ラテンアメリカ・レポート
Online ISSN : 2434-0812
Print ISSN : 0910-3317
論稿
腐敗した共和国を救いうるか ―メキシコ・国民再生運動と新大統領ロペス=オブラドール―
豊田 紳
著者情報
解説誌・一般情報誌 フリー HTML

2019 年 35 巻 2 号 p. 41-54

詳細
要約

2018年のメキシコ大統領選挙と連邦議会選挙で左派の政治家アンドレス=マヌエル・ロペス=オブラドールと彼を擁立した「国民再生運動」が大勝した。大統領を輩出する政党(連合)が同時に議会の過半を占めるという事態はメキシコが2000年に民主化して以来、初のことである。そこで本稿は、①選挙結果を概観した上で、②ロペス=オブラドール政権の政策課題をまとめ、③最後に選挙制度改革と国民再生運動の党組織の問題を考察して、ロペス=オブラドール政権の今後について筆者なりの見通しを与えてみたい。

はじめに―左派ロペス=オブラドールと国民再生運動の勝利

2018年7月1日、6年に一度のメキシコ大統領選挙が行われた。この選挙で地滑り的な圧勝を収めたのが、左派の政治家アンドレス=マヌエル・ロペス=オブラドール(Andrés Manuel López Obrador)であった。ロペス=オブラドールは、1970年代以来の政治キャリアをもち、かつてはメキシコ・シティの市長も務めた経歴をもつベテラン政治家であるが、大統領選挙についてはこれまで2006年と2012年と2回にわたって苦杯を舐めてきた。今回の大統領選挙が、三度目の正直となったのである。

ロペス=オブラドールを擁立したのが、「国民再生運動(Movimiento Regeneración Nacional:MORENA)」という2014年に結党された若い左派政党である。国民再生運動は、大統領選挙と同時に実施された連邦上下院議会選挙で大勝し、与党連合で連邦上下院の過半数を獲得した。大統領を輩出する政党(連合)が同時に議会の過半を占めるという事態は、メキシコが2000年に民主化して以来、初のことである。

つまり、今度のメキシコの選挙では、2000年に民主化して以来初めてとなる出来事がふたつ重なったことになる。第1に、メキシコに初めて左派の大統領が生まれた。第2に、大統領の政党が連邦議会の過半数を獲得した。実際、ロペス=オブラドールは、自らの政権奪取を「第4の変革(cuarta transformación)」、すなわち、メキシコ独立、広範な自由主義改革が実現した19世紀半ばのレフォルマ、そして1910年に勃発したメキシコ革命以来の大変化をもたらすものと位置づけている。

では、ロペス=オブラドール政権は、その圧倒的な支持を背景に、6年1期の任期中に何をなしうるか。これを予測するのは極めて難しい。老練な政治家らしく、ロペス=オブラドールは自らの政策的立場を曖昧にしているからである。たとえば、選挙キャンペーン中のロペス=オブラドールは、自らの政権は増税せずに財政規律を守ると語り、右派の不安をなだめるかのような発言を行った。また、選挙前にあらかじめ重要閣僚である財務公債相(Secretaría de Hacienda y Crédito Público)ポストに、米国のウィスコンシン=マディソン大学経済学博士号をもつカルロス・ウルスア(Carlos Urzúa)を指名し、穏健な経済政策を採用するという自らの言葉に一定の裏付けを与えている。当選後にも、政府の重要ポストにライバル政党である中道の制度的革命党(Partido Revolucionario Institucional:PRI)、中道右派の国民行動党(Partido Accion Nacional:PAN)から人材を登用するなど[Vanguardia, 30 de julio de 2018]、政権が安定性を重視することをアピールしている。

他方、急進的な政策が採用される可能性は残っている。ロペス=オブラドールは、公共投資を拡大すること、高齢者に対する年金を増額すること、奨学金を拡充することなどを選挙キャンペーン中に約束してきた。そのために必要な原資はメキシコに蔓延する汚職や公共事業の非効率の根絶、高級公務員の賃金の引き下げなどの手段でねん出するとする。しかし、財政赤字に陥ることなくそうした政策を実施できるか否かは、不明瞭である。新大統領がどれほど「左派的」な財政拡張主義者になるのかは、明確ではないのである。

