Article ID: 2025-010
本研究では防護動機理論に着目し,指導者への感謝が運動部活動での体罰に対する親の通報意図を阻害するかを検証した。中学校運動部活動に所属する子を持つ母親を対象に,二つのシナリオ実験を実施した。研究1では,指導者への感謝による親の通報意図への阻害効果は示されなかった。一方で,指導者への感謝の操作が不十分だった可能性や,親が通報を親としての義務として捉えているために仮説が支持されなかった可能性が考えられた。そこで研究2では,感謝を操作するシナリオを修正した上で,被害者が自身の子どもか他の子どもかで関係が異なるかを検証した。結果として,被害者が自身の子どもか他の子どもかで両者の関係が異なるという結果は示されなかった。また,十分に感謝を操作できた場合でも,指導者への感謝の親の通報意図に対する阻害効果は示されなかった。一方,シナリオの生態学的妥当性の課題や,通報意図の測定における天井効果を踏まえると,これらの限界を考慮した研究デザインで仮説を再検証する必要がある。
This study examined whether parents’ gratitude toward their children’s coaches inhibits their intention to report incidents of corporal punishment in extracurricular school sports settings. Applying the protection motivation theory, two scenario-based experimental studies were conducted with mothers of junior high school students who participated in extracurricular sports activities. In Study 1, no inhibitory effect of parental gratitude on reporting intention was observed. This finding may be attributable to insufficient manipulation of gratitude and parents’ perception of reporting corporal punishment as a parental responsibility rather than a discretionary action. Study 2 employed a revised scenario designed to strengthen the manipulation of gratitude and examined whether the results differed depending on whether the victim was the participant’s own child or another child. The analysis indicated that parents’ gratitude toward coaches does not differentially influence reporting intention based on whether the victim was their own child or another child. Moreover, even when the manipulation of gratitude was successful, no inhibitory effect was noted. However, given limitations related to the ecological validity of the hypothetical scenarios and a potential ceiling effect in the measurement of intention, future studies should reexamine these hypotheses using ecologically grounded designs and alternative measurement strategies.
我が国において,多くの団体が,運動部活動における指導者の体罰の解決に向けた取り組みを行ってきた。運動部活動での体罰は,「運動部活動での指導者が,戒めるべき言動を再び繰り返させないために,部員の身体に直接的に肉体的苦痛を与える行為」と定義される(内田他,2020)。
しかし,運動部活動での体罰問題は依然として解決には至っていない。近年の調査では,被体罰経験者は一定数存在することが示されている。例えば,大学生を対象とした亀井・岡本(2022)の調査では,体罰を経験した者は21.9%であった。さらに,体育教員を対象とした藤田他(2016)の調査では,対象者の38.8%が体罰を見たことがあると回答し,29.3%が行ったことがあると回答していた。これらから,運動部活動での体罰問題を解決するための研究が不可欠であると言える。
これまでの実態調査では,「苦情を申し立てたり支援資源を利用したりするために正式な手続きを利用すること」(Radziszewski et al., 2024)と定義される通報に関する知見が得られている。これらは,被害者や目撃者は,指導者の体罰を必ずしも通報するとは限らないことを示している。日本体育大学の学生を対象とした調査(谷釜他,2016)では,体罰を受けたり見たり,聞いたりしたことがあると回答した対象者において,「第三者機関や通報窓口があれば相談したい」と回答した者は,どの学年も1割に満たなかった。藤田他(2016)の調査では,調査に回答した保健体育教員のうち,自身や自分以外の教員の体罰に対して,約4割が「特に何もしなかった」に回答していた。さらに,文化部も含まれるが,部活動に所属する生徒の親を対象とした調査(沖縄県教育委員会,2023)では,自身の子が暴言や暴力,ハラスメントを受けたことがあると回答した親のうち,18.9%の親は「誰にも相談できていない」と回答している。
一方で,体罰のような不正行為をやめさせたり,同様の行為の発生を抑止したりするためには,関係者による通報が重要である(吉田他,2017)。また,Roberts et al.(2020)は,関係者が通報しないことが,体罰のようなスポーツでの暴力を助長する要因の一つであるとしている。以上を踏まえると,体罰の通報に関する研究が重要であると言える。
そこで近年,体罰の通報に関する研究が行われてきた。Radziszewski et al.(2024)は,職場や軍隊などでの暴力の通報窓口に関する文献をレビューし,スポーツでの暴力についての現行の通報窓口の限界や,より良い窓口にするための推奨事項を整理している。また,Willson et al.(2022)は,選手の語りから,報復への恐れやスポーツ組織への信頼の低さが,体罰の通報を阻害することを指摘している。Tuakli-Wosornu et al.(2022)は,選手や専門家を対象としたフォーカスグループから,体罰のようなスポーツにおける暴力の通報を阻む障壁や,事案を認識してから通報に至るまでの段階を検討している。
