2012 年 64 巻 1 号 p. 45-50
中神琴渓は,我が国江戸時代最大の医家の1人である。この琴渓の治術と,その根底にある医学思想は,日本漢方医学史上,極めて重要な位置を占めるものであるが,未だ殆ど手つかずの状態であると見受けられる。
そこで本稿においては,琴渓の生生堂雑記・生生堂養生論・生生堂治験・生生堂医譚・生生堂傷寒約言を対象とし,先ずは文献学的に読み解き,その治術の内容を的確に把握し,さらにその医学思想について概観した。
その結果,琴渓の治術は多岐に亘り,(1)鈹鍼(瀉血),(2)潅水,(3)灸,(4)湯薬,等の実例を示すことが出来た。琴渓は,先達の考えや治術を学びつつも,彼独自の医学思想に基づき,彼自身の治術の局面を展開したが,それは彼の正確で執らわれのない見立てのもたらすところであった。
畢竟するところ,琴渓の治術は常に様々な療法の〈規則を離れ〉た融通無碍な展開のもたらす所だったのである。