社会心理学研究
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原著論文
実在集団を用いた社会的アイデンティティ理論および閉ざされた一般互酬仮説の妥当性の検討:広島東洋カープファンを対象とした場面想定法実験
中川 裕美横田 晋大中西 大輔
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2015 年 30 巻 3 号 p. 153-163

詳細

問題

現実社会において集団間葛藤や紛争が観測される代表的な現象の一つとして戦争が挙げられる。戦争を引き起こす要因について、長年、政治学や人類学、経済学などの社会諸科学から様々な議論が展開されてきた。特に社会心理学からのアプローチでは内集団ひいき傾向が取り上げられてきた。内集団ひいきとは内集団に対して特に協力的になる行動である。内集団ひいきの説明原理として社会的アイデンティティ理論(Social Identity Theory: 以下、SIT; Tajfel & Turner, 1979)と閉ざされた一般互酬仮説(Bounded Generalized Reciprocity Hypothesis: 以下、BGR; 清成,2002; Yamagishi & Kiyonari, 2000)が提唱され、数多くの知見が積み重ねられている。SITとBGRは、これまでその妥当性を巡って議論されてきた。SITによれば、内集団ひいきは自己と同一化した内集団を優越させ、肯定的な自己を獲得するために行われる。同一化とは、自己が集団に準拠した感情を持ったり、集団の傾向と同様の行動をとるように動機づけられることを指す(池田・唐沢・工藤・村本,2010)。

一方、BGRでは、内集団ひいきは他の内集団成員からの互恵性の期待に応え、集団内の一般交換関係を維持するために行われる。すなわち内集団ひいきの先行要因は、SITでは同一化、BGRでは他の内集団成員からの互恵性の期待となる。最小条件集団を対象とした実験室実験においては、SIT、BGRそれぞれを支持する結果が得られてきた(e.g., 神・山岸,1997; 清成,2002; Perreault & Bourhis, 1998, 1999; Tajfel, 1970; Tajfel, Billig, Bundy, & Flament, 1971)。一方、実在集団を対象とした研究ではSITを支持する知見が多く(e.g., Hennessy & West, 1999; Terry & Callan, 1998)、BGRが明確に支持された研究はほとんど存在しない(牧村・山岸,2003a, 2003b; 三船・牧村・山岸,2007; Yamagishi, Makimura, Foddy, Matsuda, Kiyonari, & Platow, 2005)。しかしながら、BGRが実在集団では説明力をもたないと結論づけるのは尚早である。これまでBGRの妥当性を検討するために用いられた実在集団は大学生の実習班や国であり、それ以外の集団を用いて検討されたことはないからである。本研究では実在集団に野球ファンを用い、SITとBGRが内集団ひいきの説明原理として妥当であるか否かを検討した。

内集団ひいきとその説明原理

内集団ひいきを引き起こす心理メカニズムの解明は、社会心理学の中でも特に活発に研究されてきた主要分野の一つである。その中でも、最小条件集団実験(Tajfel et al., 1971)では、些細なカテゴリーで分類されただけでも内集団ひいきが起こることが示されており、この結果を基に、内集団ひいきの説明原理としてSITが提唱された。SITによると、人々は単に任意の集団に分類されるだけで自己と集団を同一化する。自己を肯定的な存在として捉えるために、同一化した内集団を優越させ、外集団との間に差をつけるように振る舞うようになる。この行為が内集団ひいきであり、内集団ひいきが肯定的な自己の獲得につながると考えられてきた。したがって、SITで重要なのは、自己をいかに集団に対して同一化させるかであり、内集団ひいきの先行要因は同一化であるといえる。SITを支持する実験室実験のデータは数多く公刊されており、いずれにおいても同一化が内集団ひいきを引き起こすという結果が得られている(e.g., Brewer & Kramer, 1986; Brewer, Manzi, & Shaw, 1993; Hartstone & Augoustinos, 1995; Rabbie, Schot, & Visser, 1989; Simpson, 2006; Tajfel, 1970, 1982; Tajfel et al., 1971; Tajfel & Turner, 1979; Turner, 1975)。

SITが自己の側面から内集団ひいきを説明しようとするのに対し、BGRは適応論的アプローチから反証を試みた。BGRによれば、人々は集団に一般交換関係(Ekeh, 1974)が成立する(あるいはそのように知覚する)場合、内集団成員からの間接的な互恵性を期待し、その関係性を維持しようとするヒューリスティックを発動させる。このヒューリスティックは、自身が集団と良好な関係を持続的に保つための適応行動を引き起こす。BGRによれば、協力するコストよりも非協力時に集団内の一般交換関係から自身が排除されることのコストが大きいため、協力する方が合理的であるといえる。すなわち、この場合は協力のコストにかかわらず、内集団への協力が適応的な行動となる。そのため、人々は集団状況に直面すると、集団内にデフォルトで一般交換関係を想定し(一般交換関係が明確でない限り)、自身が内集団ひいきを行えば、内集団成員からひいきしてもらえるという期待が直感的に喚起され、その結果内集団ひいきを行うのである。したがって、BGRにおける内集団ひいきの先行要因は互恵性の期待であるといえる。

