2024 年 33 巻 1-3 号 p. 31-33
全身の骨格筋と同様に,呼吸筋にも筋量や筋力の低下といった呼吸サルコペニア(respiratory sarcopenia)が生じる.しかし,呼吸サルコペニアの概念や診断基準は明確にされていないため,日本リハビリテーション栄養学会呼吸サルコペニアワーキンググループでは,呼吸サルコペニアとサルコペニア性呼吸障害の定義,診断基準を作成した.我々は,呼吸サルコペニアを「全身のサルコペニアと呼吸筋量低下に加えて呼吸筋力低下および/または呼吸機能低下を認める状態」と定義した.呼吸サルコペニアの診断基準には,全身のサルコペニア,呼吸筋力の低下,呼吸機能の低下,呼吸機能障害の原因となる疾患の有無,呼吸筋量の低下を用いた.また,サルコペニア性呼吸障害は「呼吸サルコペニアによる呼吸機能低下に伴う生活機能障害」と定義した.今後は有病率や予後,呼吸サルコペニアおよびサルコペニア性呼吸障害に対する治療介入効果に関する臨床研究が必要である.
全身の骨格筋と同様に呼吸筋に生じる筋量低下と筋力低下を呼吸サルコペニア(respiratory sarcopenia)と呼ぶ1,2).呼吸サルコペニアは呼吸機能や咳嗽力のみでなく,日常生活活動や生活の質にも悪影響を及ぼす.しかし,これまでに呼吸サルコペニアの定義や診断基準は十分に検討されていない.そこで,日本リハビリテーション栄養学会の呼吸サルコペニアワーキンググループによって,呼吸サルコペニアとサルコペニア性呼吸障害(sarcopenic respiratory disability)の定義,診断基準3)を作成したので概説する.
加齢により呼吸筋力と呼吸筋量は低下し,横隔膜のサルコペニアを発症する.呼吸筋力と呼吸機能は全身の筋量や筋力に関連する.身体機能の低下は呼吸筋力や呼吸機能の低下と関連している.サルコペニアやフレイルを呈する高齢者では,呼吸筋力や横隔膜の厚さ,呼吸機能が障害されている.炎症は呼吸サルコペニアの促進因子となり,慢性閉塞性肺疾患(COPD)やがんなどの疾患,悪液質,低栄養,人工呼吸器管理は呼吸サルコペニアを引き起こす可能性がある.
呼吸サルコペニアは「全身のサルコペニアと呼吸筋量低下に加えて呼吸筋力低下および/または呼吸機能低下を認める状態」と定義した.図1に呼吸サルコペニアの診断基準を示す.全身のサルコペニアと呼吸筋量の低下が確認され,呼吸筋力の低下および/または呼吸機能の低下を認め,かつ呼吸機能低下の明らかな原因疾患を認めない場合に呼吸サルコペニアと診断する.呼吸筋量は,コンピュータ断層撮影による筋面積や超音波検査による筋厚によって評価できる.しかし,現時点では定量的な測定が困難であり,カットオフ値も明確ではないため,呼吸筋量低下を診断することは困難である.呼吸筋量低下以外の基準に全て該当する場合,「呼吸サルコペニアの可能性が高い」とする.一方,COPDなどの呼吸器疾患では,全身性サルコペニアや呼吸筋量低下を伴うことがある.しかし,呼吸機能低下が呼吸器疾患によるものなのか,呼吸サルコペニアによるものなのかを区別することは困難であるため,呼吸機能障害の原因となる疾患を認める場合は「呼吸サルコペニアの可能性あり」とされる.本診断基準における呼吸筋力の評価には最大吸気圧,呼吸機能の評価には努力性肺活量を用いる.
サルコペニア性呼吸障害は「呼吸サルコペニアによる呼吸機能低下に伴う生活機能障害を認める状態」と定義した.生活機能障害は,修正MRC息切れスケールのグレード2(息切れがあるので,同年代の人よりも平坦な道を歩くのが遅い,あるいは平坦な道を自分のペースで歩いている時に息切れのために立ち止まることがある)以上とした.呼吸サルコペニアおよび生活機能障害の有無による分類を図2に示す.呼吸サルコペニアと生活機能障害の両方を認める場合に,「サルコペニア性呼吸障害の可能性あり」とされる.
呼吸サルコペニアとサルコペニア性呼吸障害には悪循環が生じる.サルコペニア性呼吸障害によって生じる息切れは,呼吸器感染症や合併症のリスク,食欲や栄養摂取の低下,低活動を助長し,呼吸サルコペニアを進行させる(図3).また,人工呼吸器管理患者においては,呼吸サルコペニアは人工呼吸器管理期間の延長の原因となる.人工呼吸器管理期間の延長は,低活動,低栄養,炎症を促進しさらに呼吸サルコペニアを悪化させ,悪循環を形成する.
現時点で,呼吸サルコペニアおよびサルコペニア性呼吸障害に対する治療戦略として確立されたものはない.しかし,呼吸筋トレーニングは,呼吸筋力の改善,呼吸機能,身体パフォーマンス,息切れの改善に有効である.また,低栄養を伴う呼吸サルコペニアの場合は,全身のサルコペニアへの介入と同様に,栄養療法と呼吸筋トレーニングや全身運動を組み合わせて行うことは,呼吸サルコペニアの改善,サルコペニア性呼吸障害との悪循環を断ち切る手段として有用な可能性があり,今後の検証が必要である.
呼吸サルコペニアは定義や診断基準がなかったため,臨床では十分に認識されているとは言い難いが,実際には多くの呼吸サルコペニア症例が存在する可能性がある.今後はこれらの基準をもとに,有病率や予後,呼吸サルコペニアおよびサルコペニア性呼吸障害に対する治療介入効果に関する臨床研究が期待される.
なお,本稿の内容をまとめた後に,呼吸サルコペニアに関する4学会合同ポジションペーパー4)が作成,公開されたことを申し添える.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.