政策の実現可能性が曖昧であるにもかかわらず(だからこそ?)、ロペス=オブラドールに寄せられるメキシコ国民の期待は大きい。2018年12月1日の大統領就任直前に行われた右派『レフォルマ』紙による世論調査によれば、ロペス=オブラドールの支持率は63%であり、高水準を維持している。他方、経済的自由主義の立場をとるメディアは、ロペス=オブラドールを警戒し、「予測の難しい」「ポピュリスト」として[The Economist, 2 de julio de 2018]、ベネズエラのチャベスと比較したりしている[Reforma, 30 de octubre de 2018]。

このように、メキシコ新政権の今後を占うのは容易ではない。そこで以下では、ロペス=オブラドール政権の行方を判断するうえでの筆者なりのチェック・ポイントを提示することにしたい。

本稿は以下のように構成される。まず第1節で選挙結果を簡単に確認する。第2節ではロペス=オブラドール政権の政策的な課題を述べ、第3節は、国民再生運動を選挙制度と党組織の側面から簡単に検討する。第4節は結論である。

1. 選挙結果

2018年の選挙は、「メガ選挙」といわれるほど多くの公職ポストが選出される大規模なものであった。大統領・上下院議員・州知事・市町村首長から市長村議会議員まで含めて、1万8000以上の公職ポストが選挙された。

この選挙で明白な勝利者として現れたのが、前述したようにロペス=オブラドールとその政党・国民再生運動が主軸となった選挙連合「ともに歴史をつくろう」(Juntos Haremos Historia)である。ロペス=オブラドールは元来、中道左派の政党「民主革命党」(Partido de la Revolución Democrática:PRD)」に所属していたが、2012年に民主革命党の内部での政策論争・権力闘争に敗北したことを契機に、民主革命党を離党した。この際に、彼を支持する勢力を中心として結成されたのが、国民再生運動である。

(1) 選挙結果の概観

それでは以下、選挙結果を簡単に概観しよう。

まず大統領選挙である。国民再生運動のロペス=オブラドールは、得票率53%を獲得し、圧勝した。この数字は、2位の中道右派政党・国民行動党の候補リカルド・アナヤ=コルテス(Ricardo Anaya Cortés)の得票率22%をダブルスコアで上回っている(3位候補は、得票率16%の中道政党の制度的革命党の候補者ホセ=アントニオ・ミード=クリブレーニャ(José Antonio Meade Kuribreña))。前回2012年の大統領選挙でロペス=オブラドールの得票率は31.6%であったから1、今回の選挙でロペス=オブラドールは得票を20%近く上積みしたことになる。

州別にみても、メキシコ32州(うちひとつは首都メキシコ・シティ)のうち、ロペス=オブラドールは31州で勝利した。貧困州である南部だけでなく、より工業化し経済の発展した北部でも勝利したのが特徴的である。出口調査も、すべての学歴層および年齢階層で、ロペス=オブラドールが勝利したことを示している[El Universal, 3 de julio de 2018]。

連邦上下院議会選挙でも、ロペス=オブラドール率いる国民再生運動が圧勝した(下表参照)。まず、小選挙比例代表並立制で行われた連邦下院議会選挙では、国民再生運動だけで定数500のうち最終的に256議席を獲得、下院の過半数を確保した。野党第一党である国民行動党はわずか78議席、制度的革命党に至っては47議席にとどまる。

連邦上院議会選挙においても、国民再生運動は59議席を得て、他を引き離して第一党となった(下表参照)。上院の定数は128議席であるから国民再生運動単独での過半数には至らなかったものの、国民再生運動と選挙連合を組む「社会結集党(Partido Encuentro Social)」と「労働党(Partido del Trabajo)」を合わせると計70議席となり、上院で過半数を占めた。

(出所)http://sitl.diputados.gob.mx/LXIV_leg/info_diputados.phpおよびhttp://www.senado.gob.mx/64/senadores/por_grupo_parlamentarioより筆者作成(2018年12月5日アクセス)。

