警を再整備した.これによって, 夜警は決定・指示・実践までシステム化され, 総選挙など特定の時期に限定して住民が動員された.しかし, 夜警の目的は, 犯罪一般の抑止ではなく, 新秩序体制に敵対しようとする社会諸勢力への政治的示威という象徴の呈示にあった.スハルトの巧妙な政治的手練と機制によって, ゴトン・ロヨンというインドネシアの「伝統」は, 実践され, 再生産されていた.

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