2019 年 35 巻 2 号 p. 101
州知事は、どのような条件下において国政に影響を及ぼすことができるのであろうか。政治学者のG.ツェベリスの「拒否権プレーヤー論」に基づくと、国政レベルにおける政策の変更に州知事の同意が必要であると憲法に規定されている場合、彼らは国政への影響力を有すると考えることができる。とするならば、中央・地方政府間の権限分割の保証を基本原則とする連邦制下においては、州知事は国政に対する影響力を有さないはずである。
しかし、ラテンアメリカ政治研究においては、下院議員候補者への選挙資金援助(ブラジル等)や下院選における候補者選出(アルゼンチン等)を通じ、州知事が国政に影響を及ぼすとされている。ただしその一方で、これらの議会研究における統計モデルの推定結果は説得的なものとはなっていない。このように、既存の議論とデータ分析との間に齟齬が生じている背景には、既存の研究の多くが下院のみを研究対象に、すべての議員が同じ選挙制度下では同様の行動をとると想定し、本会議での記名投票データに依拠した分析を行っているという問題点がある。
そこで本書では、連邦制下で州の利益代表者と位置付けられる上院に焦点を当て、1983~2007年のアルゼンチン上院における大統領提出法案の審議過程を分析することにより、州知事の国政への影響力について考察した。本書は6つの章からなり、第1章では本書の問題意識と本書の構成が示される。続いて第2章では、アルゼンチンの上院議員を4つのタイプに分類し、そのタイプによって委員会および本会議における彼らの行動が異なるとする仮説が提示される。また、第3章では仮説検証に資するアルゼンチン上院のデータが紹介される。そして、第4章では2005年の禁煙法案の事例と委員会データ、第5章では2008年の穀物輸出課徴金制度改正法案の事例と本会議データを用いた仮説検証が行われ、第6章ではブラジル上院とメキシコ上院にも言及しつつ、本書の知見とその含意が論じられる。
本書の主たる知見のひとつは、再選経験のある州知事のみが、望ましくない大統領提出法案を上院議員を通じて委員会審議を棚上げにし、廃案に追い込むことができるというものである。委員会は本会議と比べると比較政治学で軽視されがちであり、また、上院はアルゼンチン政治研究ではほとんど注目されてこなかったが、本書はいずれの点についても一石を投じるものになっていると自負している。多くの方に読んでいただければ幸いである。