ラテンアメリカ・レポート
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現地報告
メキシコ・グアテマラ・パナマにおける公文書管理の実態
則⽵ 理⼈
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2018 年 35 巻 1 号 p. 63-75

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要約

メキシコ、グアテマラ、パナマの各国における国家レベルの公文書の管理状況について、2017年11月に現地調査を行った。メキシコでは、立法文書の管理が行政、司法文書に比べて管理方法の面でも専門的人材の配置の面でも発展途上であり、さらに立法府内でも上院と下院で文書管理方法に差異があることが分かった。グアテマラでは、国立の文書館に公文書が移管される体制が確立しておらず、全体的に発展途上である中で、内戦が続いた歴史的経緯から国家警察の文書が重要視され、国外の援助も取り入れながら相対的に発展した管理体制を築いていることが分かった。パナマでは、保存スペースの問題から、国立文書館で移管を受ける公文書を公証人文書に限定し、国立文書館が各機関に公文書管理の方法を指導して個別管理させることで、分散的ながらも画一的な方法で公文書管理を行う体制を整えようとしていることが分かった。

はじめに

筆者は、2016年2月にチリ・ボリビア・ペルーを、2017年1~2月にエクアドル・コロンビアを訪問し、各国の公文書管理の現状調査を行い、本誌Vol.33 No.1およびVol.34 No.1において報告した(以下、「前報告」)。去る2017年11月には、メキシコ・グアテマラ・パナマの3カ国を訪れ、現地の文書館や図書館の運営実態の調査を行った。本稿では前報告と同様に、メキシコ・グアテマラ・パナマ各国における公文書管理の特徴的な実情についてとりあげる。

なお、「公文書管理」の定義付けや調査対象範囲は前報告と同様であるため、本稿ではあらためて記述しない。詳しくは前報告(Vol.33 No.1)を参照されたい。また、既にとりあげた国々について言及することがあるが、詳細は前報告を参照されたい。

1. メキシコ――立法文書の管理方法の格差――

メキシコの国家レベルの行政文書で永久保存をすることになったものは、国立の文書館である国家総合文書館に移管されるようになっている。国家レベルの立法文書は議院ごとに管理されており、その体制や方法に議院間で差異が見られる。司法文書は地方に置かれる機関の文書も含め、司法府内で一元的な管理がなされている。諸々の管理方法を比較していくと、国家総合文書館には移管されない立法文書と司法文書の間には、専門的知見をとりいれているかどうかについて、大きな格差が見られた。

(1) 国家総合文書館(行政文書の最終移管先)

ペルーやコロンビアと同様に、メキシコの首都には国立の文書館として国家総合文書館が置かれている。前身となる施設は1823年に創立しており、長い歴史を有する文書館である。つまり、メキシコは独立直後から文書館を有しており、公文書管理に対する意識が十分に根付いた国であるはずだが、実際のところそのようには言い切れない現状が散見された。

現在は「レクンベリ宮殿」や「黒の宮殿」と呼ばれる、かつて刑務所であった建物を再利用している。刑務所であったが故の壁の厚さや窓の小ささによって外気の影響を受けにくい構造になっており、文書の保存には適している。なお2017年9月に発生した大地震の際も、頑丈な造りのおかげで建物や収蔵資料はあまり影響を受けなかったようである。ただし、既存の建物の再利用だけではスペースが十分ではなくなってきているようで、訪問時には敷地内に新しい建物を建設中であった。旧刑務所を再利用し始める前までも、国家総合文書館として使用される建物は何かの「おさがり」であったため、新棟は史上初めて国家総合文書館のために新規に設立される建物となる。

収蔵資料の規模は、積み重ねた場合の厚さが52kmになるほどである。職員は250名ほどいるが、その中に公文書管理を専門とする「アーキビスト」は10名しかおらず、歴史学を専門とする者が大半を占めているようである。

国家総合文書館は、国家レベルの行政文書の最終移管先として機能している。司法文書も古いものは一部収蔵しているが、現在は受け入れていない。案内をしてくれた職員は、行政文書だけでなく立法文書、司法文書も国家総合文書館で一元管理するのが理想的ではあるが、文書館自体が行政機関の一部であり、立法文書や司法文書まで掌握するのは難しいのではないかという見解を示した。

