社会心理学研究
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資料論文
110番通報の正確性および迅速性と関係する要因:模擬場面を対象とした実験研究
豊沢 純子竹橋 洋毅
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2016 年 31 巻 3 号 p. 200-209

詳細

問題と目的

近年の犯罪や災害の多様化、スピード化を背景として、迅速で的確な初動警察活動の重要性が高まっている(警察庁,2010)。事件や事故の被害の拡大を防止し、犯人を迅速に検挙するためには、110番通報の受理と指令からなる通信指令機能を強化することが求められる(梅村,2010)。事案発生から対応終了までのプロセスにおいて警察が果たす役割は大きく、これまで通信指令システムの整備や人材育成などの様々な取り組みがなされてきた(警察庁,2010)。その一方で、市民も110番通報の発信者としてこのプロセスに関与するものの、通報の適切さを高めるうえで、市民にどのような貢献が可能であるかについては議論がなされてこなかった。本研究では110番通報を市民と警察官のコミュニケーションの過程として捉え直し、情報伝達の適切さに関わる要因を抽出することを目的とする。

これまで110番通報のコミュニケーション過程について直接的に検討した心理学研究は報告されていないが、110番通報場面が持つ“緊急性”、“市民と専門家の相互作用”、“電話使用”、“課題の複雑さ”の各特性については、関連する分野で検討がなされてきた。例えば“緊急性”は、クライシスコミュニケーション研究や緊急時の情報処理研究において検討がなされ、災害発生などの緊急時に人々が情報を正しく理解し適切な行動をとることが難しいことを示してきた(e.g., 原,2003; Lundgren & McMakin, 2013)。また、“市民と専門家の相互作用”は、目撃証言研究やサイエンスコミュニケーション研究において検討がなされ、目撃証言研究では、主に事件や事故の後に市民が様々な情報や状況に接する中で記憶が変容することの問題を扱い(e.g., 厳島,2003; Loftus, 1979西本訳 1987)、サイエンスコミュニケーション研究では、現代社会の諸問題の解決を図るには、市民と専門家が互いの立場を尊重し価値観や意見を交流させることの必要性を論じてきた(e.g., 杉山,2007)。“電話使用”は、非対面のコミュニケーション研究で検討がなされ、非対面場面では入手できる手がかりが少ないため、緊張が生じやすく相互作用が断片的になりやすいことを指摘してきた(大坊,1998)。最後に、110番通報は事件の種類、事件の発生場所、犯人の特徴、犯人の逃走方向、犯人の使用した乗り物など、多様な情報を伝達する必要があるが、このような“課題の複雑さ”は、情報処理アプローチをとる研究では、認知負荷を生じさせることによってパフォーマンスを低下させる可能性を指摘してきた。

これらの先行研究は、上記の特性が通報の適切さを低下させる可能性を示唆するが、110番通報場面で検討した研究はなく、各特性が通報の適切さに及ぼす影響は明らかにされていない。特に“市民と専門家の相互作用”過程については、従来の研究は、対話に時間の余裕のある状況を扱ってきたのに対し、110番通報は事件や事故の直後に行われるものであり、コミュニケーションの成否に関わる要因が異なると考えられる。以上の議論から、110番通報の問題を検討するためには、110番通報に固有の状況に焦点を当てた検討が必要となると考えられる。

それでは、110番通報の適切さはどのような要因の影響を受けるだろうか。二者間のコミュニケーション過程に注目する場合、上述の場面特性からエラーを抑制することが難しいのならば、エラーが生じることを前提として、それを検出するためのフィードバックを行うことが有効であると考えられる。聞き手の言語行動に関する先行研究によると、あいづち、先取り、確認などの言語行動は、聞いていること、理解していること、同定や否定、感情を聞き手に伝える機能があり、会話への積極性を示すとされる(e.g., 堀口,1988)。この知見を110番通報場面に当てはめると、聞き手の理解度を話し手に示す言語行動、すなわち“はい”などの“あいづち”、復唱などの“繰り返し”、話し手の発言を別の言葉に置き換える“言い換え”、理解が不十分な際に情報の追加を求める“確認”は、エラーの検出に有効であると考えられる。また、エラーの発生を抑制するためには、聞き手だけでなく、話し手の言語行動に注目することも有効であろう。聞き手の理解を促すために情報を付加する言語行動、すなわち、音声を正確に伝えるための“繰り返し”、意味を正確に伝えるための“言い換え”は、エラーの抑制に有効であると考えられる。