一方で,これらの研究では,選手や通報窓口に焦点が当てられており,親による通報に焦点を当てた研究はほとんどない。通報は大人の責務であり,子どもがその責任を負うべきではない(Tuakli-Wosornu et al., 2022)。親のような周囲の大人が体罰を認識していながら対応をとらない場合,体罰そのもの以上に選手にとってトラウマになることがある(Tuakli-Wosornu et al., 2022)。さらに,親は,運動部活動の活動を支えるパートナーとされる(村本・松尾,2021)。これらを踏まえると,親の通報に影響する要因を明らかにしていく必要がある。
親の通報に影響する要因を量的に明らかにしていくためには,選手への体罰を把握した経験のある親を対象に,通報の有無や通報に影響すると想定される要因を事後的に測定してそれらの関連を検証する必要があるだろう。しかし,体罰を経験したことのある選手は一定数存在するが多くはないこと(e.g., 亀井・岡本,2022),さらに,必ずしも親が選手への体罰を把握するとは限らないことを踏まえると,選手への体罰を把握した経験のある親を対象とした調査は実施が難しい。一方で,予防的な観点から,親を対象とした啓蒙活動や運動部の環境整備を検討するためには,通報に対する日常での親の意図やその規定要因の理解も有用と考えられる(宇田川他,2020)。そして,そのような日常での意図とその規定要因の関係であれば,選手への体罰を把握した経験の有無に関係なく,選手の親を対象とした研究によって検証することができる。その結果を踏まえて,通報に対する親たちの意欲を高めるための具体的な対策の検討材料を提示できるだろう(宇田川他,2020)。そこで本研究では,日常での親の通報意図に影響する要因の検証に焦点を当てる。
指導者の体罰に対する親の通報意図を説明する理論として,防護動機理論がある。防護動機理論は,もともと,脅威に対する対処行動を実行させるために脅威の存在を強調するような説得の効果を説明するモデルとして開発された(Rogers, 1983)。近年,子どもに降りかかる脅威への対処行動の意図を説明するモデルとしても援用されている(e.g., 今井他,2023)。指導者の体罰の通報についても,子どもに降りかかる体罰という脅威に対する対処行動とみなせることを考えると,防護動機理論が,親の通報意図の説明に有用であることが予想される。
この理論では,脅威に対する評価として,脅威評価と対処評価が形成され,それらが結合することで脅威への対処行動に対する意図が喚起されると考える。脅威評価は,脅威の有害さの程度に対する認知である深刻さ認知,脅威の生じる確率についての認知である生起確率認知,脅威に対する対処行動をとらないことによる身体的快感や精神的満足感の程度に関する認知である内的報酬認知,対処行動をとらないことによって得られる他者からの賞賛などに関する認知である外的報酬認知によって構成される5)(白川他,2023)。内的報酬認知や外的報酬認知が低く,深刻さ認知や生起確率認知が高いと脅威評価が高まる。また,対処評価については,脅威に対する対処行動の効果性の認知である反応効果性認知,自分が対処行動を上手く実行できる見込みである自己効力感,および,対処行動を行うことによる金銭的,精神的コストに関する認知である反応コスト認知で構成される(白川他,2023)。反応コスト認知が低く,反応効果性認知や自己効力感が高いと対処評価が高まる。
子どもへの脅威に対する親の対処行動に防護動機理論を適用した研究はいくつか存在するが(e.g., He et al., 2025),内的報酬認知と対処行動の意図との関係を検証した研究は少ない。He et al.(2025)は,子どもへの脅威に対する親の対処行動の意図と内的報酬認知との関係を検証しているが,防護動機理論から想定されるような両者の負の関係は示されなかった。これについて,He et al.(2025)は,子どもへの脅威に対する対処行動についての親の認識の側面から考察している。親は,子どもへの脅威に対する対処行動を親の義務と認識しているため,仮に,対処行動をとらないことで報酬が得られると認知していても,親の義務として対処行動に対して高い動機づけを維持する。そのため,理論通りの負の関係が示されなかったのではないかと指摘している。
このように,子どもへの脅威に対する親の対処行動においては,内的報酬認知が意図と理論通りの関係を示さない可能性が示されている。これを踏まえると,子どもへの脅威に対する親の対処行動とみなせる体罰に対する親の通報について,その意図に影響する要因を防護動機理論からどの程度説明できるかを明らかにしていくためには,特に,内的報酬認知と意図との関係に焦点を当てる必要があるだろう。
本研究では,この内的報酬認知と通報意図との関係の解明に資する知見の提示に向けて,指導者への感謝に着目する。感謝は,「他者の善意の結果から生じたと知覚される恩恵を受領することで生じるポジティブな感情反応」と定義される(Tsang, 2006)。この感謝には,恩恵提供者との関係性を深めるよう動機づける機能があることが指摘されてきた(Algoe, 2012; 山本・樋口,2020)。
先行研究では,恩恵提供者との関係を深めることが道徳規範の逸脱や第三者の犠牲につながる状況でも,感謝は恩恵提供者との関係を深めることを優先するよう動機づけることが示されてきた。例えば,Zhu et al.(2020)は,感謝による関係維持への動機づけが道徳規範からの逸脱につながる可能性をシナリオ実験によって検証している。この実験では,引っ越しを手伝ってくれた同僚が後日個人的な理由から仕事を無断欠勤したというシナリオを提示した。実験の結果,その同僚への感謝が生起した場合は,その同僚との人間関係を構築したいと動機づけられ,その同僚が被る被害を減らしたいという意図が生じ,その同僚の無断欠勤を上司に報告せずに隠蔽するという心理メカニズムの存在が示唆された。このような隠蔽行為は,正直さの規範に違反する行為と言える(Zhu et al., 2020)。また,Yamamoto(2024)は,感謝は,第三者を犠牲にしてでも,恩恵提供者との関係を維持しその人物を守る行動を促す可能性を示している。Yamamoto(2024)はシナリオ実験と自伝想起課題によって対象者の感謝を操作し,これを検証している。二つの実験のうち,シナリオ実験による研究では,感謝条件の対象者は,負債感条件の対象者と比較して,恩恵提供者の損失を回避するために第三者の損失を許容する傾向にあったことが示されている。
指導者への感謝が生じ,指導者との関係維持や指導者の不利益の回避へと動機づけられた親は,その指導者の体罰の通報を控えるという行為を,指導者との関係維持や指導者の不利益の回避といった報酬が伴う行為とみなすかもしれない。そのような内的報酬認知によって,通報意図が阻害される可能性が考えられる。前述のHe et al.(2025)の研究では,内的報酬認知として,対処行動をしないことで余暇の時間が生じることやリラックスできることといった報酬に着目している。そのため,内的報酬認知の中でも,加害者との関係維持や不利益の回避といった報酬に対する認知と対処行動の意図との関係は検証されていない。
また,感謝研究において,Zhu et al.(2020)の研究では,恩恵提供者との関係維持を優先した場合の第三者(上司)の損失が明確ではない。Yamamoto(2024)では,関係維持を優先した場合の第三者の損失として,金銭的損失に着目している。一方で,指導者の体罰の通報においては,恩恵提供者(指導者)との関係維持を優先した場合,第三者(子ども)に身体的被害が生じる。このような,第三者に生じる損失の種類が異なる場合でも,指導者への感謝が恩恵提供者との関係維持の優先につながるかは不明である。
