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58回大会(2006年)
セッションID: 1P-25

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http://doi.org/10.11428/kasei.58.0.25.0

ポスター発表
主催: 社団法人 日本家政学会
  • 抄録

[目的]前報*で、奈良県においてエイやエソ、さばの魚料理が行事食として供されることを報告した。本報ではこれら魚食文化がいかにして発達したのかを検証する事を目的に、生産から流通、消費のルートについて検討した。[方法]調査時期:2003年8_から_12月および2005年8月_から_から2006年1月。調査地域:奈良県(北葛城郡・山辺郡・五条市)、三重県(鳥羽・伊賀・北勢)、大阪府(河内)、和歌山県(熊野)。調査方法:2003年度日本調理科学会特別研究「調理文化の地域性と調理科学ー魚介類ー」調査を基に、さらに質問紙調査を実施した。[結果]奈良県では盆、正月、祭りなどに食べる魚の事を「とっきょりの魚」と呼ぶ。その代表がエイやエソ、サバである。奈良盆地から大和高原の正月のお節にはエイの煮こごりが供されである。これを食べる事で正月が来たと幸福な気分になるという。かつて北葛城郡の秋祭りには「エソ祭り」と称され、魚の市場が立ち、大量に消費された。現在も秋祭りには塩焼きが供される。サバは奈良盆地周辺地域の祭りには神饌として供えられる魚であるが、奈良県北部では、さばずしに、南部の吉野山間部では柿の葉ずしにして夏や秋祭りには大量に拵えられる。これらエイやエソ・サバの魚食文化が海の無い内陸部の奈良県に発達したのは、古くからいくつかの「鯖街道」があったことによる。紀伊半島で漁獲されたサバは紀ノ川を辿って五条から竹内街道、奈良へ。さらに、新宮から志摩半島の熊野灘一帯のサバは、和歌山街道を経て奈良に運ぶ交易路があった。このように「鯖街道」を経て、エイやエソ・サバの魚食文化が奈良県に伝わり、行事食に発達したと考える。*(社)日本家政学会第57回大会研究発表要旨集

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