抄録
本稿では、19世紀西洋社会における音楽、すなわち「クラシック音楽」に焦点を当てて、芸術表象のひとつである<芸術至上主義>が、近代社会と親和的・同時的であることの意味を、<商品経済>の視点から問いなおしていく。<ベートーヴェン>を事例に、その<伝記>と<書簡>を資料に用いて、以下のような分析と考察を行なう。その際、N.エリアスのモーツァルト論のアプローチに倣ってすすめる。まず、芸術至上主義のモデルとされるベートーヴェンの音楽(家)理念を実証的に検討し、続いて、彼がそれを表明するに至った契機を具体的な音楽活動のなかに分析する。そこでみえてくるのは、ベートーヴェンはジャーナリズム・批評や楽譜出版、公開演奏会に対して両義的な態度表明をしていることである。つまり、音楽が公開されて商品性を帯びるにつれて、その表象はより高次の純化したものになってゆく<ねじれ構造>が見て取れるのである。本稿では、ここに芸術至上主義の生成するひとつの契機があることを指摘する。さらに、以上の分析結果をP.ブルデューとG.ジンメルの議論を解釈枠組みに考察し、芸術至上主義は商品性と<相互補完的関係>をもつことを論じる。このようにして、<音楽の近代化>ともいうべき芸術至上主義をめぐる現象の一端を明らかにしていく。