ところで、以上の言語行動は、情報伝達の“正確さ”に貢献すると考えられるが、110番通報は正確さだけでなく“迅速さ”も重要である。しかしながら上記の言語行動は、正確性を満たすために最低限伝達すべき“質問”と“回答”に追加される会話要素であり、迅速性の観点からは冗長な発話と捉えることもできる。すなわち、正確性にはプラスの働きをするが、迅速性にはマイナスの働きをすると考えられる。

効率性を踏まえた正確性を考える際には、発話を付加するアプローチから視点を変えて、会話の構造を捉えることも一つの方法であろう。コミュニケーションにおける相互作用の原理を解明する方法として主に社会学の領域で広く用いられてきた会話分析は、発話のやり取りがどのように起こり、どのように意味が付与されるのかのメカニズムを会話構造に注目して分析を行うものである(林,2008)。過去の研究から、日常的で自然な発話には様々なルールが潜んでいることが明らかにされており、例えば、質問には答え、呼びかけには応答、挨拶には挨拶といった隣り合う発話、すなわち隣接ペアが見られることや、自由で活発な会話では、話者の入れ替わりが激しいことが明らかにされてきた(e.g., 橋内,1999)。これらの知見を110番の適切さという点から捉えると、質問と回答の対応関係や順序、話者の交替頻度などの指標は正確性や迅速性に影響する可能性が考えられる。ただし、これらの要因と迅速性との関係は一意ではなく、正と負の側面を持つ可能性が考えられる。双方が通報手順に従って会話を行うことや、話し手が頻繁に交代することは、会話中の短期記憶への負荷が低いため、会話時間を短くする可能性が考えられる。しかし一方で、会話が構造化されることや会話が円滑であることは、聴取に漏れを生じにくくするため、会話時間を長くする可能性が考えられる。したがって、正確さと迅速さを同時に評価する必要があり、本研究では、一つの正解を得るのに必要な会話時間を指標化して、この値と会話構造の各要因に関係が生じる可能性を検討する。

仮説の検証にあたっては、実際の通報の内容を分析することが最も望ましいが、個人情報保護の観点から、そのような情報を得ることは困難である。したがって、本研究では模擬的な通報場面を対象とした検討を行う。仮説は以下の2つが設定された。始めに、言語行動について、聞き手が理解度をフィードバックするための言語行動、話し手が情報を付加するための言語行動は、伝達の正確さと正に相関し、迅速さと負に相関するだろう(仮説1)。次に、会話構造について、隣接ペアの形成と話者交替は、正確さと正の相関、迅速さとは無相関、一正答あたりの会話時間とは負の相関を示すだろう(仮説2)。

なお、本研究ではエラーの内容についても探索的な分析を行う。110番通報時の二者間の会話の内容に焦点を当てた研究はこれまで見受けられず、警察官が聴取を行う中でどのようなエラーが生じるのかは十分に明らかにされていない。模擬場面であっても、特定のエラーが発生しやすいという知見が得られれば、そのエラーを制御するための示唆が得られる可能性がある。これを考慮し、本研究の場面設定において生じるエラーの内容についても報告することとした。

方法

実験参加者

大学2年生から4年生までの40名(男性21名、女性19名)。大学の授業で参加者の募集を行い、参加希望者に対して、半数を通報者役、残りを警察官役に割り当てて実施した。参加者は同じ大学の学生であり、地理情報の伝達などにおいて共通基盤を用いた省略が生じる可能性があったため、相手は見知らぬ市民あるいは警察官であると考えて会話すること、同じ大学の学生であれば当たり前のことも省略しないで伝えることを注意点として教示した。役割、ペア、実験の実施順序は乱数を用いて決定した。

実験機材

各ペアに対して、プリペイド式の携帯電話(Softbank 740SC)2台、ICレコーダー(SONY ICD-UX523)1台、携帯電話録音アダプター(NATEC RC2000)1台を用いた。ICレコーダーと録音アダプターは警察官役の携帯電話に接続した。

事件のシナリオ

本研究では、ひったくりのシナリオを用いた。A4判の用紙1枚に、事件発生状況と事件発生場所のイラストと犯人の逃走方向を示す矢印を記載した(Figure 1, 2)。併せて用紙の余白に、たった今事件を目撃したこと、バッグを奪われて動揺している被害者に代わって110番通報をすること、被害者と実験参加者は現在も事件現場にいること、ナンバーは目撃していないこと、被害者はケガをしていないことを記載した。通報者の情報は、名前は自分の名前を伝え、住所と電話番号は以下の情報を伝えること(“大阪府池田市緑丘1-2-10”、“090-9114-8095”)を教示した。住所と電話番号に共通の情報を用いたのは、実験参加者の個人情報への配慮による。