行政文書の評価選別(保存するか廃棄するかの判断)は、2段階に分けて行われる。ただし、1段階目の評価選別においては、文書が原本である場合は基本的に全て保存すると判断される。

これまで中古の建物だけでまかなっていたことや、職員に占めるアーキビストの割合が小さいことからは、公文書管理やその専門的知見の重要性が認識されているとはいえない状況であり、これだけ長い歴史があるという事実とのギャップを感じざるを得ない。詳しくは後述するが、メキシコはアーキビストを養成する機関がないわけではない。国内の文書館のリーダー的役割を担う国家総合文書館が、施設面での進展(新規の建物が設立されるようになった)にとどまらず、公文書管理の専門家を多く配置するようになるのかどうかによって、今後の同国の公文書管理体制の情勢が左右されそうである。

(2) 上院文書館、下院文書館(立法文書の最終移管先)

メキシコの国家レベルの立法府は二院制で、それぞれの院に文書館が存在する。上院議員の定員は128名、下院議員の定員は500名であるが、文書の分量の差は議員数の差にほぼ比例している。永久保存となる上院文書は、1会期あたり「文書数」が2000~4000点あるが、永久保存となる下院文書は、1会期あたり「ファイル数」が2000~3000冊ある(1つのファイルに複数点の文書が含まれる)。

両館とも国家レベルの立法府の文書館であるにもかかわらず、量的な差だけでなく、文書の整理や保存の方法における質的な差も顕著に見受けられた。上院文書館では、受け入れる文書を全て製本加工していた。この整理、保存方法は、利用者には利便性を与えるものであり、全文書のデジタル化を行っていることからもその配慮が感じられた。一方で、この方法は公文書管理の基本的な考え方である「原形保存原則」(文書の束、袋などのまとまり、資料の包み方、折り方、結び方をできる限り変更しない)や「可逆性の原則」(文書を処置前の状態に戻せる保存手当等を選択する)と呼ばれる概念[小川ほか 2003]からは逸脱するものであり、ある意味で大胆な整理、保存をしているという印象を受けた。下院文書館では製本加工はせず、ひもでまとめる程度の、原則に従っているとはいえないものの、より可逆的な整理、保存方法であった【写真1】。

写真1 左:メキシコの連邦上院⽂書館の収蔵庫。製本加⼯された⽂書が並ぶ。 右:メキシコの連邦下院⽂書館において整理された⽂書。表紙を付けて、左側に⽳を開けてひもで綴じている。 (いずれも筆者撮影)

文書の評価選別においても、質的な差異が見られた。それは、上院文書は作成、取得して1~6年経過後に一度評価選別が行われるだけである一方で、下院文書は作成、取得して3年以内に一度、3~10年経過後に一度、(国家総合文書館と同様に)2段階での評価選別が行われていることである。過去の評価基準を(絶対的なものではないので)再検証するためにも、また、将来発生する文書の保存スペースを確保するためにも、2段階の評価選別の方が望ましいとされる[山田 2013]。したがって、整理、保存方法と同様に、公文書管理の専門的知見を踏まえた評価選別方法を下院側で、そうでない方法を上院側で採用していることが分かる。

上院、下院いずれの文書館にもアーキビストはおらず、専門職の配置状況の差異が先述のような文書館の面での差異を引き起こしているわけではなかった。ただし、下院文書館では公文書管理に関する専門講座を設ける動きがあるようで、この点からも下院文書館の方が専門的知見を取り入れようとする姿勢をより強く感じさせた。

上院文書館の職員によると、かつては10年前の文書もすぐに見つからない程に管理がずさんであったそうであり、それに比べれば十分改善されたといえるかもしれない。ただ、さらに発展した方法で公文書管理を行えるようにするためだけでなく、同じ立法府の文書館として管理方法について足並みをそろえるためにも、この格差は決して無視できないのではないだろうか。しかし現状では、上院文書館と下院文書館で整理、保存方法を統一しようとする動きは全くないようである。

