本研究では,丸散方と湯液方の比較から,『傷寒論』における湯液方の形成過程を明らかにした。華佗方などの『傷寒論』よりも古い治療体系では,強い発汗,吐,下の丸散剤が用いられる。『傷寒論』では,一方でこうした強い効果を示す瀉薬を否定してはいるが,可不可篇においては,大雑把に発汗,吐,下をさせる段階には丸散剤,複雑な病証の段階には湯液,と使い分けがみられる。『傷寒論』中の調製法を見ても,丸散剤の分量が反映された湯液があったり,丸散剤を服用するための補助飲料がみられたり,丸散方から湯液方へと剤形を段階的に変換した形跡がある。以上の点から,『傷寒論』の湯液方の背景には丸散方があるということができる。