口腔病学会雑誌
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下顎骨切除患者の術後嚥下障害に関する臨床的ならびにX線映画的研究
大畑 直暉
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1972 年 39 巻 4 号 p. 611-652

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抄録

口腔領域悪性腫瘍の治療のために下顎骨切除術を施行された症例の術後嚥下障害の様相を明らかにし, さらに本障害に対する治療法開発を目的として本研究を行なった。まず健常者10例の嚥下運動をX線映画撮影し, その運動の観察解析を行なつた。ついで1962年~71年間に東京医科歯科大学歯学部付属病院第1口腔外科で口腔悪性腫瘍のため一次的あるいは二次的に下顎骨切除をうけた58例中, 下顎骨全切除例4例を含む16症例につき, 術後嚥下障害の病態像を臨床的ならびにX線映画的に観察し, 両者間の関連性を追求し, これら異常例の所見と健常者の所見との比較検討を行ない次の知見を得た。
健常者嚥下運動のX線映画解析において, 口蓋垂先端部, 舌骨体, 喉頭蓋谷, 喉頭蓋先端部に定めた4点が1回の嚥下運動の際にとる運動軌跡は定型的なパターンを示した。この4点の軌跡は正座位, 頸部前傾位程度の頭位変更では影響をうけないが, 嚥下物の量の多少により舌骨点の軌跡に変化を生ずる例も認めた。造影剤20ml嚥下の場合より, 唾液嚥下の場合に舌搾送運動は一層大きく出現し, この舌搾送運動に対応して舌骨点の軌跡は20ml嚥下の場合に前上方斜行を示し唾液嚥下の場合には, はじめ上行, ついで前行あるいは前上行を示した。
口腔内に含みうる水の最大量は, 下顎骨半側切除例では健常例 (104±10ml) の約1/4に減少し下顎骨全切除例では0~8mlまで減少し嚥下準備相を阻害した。
下顎骨全切除例では舌搾送運動が著明に阻害され嚥下物の口腔咽頭搾送機構が阻害された。これは嚥下における最も重要な口腔咽頭搾送機構の主要素である舌搾送運動が, 舌―舌骨―喉頭柱の支持体である下顎骨が存在して, はじめて成立することを示し, 嚥下運動における下顎骨の重要性を示唆するものである。
下顎骨切除症例中, 喉頭蓋の反転を示さぬ例を多数認め, うち舌軟口蓋閉鎖機構のほぼ健常に保たれていた症例では, 術後1~3カ月で嚥下時の咳嗽反射が消失しX線映画像で喉頭括約機構の強化を示す所見を認めた。
舌根部に手術侵襲を傍せうけた症例では嚥下時強度の咳嗽反射を示し, X線映画所見において舌軟口蓋閉鎖が不完全なために, 舌骨挙上開始前, 嚥下終期の中咽頭開大直後など時期的に不規則に造影剤が口腔より咽頭に流入して下咽頭, 喉頭前庭に貯留する像を認めた。
喉頭口閉鎖機構において, 喉頭蓋の反転運動はこれに関与するが本質的なものでなく, 喉頭の括約筋作用が最も重要と考える。
舌軟口蓋閉鎖, 鼻咽腔閉鎖, 喉頭口の閉鎖など一連の閉鎖機構の有機的な調和の維持は誤嚥をおこさぬための必要条件である。
舌運動が障害された症例で軟口蓋, 咽頭後壁が健常な例では同部に代償的な過剰運動を生じ早期に機能の回復が認められたが, さらに軟口蓋の運動障害も併存した例では障害は一層顕著で機能の回復も極度に遅延した。

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