抄録
歯学部学生の時分に「歯科領域の心身医学」という講義を受けました。これだ!との野
生のカンで、そのまま弟子入りをお願いしたのが、福岡大学医学部歯科口腔外科学教室の
都 温彦先生(九歯大34年卒)でした。以来20年余の薫陶を受け、今日の私があります。
歯科領域は「不定愁訴」(medically unexplained symptoms;MUS)の宝庫です。舌や歯
の慢性痛、義歯(咬合)の不具合、ドライマウス(口の中がネバネバ、ベタベタする)、口臭
など多彩な口腔症状の患者さんが10-20%存在すると言われています。患者さんには事欠き
ませんでした。さらに当時の福大は、福田仁一先生(元九歯大学長)が助教授を務められ、
締めるところは締めながらも、若輩者の無謀さ、独断と偏見を許容して頂けました。これ
幸いとばかりに通常の歯科・口腔外科診療の合間に、皆が敬遠する患者さんをせっせと診
ていきました。「先生のしたところが悪くなった!」「この歯を高くしてくれたら治るんで
す!」などと言った訴えに散々巻き込まれながら、これは治療技術の問題ではないし、こ
のまま患者さんの奴隷になっていても“治療にならない”と痛感しました。「歯を削らなけれ
ば歯科医師ではない」のではなく、「必要な歯科処置をするのが歯科医師」だという当た
り前の事実が身に沁みました。
「患者さんから学べ」。恩師の薫陶をもとに、従前の方法を盲目的に踏襲することを深く
戒め、症例を重ねながら愚直に臨床症状を記録し、治療的な試行錯誤を続けました。20年
以上診てきましたが、歯科心身症は、精神科医と歯科医が集まり、それぞれの担当領域の
治療を分担すれば克服できるという疾病では決してない、との思いを強くしています。精
神科で診るべき患者さんを歯科で抱え込むのではなく、歯科で診るしかない患者さんをど
う捉え、どう治療して行くかが問題なのです。我々が延々と“根治”と“義調”を繰り返して
難渋している相手は、実は「痛覚」ではなく情動体験としての「痛み」、歯の接触関係で
はなく脳内の表象representationとしての咬合、ではないかと考えています。
私たちの目指す新しい歯科心身医療とは、中枢を巻き込んだ歯科的症状、いわば“歯とここ
ろ”が複雑に絡み合った病態に対応する総合的治療を行い得る歯科医療を意味しています。
そのためには「歯痛」や「咬合」といった歯科特有の症状を口腔からのみならず中枢から
も俯瞰する必要があります。幸い近年の脳画像研究や精神薬理学の発展により、歯科領域
のMUSの解明に幾許かの光明を見出しつつあります。当日は当科の研究成果も踏まえて、
臨床に即した中枢末梢機能連関の話題を提供したいと思います。