Figure 1 ひったくりの状況のイラスト(出典:(株)東京法規出版)

実験ではイラストをカラー印刷して使用した。

Figure 2 事件発生場所および犯人の逃走方向

実験ではイラストをカラー印刷して使用した。

実験手続き

実験は、事前に実験概要を説明して協力を求め、同意書に署名をした者に対して行った。通報者役と警察官役は別々の部屋に移動してもらい、携帯電話で会話をしてもらった。通報者役には、実験開始時に上述のシナリオの入った封筒を渡し、入室後に封筒を開け、シナリオの内容を理解してから発信するように教示した。シナリオは通話中、参照できる状態であった。警察官役には、実験開始前の待機中に通報の受け方を記載したA4判の用紙1枚を渡し、その内容を十分に理解することを求めた。通報の受け方については、110番通報を受信する通信指令室は都道府県警察ごとに設置されて運用されているため(豊沢・竹橋,2013)、実験を行う地域の通信司令官に事前にインタビュー調査を行い、その内容に基づき用紙を作成した(Table 1)。実験中は通報者役からの通報を受信し、聞き取った内容をメモすることを求めた。会話が終了した後に、警察官役には聞き取りテストを実施した。

Table 1 聴取の心構えと発話内容
心構え警察官役の発話
1. 最初の第一声が肝心“はい、110番、緊急電話です”
2. 迅速な事件把握“事件ですか? 事故ですか?”“何がありましたか?”“それはいつですか?”
3. 迅速な現場把握“そこはどこですか?”“何か目標物はありませんか?”
4. 迅速な犯人情報の把握“犯人は、そこにいるのですか? 逃げたのですか?”“(逃げたのは)どちらの方向ですか?”“歩いてですか? 車ですか?”“車の色、型、ナンバー、特徴は?”“犯人の人数、人相、年齢、着ていたものは?”“その他、何か特徴は?”
5. 正確な事件掌握“被害者は、どうしていますか?”“今、電話はどこからおかけですか?”“あなたのお名前、住所、電話番号は?”“今すでにパトカーが向かっていますから、パトカーが着いたらお巡りさんに協力してやって下さい”
6. 協力者には最後に一言を“ご協力ありがとうございました”

質問項目

聞き取りテストの質問項目は、Table 1の内容に基づいてTable 2のように作成し、自由記述で回答を求めた。回答時にはメモを参照することができた。

Table 2 聞き取りテストの評価基準
質問正答の判定基準(合計37点)
問01どのような事件が起こりましたか? 事件の種類をお答え下さい。ひったくり(1点)
問02事件はどこで発生しましたか?大学名(1点)/キャンパス名(1点)/場所が特定でき、合っている(1点)
問03事件はいつ発生しましたか?直前に発生したことを示す言葉。具体的な数字がある場合は、ICレコーダーの録音開始時刻から前後10分以内(1点)
問04犯人は何人ですか?2人(1点)
問05被害者は何人ですか?1人(1点)
問06犯人の服装は?犯人(前、後)×要素(ヘルメット、上着、ズボン)×特性(色、形)を評価。ヘルメットは柄も対象とした。靴に関する記述は一件もなかったため、分析から除外した(合計14点)
2人に分けて記述されていない時は、1人分の記述として扱い、残りは非伝達とした。
色は、JISの系統色名と照合して正誤を判定した。始めに、イラスト内の各要素の色を、無彩色の基本色名3種類(白、灰、黒)と有彩色の基本色名10種類のさらに基本となる5種類(赤、黄、緑、青、紫)の合計8種類と照合して、該当する色名を抽出した。その後、その色名と実験参加者の回答した色名を照合し、同じ色のカテゴリーに含まれる場合に正解とした。慣用色名についても同様に扱った。
前方の犯人のヘルメットと上着の色は、色相環で「紫」と「青」の中間であったため、いずれの回答も正解とした。
ヘルメット上着ズボンバイク
前の犯人紫、青紫、青緑(1台)
後の犯人
問07犯人の逃走方向は?方向が特定でき、合っている(1点)
問08犯人の年齢は?不明または分からない(1点)
問09犯人の使用した乗り物は?色(車体、椅子)、型(バイク、バイクのさらに細かい表現(原付、スクーター))、ナンバー、何人乗りか(2人用の表現の有無)(合計6点)
問10被害者はケガをしていましたか?していない(1点)
問11被害者は通報時どうしていましたか?動揺していた(1点)/通報者と一緒に事件現場にいた(1点)
問12通報者の名前、住所、電話番号は?名前は、本人の少なくとも名字が正しい(1点)住所は、池田市(1点)/緑丘(1点)/1-2-10(1点)電話番号は、090-9114-8095(1点)

