社会心理学研究
Online ISSN : 2189-1338
Print ISSN : 0916-1503
書評
稲増一憲(著)『政治を語るフレーム: 乖離する有権者、政治家、メディア』(東京大学出版会,2015)
是永 論
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2016 年 31 巻 3 号 p. 213

詳細

2015年という年が、日本社会における民主主義のありようを考える上で、一つの画期をなしたことは、異論の少ないところであろう。同年の8月、いわゆる安保関連法案の成立をめぐって、国会議事堂前に集う若者たちのコールとして投げかけられた、「民主主義ってなんだ?」という問いは、時の政権に対するだけではなく、広く一般の有権者にも向けられたものであったように思われる。

その意味において、2013年に提出された著者の博士論文をもとに、「民主主義の正統性」をテーマとする本書が、この2015年に公刊されたことは、本書がその主題を、日本の有権者独自による政治の捉え方において追究していた点と合わせて、単なる偶然におさまり得ないものを感じさせる。

一般有権者はどのように政治を捉えているのか、そして、その捉え方は有権者の政治的判断、ひいては民主主義社会の実現において有用なものであるのか?この問いに対して本書は、政治科学におけるフレーム概念を、社会学および心理学の領域で関連する諸概念との間で比較検討した上で(第2章)、日常生活における経験からの政治情報によって形成される「政治の捉え方」として、独自のフレーム概念を定義しながら、それを質的な分析手法によって解明する必要を主張している(第3章)。

この主張から遡って、本書がもつ政治研究としての特徴を確認しておくと、本書はその出発点として、従来の政治的洗練性の概念を中心とした、政治家・ジャーナリストといった「政治的エリート」による政治イデオロギーとそれに基づく政策争点の設定への批判を紹介し、翻って一般有権者において独自の争点態度を結びつける政治的価値の存在を指摘している(第1章)。

以上を背景とした、有権者の政治判断を、政治的エリートとの一致以外の観点から評価する、という本書の視点は、さらに第Ⅱ部において、パネル調査への自由回答および、その比較対象としての新聞報道と国会での議員発言という質的なデータを対象とした分析に展開する。

そして、それらの分析結果において明らかとなった、年金問題に見られたフレームの存在は、一般有権者における独自のフレームとして、他の憲法や安全保障問題などに関する公的なディスコースにおけるフレームとの乖離を示していた(第4章)。パネル調査のデータから求められた両者の相違は、前者が日常生活から直接的な経験として得られる情報から形成されるのに対して、後者の方がマスメディア情報からの間接的な経験に基づくため、争点としての構造化の程度が高いことであった(第5章)。

以上の結果から示された有権者独自のフレームの存在は、さらに政治研究そのものに対する一つの重要な問題を喚起する。それは、研究者自身が質問項目の作成などを通じて表す政治概念もまた、一種の政治的エリートによるフレームとして、有権者自身のフレームと乖離する可能性をもつことである。本書の第Ⅲ部では、この問題に対応する視点が、質的な分析方法の適用とその結果とともに示されていく。

まず、第6章では、24名の有権者を対象とした質的面接調査における発言内容から、5つのフレームが明らかとなり、このうち「抽象的概念」というフレームが従来の政治モデルに一致する一方で、「居住地域」と「個人の生活」という2つのフレームが、有権者による私的生活空間との関連において形成されるという特徴を見せた。

筆者において、これら2つのフレームは、私的生活空間と公共空間の対立の中で、有権者における公共性の後退を示すものではなく、有権者が自らの生活空間の中での活動に公共性を見いだす可能性として位置づけられる。実際に第7章では、399名の有権者による質問紙調査の結果として、両フレームが、いずれも政治的態度および政治参加に有意な関連を見せていたことが示され、さらに第8章においては、インターネット上の被験者に「個人の生活」フレームを提示する実験状況から、特に政治的洗練性の低い有権者が、「抽象的概念」を提示された場合よりも政治関心を高めるという結果が確かめられた。

以上をもとに終章で導かれる、有権者が私的な生活上の経験から政治を捉えるフレームを獲得することに、民主主義における一つの正統性を見いだすという結論は、現代の日本社会に投げかけられた冒頭の問いへの、一つの回答にもなっていると評者は考える。

最後に付け加えるならば、量的データと質的データを自在に交えた分析手法とともに、第1章のテキストマイニングから第8章のオンライン実験にいたるまで、さまざまなツールを駆使した研究対象へのアプローチもまた、本書の特徴といえる。筆者による最新の研究では、GPSの位置情報も変数に加えられているという話であるが、これらに見られる、有権者が置かれた多元的なコミュニケーション状況と、それにともなう多様な情報のあり方に対応した姿勢もまた、有権者における現実の生活経験に根ざした研究視点として特筆すべきものであるだろう。

 
© 2016 日本社会心理学会
feedback
Top