ラテンアメリカ・レポート
Online ISSN : 2434-0812
Print ISSN : 0910-3317
資料紹介
村上勇介 編 『「ポピュリズム」の政治学 ――深まる政治社会の亀裂と権威主義化――』
上谷 直克
著者情報
解説誌・一般情報誌 フリー HTML

2018 年 35 巻 1 号 p. 79

詳細

今から十数年前、日本の政治学界で、当時の小泉首相の政治スタイルが「ポピュリズム」だと認識されだした頃、私は、ある古株の南米研究者が「日本の政治もようやく南米に追いついたようだな」と冗談っぽく語っていたのを覚えている。あれから時は経ち、いまやポピュリズムは世界的なブームとなり、巷でも、ジャーナリスティックなものから堅実な学術書まで、ポピュリズムと銘打つ本が次々と(もうかなり食傷気味なほど)出版されている。しかし正直、それらの著作群は玉石混交であり、例えばその帯に「なぜポピュリストは白黒つけたがるのか」だとか「ポピュリズム=大衆迎合主義」といった類のフレーズが踊るのを見ると、そうした認識でこの種の本が濫造されているのかと少しゲンナリする。なぜなら、政治学の定義に従えば、善/悪であれ敵/味方であれ、そもそも過度に白黒をつける世界観を喧伝する政治家こそを「ポピュリスト」と呼ぶのであり、また、むしろこうしたポピュリストが構築する世界観やイメージに、当の大衆こそが乗せられ、迎合させられている側面の方が強いと言えるからである。

さて、ここで紹介する村上らの仕事は、間違いなく「玉」の部類に属し、そこでは南北米(ボリビア、エクアドルなど)・東中欧(ヴィシェグラード諸国)・中東(トルコ)・アジア(タイ、フィリピン)と、地域横断的で多様な事例を対象に、真摯に学術的な観点から、地に足の着いた分析が行われている。しかも筆者の面々は、日本でも有数の各国の専門家ばかりであり、各章で丁寧に解明されるそれぞれの国のポピュリズムの姿は、まさにその実像に迫るものである。その意味でも本書は、ポピュリズムの実態に触れたい読者諸兄姉にとって一読の価値が十分あるだろう。

ただ、加熱するポピュリズム・ブーム一般について言えば、もしかすると、そろそろ認識の転換が必要な時期を迎えているのではと思わなくもない。実際、最近の政治哲学の分野では、国民主権(≒民主政治)と統治の実際とがますます乖離し、歴史的に後者に対し前者が有してきた意味が著しく希薄化し、もはや重視されなくなっているとの見方が広がりつつある。すなわちもしポピュリズムが、その質がどうであれ、概して民主政治のプロセスで支持者や賛同者を動員し、鼓舞するための政治スタイルに過ぎないとすれば、この一見分かりやすい現象に我われが目を奪われるあいだに、政治や統治の実態に関し、何か肝心なものを見過ごすことに繋がるように思えてならないが、いかがであろうか。

 
© 2018 日本貿易振興機構アジア経済研究所
feedback
Top