神・山岸(1997)は、BGRの妥当性を検証するため、最小条件集団において囚人のジレンマゲーム(Prisoner’s Dilemma; 以下、PDゲーム)を用いた実験を行った。実験では、ゲームを行う際、互いの集団所属性に関する知識があるか否かにより、互恵性の期待の有無が操作された。神・山岸(1997)は、内集団相互条件(お互いに内集団だとわかる)、内集団一方向条件(参加者のみ相手が内集団だとわかる)、外集団相互条件(お互いに外集団だとわかる)、外集団一方向条件(参加者のみ相手が外集団だとわかる)、相互不明条件(お互いの所属はわからない)の5つの条件を設定した。相互に相手の集団所属性を知っている相互条件では、内集団に対して互恵性の期待が生じるが、外集団には生起しない。また、どちらか一方だけが知識を持ち、もう一方が知識を持たない一方条件であっても、互恵性の期待は生じない。もしBGRが妥当であれば、互いに知識を持つ状況でのみ内集団成員への協力傾向が高まるだろう。一方、SITが妥当であれば、自己が内集団に同一化している限り、相手が内集団であることを自分が知っていることが重要であるため、知識が一方向通行である内集団一方向条件でも協力的になると予測される。実験の結果、内集団相互条件での協力の程度が他の条件よりも高いことが示され、BGRの予測が支持された。つまり、同じ集団に所属する成員同士であり、相互協力の期待が得られる場合のみ、内集団ひいきが生じたのである。この結果は、その後の実験室実験における追試でも再現されている(e.g., 清成,2002; Yamagishi & Mifune, 2008)。

本研究の立場

その後も、実験室実験においてSITとBGRをそれぞれ支持する知見が積み重ねられてきた(e.g., Billig & Tajfel, 1973; Foddy, Platow, & Yamagishi, 2009; 神・山岸,1997; 清成,2002; Liebe & Tutic, 2010; Simpson, 2006; Tajfel, 1970; Tajfel et al., 1971; Yamagishi, Jin, & Kiyonari, 1999; Yamagishi & Kiyonari, 2000; Yamagishi & Mifune, 2008)。しかし、近年、これら二つの理論は相互背反なものではなく、同時に成立しうるとの主張がある。Stroebe, Lodewijkx, & Spears(2005)は、最小条件集団パラダイムを用いて、集団内に相互依存性が存在しない場合には、同一化の程度が高まり、内・外集団間を比較し優遇するための内集団ひいきが生じることを示した。一方、集団内に相互依存性が存在する場合には、内集団成員に対する互恵性の期待が高まり、内集団ひいきが生じることを示した。すなわち、相互依存性の有無によって異なる心理過程が生じたのである。

さらに、横田・結城(2009)は、これら二つの心理過程が生じる際の境界要因が、外集団脅威の知覚であることを明らかにした。彼らは、適応論の観点から、外集団脅威が存在する場合にはSITで記述される心理過程が、外集団脅威が存在しない場合には集団内相互依存性によってBGRで記述される心理過程がそれぞれ引き起こされることを示した。以上より、内集団ひいきの背後には、SITにより説明される心理過程とBGRで説明される心理過程が存在するといえる。これら二つの心理過程は、それぞれ独立しており、状況に応じて片方の心理過程が優勢に働くとの前提がある。適応課題に対応する独立した心的モジュールの存在を仮定するのが進化心理学の前提であり、ある適応課題に直面している時には、その課題に対応した一つの心理メカニズムが働くと考えられる(Tooby & Cosmides, 1990)。だが、近年では、その前提についての疑問が投げかけられている(e.g., Stanovich, 2005; 横田・中西,2012)。この場合、もう一つの可能性として、これら二つの心理過程が加算的に働くことが考えられる。横田・結城(2009)では、外集団脅威と集団内相互依存性が同時に存在した場合、SITとBGRのどちらの心理過程が優勢に働くのか、または両者が加算的に働くのかは検討されていない。すなわち、二つの心理プロセスが、どちらか一方のみ働くのか、加算的に働くのかについては未だ明らかになっていない。しかし、先行研究(Stroebe et al., 2005; 横田・結城,2009)の結果に鑑みると、加算的に働くと積極的に考えることは難しい。よって、本研究では、二つの心理プロセスが加算的に働くとの立場はとらず、どちらか一方の心理過程が優勢になると考える。

以上より、内集団ひいきにはSITにより説明される心理過程とBGRにより説明される心理過程が存在すると考えられるが、それらの心理過程は実験室実験でのみ検討されたものである。そこで、本研究では、両要因が存在しうる実在集団を対象とすることにより、二つの心理過程の機能性を明らかにすることが狙いである。

実在集団における両理論の妥当性

実在集団における内集団ひいきを検討する試みは、数多く行われている。その結果、SITを支持する知見が多く提出されている。Hennessy & West(1999)は病院の職員を対象に、同一化と内集団ひいきの関連を検討した。その結果、内集団(職場のチーム)に同一化すると、内集団をより高く評価し、内集団成員に多くの金額を分配することが示された。同じく、Terry & Callan(1998)は、病院の地位に関連する内集団ひいきの検討を行ったところ、低地位・高地位のいずれの集団でも、内集団への同一化と内集団への高い評価が得られた。以上の結果は、自己が内集団に同一化し、内集団ひいきが生じるというSITの主張を支持している。