そこで本研究では,指導者への感謝が,指導者の体罰に対する親の通報意図を阻害するかを検証することを目的とした。これにより,従来の研究では扱われていない内的報酬認知の側面と子どもへの脅威に対する親の対処行動の意図との関係を検証することができる。さらに,感謝研究の文脈では,身体的被害という先行研究とは異なる種類の損失が第三者に生じる場合でも指導者への感謝が恩恵提供者との関係維持の優先につながるかを示唆する知見を提示できる。
そのために,まず,研究1では,子どもへの脅威に対する対処行動に防護動機理論を適用してきた先行研究(Beirens et al., 2008; Campis et al., 1989; He et al., 2025)と同様に,自身の子どもに体罰という脅威が生じる場面に着目して,指導者への感謝と通報意図との関係を検証した。次に,研究2では,この関係の適用範囲を拡張すること,両者の関係が示される境界条件を明らかにすることを目指して,この関係が,自身の子どもが体罰の被害者である場合と他の子どもが被害者である場合とで異なるかを検証した。仮にHe et al.(2025)の指摘通り,内的報酬認知と親の対処行動の意図との関係における理論とは異なる関係が,親が子どもへの脅威に対する対処行動を親としての義務的な行動とみなしていることに起因しているのであれば,自身の子どもの場合よりも,他の子どもに被害が生じる場合の方が,指導者への感謝と親の通報意図との間に負の関係が示される可能性がある。
本研究では,シナリオ実験によって対象者の指導者への感謝を操作し,親の通報意図への影響を検証することとした。シナリオ実験の利点は,研究目的に沿った状況での感謝の喚起を行える点にある(山本,2024)。自身の子どもが参加する運動部活動の指導者から恩恵を提供されるという状況で生じる感謝を操作する本研究においては,シナリオ実験が適切と考えた。
本研究の内容について,研究実施の前に事前登録した(研究1:https://osf.io/5ym76/overview,研究2:https://osf.io/8v6db/overview)。
方法対象者対象者は,中学校の運動部活動に参加する子どもを持つ母親であった。これまでの調査では,高校よりも中学校において,指導者と保護者との交流機会が多いことを示唆するデータが得られている(e.g., スポーツ庁,2018)。このことから,中学校の運動部活動に参加する子どもを持つ母親の方が,指導者への感謝や指導者の体罰に対する通報意図を回答しやすいと考え,中学校運動部活動に焦点を当てることとした。また,父親よりも母親の方が子どものスポーツ活動へのサポートに関わっていることが示されている(e.g., 宮本,2023)。そのため,本研究では,母親を対象に研究を実施することとした。
対象者数については,検定力分析(f=.26, α=5%, β=80%)によって決定した。分析には,Gpower(Faul et al., 2007)を使用した。効果量の決定については,Zhu et al.(2020)による一連の研究のうち,Study 1Bにおいてサンプルサイズ設計で設定された効果量を参考にした。この効果量を用いたのは,シナリオによる感謝の操作の手続きや従属変数の測定法が本研究と類似しているからである6)。その結果,必要な対象者数は,各群60人(計120人)となった。データ収集は,210名の対象者が調査を完了した時点で終了した。この停止基準に従い,最終的に212名のサンプルが得られた。回答完了後にデータ提供の同意を得られなかったため,11名の対象者がデータ分析から除外された(感謝条件=107名中7名,統制条件=105名中4名)。後述する自由記述項目への回答から研究の意図に気づいていたと判断された6名の対象者も除外された。最終的に,195名(平均年齢=45.7歳,標準偏差=5.09)のデータが分析に使用された7)。
実験計画実験計画は,1要因(シナリオの内容)2水準(感謝条件/統制条件)の参加者間計画であった。条件ごとに異なるシナリオが提示される2種類の調査ページを無作為に配信することで要因操作を行った。
手続き実験実施時期は,2023年12月であった。国内の調査会社を通じて,オンラインにて実験が実施された。まず,中学生の子どもをもつ30~69歳の女性に,調査票ページに移行するURLを配信した。調査票ページにアクセスし,実験参加への協力に同意した者を,感謝条件と統制条件に無作為に割り当てた。その後,両条件の対象者に,「運動部活動に現在所属している中学生のお子さまはいますか?」という質問を提示し,中学校運動部活動に所属する子を持つ母親という基準を満たす対象者を抽出した。この質問に対して「はい」を選んだ対象者のみ,次のページに遷移した。
次に,指導者Aという恩恵提供者が対象者(あなた)を助けるという恩恵受領シナリオを提示した(Table 1)。対象者には,「あなた」のつもりでそのシナリオを読むよう求めた。このシナリオは,予備調査の結果を踏まえて作成された8)。この予備調査では,複数の親が,子どもを病院や自宅に連れて行ってくれたことに対して指導者に感謝を感じていると回答していたため,自身の子どもが怪我をした時に代わりに病院に連れて行ってくれたという恩恵受領シナリオを設定した。
| 研究1 | ||
|---|---|---|
| 恩恵受領シナリオ | ある日,あなたのお子さんが練習中に怪我をしてしまいました。怪我したお子さんを病院に連れていかなければなりませんが,あなたはちょうど外出中で,連絡を受けてからすぐには迎えにいくことができませんでした。そこで,指導者Aが,代わりにあなたのお子さんを病院まで連れて行ってくれました。 | |
| 感謝条件のシナリオ | 後日,別の部員の保護者から,その指導者は,いつも部員の保護者のことを思って助けてくれるという話を聞きました。どうやら,その指導者Aは,見返りを求めてお子さんを病院に連れて行ったわけではなく,あなたのためと思ってしてくれたようです。 | |
| 統制条件のシナリオ | 別の部員の保護者から,その指導者Aは,誰かを助けた時はいつもお返しを期待しているという話を聞きました。そして,どうやら,その指導者は,次の週末の練習試合で自分の代わりに部員の送迎を引き受けてくれる保護者を探していたようです。 | |
| シナリオの内容の理解度を確認する質問 | 以上のシナリオに記述されていることについて,明らかに正しい選択肢が一つだけあります。それを選んでください。あなたの推測ではなく,同じような文章がシナリオに記述されているかで判断してください。 | |
| 感謝条件 | 統制条件 | |
| 1. 指導者はお子さんを病院に連れて行ってくれた(正答) | 1. 指導者はお子さんを病院に連れて行ってくれた(正答) | |
| 2. 指導者は,お子さんを病院に連れていかなかった | 2. 指導者は,お子さんを病院に連れていかなかった | |
| 3. 指導者は,見返りを求めていた | 3. 「指導者は,お返しを期待していない」という話を聞いた | |
| 研究2 | ||
| 恩恵受領シナリオ | あなたは,これまで,お子さんの練習や試合の際は,お子さんの弁当を用意しないといけませんでした。そこで,保護者の負担を減らすため,指導者Aが地域の弁当屋と交渉し,練習や試合の際にリーズナブルな価格で弁当を購入できるよう手配してくれました。そのおかげで,あなたは,練習や試合の際に弁当を用意する手間がなくなりました。 | |