倫理的配慮

本研究の手続きは、大阪教育大学倫理委員会の審査を受け、承認された(番号70)。上述の点以外の個人情報への配慮としては、携帯電話は実験参加者の私物を使用せず、実験者が用意した電話を使用した。ICレコーダーに録音された音声は、第一筆者が全て文字に書き起こし、通報者の名前は伏字に置き換えてから分析に使用した。

結果と考察

正確性と迅速性の得点化

正確性は、警察官役に実施した聞き取りテストの回答を評価した。本研究では、オミッション・エラーとコミッション・エラー、すなわち“無回答”と“誤答”の2つのエラーを区別した。判定基準は質問項目ごとに筆者2名で作成し(Table 2)、独立に評価を行った(一致率は99.2%)。判定が異なっていたものは、協議を行い解決した。また、エラーの発生と修正のプロセスを議論するにあたって、聞き取りテストで確認されたエラーが、通報者役の伝達に問題があったのか否かを判別するために、通報者の発話内容についても同様の判定基準を作成し、評価を行った(一致率は99.7%)。ここでは、“正伝達”、“非伝達”、“誤伝達”を区別した。

迅速性は、ICレコーダーに録音された音声について、ペアごとに発話開始から終了までの秒数を“会話時間”として抽出した(M=218, SD=35)。会話時間の値が高いほど、迅速性が低いことを意味する。また、会話時間を正答数で除算したものを“一正答あたりの会話時間”とした。

エラー数と誤答の内容

警察官役の聞き取りテストのエラーは、ペアごとに37個(Table 2を参照)、全体で740個の評価項目について、無回答が326件(全体の44%)、誤答が24件(全体の3%)であった。質問項目別では、事件名(問01)、犯人の人数(問04)、被害者の人数(問05)にはエラーはなく、事件発生場所(問02)と被害者の状況(問11)は無回答のエラーのみであった。その他の質問項目では、無回答と誤答の両方が生じていた(Table 3)。

Table 3 通報者役の情報伝達の正確性と警察官役に実施した聞き取りテストの結果
質問項目情報伝達聞き取りテスト
正伝達非伝達誤伝達正答無回答誤答
問01事件名20002000
問02事件発生場所537043170
問03事件発生時刻19101811
問04犯人の人数20002000
問05被害者の人数02002000
問06犯人の服装125149610016812
問07犯人の逃走方向16401172
問08犯人の年齢61401532
問09犯人の逃走手段8040039801
問10被害者の負傷16401721
問11被害者の状況1921014260
問12通報者の情報8311673225
合計4572711239032624

通報者役の情報伝達のエラーは、非伝達が271件(全体の37%)、誤伝達が12件(全体の2%)であった(Table 3)。このうち、聞き取りテストの無回答に関連したエラーは235件(非伝達が231件、誤伝達が4件)、誤答に関連したエラーは12件(非伝達が4件、誤伝達が8件)であった(Table 4)。

Table 4 聞き取りテストのエラー(無回答、誤答)と情報伝達の正確性の関係
質問項目無回答誤答
正伝達非伝達誤伝達正伝達非伝達誤伝達
問01事件名000000
問02事件発生場所1070000
問03事件発生時刻010100
問04犯人の人数000000
問05被害者の人数000000
問06犯人の服装221451615
問07犯人の逃走方向520110
問08犯人の年齢030020
問09犯人の逃走手段40400100
問10被害者の負傷110100
問11被害者の状況5210000
問12通報者の情報8113203
合計9123141248

なお、被害者の人数(問05)、犯人の年齢(問08)、被害者の負傷(問10)は、通報者役からの正伝達数よりも警察官役の正答数が多くなっていた。この点については、警察官役の推論が正答をもたらした可能性が推察される。例えば、被害者が複数いることや負傷者がいることは伝達されるべき重要情報であるため、その伝達がないことを手がかりに、被害者は一人であり、負傷はしていないと推論した可能性が考えられる。犯人の年齢については、“フルフェイスのヘルメット着用”の情報から、犯人の年齢を判断できないと推論した可能性が考えられる。

