抄録
法医解剖後にアスベストの健康被害申請を行うために医学的検査を実施した事例を経験した.事例は,アスベスト作業歴のある60歳代の男性で,受診歴や健診歴はない.同居人は「数ヶ月前から咳や呼吸苦を生じて死亡した.」と話しているが,死因不明のために法医解剖に付された.左右の壁側胸膜に広範囲にわたる胸膜プラークと左右の肺に多発腫瘤を認め,死因を「肺癌」と診断した.後日,遺族から「石綿救済法」によるアスベストの健康被害申請のための医学的検査の依頼があり,石綿小体計測を行ったところ,乾燥肺重量1gあたり石綿小体を4,860本検出したものの認定に必要な5,000本は検出できなかった.石綿小体は病変部を含まない,肺実質の末梢側に蓄積されやすいとされている.解剖時に摘出・保存した肺組織は中枢側の病変部周囲であったため,計測結果がより低値になった可能性が考えられた.我が国ではアスベスト関連肺疾患発症者や法医解剖体数が増加している.法医解剖時に原発性肺癌を認めた場合には,アスベストの健康被害申請が行われる可能性を考慮して,肺の適切な部位の採取・保存を周知する必要があると考える.