ただし、実在集団を対象にした研究において、必ずしもSITが支持されるものばかりではない。Dimdins & Montgomery(2004)は、ラトビア人とロシア人それぞれに内・外集団の評価をさせたところ、ロシア人のみ内集団を高く評価した。しかし、カテゴリーを国籍から性別に変更すると、内集団ひいきは生じなかった。Oaker & Brown(1986)は、看護師の集団を対象にして検討したところ、同一化が生じていたにもかかわらず、内集団と外集団の評価は変わらず、内集団ひいきが生じなかった。これらは、SITの予測と反する結果であった。

一方、BGRの妥当性を検証した研究として、牧村・山岸(2003a)が挙げられる。彼らは、実在集団として大学の実習班を用い、自己/他者が報酬を分配した結果によって、お互いの分配額に影響し合う(互恵性の期待がある)条件と、分配は行われるが報酬は一定である(互恵性の期待がない)条件で内・外集団に対する報酬分配課題を行った。その結果、条件に関係なく内集団ひいきが生じた。この結果は、BGRの予測に反する。しかし、互恵性の期待がない状況で生じた内集団ひいきは、SITで想定されている内・外集団間の差を最大化する動機に基づいたものではなかったため、彼らはその結果はSITの予測にも当てはまらないものであると結論づけた。その後、牧村・山岸(2003b)は国籍を対象に、PDゲーム(神・山岸,1997)を用いた実験を行った。内集団に「日本」、外集団に「オーストラリア/韓国」の国籍を設定した結果、外集団への提供金額が内集団への提供金額を上回る外集団ひいき行動がみられた。三船ほか(2007)の追試でも同様に、SITおよびBGRいずれの予測も支持しない結果が得られている。

本研究の目的

実験デザインの改変

上で紹介してきた先行研究では、内集団ひいきの説明原理としてSITとBGRのいずれが正しいのかを検証するデザインを用いた研究が大部分を占めてきた。SITの理論的妥当性を検証した先行研究では集団所属性の知識の操作は行われていなかったため、BGRの説明が妥当であるか否かを直接検証することはできなかった。同じく、牧村・山岸(2003a)の報酬分配課題の操作では、BGRを検証する条件(互恵性の期待がある)とSITの予測を検証する条件(同じ集団であるが互恵性の期待がない)が設定されていたが、統制条件(お互いの集団所属性がわからない)が存在しなかった。こうした実験デザインでは、SITとBGRの両立性を検討することは困難である。そのため、本研究では実在集団においてSITとBGRが同時に成立しうるか否かを検証するために、先行研究(e.g., Hennessy & West, 1999; 牧村・山岸,2003a, 2003b; 三船ほか,2007; Terry & Callan, 1998; Yamagishi et al., 2005)における実験デザインの設定を改変した。

まず、互恵性の期待を統制するため集団所属性の知識を操作する必要がある。なぜなら、BGRでは「相手が自分の集団を知らない」と特に強調しない場面(相手が自分の集団も知っていると強調もしない場面)は相互条件と同じだとみなしているため、知識を操作しない場面で得られた内集団ひいきはSIT、BGRのどちらの理論を支持しているのかを弁別できないからである。さらに先行研究の指摘に基づき、混交要因の統制を行うべきである。本研究では、外集団の存在の顕現化および内集団成員からの評価懸念が、外集団脅威と集団内相互依存性の混交要因になりうることに着目した。これらの混交要因が、実在集団におけるデフォルトの状態での理論の妥当性の検討を難しくしていた可能性がある。国籍を用いた実験(牧村・山岸,2003b; Yamagishi et al., 2005)で外集団ひいきが現れたという実験結果については相手国へのステレオタイプや規範の効果が協力行動に影響を及ぼしたためと解釈されている。同じく国籍を用いた三船ほか(2007)では、ステレオタイプや規範の影響はなかったものの、外集団から評価されるかもしれないという評価懸念が生じていた。これらは、すなわち、特定の外集団の存在を参加者に顕現化させていたため、カテゴリーそのものに特定の意味が付与されやすくなったと考えられる。よって、特定の意味を持つカテゴリーが顕現化され、内集団との類似性と外集団との弁別性を知覚しやすくなったことにより、SITに基づく心理過程が優勢になった可能性がある(e.g., Brewer, 1991)。また、実在集団に大学の実習班を用いた実験(牧村・山岸,2003a)では、実習班の成員同士の顔が見えていた状況であったため、他の内集団成員から評価されるかもしれないとの評価懸念が生じ、協力行動に影響したという。評価懸念が生じた結果、同じ集団であることや互恵性の期待により説明できる範囲を超え、特定の個人に対する愛着や親しみから内集団ひいきが生じたと解釈できる(牧村・山岸,2003a)。また、自己の評判(評価)を落とし集団内から排除されてしまうかもしれないという懸念があれば、相手が自分の集団所属性を知らない場合であっても内集団ひいきが生じるとの主張も存在する(e.g., Mifune, Hashimoto, & Yamagishi, 2010; Yamagishi & Mifune, 2008)。

