主催: (社)日本理学療法士協会近畿ブロック
【目的】 臨床場面において,靴着用時と裸足で姿勢の安定性が異なる症例を経験する.八坂ら(2006)は靴着用時と裸足での閉眼片脚立位保持と前後左右方向への片脚連続ジャンプの検討から,これらの課題では靴着用時より裸足で行う方が,姿勢制御が行いやすいと報告している.しかし,靴着用時と裸足との姿勢制御の比較について検討した先行研究は少ない.本実験では,靴着用と裸足とでファンクショナルリーチテスト(FRT)および不安定板上での静止立位保持にどのような影響を及ぼすかを検討した.
【方法】 下肢に既往のない健常成人22名(男女各11名,平均年齢22.0 ± 1.0歳,平均身長163.3±7.0cm,平均体重54.3±6.8kg)を対象とした.1つ目の課題は,立位で両手でのFRTを行い,そのリーチ距離を測定した.2つ目の課題は,不安定板(バランスボードK1910SM,ミナト社製)の上に圧分布測定システム(BIG‐MAT,ニッタ社製)を設置し,身体の前方で腕を組んで立位を保持させ,10秒間の足底圧中心(COP)の総軌跡長と矩形面積を測定した.その際,口頭指示で「できるだけ動かないように」と指示をした.これら2つの課題を靴着用および裸足にて測定した.また,2つの課題における靴着用および裸足の施行順序は無作為に実施した.統計処理は靴着用群と裸足群の比較を対応のあるt検定にて行い,有意水準は5%未満とした.
【説明と同意】 対象者には事前に本実験の内容と目的について十分に説明を行い,同意を得た.
【結果】 FRTのリーチ距離の平均値は,靴着用群で37.2±4.4 cm,裸足群で38.2±6.0 cmであり,2群間に有意な差は認められなかった.
COPの総軌跡長の平均値は,靴着用群で34.5±8.0 cm,裸足群で28.1±5.6 cmであった.一方,矩形面積の平均値は,靴着用群で4.3±3.1 cm2,裸足群で2.0±1.1 cm2であった.COPの総軌跡長と矩形面積は,靴着用群と比較して裸足群において有意に低値を示した(p<0.05).
【考察】 FRTには足底のメカノレセプターとしての機能,足圧中心の前後移動距離,リーチ動作の動作様式や自己身体能力の予測が関与するとされている.今回,FRTのリーチ距離では靴着用群と裸足群間に有意な差は認められなかった.前述したFRTに関与する因子の中で,床面と直接接するのが足底か靴の裏かの違いによる足底のメカノレセプターとしての機能や,足指把持力が働く面の違いから足圧中心の前後移動距離が靴着用と裸足による影響を生じさせると考えられる.しかし,リーチ動作の動作様式や自己身体の予測に関しては,靴着用と裸足による影響よりも体幹や股関節,足関節の戦略および中枢神経系の機能の影響が考えられ,今回のFRTのリーチ距離において靴着用時と裸足の違いは影響しにくい結果となったと考えられた.
一方,不安定板上での静止立位保持においては,COPの総軌跡長,矩形面積ともに裸足群の方が有意に低値を示した.その理由として2つのことが考えられた.1つ目は,靴を着用している状態では足指把持力は靴底に対して働き,不安定板の床面には直接的に働きにくいことである.しかし,裸足では不安定板の床面に対して直接的に足指把持力を伝えることが可能であり,足部・足指機能を使ってCOPの移動を制御しやすかったのではないかと考えられる.2つ目は,靴着用時と裸足では不安定板の床面と接触する部分が違うことである.足底には身体の運動遂行と状況変化に対する情報源となる多数のメカノレセプターが存在する.この足底のメカノレセプターからの情報が身体動揺の調整に重要であるとされている.靴着用時と比べ不安定板の床面に直接足底が接触する裸足では,足底からの触・圧覚の感覚入力が得られやすく,得られた情報が足底からフィードバックされることで平衡維持能力が向上し,総軌跡長や矩形面積が小さくなったと考えられた.
【理学療法研究としての意義】 臨床場面において,静止立位保持のような課題で姿勢制御を行う際には,足底からの感覚入力が得られやすく,足指把持力を直接床面に伝えることのできる裸足での練習から開始し,その後,靴を着用した状態での練習へと移行する方が足部・足指機能や足底からの感覚入力を使った姿勢制御能力を獲得しやすいのではないかと考えられる.