(3) 最高裁判所文書館、司法文書センター(司法文書の最終移管先)

ここまで、立法府内での立法文書の管理方法に差異がある点を記述したが、差異があること自体が必ずしも望ましくないわけではない。メキシコの司法文書管理の現状は、その好例である。

メキシコの司法文書は、最高裁判所の文書とそれ以外の機関の文書で管理方法に差異がある。具体的に差異が生じるのは、評価選別方法と収蔵場所である。最高裁判所の文書は、評価選別がなされることはなく、全て永久保存となる。作成、取得してから一定期間が過ぎ、利用頻度が減ったところで、首都の郊外都市ノリアスにある司法文書センターの分館に移管される。その後、作成、取得部署における業務のために必要な保存期間を満了した段階で、首都にある最高裁判所文書館に移管される。一方、最高裁判所以外の文書は、作成、取得部署における業務のために必要な保存期間(最長50年)を満了した段階で永久保存とするかどうかの評価選別を行う。作成、取得してから一定期間が過ぎ、利用頻度が減ったところで、首都の郊外都市トルカにある司法文書センターの本館に移管される。その後、永久保存が決定したものは首都の文書館に移管される。

これらの差異は、最高裁判所の文書管理の担当部署と、最高裁判所以外の機関の文書管理の担当部署が足並みをそろえられていないために生じたわけではなく、むしろ全体の状況を踏まえ、各館の余剰スペースや組織上の優先順位などを基に管理方法が計画された結果、発生したものである。先述の文書の移管の流れを見ても明らかであるが、最高裁判所文書館と司法文書センターの間には特に隔たりはなく、同一組織である認識が強いようである(実際、筆者が訪問した時も、両館の職員が一緒に応対してくれた)。

そもそも、立法府内の文書館間の連携が司法府内の文書館間の連携ほどうまくいっていない原因は、母体機関同士の関係性にもあると考えられる。司法府における最高裁判所とそれ以外の機関は、おおむね同一の階層構造(上下関係)の構成要素となっている。一方、立法府における連邦上院と連邦下院は並列的な関係である。

また、母体機関同士の連携が希薄であっても、文書館にアーキビストが配置されていて、ある程度画一的な専門的知見を適用させて文書を管理していれば、(文書管理の面だけでも)連携が容易になるものである。先述の通り、立法府の2つの文書館にはアーキビストがいなかった一方で、最高裁判所文書館と司法文書センターには、国家総合文書館と同様に高い割合ではないものの、アーキビストが配置されており、アーキビスト以外の職員にも専門講座を受講させているようである【表1】。専門的人材の確保の面からも、相対的に司法府においては文書館間の連携が強く、立法府においては弱くなってしまっているのが現状である。

(出所)各⽂書館職員へのインタビューや収蔵庫の⾒学内容を基に筆者作成。

2. グアテマラ――国家警察の公文書管理が発展のけん引役となるか――

グアテマラの国立の文書館である中央アメリカ総合文書館には、国家レベルの公文書は行政府、立法府、司法府いずれからも移管されていない。そのため、永久保存が決定した文書であっても機関ごとに管理されているのが現状である。その中で、内戦が続いた歴史的背景から、国家警察の文書管理は際立って発展しており、今後国内の他の機関の文書管理にどのような影響を与えるのか注目に値する。

(1) 中央アメリカ総合文書館

グアテマラの国立の文書館には、「中央アメリカ総合文書館」という名称が与えられている。現在のメキシコ南部からコスタリカまでの地域が分かれていなかった植民地時代の文書を収蔵していることからこの名称が用いられるようになったが、各国の独立後の文書については、基本的にはグアテマラのものしか収蔵していないようである(なお、以前は「政府文書館」と呼ばれていた)。

収蔵量は厚さにして約22kmあるが、正規の職員はわずか20名弱で、人手不足のようであった。なお、その中でアーキビストは1名だけであった。

近年の文書は、グアテマラ以外のものはもちろんのこと、グアテマラの国家レベルの公文書についても収蔵されていないようである。行政、立法、司法いずれの機関からも、公文書が移管される体制にはなっていない。永久保存をすることになっている文書についても、各機関に収められたままである。中央アメリカ総合文書館の職員によると、同文書館の指示の下で各機関が専門的知見を取り入れた公文書管理を行っているわけでもないようである。管理方法は機関ごとにまちまちであるだけでなく、ひとつの機関内でも時代(担当者)によって差異があるようだ。