| 感謝条件のシナリオ | 後日,別の部員の保護者から,その指導者Aは,いつも部員の保護者のことを思って助けてくれるという話を聞きました。どうやら,その指導者Aは,見返りを求めて弁当を手配してくれたわけではなく,あなたたち保護者のためを思ってしてくれたようです。 | |
| 統制条件のシナリオ | 後日,別の部員の保護者から,その指導者Aは,誰かを助けた時はいつもお返しを期待しているという話を聞きました。そして,どうやら,その指導者Aは,次の大会で,自分の代わりに,会場までの部員の送迎をあなたたち保護者に引き受けてもらおうと考えているようです。 | |
| シナリオの内容の理解度を確認する質問 | 以上のシナリオに記述されていることについて,明らかに正しい選択肢が一つだけあります。それを選んでください。あなたの推測ではなく,同じような文章がシナリオに記述されているかで判断してください。 | |
| 感謝条件 | 統制条件 | |
| 1. 指導者Aは,試合や練習の際にリーズナブルな価格で弁当を購入できるよう保護者のために手配してくれた(正答) | 1. 指導者Aは,試合や練習の際にリーズナブルな価格で弁当を購入できるよう保護者のために手配してくれた(正答) | |
| 2. 指導者Aは,試合や練習の際に弁当を購入できるよう保護者のために手配してくれなかった | 2. 指導者Aは,試合や練習の際に弁当を購入できるよう保護者のために手配してくれなかった | |
| 3. 指導者Aは,見返りを求めていた | 3. 「指導者Aは,お返しを期待していない」という話を聞いた | |
恩恵受領シナリオ読了後,条件ごとに異なるシナリオが提示された。感謝条件の対象者には,「指導者Aは見返りを求めて自身の子どもを病院に連れて行ったのではなく,対象者のためと思って病院まで連れて行ってくれたという話を他の部員の親から聞いた」というシナリオが提示された。統制条件の対象者には,「指導者Aは誰かを助けた時はいつも見返りを期待しており,次の週末の練習試合で自分の代わりに部員の送迎を引き受けてくれる親を探していたようだという話を別の部員の親から聞いた」というシナリオを提示した。このように,Washizu & Naito(2015),Zhu et al.(2020),Yamamoto(2024)の研究を参考に,返報期待の有無によって感謝を操作した。
以上のシナリオ読了後,シナリオの内容を理解しているかを確認するため,シナリオの内容に関する質問に回答させた(Table 1)。この質問に正解した対象者のみ,後述の測定項目を提示し回答させた。この質問で誤答を選び回答を終了した対象者は,5名であった。
測定項目への回答終了後,研究意図への気づきを確かめるために,「この調査の意図について,思い当たることはありますか?ある場合に限り,その思い当たることを書いてください」という項目を提示し,自由記述で回答させた(山本・樋口,2019)。この回答内容から研究意図に気づいていると考えられた対象者のデータは,分析の前に除外した。シナリオの内容の理解度を確認する質問まで回答した対象者には5円相当のポイントが,すべての項目に回答した対象者には,20円相当のポイントが支払われた。
測定項目操作チェックのために,指導者Aへの感謝を測定した。Yamamoto & Higuchi(2022)を参考に,「指導者Aに対してありがたいと感じる」「指導者Aに感謝している」の2項目に回答させた。分析においては,2項目の平均値を指導者への感謝得点とした(研究1:α=.986,研究2:α=.969)。さらに,本研究では,探索的な分析として使用する可能性を考え,感謝と共起することが指摘されているすまなさ感情(Washizu & Naito, 2015)も測定した。すまなさ感情は,「自己に恩恵をもたらす行動の結果として他者が被ったコストに対するネガティブな感情反応」と定義される(山本,2021)。「指導者Aにすまなさを感じる」「指導者Aに申し訳なさを感じる」「指導者Aに恐縮している」の3項目に回答させた(山本,2021)。すまなさ感情については,3項目の平均値をすまなさ感情得点とした(研究1:α=.914,研究2:α=.892)。この他に,感謝研究においてしばしば感謝とともに測定される負債感(Greenberg, 1980)や満足感も探索的な分析に使用する可能性を考慮して質問項目に含めたが,最終的に分析に使用しなかったため,報告を省略する。その他に,フィラー項目として,「指導者Aは信頼できると思う」「指導者Aの指導力は高いと思う」の2項目を加えた。以上の項目については,「0. 当てはまらない」~「8. 極めて当てはまる」の9件法で回答させた。
次に,指導者Aの体罰に対する通報意図については,指導者Aが選手に体罰を行使する具体的な状況を提示し,その場面における通報意図を測定した。なぜなら,このような方法で親の通報意図を測定することで,対象者が想起する指導者の体罰の内容を統一することができるからである(安永他,2022)。「あなたのお子さんが練習中に何回言ってもミスが多かったので」という状況において,「力強く拘束する」「平手打ち」「拳で殴る」「物(靴,ラケット,ホッケースティックなど)で殴る」「地面に押し付けたり,倒したりする」「喉元を掴んだり,首を絞めたりする」「ひどく殴る」という七つの体罰行為を指導者Aが自身の子どもに行っているのを目撃したら,それを第三者が運営する窓口に通報しようとどの程度思うかを体罰行為ごとに回答させた。「1. 全く思わない」~「6. 非常に思う」の6件法で回答させた。「あなたのお子さんが練習中に何回言ってもミスが多かったので」という状況は,体罰に至った経緯に関する記述を新聞記事から抽出し分類した内田他(2018)の調査で最も件数の多かった「活動状況に対する不満」という経緯を参考に作成した。また,七つの体罰は,スポーツでの暴力の被害経験を測定するために開発されたIViS(Interpersonal Violence in Sport; Vertommen et al., 2016)の日本語版(Toyoda et al., 2023)を参考に作成した。この尺度は,複数の尺度や専門家の意見を踏まえて選手への暴力行為に関する項目を網羅的に収集した上で開発されている。このような尺度の項目を参考にすることで,本研究の体罰の定義に含まれるさまざまな状況を提示できると考え,本尺度を採用した。さらに,通報先を「第三者が運営する窓口」としたのは,近年,指導者の体罰を相談できる窓口として,第三者が管理する窓口が重要であると指摘されているためである(Yagi & Sugiyama, 2022)。7項目の平均得点を,指導者Aの体罰に対する通報意図得点とした(研究1:α=.947,研究2:α=.940)。
倫理的配慮調査票の最初のページで,研究の参加は任意であること,途中で回答を中止できること,回答は無記名であること,収集したデータは研究実施者と調査を担当する企業とで厳重に管理されること,匿名化されたデータは公的なデータ公開サイトで公開されることを提示した。これらの内容を読み研究への参加に同意した者のみ,回答ページに移動した。また,回答終了後に,デブリーフィングを行った。具体的には,本研究の詳細な目的を提示し,それを読んだ上で,再度回答に協力するかの同意を求めた。そして,同意しなかった者の回答データは破棄された。