以上の理由から、本研究では、集団所属性の知識の操作を行う実験パラダイム(清成,2002)を採用した場面想定法実験を実施した。この実験では、特定の外集団を仮定しない形で、外集団の存在の顕現化を抑制し、内集団への協力行動を測定した。外集団の顕現化を抑制することにより、ステレオタイプ、規範、評価懸念を統制できる一方で、外集団脅威の効果も抑制されてしまうという懸念が生じる。しかし、最小条件集団と異なり、実在集団はしばしば集団間葛藤にさらされている集団であり、また実際の外集団も存在する。例えば、スポーツファンが同じチームを応援している他者に対して内集団ひいきを行うというデータも多く存在する(e.g., Levin, Prosser, Evans, & Reicher, 2005; Platow, Durante, Williams, Garrett, Walshe, Cincotta, Lianos, & Barutchu, 1999; Wann & Grieve, 2005)。以上より、外集団を明示しない場合でも、常に外集団脅威にさらされる集団である場合には、デフォルトで外集団脅威の効果が残存すると考えられる。すなわち、野球ファンのような実在集団は、最小条件集団よりも外集団脅威の効果が強いといえる。そのため、実在集団を対象とした場合、特定の外集団の存在を明確にすると外集団脅威がさらに強調され、互恵性の期待の効果との等価性が損なわれる可能性がある。すなわち、外集団を明示することは、デフォルトの状態での実在集団において両理論の妥当性を検討することを難しくさせているといえる。よって、本実験では外集団との利害葛藤のある集団を用いたうえで、外集団を明示しないことにより、外集団の顕現化の調整を行った。さらに、シナリオによる場面想定法において、一度限りの相互作用場面を設定し、匿名性を強調することにより、内集団からの評価懸念を可能な限り統制することを試みた。

実在集団を用いる必要性

以上の点を踏まえ、改変した実験デザインを用いたうえで、外集団脅威と集団内相互依存性が同時に存在する状況では、SITとBGRそれぞれが成立しうるのか否かについて検証することが本研究の目的である。本研究では、特定の外集団の存在を明示しなかったため、実在集団における外集団脅威の効果は抑制されている。しかし、野球ファンはしばしば集団間葛藤にさらされているため、潜在的な外集団脅威が存在すると考えられる。

本研究の立場は、SITとBGRの二つの理論が記述する心理プロセスが、相互背反的に働くのではなく、どちらも内集団ひいき行動を説明しうるというものである。横田・結城(2009)によると、どちらの心理的過程が優勢になるかは、集団間の葛藤状況の有無であるという。ただし、彼らの実験デザインでは、外集団脅威と集団内相互依存性の両方が同時に存在する場合は検討されていない。そのため、実在集団を選定するにあたり、日常的に一般交換の成立が可能であり、しばしば集団間葛藤にさらされる集団が適切であろう。もしそのような集団でも、SITおよびBGRが記述する心理過程が検出されなければ、それぞれの理論的な妥当性に疑いが生じる。そこで、本研究では、実在集団として広島東洋カープ(以下、カープ)のファンを採用した。

スポーツファンを対象とした内集団ひいき研究は少なからず存在する(e.g., Levin et al., 2005; Platow et al., 1999; Wann & Grieve, 2005)。さらに、スポーツファンは自身の応援するチームが負けたときに怒りや敵意の生じやすいことが示されている(Harrell, 1981)。我が国においては、プロ野球ファンの数が多く、チームの勝ち負けが日常的に話題にのぼることも珍しくない。一方で、必ずしも勝率の高いチームのファンがより熱心に応援しているわけではないことが知られている。例えば、カープは1991年以降、一度も優勝経験のないチームであるが、人口当たりの球場への観客動員数は多い(一般社団法人日本野球機構,2013)。2000年から2013年までの東京都・広島県の人口とそれぞれの球場の観客動員数を比較すると、東京都では人口の約27%が球場へ行くのに対し、広島県では人口の約42%の人が球場に行っている(延べ数:2000年度から2013年度;広島県,2014; 東京都,2014)。つまり、広島に在住する人々にとって、カープファンは非常にコミットメントが高く、ファン同士の長期的な関係が続くと認識されやすい集団であると考えられる。コミットメントの高い集団では、長期的な関係を形成しやすい。長期的な関係が続く集団では、協力すればいずれ自身に返ってくるという互恵的な関係が成り立っているため、一般交換関係を築くことが容易となる。したがって、カープファン同士には一般交換関係(集団内相互依存性)が存在するといえる。また、野球は自身の応援しているチームが勝てば相手チームは負けるという、勝利というゼロサム型の資源を応援するチーム間で争うスポーツである。よって、そのチームのファンの一員である場合、デフォルトで外集団脅威が存在すると考えられる。すなわち、カープファンは集団内相互依存性と外集団脅威の両方が存在する集団であると考えられる。以上の理由から、SITとBGRが両立しうるか否かを検討するうえで適切な集団だと判断し、カープファンを採用した。

以上の改変により、先行研究において内集団ひいきの発現を妨げたであろう要因を統制することができ、内集団ひいきの説明原理として、SITとBGRが同時に成立しうるかどうか妥当性を検証することが可能である。

仮説

以上の議論より内集団協力は、SITに基づけば相手の集団所属性が内集団であることから、BGRに基づけば内集団成員からの互恵性が期待できることから生じると考えられる。本研究では、二つの心理過程が同時に成立しうるとの立場をとる。互恵性の期待が成り立つ状況ではBGRが、互恵性の期待は成り立たないがカテゴリーを共有していると認識できる状況ではSITが優勢になるだろう。ただし、両理論が成り立つ状況(互いに内集団成員だと認識できる)状況では、BGRが優勢になるだろう(Stroebe et al., 2005)。以上より、内集団協力について、次の仮説が成り立つ。