中央アメリカ総合文書館の職員は、その主たる原因をふたつ挙げた。ひとつは、法が順守されていないことである。1968年に制定された法(第1768)の第9条によると、行政府だけでなく立法府、司法府も含め、国の機関の文書は同文書館に移管することが明記されている[Congreso de la República de Guatemala 1968]。しかし、先述の通り実際に移管される例はほとんどない。法令が存在するにもかかわらず順守されておらず、その結果国立の文書館が国家レベルの公文書の最終移管先として機能していない点では、エクアドルに類似している。

もうひとつの原因は、保存スペースの問題である。9階建ての収蔵庫を有するが、ほとんどの書架は天井まで埋まっており【写真2】、筆者が概観した所感でも、決して余裕がある状況とはいえなかった。

写真2 グアテマラの中央アメリカ総合⽂書館の収蔵庫。窓に紫外線を遮断する加⼯がなされているため、⻩⾊味がかった光が差し込んでいる。(筆者撮影)

あらゆる国家行政の中で、公文書管理行政のプライオリティは極めて低いようで、人手不足も保存スペースの問題も、財政面の事情で改善ができないようであった。その中でも、収蔵庫の窓に紫外線を遮断する加工を施したり【写真2】、各所に除湿器を設置したり、文書と文書の間に脱酸紙を挟んだりなど、保存に関してきめ細かな対応を施していた。もし先述の諸問題を解決し、中央アメリカ総合文書館に公文書が移管されるようになったとしたら、一定の質を担保した保存がなされることが期待される。

(2) 国家警察歴史文書館

先述の通り、国家レベルの各機関の公文書は機関ごとに管理されているが、その中で際立って豊かな管理環境を有するのが、国家警察である。国家警察歴史文書館は、中央アメリカ総合文書館の分館的な位置づけになっているようだが、中央アメリカ総合文書館よりも充実した環境にあり、グアテマラ国内では最も発展した文書館であるといっても過言ではない。収蔵量は厚さにして約8kmだが、職員は65名おり、アーキビストがその半数を占めている。これだけでも、中央アメリカ総合文書館よりも相対的に国家警察歴史文書館の方が恵まれた状況にあることがわかる。

なぜ、国家警察の文書館がこれだけ発展しているのだろうか。その理由は、グアテマラの歴史にある。グアテマラは長らく内戦が続き、近年になってようやく落ち着きを取り戻した国である。その内戦の混乱の中で、捕まったり虐殺されたりした人たちの情報が散逸するのを危惧した政府が、先述のとおりそれまで公文書管理行政をほぼないがしろにしてきた事実とは相反するかたちで、国家警察の文書に対してだけでも適切な管理体制を敷こうと、国家警察歴史文書館の設立、発展に力を注いだのである。

国内におけるプライオリティが高まっただけでなく、国外の援助を得られたのも、国家警察歴史文書館が特に発展を遂げた要因のひとつである。スイス連邦外務省、スイス連邦文書館、そして“Swisspeace”というスイスの研究機関が協同で行ったプロジェクトでは、旧ユーゴスラビア、チュニジア、フィリピンなどの文書とともに、グアテマラの国家警察の文書が対象となり、調査、整理、保存措置、公開などが進められた1。また、米国テキサス大学の図書館の協力を得て、同図書館のウェブサイトで収蔵文書のデジタルアーカイブが公開されており、国家警察歴史文書館のウェブサイトからリンクしている。なお、一方で先述の中央アメリカ総合文書館はウェブサイトがリンク切れになっており(2018年5月23日現在、)、ウェブ公開管理についても国家警察歴史文書館のほうが充実しているといえる。