(2) 既存政党の凋落

この圧勝の裏側にはもちろん、壊滅的な打撃をこうむった既存の大政党が存在する。メキシコには従来、3大政党制が確立していた。すなわち、中道の制度的革命党・中道右派の国民行動党そして中道左派の民主革命党の3大政党間の競争を軸に、メキシコ政治は展開してきた。

しかし、今度の選挙で3大政党制は崩壊の危機にある。このことは、2000年から2018年にかけてのメキシコ主要政党の下院議会議席数の推移を示した下図から一目瞭然であろう。まず明らかなことは、左派の民主革命党が決定的に凋落したことである。民主革命党の議席数はこれまでも低下傾向にあったが、今回の選挙ではわずか20議席まで低迷し、ほかの中小政党と同規模まで党勢が衰えた。さらに数字には表れないが、民主革命党は今回、その左派イデオロギーをも失った。というのは、民主革命党は、イデオロギー的には対立する右派の国民行動党と選挙連合を組んで2018年の選挙に挑んだからである。議席数が低下したうえに、イデオロギーも明確でなくなった民主革命党が、今後、勢力を盛り返す可能性はほとんどないだろう。

(出所)http://siceef.ine.mx/camdiputados.html?p%C3%A1gina=1およびhttp://sitl.diputados.gob.mx/LXIV_leg/info_diputados.phpより筆者作成(2018年12月5日アクセス)。

次に、制度的革命党が大きく退潮した。2000年の大統領選挙で敗北した後にも組織を保ち、2006年の退潮を乗り越え、2009~2015年まで勢力を維持し、2012年の大統領選挙では政権に返り咲いた制度的革命党であったが、ペニャ=ニエト前政権下での治安の悪化と汚職問題に悩まされ、有権者の支持を失った。党組織が強固であるから制度的革命党が直ちに崩壊することはないと思われるが、短期的に一般の有権者の支持を取り戻すのは難しいだろう。国民行動党にしても、事情は大きく変わらない。2006年に麻薬戦争(後述)を開始した国民行動党は、メキシコの治安の悪化と軌を一にするようにして議席数を減らしている。

もちろん、一度の選挙結果から、既存政党が完全に支持を失ったと判断するのは早計であろう。長い歴史に裏打ちされた経験と、頑健な組織を有する制度的革命党と国民行動党が、支持を盛り返す可能性はある。その意味で、3年後に実施される2021年の中間選挙・連邦下院議会選挙で、両党がどれほど復調できるかが重要となろう。しかし、もし既存の大政党がこのまま支持を失うことになれば、既存政党を経由しない、より予測不可能な政治家が台頭してくる可能性がある。

他方、ロペス=オブラドールと国民再生運動にとっては、3年後の中間選挙までにどれほどの成果を挙げられるかが焦点となろう。そこで次に、ロペス=オブラドール政権が直面する政策課題を概観したい。

2. 山積する政策課題

ロペス=オブラドール政権の直面する政策課題は数多く、しかも困難なものである。ここでは差し当たり、①治安問題、②汚職問題、③公共投資と財政規律の問題、④教育政策、⑤石油天然ガス・セクター改革、⑥対米問題の6つを挙げ、それぞれを簡単に考察してみよう。

なお、繰り返しになるが、3年後の2021年には連邦下院議会選挙が控えている。この選挙で下院の過半数を失うようであれば、ロペス=オブラドール政権はレームダック化しかねない。したがって新政権は、短期間で成果を挙げ、有権者の支持を繋ぎとめねばならないという厳しい時間的な制約にさらされている。

(1) 6つの政策課題

第1に、最も深刻な課題は、治安問題である。馬場香織の分析が示しているように、2007年に当時の国民行動党政権による麻薬犯罪組織に対する「対麻薬戦争」が開始されて以降、メキシコの治安は悪化の一途をたどった。その余波を受けて、一般犯罪も増加した。この麻薬戦争においては、治安機関による麻薬犯罪組織ボスの検挙が、組織の分裂につながり、分裂した麻薬犯罪組織間の縄張り争い、および細分化された麻薬犯罪組織と治安機関との衝突をもたらして、治安悪化につながった[馬場2018]。