次に、聞き取りテストの無回答と誤答の二つのエラーのうち、現実場面で発生した場合に犯人の誤認逮捕など、より深刻な問題を生じさせる可能性のある誤答に注目し、その内容を発話データに基づいて分析した。具体的には、誤答の内容と件数、その原因、通報者役からの情報伝達の正確性についてまとめた結果をTable 5に示す。Table 5の誤答の内容と原因、情報伝達の正確性から読み取れるように、通報者役の誤伝達に基づいた誤答は、犯人の服装の色や形の誤認、あるいは教示の理解不足によって生じた可能性が考えられる。それに対して、通報者役の非伝達に基づいた誤答は、警察官役の過剰推論や、他の情報との混乱によって生じた可能性が考えられる。正伝達にも関わらず生じた誤答は、通報者役からの情報の伝え方の問題、警察官役の誤解や他の情報との混乱によって生じた可能性が考えられる。このように、誤答は主に通報者役あるいは警察官役の認知や推論の問題によって生じたと考えられるが、そのうち何件かは、二者間の相互作用の中でエラーを検出し修正することが可能であったと考えられる。特に、発生時刻や電話番号などの数字の誤答は、話し手の発音の不明瞭さや不適切な伝え方によって生じており、聞き手が復唱をすることによってエラーを回避できた可能性がある。ただし、これらの可能性は記述的な分析に基づいた考察に過ぎず、もう一つのエラーである無回答が生じたプロセスや相互作用要因との関係についても、より客観的な指標を用いて検討することが望ましいと考えられる。したがって、序論で述べた聞き手と話し手の言語行動、会話構造に関わる要因について、発生件数の数値化を行い、警察官役に実施した聞き取りテストの結果との関係を検討した。

Table 5 誤答の内容、発生件数、誤答の原因、通報者役の情報伝達の正確性
質問項目誤答の内容件数誤答の原因情報伝達
事件発生時刻(問03)12時3分(“12時13分”と伝達)1聞き間違え、“じゅう”の音の不明瞭正伝達
犯人の服装(問06)ヘルメットの色を「黄緑」「緑」3バイクの色との取り違え非伝達1件、正伝達2件
後方の犯人の上着の色を「水色」「青」「薄い青」5ヘルメットの色からの色相の同化誤伝達4件、正伝達1件
前方の犯人の上着の形を「パーカー」1イラストの曖昧さ、誤認誤伝達
ヘルメットを「帽子」、ズボンを「ジーンズ」3誤認、誤記正伝達
犯人の逃走方向(問07)エスカレータを上りきって左、山を下る方向(正解と逆方向)2推論の誤り、誤記非伝達1件、正伝達1件
犯人の年齢(問08)20代、大学生(非提示情報)2推論の誤り(ステレオタイプ)非伝達
犯人の逃走手段(問09)くるま(“単車”と伝達)1誤解、誤記正伝達
被害者のケガ(問10)していたが大丈夫(“いまんところ被害者はけがはしていないみたいです。被害者は、えー、もうけがはしなくて、まあだいじょうぶなんで”と伝達)1曖昧な伝達、誤解正伝達
通報者の情報(問12)教示との不一致(名前1件、住所2件)3教示理解不足、記入の省略誤伝達1件、正伝達2件
810(“はちときゅーごー”と伝達)、81952伝え方の不適切さ、誤解正伝達1件、誤伝達1件

誤答の原因は、聞き取りテストおよび発話内容に基づいて、筆者らが考察を行ったものである。

言語行動、会話構造と正確性・迅速性の関係

聞き手の言語行動(“あいづち”、“繰り返し”、“言い換え”、“確認”の合計値)、話し手の言語行動(“繰り返し”、“言い換え”の合計値)、会話構造の2要因(隣接ペア数、話者交替数)は、文字に書き起こした発話データから件数を抽出した。要因ごとの評価基準および該当する件数の平均と標準偏差をTable 6に示す。なお、通報者役を話し手、警察官役を聞き手というように役割別に評価するのではなく、従来の研究に倣い、話者交替に応じて評価を行った。