国家警察の歴史文書は作成、取得から10年経過後に国家警察歴史文書館に移管され、100年経過後に中央アメリカ総合文書館に移管されるよう規定されているが、実際には約20年経過後に国家警察歴史文書館へ移管されているようである。中央アメリカ総合文書館への移管に至っては、先述の保存スペースの問題もあり、1881年以前のものしか実現していないようである。

また、廃棄となる文書は基本的にはなく、全て移管される。この方法だと文書の不必要な消失はないが、予算制約からして現実的ではなく、望ましい方法とはいえない。公文書のライフサイクルの計画(どの段階で評価選別を行い、保存する場合はどこに移管するか等の策定)を長期的視野で行えるようになることが、国家警察文書館のさらなる発展の鍵となるかもしれない。

(3) 公証人文書館

各国の文書館で聞き取りを行うなかで、行政文書、立法文書、司法文書と並列的に、あるいはいずれかの一部として、ある種類の公文書の話題が挙げられることが何度もあった。それは、公正証書を作成する公証人の業務上発生する文書(以下、公証人文書とする)である。

日本では、公証人法施行規則第27条および第28条において、公証人文書の保存や廃棄について規定されている。それによると、保存は各公証人によって行われることになっており、例えば国立公文書館などの特定の施設に移管されるような規定はない。行政機関等で発生する公文書の管理方法を定める「公文書の管理に関する法律」を見ても、公証人文書に関する規定はない。法務省によれば、公証人は実質的には公務員にあたるとされており2、その公証人の業務上発生する文書は、実質的に公文書であることは明らかである。そのような公証人文書について、日本では他の公文書(特に行政文書や司法文書)のような管理体制が敷かれていないのが現状である。

一方、ラテンアメリカの多くの国々では、公証人文書を対象として専門的に管理する施設を有していたり、公証人文書が国あるいは地方の総合的な文書館に移管されていたりする。この状況を踏まえ、今回の調査で訪問した3カ国の状況を確認したところ、表2のとおりであった。総合的な文書館で管理される例としてはパナマ(国立文書館)をとりあげることにして(詳しくは後述)、専門的な施設で管理される例としては、グアテマラをとりあげることにした。なお、グアテマラをとりあげるのは調査上の理由によるもので、グアテマラの公証人文書館が他国と比較して特徴的であるという理由ではない点に注意されたい。

(出所)各⽂書館職員へのインタビューなどを基に筆者作成。

グアテマラの公証人文書は、基本的には冊子体で文書館に保存されている。文書館に移管される前は、封筒に入っていたり、ファイルに綴じてあったりなど、さまざまな形態で保存されているが、文書館に移管された段階で製本加工される。この点はメキシコの連邦上院文書館と同じく、利用者にとってのメリットはあるものの、原形保存原則や可逆性の原則には反している。

公証人文書が公証人の手元を離れ、文書館に移管されるのは、公証人が退職したり、死亡したり、国外に移住したりする時である。つまり、公証人がその職に就いている間は文書館に文書が移管されることはない。言い換えれば、文書館に収蔵されている公証人文書は、基本的には現職ではない公証人のものであることになる。なお、評価選別は行われず、時が来れば基本的に全ての公証人文書が公証人文書館に移管されることになる。先述の法(第1768)の第16条第4項の条文からは、公証人文書も最終的には中央アメリカ総合文書館に移管されることになると読めるが[Congreso de la República de Guatemala 1968]、それは実現しておらず、公証人文書館が実質的な最終移管先となっている。

収蔵庫は約250立方メートルあり、約70,000冊が収蔵されていた。空きスペースはほとんどなく、公証人文書館も保存スペース問題に頭を悩ませているようであった。職員は33名いるが、アーキビストはいなかった。

製本加工を行っている点や、評価選別を行わない点、アーキビストがいない点など、既に本稿で指摘した問題点をかかえる文書館ではあるが、先述のとおり公証人文書を管理する体制すら整っていない日本と比較すれば、そもそも公証人文書の専門的な文書館が存在するだけでも注目に値するのではないだろうか。