結果と考察研究1と研究2において,分析にはR version 4.4.1を使用した。また,psych(Revelle, 2024),AER(Kleiber & Zeileis, 2008),marginal effects(Arel-Bundock et al., 2024),anovakun(井関,2023),tidyverse(Wickham et al., 2019)を分析に用いた。有意水準は,5%とした。本研究で使用したすべての変数の記述統計量をTable 2に記載している。
| 研究1 | 条件 | |||
|---|---|---|---|---|
| 統制条件 | 感謝条件 | |||
| n=99 | n=96 | |||
| M (SD) | M (SD) | |||
| 指導者Aへの感謝 | 5.141 (2.156) | 6.297 (1.945) | ||
| 指導者Aの体罰に対する通報意図 | 5.302 (1.016) | 5.310 (0.965) | ||
| すまなさ感情 | 4.232 (1.996) | 4.903 (2.096) | ||
| 研究2 | 条件 | |||
| 統制条件 | 感謝条件 | |||
| 自身の子ども | 他の子ども | 自身の子ども | 他の子ども | |
| n=51 | n=53 | n=50 | n=51 | |
| M (SD) | M (SD) | M (SD) | M (SD) | |
| 指導者Aへの感謝 | 2.539 (1.997) | 2.991 (1.920) | 5.780 (2.148) | 6.020 (1.884) |
| 指導者Aの体罰に対する通報意図 | 5.591 (0.715) | 5.213 (0.939) | 5.386 (0.673) | 5.244 (0.976) |
| すまなさ感情 | 2.333 (1.420) | 2.497 (1.049) | 2.867 (1.951) | 3.418 (2.100) |
| 想像しやすさ | 4.000 (1.575) | 3.962 (1.315) | 3.580 (1.472) | 3.471 (1.488) |
注)Mは平均値,SDは標準偏差を表す。
操作チェックとして,指導者Aへの感謝を従属変数,シナリオの内容要因を独立変数とした分散分析を実施した。その結果,主効果は有意であり(F(1, 193)=15.413, p<.001, partial η2=.074),感謝条件の指導者Aへの感謝の平均値(M=6.297, SD=1.945)の方が,統制条件の指導者Aへの感謝の平均値(M=5.141, SD=2.156)より高かった。このことから,指導者Aへの感謝の操作に成功した。一方で,効果量やその信頼区間の上限(partial η2=.074, 95%CI[.019, .152])は,同じようにシナリオ実験によって感謝を操作したZhu et al.(2020)のpartial η2=.606(Study 1A)やpartial η2=.468(Study 1B),Yamamoto(2024)のpartial η2=.384よりも小さい値となった9)。
次に,指導者Aの体罰に対する通報意図を従属変数,シナリオの内容要因を独立変数とした分散分析を実施した。その結果,主効果は有意ではなかった(F(1, 193)=.003, p=.955, partial η2<.001)。操作チェックの結果を考慮すると限定的な知見ではあるが,仮説は支持されず,指導者への感謝が通報意図を阻害するという明確な証拠は得られなかった。
事前登録していない分析前述したように,先行研究では,すまなさ感情が感謝と共起する可能性が指摘されている(Washizu & Naito, 2015)。このことから,すまなさ感情が交絡している可能性が考えられる。実際に,すまなさ感情を従属変数,シナリオの内容要因を独立変数とした分散分析の結果,主効果が有意であった(F(1, 193)=5.234, p=.023, partial η2=.026)。そこで,すまなさ感情を統制変数,シナリオの内容要因(統制条件=0,感謝条件=1)を独立変数,指導者Aの体罰に対する通報意図を従属変数とした重回帰分析を実施した(Table S1)。その結果,シナリオの内容要因の偏回帰係数は有意ではなかった(b=.015, p=.919, 95%CI[−.270, .299])。
指導者Aの体罰に対する通報意図の分布を確認したところ,右側に偏っていた。そこで,指導者Aの体罰に対する通報意図を打ち切りデータとみなし,トービットモデルの重回帰分析を実施した(Austin et al., 2000)。尺度の最大値である6点を打ち切りとした。指導者Aの体罰に対する通報意図を従属変数,シナリオの内容要因(統制条件=0,感謝条件=1)を独立変数とした。その結果,シナリオの内容要因の回帰係数は有意ではなかった(b=.031, p=.860, 95%CI[−.310, .372])。
目撃した体罰の行為によって,指導者への感謝と通報意図との関係に違いがあるかを探索的に調べるために,通報意図を測定する七つの項目ごとに,上記のトービットモデルの回帰分析を実施した。なお,七つの回帰係数について,ホルム法によってp値を補正した。その結果,すべての項目において,シナリオの内容要因の回帰係数は有意ではなかった(Table S2)。これらの分析は事前登録していない探索的なものであるため解釈に注意する必要はあるが,仮説を支持しなかった。
このように,事前登録している分析でもしていない分析でも,仮説は支持されなかった。この理由として,親にとって,自身の子どもへの体罰を通報することは親としての義務であるため,指導者との関係維持や指導者の不利益の回避といった報酬が得られるとしても,体罰の通報に対して高い動機づけを示すということが考えられる。
研究1の限界として,まず,操作された感謝の強さが十分ではなかった可能性が挙げられる。感謝条件と統制条件との感謝の差が先行研究の水準よりも小さく,これが仮説の不支持につながった可能性は否定できない。したがって,感謝の差がより明確に生じるようなシナリオを用いて今回の結果が再現されるかどうかを検証することが必要であろう。
また,本研究における感謝の定義とシナリオで喚起された感謝との間に相違点があった点も限界に挙げられる。Tsang(2006)の定義では,感謝を感じる人物と恩恵受領者とが同一である。一方で,指導者Aが提供した恩恵(病院への送迎)の対象は親ではなく子どもであった。先行研究と比べ,指導者Aへの感謝における感謝条件と統制条件との差の効果量が小さくなったのも,このシナリオでは自分が恩恵を受けたという認識が生じにくかったことが原因である可能性がある。今後の研究では,感謝を感じる人物と恩恵受領者が同一となるシナリオを作成することが求められる。
さらに,指導者Aの体罰に対する通報意図の測定において,天井効果が生じたことも限界として挙げられる。天井効果が生じた理由としてはさまざま考えられるが,その一つとして社会的望ましさがあるだろう。体罰は学校教育法で禁止されている違法行為であることを踏まえると,そのような違法行為を直接目撃するという状況での通報については,社会的に望ましい回答の方向に偏った可能性が考えられる。
研究2では,指導者への感謝と親の通報意図との関係が示される境界条件を明らかにするために,自身の子どもが被害者の場合と他の子どもが被害者の場合とでこの関係が異なるかを検証することを目的とした。研究1において,指導者への感謝と親の通報意図との間に関係がみられなかった理由が,親が体罰の通報を義務として認識していることにあるならば,自身の子どもへの体罰を目撃した場面ではなく,他の子どもへの体罰を目撃した場面において,両者に負の関係が示される可能性がある。そこで,被害者が自身の子どもの場合は指導者への感謝は親の通報意図を阻害しないが,被害者が他の子どもの場合は指導者への感謝が親の通報意図を阻害するという仮説を立てた。