Table 6 言語行動・会話構造の発生件数と正確性・迅速性との相関関係
要因件数MSD正確性迅速性迅速性/正確性
正答無回答誤答会話時間一正答あたりの会話時間
言語行動聞き手129965 (23).62**−.63**−.14.61**−.19
話し手1487 (4).42−.47*.02.67**.01
会話構造隣接ペア24212 (3).39−.39−.19−.19−.48*
話者交替44922 (6).58**−.51*−.26.23−.23

**p<.01, *p<.05, p<.10 言語行動は、聞き取りテストの合計得点との相関を分析した(ペアごとの得点の上限は37点)。一方、会話構造は、隣接ペア、話者交替ともに設問の単位で形成されると考えられるため、各設問の得点の上限が1点になるように値を変換して分析に用いた(ペアごとの得点の上限は12点)。 各要因の評価基準は以下のように定めた。 聞き手の言語行動のうち、あいづちは、“はい”、“なるほど”、“そうですね”、“わかりました”など、聞いていること、理解していることを話し手に伝える言語行動を対象とした。これらは、堀口(1988)では“あいづち詞”とされている。質問に対する回答としての“はい”や“いいえ”は原則として含めないが、あいづちと弁別できない発話(e.g., 復唱に対する“はい”の応答)は含めた。繰り返しは、警察官役の復唱のほか、通報者役の引用(e.g., 警察官役からの“バイクの特徴は分かりますか”の質問に対する通報者役の“バイクの特徴か”)を対象とした。言い換えは、話し手の発言をそれとは異なる言葉に置き換えたり、要約したりする発話を対象とした。確認は、話し手の音声は聞き取っているが正しいかどうかが不明である時、話し手の発話に曖昧なところがある時、聞き手の解釈が正しいかを知りたい時などに、話し手に確認を求めたり、情報の追加を求めたりする発話を対象とした。話し手の言語行動のうち、繰り返しは、聞き手の聞き逃しを防ぐための同じ発話の繰り返しを対象とした。言い換えは、意味を確実に伝えるため、すでに伝えた内容を別の言葉で表現する発話を対象とした。会話構造に関する要因のうち、隣接ペアは、“質問と回答”だけでなく、聴取開始時の電話ベルによる“呼びかけと応答”、聴取終了時の“依頼と承諾”、“感謝と応答”も対象とした。Table 1から分かるように、ペアごとに形成可能な隣接ペア数の最大値は17である。話者交替は、会話の主導権の交替数を対象とした。あいづち、復唱、確認などの言語行動が見られても、話し手に主導権が維持されている間は交替とはみなさなかった。

聞き手および話し手の言語行動と正確性および迅速性の関係(仮説1)について、スピアマンの順位相関係数を算出したところ、いずれも正答と正の相関、無回答と負の相関、会話時間と正の相関が認められた(Table 6)。

隣接ペアおよび話者交替と正確性および迅速性の関係(仮説2)については、いずれも正答と正の相関、無回答と負の相関、会話時間と無相関であった。一正答あたりの会話時間との相関については、隣接ペアのみ負の相関が確認された。

以上をまとめると、正確さについては、3つの指標(正答、無回答、誤答)のうち、誤答以外は仮説が支持された。迅速さについては、いずれも仮説と一致する結果であった。一正答あたりの会話時間については、隣接ペアは仮説を支持したが、話者交替は統計的に有意な水準には至らなかった。

総合討論

本研究は、110番通報時の二者間の相互作用過程に焦点を当て、模擬的な場面で生じるコミュニケーションのエラーを記述するとともに、正確性および迅速性と関連する要因の抽出を試みた。警察官役に実施した聞き取りテストの結果は、正答が全体の53%にとどまり、無回答が44%、誤答が3%であった。無回答と誤答のエラーの背景を通報者役の情報伝達の正否から捉えると、無回答は正伝達(28%)、非伝達(71%)、誤伝達(1%)後に起こり、誤答は正伝達(50%)、非伝達(17%)、誤伝達(33%)後に起こっていた。本研究はシナリオを見ながら通報を行う方法を用いたが、それでも多くの情報が省略され、あるいは誤って伝えられたためにエラーが生じた。また通報者役から正しく伝えられてもエラーが生じることがあった。以上の結果から、110番通報のエラーは通報者役と警察官役のどちらにも起こりうる問題であることが示唆された。