3. パナマ――統制機能に徹する国立文書館――

パナマの国家レベルの公文書は、永久保存が決定したものであっても、公証人文書を除き、国立文書館には移管されていないのが現状である。しかし、これは意図的な管理方法であり、国立文書館は自館での管理を行わない代わりに、各機関で画一的な管理が行えるよう指導を行うことで、分散管理を推奨している。

(1) 国立文書館

パナマの国立文書館のウェブサイトによると、現在の建物は1924年に開館したが、この建物はアメリカ大陸の国々の中で最も早く、国立の文書館専用の建物として設立されたものであるとされている。見学する中でも、世界でも数カ国の文書館にしか設置されていない(日本でも導入されていない)イタリア製の文書殺菌用の機械をはじめとして、先進国の大規模な文書館並みの充実した保存、修復設備が紹介され、歴史の長さに恥じず極めて発展した環境が整えられていることがわかった。今回含めこれまでの一連の調査を通して訪問した国々の中で、公文書管理行政のプライオリティが相対的に最も高い国であるとの印象を受けた。なお、一連の調査で訪問した文書館の中で、パナマの国立文書館では唯一、他の訪問者と共に既定の見学コースを回してもらう形式で応対を受け、見学者慣れ、紹介慣れしている印象が強かった。

職員数は55名で、うち17名がアーキビストであった。全体の人数は決して多くはないものの、アーキビストの割合は比較的高く、今でこそ充実した環境であるといえるが、2009年まではアーキビストが1人もいなかったそうである。その後、国立文書館にアーキビストを配置しなければならないことが法で定められ(2014年第39法[Asamblea Nacional (Panamá) 2014])、現在のような恵まれた環境が実現した。

パナマの国立文書館も保存スペースの不足には頭を悩ませており、現在では公証人文書以外の公文書の移管先とはなっていない。ただし、先述したグアテマラの公証人文書館のように公証人文書を専門的に管理しているわけではなく、古い時代の国家レベルの公文書についてはあらゆる機関のものを収蔵している、総合的な文書館である。

国立の文書館ながら、現在生じている国家レベルの行政、立法、司法機関の文書が移管されない点では、ボリビア、エクアドル、そして先述のグアテマラの国立の文書館と同様である。しかし、パナマの国立文書館にはその3カ国の国立の文書館と大きく異なる点がある。それは、あえて国立文書館への移管は積極的には求めず、各機関の文書館および文書管理担当部署への指導を行い、各機関で適切かつある程度画一的な方法で管理を行えるよう促していることである。これは、国立文書館としては国家レベルのあらゆる公文書の移管を望んでいるものの、保存スペースが不足していることを考慮して意図的に行われていることである。その意味では、国立文書館で移管を受ける公文書として、公証人文書のような作成、取得される母体それぞれの規模は小さいがその数は多く、個々に管理を求めるのは現実的ではないものに的を絞っている点は、理にかなっているといえる。

しかし、国立文書館の指導はまだ各機関に行き渡っていないのが現状である。今回、一緒に見学コースを回ったパナマ税関の文書管理担当の職員によると、税関における文書管理は発展途上である。しかし国立文書館の職員によると、問題意識を持って国立文書館に見学に来るだけでもまだましな方であり(実際、見学中に積極的に数多く質問をしていた)、文書管理に対する意識がある機関の方が圧倒的に少ないようである。前報告(Vol.33 No.1)でも述べたが、公文書管理を行ううえでは、文書が集中的に管理されることが理想である。現実路線としてあえてそれに反するかたち(各機関での個別管理)を採用してもうまく機能しないのは、ある意味で集中管理が理想であることの証明になっているのかもしれない。とはいえ、それでは十分な環境(を整える潤沢な財政状況)なくして公文書管理は難しいことになってしまう。パナマの試みが今後どこまで発展するのか、現実路線の可能性を今後も注視していきたい。

(2) 司法文書館

先述の現実路線、つまり各機関での個別管理がうまく機能している例として、パナマの司法文書を管理する文書館を紹介したい。訪問した2017年11月現在、司法文書館は全国に6館あった。筆者が訪問したのは首都にある文書館だが、それが本館というわけではなく、各館がそれぞれの地方(管区)の司法文書の最終移管先となっており、6館とも対等に位置づけられている。