また,研究1の結果から,指導者への感謝が親の通報意図を阻害するという仮説が支持されなかったのは,感謝の操作において感謝条件と統制条件で指導者への感謝の差を十分に生じさせることができなかったためである可能性が推察された。そこで,データ取得後の事後的な研究目的ではあるが,Zhu et al.(2020)やYamamoto(2024)と同程度の水準で感謝の操作に成功した場合では,指導者への感謝が親の通報意図を阻害するという仮説が支持されるかどうかを検証することも目的とした。
方法対象者包含基準は,研究1と同様であった。研究予算の都合から,目標対象者数を200名に設定した。回答終了後にデブリーフィングでデータ提供に同意した対象者の数が,200名に達した時点でデータ収集を終了した。この停止基準に従ってデータ収集を行った結果,回答を終了した者が221名であり,デブリーフィングでデータ提供に同意した対象者数は,205名であった(M=45.6歳,SD=5.07)。デブリーフィングでデータ提供に同意しなかった者は,感謝条件×自身の子ども条件では56名中6名,感謝条件×他の子ども条件では55名中4名,統制条件×自身の子ども条件では55名中4名,統制条件×他の子ども条件では55名中2名であった。
実験計画研究2は,2要因の参加者間計画であった。参加者間要因は,シナリオの内容要因で2水準(感謝条件,統制条件)と,子どもの違い要因で2水準(自身の子ども条件,他の子ども条件)であった。条件ごとに異なる調査ページを無作為に配信することで要因操作を行った。
手続き研究2は,2025年1月に実施された。研究2の手続きは,研究1と同一であったが,以下の点が異なっていた。まず,研究1での限界を踏まえ,恩恵受領者と対象者が同一になるよう恩恵提供シナリオを修正した。具体的には,「親の負担を減らすために,指導者Aが,リーズナブルな価格で弁当を購入できるよう手配してくれた。そのため,あなたは練習や試合の際に弁当を用意する手間がなくなった」という恩恵受領シナリオを提示した(Table 1)。研究1と同様に,シナリオ読了後に,内容を理解しているかを確認する項目を設置したが,その項目で不正解だった対象者は19名であった。また,研究意図を把握しているかを確認する自由記述の項目は設けなかった。
測定項目指導者Aへの感謝やすまなさ感情の測定は,研究1と同様であった。
指導者Aの体罰に対する通報意図についても,研究1と同様に,指導者Aが体罰を行使する場面を提示し,その場面での通報意図を測定した。子どもの違い要因の水準によって,異なる場面を提示した。自身の子ども条件の対象者には,指導者Aが自身の子どもに体罰を行使する状況を目撃したという場面を提示した。他の子ども条件の対象者には,指導者Aが他の子どもに体罰を行使する状況を目撃したという場面を提示した。それ以外は,研究1と同様であった。
指導者Aの体罰に対する通報意図を測定する際に提示する指導者Aの体罰場面について,被害者が自身の子どもの場合と他の子どもの場合とでは,前者の方が後者よりも想像しやすいと予想される。この想像しやすさの違いが,交絡変数として作用する可能性が考えられるため,指導者Aが自身の子ども,もしくは他の子どもに体罰を振るう場面について,どのくらい想像しやすかったかを「1. 非常に想像しにくかった」~「6. 非常に想像しやすかった」の6件法で回答させた。
結果と考察事前登録している分析操作チェックとして,指導者Aへの感謝について感謝条件と統制条件で平均値に差があるかを検討するため,分散分析を実施した。その結果,主効果は有意であり(F(1, 203)=127.288, p<.001, partial η2=.385),感謝条件の指導者Aへの感謝の平均値(M=5.901, SD=2.012)の方が,統制条件の指導者Aへの感謝の平均値(M=2.769, SD=1.962)より高かった。このことから,操作チェックに成功したと言える。効果量も,Zhu et al.(2020)のStudy 1Aや1B, Yamamoto(2024)のStudy 1と同水準の値であった。指導者Aへの感謝の平均値は,感謝条件は研究1とほとんど変わらないが,統制条件の値が低くなっている。利益提供者がどのような人物かによって感謝の感じやすさに差が生じることが示唆されていること(Yu et al., 2024)を踏まえると,統制条件のシナリオは,指導者Aは返報を期待しているという評価以外にも,指導者Aに対するネガティブな評価を対象者に喚起させた可能性がある。
次に,指導者Aの体罰に対する通報意図を従属変数,シナリオの内容要因(統制条件=0,感謝条件=1),子どもの違い要因(自身の子ども条件=0,他の子ども条件=1),それらの交互作用項,および指導者Aの体罰場面に対する想像のしやすさを独立変数としたトービットモデルの重回帰分析(打ち切り得点を6点に設定)を実施した(Table S3)。その結果,交互作用項の偏回帰係数は有意ではなかった(b=.644, p=.057, 95%CI[−.019, 1.306])。このことから,被害者が自身の子どもの場合は指導者への感謝は親の通報意図を阻害しないが,被害者が他の子どもの場合は指導者への感謝が親の通報意図を阻害するという仮説は支持されなかった。
事前登録していない分析先ほどの重回帰分析において,シナリオの内容要因の偏回帰係数は有意ではなかった(b=−.473, p=.054, 95%CI[−.954, .008])。このことから,感謝の操作に成功した場合でも,指導者への感謝が親の通報意図を阻害するという仮説は支持されなかった。
さらに,上記の重回帰分析にすまなさ感情を統制変数として加えた分析を行った(Table S4)。その結果,交互作用項の偏回帰係数は有意であった(b=−.681, p=.042, 95%CI[.025, 1.337])。しかし,単純傾斜分析の結果では,自身の子ども条件(b=−.424, p=.082, 95%CI[−.901, .053])でも他の子ども条件(b=.257, p=.276, 95%CI[−.205, .719])でも,シナリオの内容要因の偏回帰係数は有意ではなかった。すまなさ感情を投入した分析でも,被害者が自身の子どもの場合は指導者への感謝は親の通報意図を阻害しないが,被害者が他の子どもの場合は指導者への感謝が親の通報意図を阻害するという仮説は支持されなかった。また,シナリオの内容要因の偏回帰係数も有意ではなかった(b=−.424, p=.082, 95%CI[−.901, .053])。この結果も,指導者への感謝が親の通報意図を阻害するという仮説を支持しなかった。
体罰の行為による違いを探索的に調べるために,事前登録と同様の重回帰分析を,通報意図の七つの項目ごとに実施した(Table S5)。なお,シナリオの内容要因の偏回帰係数,および交互作用項の偏回帰係数の14個のp値について,ホルム法によって補正をかけた。結果としては,七つすべての項目について,シナリオの内容要因の偏回帰係数も交互作用項の偏回帰係数も有意ではなかった。このことから,この分析についても,指導者への感謝が親の通報意図を阻害するという仮説も,被害者が自身の子どもの場合は指導者への感謝は親の通報意図を阻害しないが,被害者が他の子どもの場合は指導者への感謝が親の通報意図を阻害するという仮説も支持されなかった。