BGRより、お互いに相手が内集団成員だとわかる条件では、どちらも所属集団がわからない、あるいはどちらか一方のみがわかる条件よりも協力的になるだろう(仮説1-1)。またSITより、自分だけが相手を内集団成員だとわかる条件では、相手だけが自分を内集団成員だとわかる条件やお互いの所属集団をわからない条件よりも協力的になるだろう(仮説1-2)。

また、どちらの理論が優勢になるかに依存して、内集団協力の背後にある心理プロセスが異なることが予測される。BGRが優勢な時は互恵性の期待が、SITが優勢な時は同一化が、それぞれ内集団協力を規定するだろう。よって、以下の仮説が成り立つ。

BGRより、お互いに相手が内集団成員だとわかる条件では、互恵性の期待のみが内集団協力と関連する(仮説2-1)。また、SITより、自分だけが相手を内集団成員だとわかる条件では、同一化のみが内集団協力と関連する(仮説2-2)。

方法

実験参加者

広島市内にある大学の学生262名(男性116名、女性145名、不明1名)が実験に参加した。平均年齢は18.97(SD=1.12)歳であった。また、参加者の出身地は広島県が204名、その他が58名であった。そのうち、カープファンが117名(男性52名、女性65名)、他球団ファンが29名(男性19名、女性10名)、野球ファン以外の人が113名(男性44名、女性67名)、無回答が2名だった。分析はカープファン117名を対象とした。

実験デザイン

シナリオに登場するあなた(参加者)とBさん(相手)がカープのTシャツを着ているか否かで互恵性の期待を操作する4条件(清成,2002)が設定された(実験参加者内)。条件は、お互いに相手がカープファンだとわかる相互条件、自分(参加者)だけが相手がカープファンだとわかっている自知条件、相手だけが自分(参加者)をカープファンだとわかっている相知条件、お互いに相手がカープファンだとわからない不明条件の4条件である。

Bさんは、参加者と面識のない第三者であると教示された。各条件に共通して、互いに相手の所属について推測している図とともに「右ページの各シナリオでは、実は、あなたもBさんも、お互いにカープのファンです」と教示した。その後、相互条件では「あなたもBさんも、お互いにカープファンであるとわかります」、自知条件では「あなたはBさんがカープファンであるとわかりますが、Bさんからはあなたがどこのファンであるかわかりません」、相知条件では「Bさんはあなたがカープファンであるとわかりますが、あなたからはBさんがどこのファンであるかわかりません」、不明条件では「あなたもBさんも、互いに相手がどこのチームのファンであるかわかりません」とそれぞれ教示した。後述するシナリオの内容は、各条件とも同一であった。すべての条件において、教示の最初に「右ページの各シナリオでは、実は、あなたもBさんも、お互いにカープのファンです」との文章を表示した後に、知識の共有の操作の教示が表示されていた。この教示は、すべての条件で同一化を促したうえで、その後の知識共有の操作の教示により、状況を再度設定させており、参加者の混乱を招いた可能性がある。しかし、援助期待の期待値のパターンは、清成(2002)の結果を再現するものであったことから、知識の操作は成功したと本研究では想定する。相互条件、自知条件、相知条件、不明条件のシナリオの回答する順番を、実験参加者内でランダムに設定することによってカウンターバランスがとられた。

予測

SITに基づく内集団ひいきには、自身と所属集団が同じであることが重要である。そのため、同じ集団であることがわかる相互条件と自知条件における協力の程度は、不明および相知条件よりも高くなるだろう(SIT)。一方、BGRに基づく内集団ひいきには、集団所属性が同じであることと互恵性の期待ができることが重要である。そのため、互恵性の期待ができる相互条件は、その期待ができない他の3条件よりも協力的になるだろう(BGR)。

また、BGRのモデルでは、互恵性の期待が同一化および援助行動を規定すると主張している(Yamagishi & Kiyonari, 2000)。そのため、同一化と援助行動との関連において、互恵性の期待、すなわち援助期待を統制した場合、BGRが優勢な状況ではその関連が消失し、SITが優勢な状況では依然として同一化と援助行動との関連は残存することが予測される。よって、同一化と援助行動との偏相関分析において、相互条件では援助期待を統制すると関連は消失し、自知条件での関連は依然として残るだろう。

測定項目

好きな野球チームの選択、シナリオによる援助行動・援助期待(条件別)、同一化尺度を測定した。

質問項目とシナリオの内容

まず、参加者がカープファンであるか否かを特定するため、好きな野球チームを尋ねた。日本プロ野球機構が定める12球団の中から最も応援しているチーム名を選ぶ、もしくは「どこのファンでもない/野球に全く興味がない」を選択するように求められた。