文書の整理、保存方法は国立文書館の指導に基づいて策定されており、国立文書館と密に連携を取っていることがうかがえた。それだけでなく、6館合わせて32名いる職員の中にアーキビストが7名おり、司法府の状況に適用させた管理計画を策定できる体制になっていた。

グアテマラの国家警察歴史文書館の現状を述べる際にも、どの文書も廃棄せずに移管することのデメリットについて言及したが、パナマの司法文書の管理においても評価選別は行われず、全ての文書が各文書館に移管されることになっている。人員が多く配置されている首都の文書館でさえも、写真3のように文書が山積みになっており、今後持続的に管理ができるのかどうか、やはり評価選別を行わないことのデメリットが頭をよぎらざるを得ない状況であった。

写真3 パナマの司法⽂書館(⾸都の施設)の様⼦。⾼さ2〜3mに積まれた⽂書の⼭が広がっている。(筆者撮影)

むすびにかえて――各国の専門教育の現状と今後の調査の展望――

本稿でとりあげた3カ国の中で、専門職の配置が最も積極的に行われていたのはパナマであった。実際、パナマでは公文書管理に関する学問(アーカイブズ学)については大学院(修士)レベルまでの教育機関が用意されており、専門的知見を持った人材が国内で育つ環境が整っている。

一方、メキシコやグアテマラは、アーカイブズ学教育機関は学部レベルまでしかない。メキシコの国家総合文書館の職員は、(アーカイブズ学に限らず)大学等で学んだ学問に関連した職業に就くことができないのはメキシコでは普通であると話していた。公文書管理に対する意識が低い面と、分野を問わず専門職の重要性に対する認識が弱い面が相まって、メキシコにおける公文書管理の発展に大きな障害をもたらしているようである。

今回含め、これまで調査した各国における公文書管理の現状を、①国立の文書館が国家レベルの公文書の最終移管先となっているかどうか、②国内の公文書管理を一概に指導する役割を担う機関等があるかどうか、そして③国内のアーキビスト教育の有無の3点に着目し、表3にまとめた。この3点は、各国の公文書管理状況が将来的にどのようになるかを予想するための指標となりうるものである。3点のうち、①と②は公文書管理体制が将来を見据えたものであるかどうかの指標であり、③は人材面でこの先専門的知見を維持あるいは導入できるかどうかの指標である。体制が確立しているだけでは、例えば将来よりよい管理方法が先進国や文書館関連団体から提起されたとしても、その導入が難しかったり、遅れたりするかもしれないなど、環境や情勢の変化に柔軟に対応できない可能性がある。反対に、人材のコンスタントな輩出が実現しても、その専門性が発揮される受け皿がない状態では発展は期待できない。したがって、両方の側面を実現できている国の方が、将来的な公文書管理の発展、維持の可能性が高いと考えられる。

(出所)前報告、参考⽂献および各⽂書館でのインタビューを通じて得た情報より筆者作成。

前報告までは南米の国々をとりあげていたが、今回の調査で初めて北中米の国々を対象とした。グアテマラの中央アメリカ総合文書館の職員によると、(グアテマラ含め)中米のいくつかの国々は内戦で長らく政情が不安定だったが、内戦に悩まされた国々とそうでない国々とで、公文書管理の発展状況に関して明暗が分かれているようである。グアテマラのほか、エルサルバドル、ホンジュラス、ニカラグアは内戦の影響で、公文書管理はグアテマラ同様に発展途上であるようだ。今回の調査で「明」と「暗」の状況を一例ずつ見ることができたが、「明」の国々の中で、あるいは「暗」の国々の中で細かい要素を比較すると、単に二極化しているとはいえないかもしれない。カリブ諸国も含め、引き続き横断的に現状調査を行いたい。

本文の注
1  “Archives and Dealing with the Past” (http://archivesproject.swisspeace.ch/, 2018年5月23日アクセス)

2  「公証制度について : 第1 公証人と公証役場」(http://www.moj.go.jp/MINJI/minji30.html, 2018年5月23日アクセス)

参考文献
 
© 2018 日本貿易振興機構アジア経済研究所
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