このように考えると、対麻薬戦争勃発以前のメキシコ政府(主に制度的革命党政権)は、麻薬犯罪組織をうまくコントロールしていたといえるかもしれない。新聞『レフォルマ』紙の最近の論考は、政府が犯罪者と「交渉」することで平和と安定がもたらされていたという考えを、神話的な時代に戻ろうとするノスタルジーであると批判しているが[Rubio 2018]、裏返して言えば、政府が麻薬犯罪組織をはじめとする犯罪者と交渉するという考え方が、(大っぴらではなくとも)メキシコでは広く語られているということを示しているだろう。

しかし、現状でメキシコ政府と麻薬犯罪組織が交渉するとは考えにくい。ロペス=オブラドールは麻薬犯罪組織との「交渉」を否定し、その政権移行期間中に、麻薬犯罪組織の「密使」と会っていないと語っているからである[El Universal, 18 de octubre de 2018]。だが、このような観測が出てくることには根拠もある。選挙期間中であるが、ロペス=オブラドールは犯罪者に「恩赦」を与えることをほのめかし、大きな反響と反発を招いたからである[Rodríguez García 2018]。

また、メキシコ国内の治安を脅かす麻薬犯罪組織の跋扈は、米国側の巨大な麻薬需要を抜きに理解することはできない。メキシコ国内で麻薬組織を検挙したところで、米国内の需要が不変ならば、せいぜい米国への麻薬供給量が低下するにすぎない。単なる供給量の低下は麻薬価格の上昇を招き、上昇した麻薬価格に惹かれて新たに麻薬ビジネスに参入する者が群がり出てくるのを止めるのは難しいだろう。

要するに、麻薬犯罪組織のボスを検挙すれば、組織が分裂して治安が悪化する。組織を壊滅させてもその空隙を埋める人間が出てくる。さらに麻薬犯罪組織との交渉は、ロペス=オブラドール自身が否定している。とすれば、負の連鎖を止めるのは極めて難しいようにみえる。

では、短期間で(つまり中間選挙のある3年後までに)効果の上がる政策が存在するのか。ロペス=オブラドールは、「国民衛兵(Guardia Nacional)」の創設というアイディアを打ち出している。国民衛兵とは、陸軍警察・海軍警察・連邦警察などを統一的な指揮のもとにおくという組織改革案である。麻薬組織の対策にあたる組織が分立しているのが、治安悪化の問題とみているわけである。そして、組織を統合した上で、全土を265の地域に分割し、これらの地域を犯罪の深刻さに応じて3段階に分類し、人員を配置するとする[El Universal, 18 de octubre de 2018]。

国民衛兵の設置には、憲法改正が必要となる。与党連合は憲法改正に必要な議会での3分の2の特定多数を占めていないため、難航が予想される。ロペス=オブラドールはこの国民衛兵の設置について、国民に正式に意見を問うとして全国選挙管理委員会が組織する「諮問(consulta)」を行うとした[El Universal, 22 de Noviembre de 2018]。この「諮問」については、後述する。

しかしながら、先述したようにメキシコの治安悪化を軍事的なアプローチのみによって改善するのは難しいだろう。米国内の麻薬需要に対してメキシコ政府にできることはほとんどない以上、治安問題を改善するためには、貧困や経済格差を緩和し、社会に蔓延する腐敗に対処する必要がある。そこで次に汚職問題および公共投資の問題を概観する。

第2の政策争点は、汚職対策である。汚職の問題は、前の制度的革命党の政権下で次々に発覚し、制度的革命党政権の支持率を低下させるにあたって大きな役割を果たしたと考えられる。前政権の批判票をも集めたロペス=オブラドール政権にとっては、重要な政策課題である。