誤答が発生したペアの発話内容の分析からは、通報者役と警察官役の双方の問題点がより具体的に示された。通報者役には伝え方の問題や情報の誤認があり、警察官役には誤認や誤解、過剰推論があることが推察された。また別の観点から、非伝達の内容を警察官役がどのように処理したのかに注目すると、正と負の両方の側面があり、非伝達であることを手がかりにした推論が正答を導くことがある一方、不足する情報をステレオタイプや過剰推論で補い誤答を導くことがあった。以上の結果は、少数の事例に基づくものであり一般化することは尚早であるが、どのような情報に誤認や誤解が生じやすいのか、非伝達の情報の処理に関する注意点について今後の研究でさらに知見を追加することができれば、現実場面の警察官の研修や市民の啓発活動に多くの示唆をもたらすことが期待できる。

発話内容を言語行動の要因から数値化し、正確性との関係を分析した結果、聞き手が積極的に会話に参加していることを示すフィードバックを返すことや、話し手が説明を付加するなどの言語行動は、仮説と一致して、正答の多さ、無回答の少なさと相関していた。誤答との相関は確認されなかったが、その理由としては、誤答が0件のペアが全体の25%、1件のペアが全体の50%であり、発生件数の少なさが影響した可能性が考えられる。言語行動と迅速性との関係においては、予測通りに負の相関が確認され、言語行動は正確さと引き換えに迅速さを失うものであることが示された。ただし、これらの結果の解釈に際しては、言語行動そのものが正確性や迅速性に影響したのか、あるいは単に会話量が多いことの影響なのかが必ずしも弁別的ではない。言語行動の影響のみを抽出するためには、言語行動以外の発話を統制して、言語行動を付加する群と付加しない群の正確性や迅速性の差を検討する研究が今後必要であろう。

会話構造と正確性、および迅速性の関係に関する分析からは、隣接ペア、話者交替ともに仮説を支持する結果であり、正答と正の相関、無回答と負の相関、迅速性とは無相関であった。誤答との相関は確認されなかったが、上記の理由と同じく、発生件数の少なさが影響した可能性が考えられる。正確性を踏まえた迅速性を評価する際には、隣接ペアは仮説と一致して効率よく正答を得ることと関係していたが、話者交替にはそのような傾向が読み取れるものの、統計的に有意な関係は見出せなかった。以上の結果は、110番通報の正確性と迅速性の2つの目標を満たすためには、隣接ペアを多く形成すること、つまり警察官が会話をコントロールし、聴取手順に基づいて質問を行うこと、そして市民がそれに応じる形で回答を得ることが有効であることを示唆していると考えられる。すなわち、速く正確な通報のためには、会話への積極性を高くしたり、話者交替を頻繁にしたりするような働きかけよりも、聴取手順に関する共通基盤を市民と警察官の双方に形成する働きかけが有効であると考えられる。今後の研究では、以上の考えの妥当性を検討するため、聴取手順に関する情報を事前に通報者役に提示する群と提示しない群で通報の正確性や迅速性に差が生じるかを検討することが必要であろう。ただし、本研究の結果は、隣接ペアと正確性の関係は有意傾向にとどまっている。正確性をより重視する際には、聴取項目の重要度に応じて、言語行動や話者交替での工夫を併用することが有効であろう。

本研究に残された課題と今後の展望

本研究では、事件の描写にイラストを用い、そのイラストを通報時に参照できる手続きを用いた。また警察官役には現役の通信司令官ではなく、大学生を割り当てた。したがって、実験場面のリアリティが低く、そこで得られた知見を現実場面の問題解決に資することができないのではないか、という指摘があるかもしれない。序論で述べたように110番通報場面には“緊急性”、“市民と専門家との相互作用”、“電話使用”、“課題の複雑さ”といった特性があるが、本研究では、“緊急性”と“市民と専門家の相互作用”の特性を現実に近い形で再現することができなかった。理由の一つは、現役の通信司令官に協力いただくことが難しいことによるが、緊急性については以下の理由による。