援助行動・援助期待のシナリオの内容は、条件を通して同一であり、日常生活で起こる困難な場面に直面したとき、あなたがBさんを助けると思う程度(援助行動)、Bさんがあなたを助けてくれると思う程度(援助期待)が測定された。それぞれ4つのシナリオが提示され、5件法(1.全くそう思わない~5.非常にそう思う)による評定が行われた。援助を行う場面の内容は、「Bさんは電車の乗り継ぎの仕方がわからずに困っています。あなたは教えてあげると思いますか」、「Bさんの持つ袋の底が抜け中身が散乱しました。あなたは拾ってあげると思いますか」、「Bさんは全座席が埋まったバスに松葉杖をついて乗りこみました。目の前に座るあなたは座席を譲ると思いますか」、「Bさんは道を歩いている途中で転び車のカギを排水溝に落としてしまいました。排水溝のフタは重くてびくともしません。一部始終を見ていたあなたは排水溝のフタを開けるのを手伝うと思いますか」であった。援助期待は、援助行動のシナリオ内の「Bさん」と「あなた」を逆転させ、Bさんが参加者を助けてくれると思うか否かを尋ねた。

同一化尺度では、カープファンの同一化の程度を測定した。尺度は、Kaiser & Pratt-Hyatt(2009)およびHogg, Fielding, Johnson, Masser, Russell, & Svensson(2006)の項目を基に、主語を、すべて「カープファン」に変えて作成をした。「自分が典型的なカープファンであるとされたら、気分がいい」、「カープが好きだ」などの13項目で構成され、5件法(1.全くそう思わない~5.非常にそう思う)による評定が行われた。

結果

援助行動における4つのシナリオの信頼性係数(クロンバックのα)を求めたところ、相互条件(α=.84)、自知条件(α=.83)、相知条件(α=.84)、不明条件(α=.87)で妥当な内的整合性が得られたため全項目を合算し、援助行動得点とした。同様に、援助期待に関するシナリオにおいても、相互条件(α=.84)、自知条件(α=.83)、相知条件(α=.82)、不明条件(α=.85)で妥当な内的整合性が得られたため全項目を合算し、援助期待得点とした。また、同一化項目(α=.96)の合計の最高得点は75点、最低得点は13点、中央値は39点であった。カープファンの同一化項目の合計平均は、40.55(SD=11.58)であり、野球ファン以外の人の同一化項目の合計平均は、24.84(SD=9.70)であった。カープファンと野球ファン以外の人との同一化項目において、t検定を行った結果、有意な差が得られた(t(228)=11.13, p<.01, d=1.47)。したがって、カープファンは、野球ファン以外の人よりも、同一化の程度が高いことが示された。

Figure 1に各条件における援助行動・援助期待の合計得点を示す。本研究では、SITも説明力を持つとの立場から、相互不明条件(不明条件)と内集団一方向条件(自知条件)の差を検討することが重要である。これら2つの条件は、「相手が自分の集団を知らない」という部分は同じだが、「自分は相手が内集団だと知っているか」が異なる。もし、自身が相手を内集団だと知っているだけでも協力が生起すれば、それはSITの予測と合致する。2(自分の知識:あり/なし)×2(相手の知識:あり/なし)の二元配置の分散分析を行うことも可能だが、その場合、この知識の非対称性を明確に示すことが難しい。したがって、本研究では一元配置の分散分析を採用した。

Figure 1 各条件における援助行動・援助期待の合計得点(エラーバーは標準偏差、英添え字が同じ場合は群間に有意な差が見られないことを示す)

互恵性の期待の操作が成功していたかを確認するため、条件ごとの援助期待を従属変数、集団所属性を独立変数として繰り返しのある分散分析を行ったところ、条件の主効果が有意であった(F(3, 348)=67.07, p<.01, ηp2=.37)。Holm法によって条件間の下位検定を行ったところ、援助期待では、相互条件(M=16.12, SD=3.20)の値が、相知条件(M=14.93, SD=3.10)、自知条件(M=13.24, SD=3.58)、不明条件(M=12.99, SD=3.69)よりも高かった(p<.01)。相知条件は、自知条件、不明条件よりも援助の期待が高かった(p<.01)。ただし、自知条件と不明条件の間に有意な差は得られなかった(p=.27)。この結果は、清成(2002)と同様であり、互恵性の期待の操作が成功したと想定する。

次に、援助行動においても同様に条件の主効果が有意であった(F(3, 348)=32.39, p<.01, ηp2=.22)。Holm法によって条件間の下位検定を行ったところ、援助行動において、相互条件(M=16.64, SD=2.96)の値が、自知条件(M=15.79, SD=3.16)、相知条件(M=15.00, SD=3.42)、不明条件(M=14.56, SD=3.73)よりも有意に高いという結果が示された(p<.01)。自知条件は、相知条件、不明条件よりも高く(p<.01)、相知条件は、不明条件よりも高かった(p<.05)。他の条件よりも相互条件における協力の程度が高かったことは、内集団成員からの互恵性の期待によるものであり、BGRに基づく仮説1-1を支持する結果である。さらに、互恵性の期待ができない自知条件においても、相知条件、不明条件より協力的であったことは、SITに基づく仮説1-2を支持する結果である。

援助行動と援助期待を比較したところ、自知条件では、援助を期待する程度は不明条件と同程度に低いにもかかわらず、内集団成員に対して協力的であった。すなわち、内集団成員からの協力を期待していないにもかかわらず、協力していることが示された。一方、相知条件では、自知条件よりも参加者自身は内集団成員に協力的でなかったにもかかわらず、援助を期待する程度は自知・不明条件よりも高かった。これは、相手が協力すると期待している一方で、自身は返報せず、協力的ではなかったことを示している。