指導者Aの体罰場面に対する想像しやすさの記述統計量(Table 2)から,感謝条件と統制条件とで平均値に差があることが予想された。そこで,指導者への感謝の操作によって,指導者Aの体罰場面に対する想像しやすさも同時に操作された可能性を確認するために,事前登録していない分析ではあるが,指導者Aの体罰場面に対する想像のしやすさを従属変数,シナリオの内容要因を独立変数とした分散分析を実施した。その結果,主効果は有意であり(F(1, 203)=5.016, p=.026, partial η2=.024),感謝条件の平均値(M=3.525, SD=1.474)よりも,統制条件の平均値(M=3.981, SD=1.441)の方が高かった。このことから,本研究のシナリオは,指導者への感謝だけでなく,指導者Aの体罰場面に対する想像のしやすさにも差を生じさせる可能性が示唆された。今後,指導者への感謝の操作のために同様の恩恵受領シナリオを使用する際は,本研究と同様に,指導者Aの体罰場面に対する想像しやすさも測定して統制する必要があるかもしれない。
研究2の限界として,弁当の手配という恩恵に対する認識の個人差が挙げられる。対象者によって,この恩恵を1回限りの恩恵とみなす者もいれば,継続的に提供される恩恵として捉える者もいた可能性がある。また,弁当を手配してくれるという恩恵の価値も,親によって異なると考えられる。この捉え方の違いによって,指導者への感謝が指導者との関係維持への動機づけとして機能する程度が異なり,その結果,通報意図に及ぼす影響の大きさにもばらつきが生じた可能性がある。今後は,恩恵が1回限りか継続的なものかを明示的にしたり,恩恵の主観的な価値を統制したりすることで,指導者への感謝と親の通報意図との関係をより精緻に検証することが可能となるだろう。
本研究では,防護動機理論に着目し,親の通報意図に影響する要因の解明を目指した。具体的には,内的報酬認知が親の対処行動に及ぼす負の影響を踏まえ,指導者への感謝が親の通報意図を阻害するかを,運動部活動に所属する中学生を持つ母親を対象としたシナリオ実験によって検証した。
まず,子どもへの脅威に対する親の対処行動に防護動機理論を適用した先行研究を踏まえ,自身の子どもが被害者である場合における指導者への感謝と親の通報意図との関係を検証した。その結果,指導者への感謝が親の通報意図を阻害するという仮説は支持されなかった。一方で,操作チェックでは,感謝条件と統制条件とで指導者への感謝の差は確認されたものの,その効果量は先行研究よりも小さかった。
研究2では,指導者への感謝と親の通報意図との関係が示される境界条件を検証することを目的とした。具体的には,子どもへの脅威に対する対処行動を親は義務として捉えているため内的報酬認知と親の対処行動との負の関係が示されないのではないかというHe et al.(2025)の指摘を踏まえ,被害者が自身の子どもか他の子どもかによって指導者への感謝が親の通報意図に及ぼす影響が異なるかを検証した。しかし,被害者が自身の子どもの場合は指導者への感謝の親の通報意図への影響は示されないが,被害者が他の子どもの場合は指導者への感謝が親の通報意図を阻害するという仮説は支持されなかった。
また,データ取得後の事後的な研究目的ではあるが,研究1の限界を踏まえ,先行研究(Yamamoto, 2024; Zhu et al., 2020)と同程度の水準で指導者への感謝を操作できた場合でも,指導者への感謝が親の通報意図を阻害するかを検証した。その結果,指導者への感謝を先行研究と同様の水準で操作できた場合でも,仮説は支持されなかった。
以上より,被害者が自身の子どもか他の子どもかにかかわらず,指導者への感謝が親の通報意図を阻害するという関係は示されなかった。この結果は,防護動機理論や,これまでの感謝研究の結果(Yamamoto, 2024; Zhu et al., 2020)と一致しない。この理由として,いくつかの解釈が考えられる。
まず,防護動機理論の視点から考えると,内的報酬認知の中でも,指導者との関係を深めることができるという報酬についての認知は,親の通報意図において重要でない可能性が推察される。通報しないことで指導者からの報復を回避できることや子どもの部内での評価に悪影響が生じないことといった報酬に対する認知の方が,通報意図に影響する可能性も考えられる。
もしくは,行動によって防護動機理論における先行要因の影響の強さが異なること(渡邉,2000)を踏まえると,そもそも親の通報意図に内的報酬認知がほとんど影響しない可能性も考えられる。体罰の通報のような子どもへの脅威に対する対処行動と内的報酬認知との負の関係が示されないことについて,He et al.(2025)は,親は子どもへの脅威に対する対処行動を義務として捉え,報酬の有無にかかわらず高い動機づけを保持しているため,負の関係が示されないと解釈している。しかし,本研究では被害者が自身の子どもか他の子どもかで関係に違いがみられなかったことから,それ以外の理由である可能性が考えられる。今後は,内的報酬認知と親の通報意図との関係を調整する変数を特定することで,本研究やHe et al.(2025)で得られた両者の理論と異なる関係の原因を明らかにすることができるだろう。そして,それによって,親の通報意図のような子どもに降りかかる脅威に対する親の対処行動への防護動機理論の適用可能性を示すことにつながるだろう。また,本研究では,防護動機理論のうち内的報酬認知にのみ着目したが,脅威の深刻さ認知や生起確率認知などの要因も含めて網羅的に通報意図への先行要因を検証することで,親の通報意図を高めるための効果的な介入策の開発が可能となるだろう。
二つ目に,わが国における運動部活動特有の文脈の影響が考えられる。村本・松尾(2021)や上野(2023)は,体罰のような厳しい指導でも,それによる子どもの成長や競技での活躍を期待している親は体罰を黙認する可能性があることを指摘している。これを踏まえると,親の通報意図は,子どものスポーツに対する親の価値観が強く影響している可能性が考えられる。このような防護動機理論では想定されていない運動部活動という文脈特有の要因の存在によって,相対的に指導者への感謝の影響が小さくなっている可能性もある。親の通報意図を説明するモデルを構築していくためには,防護動機理論のような既存の理論に,運動部活動特有の要因を組み込むことが求められるのかもしれない。
なお,基本的には仮説を支持しない結果が得られたが,研究2において,すまなさ感情を統制変数として投入した分析では,シナリオの内容要因と子どもの違い要因の交互作用項が有意であった。すまなさ感情と感謝は,他者から恩恵を受領した際に生じる感情という点で共通しているが,前者はネガティブ感情と定義され,後者はポジティブ感情と定義される。以上を踏まえると,感謝の構成概念のうち,ポジティブな感情の側面が,親の通報意図との関係において重要である可能性がある。この分析については,事前登録していない事後的な分析のため,今後は,事前登録をした上で,すまなさ感情を統制した研究を実施していく必要があるだろう。