実社会で市民が110番通報を経験する機会は極めて少なく、通報時に通信司令官からどのような情報をどのような順序で問われるのかを把握している市民は少ないであろう。このような現実を鑑みると、緊急場面への対処方法を身につけないまま、事件の描写のリアリティを高くしたり、緊迫した通報場面を作り出したりすることは、実験参加者に心理的な負担を生じさせる可能性が考えられる。脅威アピール研究の知見が示すように、恐怖が強く、安全への欲求が満たされない時は、人はメッセージを無視したり、脅威を過小評価したりするなど、適切な対処行動が阻害されることが示されている(Janis & Feshbach, 1953)。すなわち、課題に対する対処法がわからないまま緊迫した状況に接しても、実験参加者は“何もできない”という状況に直面するばかりで、課題に対する動機付けが低くなる可能性や、今後、実社会で事件に接した際に通報をためらうなど、マイナスの影響をもたらす可能性さえ考えられる。このような議論と整合する経験則として、安全教育は、単純な場面設定を実施した後に、多様な場面設定で行うことが望ましい効果を持つことが指摘されている(e.g., 山本,2008)。また、模擬的な場面で通報を行うという本研究で用いた手法は、ロールプレイングやシミュレーションと捉えることが可能であるが、これらの手法を用いた実践を行う際には、あらかじめ参加者にある程度の対応能力が備わっていないと、十分な効果が望めないことが指摘されている(e.g., 山本・田嶋,2011)。以上の議論を踏まえると、110番通報の特性を始めから全て扱うのではなく、今後の研究を含めて、段階的に実施することが望ましいと考えられる。したがって、緊急性の影響については、今後の研究において、通報への対処性を高くしたうえで検討することを考えている。

以上が本研究の場面設定を用いた理由であるが、このような状況で得られた知見を現実場面の問題解決に役立てることができるのか、という疑問は残るであろう。この点については、避難訓練と実際の災害発生時の行動の関係を分析した研究が参考になる。一般的に、学校や地域で行われる避難訓練は、緊急性を十分に喚起しない、あるいは喚起できない状況で行われるが、訓練に参加することが実際の災害発生時の避難行動を促すことを示す調査研究がある。邑本(2012)が仙台市の住民5000人を対象に行った調査では、津波防災訓練に参加した経験のある人は、2010年のチリ地震の発生時に避難行動をとりやすかったことが示されている。したがって、本研究の場面設定がリアリティを十分に高くできていなかったとしても、その中でのふるまいは現実場面との対応の中で意識化され意味づけされていた可能性があり、実際の通報場面でのふるまいをいくらか再現しうるものであった可能性が考えられる。よって、本研究で得られた知見を現実場面の問題解決に応用することについては、十分とは言えないものの、示唆を与えるものであると考えられる。

また別の視点からは、本研究は110番通報の“電話使用”と“課題の複雑さ”の特性については現実場面に近い状況を作り出すことができたと考えられる。そして、イラストを参照しながら通報する状況、すなわち、一瞬の記憶に基づいて通報を行う実際の通報場面よりも情報の見逃しや虚記憶の問題が起こりにくい状況においても、エラーが生じることが確認された。以上の結果は、音声のみで会話をすること、そして多くの複雑な情報を確認し合うことを支える事前の備えの必要性を示唆していると考えられる。具体的には、既述のように、通報手順に関する共通基盤を形成しておくことが効果を持つと考えられる。その効果を検証し、研究知見を実社会における市民の教育や啓発へとつなげていくことができれば、110番通報の迅速さや的確さの促進に貢献することができると考えられる。

本研究の意義

本研究では、110番通報の“正確さ”を実現するためには、従来のコミュニケーション研究においても検討がなされてきた言語行動や話者交替が有効であるが、“迅速さ”も同時に実現するためには、聴取手順に関する共通基盤を形成することが有効である可能性を示した。この結果は、“速く、正確な”通報を行うためには、日常生活で有効な一般的なコミュニケーション能力よりも、通報場面に特化した共通基盤を形成しておくことの有効性を示唆していると考えられる。一般的なコミュニケーション能力には個人差があるが、通報場面に関する共通基盤は学校教育や様々な啓発活動において等しく形成することが可能である。すなわち、本研究の結果は、個人の能力に依存した場当たり的な対処よりも、事前の備えの重要性を示唆していると考えられる。110番通報のスキルを発達の初期段階で獲得することは、その後の人生にわたって役立てることができるものであり、学校教育で扱うことの意義は大きいと考えられる。本研究の場面設定については上述のような問題が残されているものの、今後の研究を含めて知見を積み上げ、実社会での実践と結びつけることができれば、従来のように警察にのみ努力を求めるのではなく、市民と警察がともに手を携えて社会安全の実現に貢献することが期待できるであろう。

脚注
1)  本論文を審査いただきました査読者の先生方からは多くの示唆を頂きました。深く御礼申し上げます。

2)  本研究は、科学研究費補助金の助成を受けて行われた(基盤(C)課題番号24500816)。

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