内集団協力の背後にある心理プロセスを明らかにするため、同一化と援助行動の相関・偏相関係数3)を算出した。BGRに基づけば互恵性の期待である援助期待が内集団協力の生起要因となり(仮説2-1)、SITに基づけば同一化が内集団協力の生起要因となるだろう(仮説2-2)。分析の結果、相互条件(r=.24, p<.01)と自知条件(r=.18, p<.10)で有意な正の相関係数が得られた。さらに、BGRの効果を検討するため、Yamagishi & Kiyonari(2000)に従い、援助期待を統制して偏相関係数を算出した(Table 1参照)。BGRでは、同一化と援助行動の関連は疑似相関であり、援助期待、すなわち互恵性の期待が両変数を規定すると仮定している。もしBGRのモデルが妥当であれば、援助期待を統制することにより、同一化と援助行動との関連は消失するだろう。分析の結果、自知条件(r=.20, p<.05)と不明条件(r=.19, p<.05)では有意な正の偏相関係数が得られたが、相互条件では同一化と援助行動の相関関係が見られなくなった(r=.07, p=.43)。相互条件において、同一化と援助行動との間の相関が消失したことはYamagishi & Kiyonari(2000)の結果を再現しており、BGRに基づく仮説2-1を支持する結果である。一方、自知条件において、同一化と援助行動との間の相関が消失しなかったことは、SITに基づく仮説2-2を支持する結果である。

Table 1 援助の期待を統制した後の援助行動と同一化の相関・偏相関係数(r
相関偏相関
rprp
相互条件.241.009.074.430
自知条件.175.059.200.032
相知条件.133.154.141.132
不明条件.069.461.191.040

考察

本研究の目的は、実在集団を対象とし、シナリオよる場面想定法を用いた実験を通じてSITとBGRの妥当性を検証することであった。実在集団には、日常生活において一般交換関係が想定されやすく、たびたび集団間競争に直面しうる野球ファン(カープファン)を採用した。実験では先行研究の実験デザインを改変した。まず、集団所属性の知識の操作を導入した。また、シナリオ内に特定の外集団を明示しないことにより、外集団の顕現化を抑制した。外集団の顕現化の抑制により、過度な外集団脅威の効果、ステレオタイプ、規範、評価懸念などが統制された。さらに、内集団からの評価懸念を統制するため、シナリオによる場面想定法を用いて匿名性を高めた。これらの操作により、実在集団における混交要因の影響を可能な限り抑制した。協力行動の測定は、日常生活で起こる困難な場面に直面したという状況を設定し、参加者が相手を助けると思う程度(援助行動)と相手が参加者を助けてくれると思う程度(援助期待)を評価させた。互恵性の期待は、清成(2002)を踏襲し、集団所属性の知識の有無により操作を行った。

実験の結果、SITとBGRがそれぞれ記述する心理プロセスが検出された。内集団成員からの互恵性の期待ができる状況(相互条件)では、他の条件に比べ最も協力的になった。このことは、BGRを支持する結果であった。また、相手が内集団成員だとわかっているが、相手は参加者自身の所属がわからない、つまり互恵性の期待ができない状況(自知条件)では、互いに所属がわからない状況(不明条件)よりも協力的になった。この結果はSITを支持するものであった。さらに、同一化と協力行動の関連を見ると、互いに内集団成員だとわかる状況で、BGRが予測するように協力の期待を統制変数として投入すると、同一化と協力行動との関連が消失した。つまり、同一化と協力行動との関連は疑似相関であり、先行要因は互恵性の期待(協力の期待)であったといえる。一方、参加者のみが相手を内集団だと認識している状況では、同一化と協力行動との関連は、協力の期待を投入しても、その係数に変化は見られなかった。よって、互恵性の期待ができない状況において、同一化を先行要因とした内集団協力の心理プロセスが存在するといえる。この結果は、SITを支持するものであった。以上より、SITとBGRの妥当性がそれぞれ示された。ただし、互恵性が成り立たない状況ではSITが、互恵性の成り立つ状況ではBGRが記述する心理過程にそれぞれ切り替わり働くことからStroebe et al.(2005)の主張と一貫し、少なくとも二つの心理過程が加算的に機能する可能性は低かったといえる。

本実験では、SIT、BGRからも予測されない結果も得られている。参加者自身は相知条件において、不明条件と変わらない協力の程度であったにもかかわらず、協力の期待では不明条件よりも高いことが示された。この結果は、自身は協力的にならないが、相手は協力してくれるだろうと考えていたことを表している。それは、自身は相手が同じ集団とわかれば協力するように、相手も同じ状況であれば自身に協力してくれるだろうという期待と行動の裏返しであり、自身と相手の行動や考えを同一視していることを示している。また、不明条件において、同一化と協力行動に関連が見られず、この関連は協力の期待を統制したことにより得られた。この結果は、不明条件では「相手から搾取されるかもしれない」との恐怖が同一化の効果に対して調整変数として働いたと解釈できる。不明条件とは互恵性が期待できない状況であり、その場合、同一化が援助行動に効果を持つ。本研究では、不明条件においてもBさんが実際にはカープファンだと伝えたため、同一化と援助行動との関連が生じる可能性はある。しかし、同時に、不明条件は社会的不確実性の高い状況である。その場合、援助期待において、「相手から搾取されるかもしれない」という期待(搾取への恐怖)の側面が強くなったと考えられる。以上より、この搾取への恐怖が調整変数として同一化の効果を弱めていた可能性がある。