感謝は,対人関係の形成や維持を促進する要因として認識されている(Algoe, 2012)。親と指導者の良好な関係の構築は選手のポジティブなスポーツ経験に不可欠であること(Santos et al., 2024)を踏まえると,運動部活動における親と指導者との間の感謝に着目した取り組みが重要だろう。一方で,防護動機理論やこれまでの感謝研究から,このような取り組みを実施する際には,指導者への感謝の親の通報意図に対する阻害効果も考慮する必要があると推察される。しかし,防護動機理論や先行研究とは異なる本研究の結果を踏まえると,このような阻害効果をどの程度考慮する必要があるかは,今後の研究において引き続き慎重に検討していく必要があるだろう。
最後に,本研究の限界を述べる。まず,通報意図の測定において提示した場面が,現実での通報場面と乖離してしまった可能性が挙げられる。本研究では,指導者による子どもへの体罰を親が直接目撃するシナリオを提示した。一方で,現実では,帰宅した子の話を聞くなどして事後的に体罰の存在を知ることのほうが多いだろう。また,本研究では,通報窓口として,第三者が運営する通報窓口を取り上げたが,このような窓口の存在の認知度は高いとは言えない(日本スポーツ協会,2025)。そのため,本研究で提示した通報場面が,現実に起こりうる通報場面から乖離し,通報意図の測定において生態学的妥当性に課題が生じた可能性がある。
次に,本研究では,IViSを参考に,平手打ちなど比較的重度な体罰を通報意図の測定において取り上げた。そのため,軽く叩くや小突くといった比較的軽度な体罰を目撃した場合の通報意図について,本研究の結果が適用できるかは不明である。また,このような重度の体罰を目撃した状況での通報意図を尋ねたことから,社会的望ましさが生じ天井効果が発生した可能性がある。今後は,研究知見の適用範囲の拡大や社会的望ましさの解消という観点からも,親を対象とした実態調査によって実際に親が目撃する体罰を具体的に把握し,それらの行為を通報意図の測定に用いることが求められるだろう。
さらに,対象者によっては,本研究で扱った恩恵提供シナリオを,指導者からの恩恵というよりも,指導者としての義務の遂行と捉えたかもしれない。そのため,義務が遂行されたことへの安堵にも条件間で差が生じ,交絡が生じた可能性がある。
本研究では,架空の指導者への感謝を操作し,架空の指導者による体罰に対する通報意図を測定した。そのため,指導者と対象者との関係性などを統制した上で,両者の因果関係を検証することができた。一方で,このような方法は,生態学的妥当性に限界がある。例えば,実際の親と指導者の間には,一定の人間関係が形成されている。その場合,親も,一度きりの恩恵に対する感謝ではなく,継続的にさまざまな恩恵の授受を経験する中で形成される感謝を抱いていると考えられる。本研究では,あくまでも単発の恩恵受領イベントによって喚起される感謝のみを扱っているため,そのような感謝は捉えられていない。実際の指導者に対して感謝を感じた出来事を想起してもらう方法(山本,2024)で対象者の感謝を操作し,本研究の仮説を追試することも必要だろう。
研究2では,検定力分析を行わずに目標サンプルサイズを200名に設定した。そのため,十分な検定力が得られなかった可能性がある。今後は,より大きなサンプルサイズで検定力を確保した上で,被害者が自身の子どもか他の子どもかで指導者への感謝と親の通報意図との関係が異なるかを検証することが求められる。その際は,本研究で得られた推定値をパラメータとして,シミュレーションによる検定力分析を実施することが可能だろう。
また,研究2では,操作チェックに成功した場合でも指導者への感謝が親の通報意図を阻害するという仮説が支持されるかを検証した。しかし,これは,データ取得後に設定した研究目的である。今後,別サンプルで再度,研究2のシナリオを用いて指導者への感謝が親の通報意図を阻害するという仮説を検証する必要があるだろう。
本研究では,子どものスポーツにおいては母親が父親よりもサポートに関わっている場合が多いという研究を踏まえ,母親に限定して実験を実施した。そのため,指導者への感謝が親の通報意図を阻害するという仮説が支持されなかったという結果が父親にも適用できるとは限らない。今後は,父親を対象とした実験も実施していく必要がある。
結論として,本研究では,指導者の体罰に対する親の通報意図に影響する要因について一定の知見を提示できた。一方で,本研究での仮説の不支持は,指導者への感謝と親の通報意図との関係が真に存在しないことを示しているのか,それとも社会的望ましさやシナリオの生態学的妥当性,検定力不足といった限界によって両者の真の関係を検出できなかったことによるものかを判断できない。今後は,これらの方法論上の課題に対応した研究デザインによって,本研究の仮説を再検証していくことが求められるだろう。
1) 本研究は,日本スポーツ心理学会2023年度若手研究助成の助成を受けて実施された。
2) 本研究は,第一著者の所属機関の倫理委員会の承認を受けて実施した(研究1の受付番号:2325,研究2の受付番号;2024-010)。
3) 調査票,分析データとコードブック,Rの分析スクリプト,および重回帰分析の結果の表(Table S1–S5)については,OSF(https://osf.io/wmbsn/overview)に記載した。
4) 本研究の一部は,日本心理学会第88回大会(2024),日本スポーツ心理学会第51回大会(2024),九州スポーツ心理学会第38回大会(2025)で発表された。
5) 防護動機理論を提唱したRogers(1983)は,内的報酬認知や外的報酬認知について,脅威への対処行動をとらないことによって得られる報酬というよりも,飲酒や喫煙などの有害な事象を生じさせる不適応行動(木村,1996)の継続によって得られる報酬を想定していると思われる。一方で,近年では,脅威への対処行動をとらないことによって得られる報酬に対する認知という意味も含めて内的報酬認知や外的報酬認知が紹介されることも多い(Eberhardt & Ling, 2023; 白川他,2023)。また,脅威への対処行動をとらないことによって得られる報酬に対する認知として測定した場合でも,対処行動の意図と関係することが示されている(Eberhardt & Ling, 2023)。そこで,本研究でも,内的報酬認知や外的報酬認知を,脅威への対処行動をとらないことによって得られる報酬に対する認知とした。
6) 一方で,Zhu et al.(2020)の研究対象者の文化や属性は本研究の対象者と異なる。これを踏まえると,より保守的な効果量に設定した上でサンプルサイズ設計をする方が適切であった可能性も考えられる。そこで,より保守的な効果量(水本・竹内(2008)の基準において小さい効果量とされるf=.10)の場合に,本研究の対象者数195名ではどの程度の検定力なのかを分析した。分析の結果,β=28.5%であった。
7) オンライン調査会社との協議を踏まえ,自由記述回答の内容により参加者の約40%が除外されると想定した。しかし,実験の結果,本研究の意図を認識していたと判断された対象者は6名であった。その結果,最終的なサンプルサイズ(n=195)は,目標サンプルサイズ(n=120)を上回った。
8) 予備調査の手続きや調査内容,回答結果はOSFに掲載している。
9) Yamamoto(2024)が公開しているStudy 1の生データを用いて算出した。具体的には,感謝を測定する2項目の平均値を従属変数,本研究と同様に返報期待の有無が異なるGratitude conditionとIndebtedness-baseline conditionの2水準からなる要因を独立変数とした分散分析を行い,効果量を算出した。
本論文に関し,開示すべき利益相反関連事項はない。