抄録
文章理解プロセスについて考えるための理論的枠組みとして「語彙クオリティ仮説」がある。これは「語彙知識には,量だけでなく質における個人差・項目差がある」という仮説であり,語彙の質が高いほど,単語処理が自動化されやすくなると仮定されている。結果として,「語彙の質→単語処理の自動化→処理能力(ワーキングメモリ)の余裕→正確で流暢な読解」という因果連鎖により,語彙の質は文章理解力につながっている,というのがこの仮説の主張である。海外においては頻繁に参照される理論的枠組みだが,国内ではまだこの枠組みを踏まえた研究は少なく,その現状を解決するために,本稿ではまず語彙クオリティ仮説について概説した。続いて,具体的な研究例として,語彙の質が単語処理の際に語彙知識内の他の類似単語から受ける干渉をどのように和らげるかについて同音異義語を用いた実験を行ったPerfetti & Hart (2001) と,低頻度語への事前学習が文理解中の眼球運動にどのような影響を及ぼすかを検討したTaylor & Perfetti (2016) 実験2を紹介した。その上で,語彙クオリティ仮説と同様に文章理解力を説明する「ワーキングメモリ仮説」や「音韻処理仮説」と比較し,その理論的位置づけについて論じている。また,教育実践に語彙クオリティ仮説からどのような示唆があるかについても述べた。本稿により,本領域の理論的進展と教育実践への貢献を目指す。