社会心理学研究
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書評
釘原直樹(編)『スケープゴーティング—誰が、なぜ「やり玉」に挙げられるのか』(2014年,有斐閣)
上瀬 由美子
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2015 年 31 巻 1 号 p. 72

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「スケープゴーティング」は、その使い勝手の良さから日常的な用語として社会事件の説明にしばしば登場しているが、これを多様な要因によって展開していく時系列的プロセスとして理解している人は少ない。本書はスケープゴーティング発生の心理メカニズムに関する理論的背景を概観するとともに、メディア報道におけるターゲットの変遷過程を分析した実証研究を紹介したものである。社会心理学を学ぶものだけでなく、スケープゴーティングとは何かを深く理解したいと考える一般の読者にとっても待望の書であろう。

本書は、大きく2部構成となっている。第1部は理論編で、当該現象に関する既存研究を紹介しつつ、その知見を編者らの「波紋モデル」に集約している。スケープゴーティング生起の心理的背景について、広く知られている精神分析の投影機能と欲求不満仮説の視点からの説明に加え、対象選択と統制感上昇の関連についての研究知見も紹介され、よりダイナミックに動機が解説されている。また3章では社会的リスク領域で行われた「スティグマ」研究の紹介が、さらに4章では現象が伝達される際の言葉の変化によるスケープゴーティングの促進が論考されている。

対して第2部はモデルの実証編である。6章では、事故報道と感染症報道についての新聞記事、第7章ではブログの「不謹慎」記事の、内容分析結果が紹介されている。第1部で提出されたモデルに基づき、中心的な問題から周辺へという波紋状の変遷が確認されるとともに、事故報道と感染症報道の差異も論考されている。

全体を通して、社会的スティグマ、言語表現、帰属過程、記憶バイアス、同調行動といった様々な研究文脈と関連付けてスケープゴーティング現象を多面的に理解しようとする試みがなされている点が本書の魅力であろう。また、実証編において、これまでメディア分析の素材としては十分成熟していなかったネットの書き込みが取り上げられている点も興味深い。個人のブログについての「不謹慎」の分析(7章)からは、非難される対象の大半が個人であり、別章の新聞記事分析の結果とは大きく異なっていることが示されていた。この点については、引用のされやすさといったネット独自の特徴がスケープゴーティングを増幅させる要因として指摘されている。

本書ではスケープゴーティング現象の生起や強化を、マスメディア報道に大きくよるものとして位置付けているが、メディアを取り巻く状況は刻々と変化しており、メディアによるスティグマ化プロセスについて、モデルのさらなる展開と精緻化が期待される。例えば近年利用頻度の高いネットニュースや「ランキング」の提示は、議題を限定し、多数派を意識化させることにつながっている。また情報収集機能を担う「まとめ」サイトも出現している。こういった新しい形の情報提示は、スケープゴーティングをより増幅させることにつながると考えられる。またマスメディア自体が、「高地位で非難しやすい」攻撃対象となる現実もあり、その信頼性の回復の問題やメディア間の相互の関連性についても検討の余地があるだろう。

読後、ステレオタイプや偏見に関わる社会的問題とマスメディアの関係について改めて思いをはせた。マスメディア報道は、文化的ステレオタイプ(Devine, 1989)を形成する強力な要因である。これまでマスメディア報道は、変容しにくい潜在的な文化的ステレオタイプを個人に植え付ける源としてしばしば非難され、内容分析によってその偏りを明確化することに関心が向けられてきた。その一方、その変容の困難さばかりが強調されてきたステレオタイプの潜在的側面については、近年その変容可能性が注目されてきている。さらに直接的接触による偏見解消を効果的に進めるための前段階として、間接的接触の有効性が指摘され、教育現場でのステレオタイプ・偏見解消の方法や変容可能性も論考されている(池上,2014)。この点からみれば、社会的に問題を含んだステレオタイプを変容させる積極的な役割を担うものとしてマスメディアに期待することも可能であろう。

ただし、マスメディアを非難するにしても、期待するにしても、メディアに焦点をあてた社会心理学の研究知見が、報道する側に響いている様子は依然として見えない。本書終章では「マスメディアの問題」として情報提供者の良心やメディアの監視が論考されているが、さらに一歩進めるなら、報道側が危惧する問題(例えばメディア・スクラム)を回避するための行動指針を関係者に提出することも可能であろう。社会心理学者がどのようにしてメディア報道に働きかけるべきか、その方法についてもさらに踏み込んだ議論が必要な段階と考える。

References
 
© 2015 日本社会心理学会
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