科学基礎論研究
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共有知識の有限的定式化と全知の知者
神山 和好
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1998 年 26 巻 1 号 p. 31-37

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抄録

2人がレストランで夕食をともにしていたとする。突然, 隣のテーブルで, カップルが大声で言い争いを始めた。一方が他方の目をみつめ, 嫌悪の表情を見せた。通常の場合この状況で, 隣のテーブルでいさかいが始まったということは2人の間で明白であり, 疑問の余地はなかろう。このようなとき, 隣のテーブルでいさかいが始まったということが2人の間で「共有知識」(common knowledge) のであると言われる。
共有知識の概念は, 1969年に哲学者のデービッド・ルイス (Lewis, 1969) が導入し, 少し後1976年に, ゲーム理論家のロバート・オーマン (Aumann, 1976) がそれに形式的表現を与えた。それまで暗黙理に要請されてきた, ゲームの規則やプレーヤーの合理性などに対するプレーヤー間での共有知識の仮定をモデルの中に組み込む可能性を開いたという点で, オーマンの形式化はゲーム理論にとって示唆的であった。マイケル・バカラック (Bacharach, 1985) による認知論理を用いた基礎づけを経て, 今日, 共有知識はゲーム理論の鍵概念の一つである。認知およびコミュニケーションの成立や行為の合理性, 倫理性の説明に際して, 個人間で多重に共有されたものの分析は不可欠であろう。しかし, 従来の認識論においてこの契機が主題として分析されることはなかった。この空白を埋めているという点でゲーム理論における共有知識の分析は認識論にとっても重要である。
共有知識に関連する基本的問題の一つに, 共有知識を一般にどのように定義するかという問題がある。共有知識の標準的な定義は次のものである (簡単のためプレーヤーが2人のケースで述べる) : 〈事柄Eについて「1はEを知っている, かつ, 2もEを知っている, かつ, 1は2がEを知っていることを知っている, かつ, 2は1がEを知っていることを知っている, かつ, …」が成り立つとき, Eは2人の間で共有知識である〉。「~は知っている」という知識命題が主語を変えて交互に繰り返しあらわれるこのタイプの定義を「共有知識の反復的概念」(iterated notion of common knowledge) と言う。この定義の難点としてしばしば指摘されてきたのは, それが無限連言を含み実証不可能であるという点である。ゲーム理論家たちもたとえば次のように述べている。
「反復的定義の欠点は, それが説明と記述の力を若干欠いている点である。いかに合理的な人間 (homo rationalis) であっても, 無限に多くの言明の正しさを一つ一つチェックすることは不可能である」 (Monderer and Samet, 1989, p.171)
そこで, この難点を避ける共有知識の定式化-共有知識の有限的定式化-が追究されてきた。オーマン以来の標準的な意味論的分析の伝統に限ったとしても(1), そのような有限的定式化は2種類ある。オーマンに由来する「共通可能性集合」 (common possibility set) の概念を用いる定義, 「公共的事象」 (public event) の概念を用いる比較的最近の定義の2つである。
それら有限的な定義を「共有知識の」定式化と呼べるのはなぜであろうか。通常ここで頼りにされるのは, 個人の知識 (「個人iはEを知っている」という命題) に対する一定の要請のもとでそれらが反復的概念と同値になるという事実である。実際, 認知論理S5もしくはS4に相当する知識モデルにおいて, それらは反復的概念と同値である (Bacharach, 1985, Binmore and Brandenburger, 1990)。しかし, この説明が多少なりとも説得力をもつためにはそれら知識モデルがある程度弱い (自然な) ものである必要がある。個人の知識のモデルとしてS5やS4はかなり強い。同値の成立のために, S5やS4という強いシステムは必要であろうか。本論で示すように (命題1), それらは必要ではなく, 基本的にはS5やS4の一部である「バーカン公理」 (もしくは単調性の要請) だけで十分である。しかし, ここで問題が終わるわけではない。しばしば指摘されるように, バーカン公理は個人に「論理的全知」(logical omniscience) のを要請する点で方法論上大きな問題を含んでいる。
以下, 共有知識の特徴づけ問題を例にとり, 共有知識の分析にとってバーカン公理が鍵となる要請であることをあらためて示すとともに, それへの依存を除去する方法論上のプログラムを素描する。

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