抄録
本学の医学概論の講義が多く医師あるいは哲学者の立場からなされているのに対し、本講義は死に直面した癌患者の立場から生と死の問題を論じた. まず, 堕胎, 生命維持装置の使用, 安楽死, 自殺, 抗癌剤の使用等の問題に対する米国民の態度を, 特に法廷, 教会, 家族らの制約に重点をおいて論じた. これらの問題についての日米両国民の態度の比較も試みたが, 文化的・宗教的背景があまりにもかけ離れているため, 比較は困難であった. 次いで, 筆者自身が癌患者として死の淵に立った体験から生じた人生観の変化について語った. 生きていることに今までにない歓喜を覚える一方で, 抗癌剤の副作用による不快と不都合をも体験した結果, 人生とは"耐えうるもの"だという境地に到達した. 結局のところ, 癌の化学療法の激しい副作用に耐える癌患者にとって, 人生の"質"が問題だと考えられる. このことは, 死か, 悲惨な生存かの二者択一を迫られる患者・医師の双方にとって考えねばならぬ問題である.
(本稿は, 昭和57年10月17日, 本学5年生に対して行われた医学概論の講義内容)