2018 年 35 巻 1 号 p. 76
かつて国家主導型の経済政策を取っていたラテンアメリカ諸国は、1980~90年代にかけて路線を大転換し、新自由主義政策を推進した。その流れを受けて、各国の年金制度もまた民営化の方向へと大きな変貌を遂げた(「第一世代改革」)。その後、2000年代に年金制度が再び改革され(「再改革」)、年金制度の在り方にバラツキが生じた。すなわち、①民営化の方向をより強く打ち出すか、②再度、公的制度とするか、③小規模な改革、または再改革なしに終わるかであり、これらが本書の従属変数となる。
この従属変数を本書は2種類の独立変数で説明する。第一の独立変数は、第一世代の年金改革が「セクター限定型妥協」であったか「低い民営化度型妥協」であったかである。「セクター限定型妥協」によって第一世代の年金制度改革が実現した場合、民営化に反対する勢力が分断され、その後の更なる民営化改革が容易となる。「低い民営化度型妥協」の場合、年金制度の民営化に反対する勢力が維持され、その後の改革は再公的制度化の方向に進みやすい。第二の独立変数は、年金制度の再改革が「制度化された多元的協議型」で行われるか、「政府主導・限定的アクター型」で行われるかである。前者であれば改革は小規模になる(あるいはそもそも行われない)が、後者だと再改革は公的制度への揺り戻しか、民営化の推進を帰結する。馬場はこの枠組みを用いて、再国有化路線のアルゼンチン(第3章)、更なる民営化路線のメキシコ(第4章)、中間的形態のウルグアイ(第5章)およびチリや他のラテンアメリカ諸国(第6章)の年金制度の再改革を説明している。
一つだけ疑問を挙げるとすれば、上述の独立変数は本当に独立変数だったのかは気になる。例えば、第一世代改革が「セクター限定型妥協」になるか、「低い民営化度型妥協」になるかは、どのようにして決まったのか。
もちろん、この疑問は、ラテンアメリカ諸国の年金制度という問題を離れて一般的な妥当性を持ち得る本書の枠組みの価値をいささかも貶めるものではない。ラテンアメリカ諸国は、多くの共通点を持ちつつ各国ごとに差異もあるという特性上、様々な理論を構築し、実証する上で格好の実験場となってきたが、本書もまたラテンアメリカ諸国の政治分析の醍醐味を感じさせる好著である。