抄録
人間は物質の塊でもなければ, 心身の単なる偶有的合一でもない。西田哲学の用語を借りれば, 人間は心身の絶対矛盾的自己同一である。この事実はまた, 人間が自己の自然的社会的環境ならびに無限なる存在との多様な関係を受肉している有限なる存在であることを含意している。人間が死の実存的意味を探究せざるをえないのもそのために外ならない。
医学本来の対象が, このような人間そのものである限り, それは単なる自然科学たるにとどまらず, 心理学的社会学的哲学的宗教的な領域でもなければならない。一言にして云えばそれはーこの学際的な人間学なのである。
拙稿では, 学長の要請に応え, 憚りながら就任演説に代えて, 大いなる天然自然の仲介者たる医師の使命と, 人格性を帯びる人間の生死ならびに精神と身体との尊厳について考えてみたいと思う。