本研究の問題点と展望

本研究の結果の外的妥当性

本研究の結果より、実在集団における内集団ひいきの説明原理として、SITとBGRの両理論が同時に成立しうることが明らかになった。ただし、相手のみが参加者を内集団成員だと認識していた相知条件では、相手に協力しない行動傾向が見られた。さらに、互いに集団所属性がわからず相互依存性が存在しないデフォルトの状況(不明条件)では、協力の期待を統制した場合のみ同一化と協力行動に関連が見られるという予測されない結果も得られた。これらの結果には、上述した通り、二つの解釈が考えられる。一つは、あくまでデフォルトの内集団協力の規定因が互恵性の期待であるとの解釈である。もう一つは、参加者の多くが広島市民であったことである。集団所属性が不明であっても、日常場面であれば他の参加者も広島市民であると期待することができる。また、カープファンに同一化している参加者ほど、広島市民にも同一化する傾向があるために、それが援助を促進している可能性がある。よって、日常での困難に直面した場面を設定すると、同じ広島市民であるというカテゴリーをデフォルトで想像し、援助行動と援助期待に反映されたと考えられるのではないだろうか。つまり、広島市民にとって同じ広島市民は助けるべきであるという規範の現れに過ぎないという解釈も可能だろう。ただし、カープファンと広島市民という二つのカテゴリーへの同一化間の相関が不明なため、この解釈の妥当性は検証困難である。上述したように、Bさんが実際にはカープファンだと伝えたことが影響しているのか、参加者が広島市内にある大学の学生であったことの効果なのか、本研究のデータから特定ができないため、今後の検討が必要である。また、本研究は実験室ではなく教室で一斉に実験を行ったため、周囲に同じカープファンがおり、そのことを意識させた可能性が高い状況であった。本研究の結果を一般化するためには、カープファンのみならず、他チームの野球ファンを用いて検討する必要がある。また、その際、集団同士の葛藤が重要であるとの前提の妥当性を確認するためにも、集団間の葛藤に直面することの少ない集団(音楽ファンなど)も扱うことも検討するべきである。

協力行動の測定方法

本研究では、内集団協力として援助行動を測定した。しかし、本研究の利得構造と先行研究で用いられてきたゲームの利得構造は、異なっていた。BGRの妥当性を検討した先行研究(e.g., 神・山岸,1997; 清成,2002; 牧村・山岸,2003b; 三船ほか,2007; Yamagishi et al., 2005)では、内集団ひいきの測定にPDゲームが用いられたが、本研究ではギビング・ゲームの状況が提示されていた。PDゲームは自身が相手に資源を提供する金額を決定し、その提供金額が何倍かになって相手に渡る。相手も同様の決定を行っているため、相手からの提供金額に応じて、自身に何倍かになって返報される。一方、ギビング・ゲームでは一方的に相手に対して資源を提供するか否か決め、提供した資源が何倍かになって相手に渡る(真島・高橋,2005)。このように、PDゲームは資源を二者間で直接的に取引する限定交換であるのに対し、ギビング・ゲームは特定の相手と直接的に資源のやり取りをする状況ではなく、協力する相手が特定されていないことからも一般交換が示唆される状況であった。PDゲームとギビング・ゲームの重要な差異の一つは、集団内に相互依存性があるか否かという点である(e.g., 神・山岸,1997; 神・山岸・清成,1996)。つまり、自身の利得が何によって決定されるかが異なっている。PDゲームは相手の行動が自身の利得に影響するが、ギビング・ゲームは分配者が一方的に自分と相手の利得を決定する。そのため、PDゲームでは自身が資源を提供しても相手から裏切られるかもしれないという恐れから、非協力の誘因が大きく、より協力が生起しにくいゲームであるといえる。特に、清成(2002)では、PDゲームにおいてBGRを支持する結果が示されているが、実在集団ではその結果が再現されていない(牧村・山岸,2003b; 三船ほか,2007; Yamagishi et al., 2005)。協力行動の生起がより厳しい状況において追試を行うことは、BGRの説明力の限界と、実在集団における結果の再現性を妨げる要因を特定するうえで重要な意味を持つ。よって、今後はPDゲームを用いた追試を行うべきである。

これまで、最小条件集団における内集団ひいきの説明原理として、SITとBGRはそれぞれ独立に検討されてきたため、SITとBGRの両立性を検討した研究は数少ない。さらに、実在集団における理論の両立性を示した研究はほぼ存在しない。本研究の結果は、SITとBGRの両理論の妥当性を示したものであり、内集団ひいきの生起要因として、互恵性の期待も同一化も十分条件であることを示す証拠の一つである。また、実在集団を対象としても、両理論の妥当性は保証された。特に、BGRを明確に支持する知見が得られたことは、BGRの一般化可能性を示すものである。ただし、上述したように、まだ理論の外的妥当性が完全に保証されたわけではない。今後は実在集団の質を考慮したうえで、SITとBGRが比較可能な形での新しいデザインを用いた実験を行うことが必要である。

References
 
© 2015 日本社会心理学会
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