本稿は,日本ODAによるモデル農村開発計画が,クミッラ県ダウドゥカンディ郡の貧困層の生活に及ぼした影響について検討している.このために,われわれは1999〜2008年までの間,先行研究の収集と現地での聞き取り調査を行っている.調査対象の貧困層が居住している行政村には,地元の既得権益者がモデル農村開発計画を誘致している.また,郡内の既得権益者である郡中央協同組合のメンバーが,このプログラムに関わっている.このプログラムでは,コミラモデルの実験にならって,近代農法を奨励した.その成果は,乾季に限って多収穫新品種ポロ稲の生産量を増やしたことである.しかし,近代農法は灌漑用ポンプと大量の用水,多くの化学肥料と農薬を使用するため,農民にかなりのコスト負担がかかる.かりに,農地を所有していないとか,それらのコストを支払うことができないとすれば,モデル農村開発計画に参加することはできない.実際にも,農業生産の機械化により,日傭の農業労働者は仕事を奪われている.また,多収穫新品種米の生産は乾季に集中しているため,雨季に行われる在来種米の作付面積は激減している.その結果,多くの貧困層は,雨季に雇用機会を失っている.そのうえ,雨季は,農作物の価格が上昇し,食料購入のために借金をせざるを得ない人々が多くいる.こうした状況をみるにつけ,われわれの調査では,貧困層へのトリックル・ダウン効果を確認できなかった.したがって,この地域では大量の失業者や不安定就業者が増大し,貧困問題は依然未解決の問題として残されている.