2018 年 15 巻 p. 165-187
本稿は二つの目的を持つ.一つは所得格差と一般的信頼の関係を検討するこ
とであり,もう一つは一般的信頼と福祉国家への支持の関係を検討することで
ある.寛大な福祉国家は一般的信頼の醸成に寄与するが,それは福祉国家の正
統性にとって必ずしも望ましいわけではないというのが,本稿の主張である.
国際社会調査プログラム(ISSP)のデータを用いたマルチレベル分析によって,
以下の知見が得られた.第一に,所得格差が大きい国に住む人ほど,他者を信
頼する傾向が弱い.第二に,一般的信頼が高い人ほど,福祉国家を支持する傾
向が弱い.第三に,福祉国家への支持に対する一般的信頼の効果は,積極的労
働市場政策に関する支出が多い国ほど小さい.
寛大な福祉国家は,自国の所得格差を縮小することによって,一般的信頼の
醸成に寄与する.それにもかかわらず,「連帯と協力の基礎」としての一般的
信頼は,コミュニティにおける相互扶助の精神を促進することによって,福祉
国家の正統性を掘り崩す可能性がある.しかし,福祉国家への支持に対する一
般的信頼の効果には,無視できない国家間の差異がある.こうした国家間の差
異は,各国の積極的労働市場政策の規模によって説明される.すなわち,一般
的信頼が福祉国家の正統性を掘り崩すかどうかは,福祉国家の制度的特徴に依
存する.本稿の結果は,受益者と拠出者の水平的連帯を促進する福祉国家が,
高信頼者の離反を防ぐ可能性を示唆している.