蘇子降気湯は,医療衆方規矩の記載以降,足冷を伴う咳嗽に応用されてきた。原典の和剤局方などの古典には,その病態として虚証の者における多量の水様痰による気道閉塞が示唆されている。しかしながら,我々の経験した気管支炎後の強い咳嗽に本方が奏効した5症例では,喀痰の量はむしろ少なかった。これら自験例について腹力・腹候・足冷の有無を検討し,さらに本方が咳嗽に奏効した過去の臨床報告と合わせて喀痰の性状を調査した。この結果,本方は気剤として虚実・腹候を問わず応用可能であり,足冷は必須の症候ではなく気逆の一症候と考えられた。喀痰については,量は少なく粘稠である場合が多かった。本方の適応病態では,粘稠痰が気道閉塞を生じて喘鳴を伴う咳嗽を来しており,これを降気作用と穏やかな利水作用が改善するものと推測される。呼吸苦を伴う咳嗽の治療に際し,“粘稠で切れにくい喀痰” は蘇子降気湯の実用的な使用目標になると考えられた。