2018 年 35 巻 1 号 p. 77
史上初の南北アメリカ大陸出身の教皇であるフランシスコの母国として注目を浴びるアルゼンチンであるが、同国のカトリック教会を対象とした研究の蓄積は決して多くはない。一方、1980年代に世界の幅広い地域で見られた「宗教復興」をきっかけとして、宗教の公共的役割に関する議論が宗教社会学を中心に展開されている。しかし、既存の議論にはヨーロッパ中心主義的な部分があり、それ以外の地域における宗教の公共性のあり方についての事例の蓄積が不可欠である。そこで、アルゼンチンカトリック教会を事例として、その公共的役割を明らかにしようというのが本書の目的である。
本書は7つの章で構成されている。まず序章では、本書の構成・公共宗教研究における位置づけとともに、アルゼンチンカトリック教会には保守的な司教団を中心とする従来の「組織教会」と革新派司祭を中心とする「民の教会」という二つの潮流が存在していることが確認され、第1章では教会・宗教組織といった制度やソーシャル・キャピタルに注目する本書の分析枠組みが提示される。続いて、マクロな視点から、第2章ではカトリック教会の世界的な趨勢と1983年の民政移管までのアルゼンチンの組織教会の動向、第3章ではアルゼンチンで1968年に生まれた「第三世界のための司祭運動」の展開、第4章では民政移管後の組織教会と民の教会の動向がそれぞれ分析される。他方、第5章ではソーシャル・キャピタル論に依拠して首都近郊のモレノ市におけるカトリック教会とペンテコステ派教会の事例が取り上げられ、最後の第6章では結論が述べられる。
第4章における民の教会の公共宗教性に関する指摘と、第5章のソーシャル・キャピタル調査から得られた「支援活動による公共性の度合いの違い」という知見とをうまく架橋する議論が必要であるようにも感じられるが、本書は国家宗教から公共宗教へと役割を変化させてきているアルゼンチンカトリック教会の動向を歴史的に分析した好著である。フランシスコの教皇就任以降の変化やモレノ市と他の都市の事例比較なども視野に入れつつ、著者がさらなる分析を進められることを期待したい。