この問題に対するロペス=オブラドールの対応は、「誰の汚職も許さない。上が盗むのも下が盗むのも許さない」というもので、そのために「市民信頼法(Ley de Confianza Ciudadana)」を制定するという。この法律は、事業者に対する国家による監視と監査を免除する代わりに、事業者はインターネットを通じて法令および義務の順守を誓い、インターネット上で登録を行う。そして、半年に1度抽選を行い、登録された事業者の1%に対し、商工会議所の代表者と政府機関による査察を行う。義務を果たしていた事業者は連邦政府官報を通じて顕彰し、問題が発覚した事業者には法の定める罰則を課すと同時に6カ月ごとに監査を行う、というものである[Excélsior, 5 de septiembre de 2018]。このアイディアは興味深いものであるが、これだけで十分であるとは考え難いので、ロペス=オブラドール政権が今後、汚職対策のために実施する政策に注目したい2

汚職の問題および格差の問題と関連してくるのが、第3の政策課題である公共投資の問題である。ロペス=オブラドールは、選挙期間中から、巨額の公共投資を実行すると語っていた。メキシコ湾岸のカリブ海に面したベラクルス州から太平洋岸のオアハカ州まで港湾を整備するなどインフラを整備し、物流網を整える。また世界的観光地であるカンクンからマヤ文明の遺跡があるパレンケの間に観光鉄道「マヤ鉄道」を建設するという[『日本経済新聞』2018年9月27日]。

こうした公共投資拡大政策については、2点の疑問を寄せることができよう。第1に、投資の拡大は、均衡財政を維持するというロペス=オブラドールによる経済右派に対する約束と衝突するのではないか。本稿執筆段階では2019年度予算案は明らかになっていない。第2に、3年後の連邦下院議会選挙を控えて、ロペス=オブラドール政権は支持基盤である南部メキシコに対して迅速な公共投資を行おうとするだろうが、拙速かつ大規模な公共投資は、一般に汚職の機会を拡大させるだろう。汚職が発生すれば、政権にとっては打撃となろう。したがって、今後の公共投資の執行のあり方と汚職の問題は、注意深くみていく必要があるだろう。

第4に、教育制度改革の問題がある。メキシコの教育政策については、かねてより改革の機運があったものの、前政権下で教師に対する業績評価の実施、個々の学校の自立性の向上などを柱とする改革が行われた[箕輪 2014]。ロペス=オブラドールはかねてよりこの教育制度改革を破棄すると述べてきており[La Jornada, 20 de agosto de 2018]、この政策制度改革の破棄については、実現する可能性が高いだろう。

第5に、石油・天然ガスなど天然資源セクターの改革がある。前政権下で憲法が改正され、それまで「国営石油企業・PEMEX」が独占していた石油天然ガス事業に対し、国内外の私企業の参入が可能となった[Flores Quiroga 2018]。ロペス=オブラドールはこの政策に極めて批判的であったが、すでに結ばれた契約は遵守するとしている。また、石油天然ガス・セクターへの民間資本の参入を排除するためには、再び憲法を改正する必要があるが、ロペス=オブラドール政権は憲法改正に必要な3分の2の特定多数を保持しておらず、石油天然ガス・セクターに関する改革を短期間で覆すことはできないだろう。したがって、この問題は当面は政治問題にならないかもしれない。

最後に、「北の巨人」米国との関係がある。「北米自由貿易協定・NAFTA」の再交渉については一応の決着をみたと考えられるが、米国のトランプ大統領の反「不法移民」問題が控えている。トランプ政権は米国に流入する不法移民の問題を重視し、米墨国境に(メキシコの資金で)壁を建設すると発言し、メキシコ国内で反発を招いたことは記憶に新しい。

不法移民の問題をさらに複雑にするのは、中米からの「移民キャラバン」の存在である。徒歩でメキシコ国境を越え、そのまま米墨国境をめざす人々は、メキシコ各地で援助を受けつつ、本稿の執筆段階で米墨国境に到着した。トランプ政権は、移民キャラバンの米国入国を禁じており、メキシコ国内にとどまる可能性が高い。米国内の政治力学とメキシコ国内の政治力学が絡みあうことになるが、ロペス=オブラドール新政権で移民問題を扱う「全国移民局(Instituto Nacional de Migración)」長官に就任する予定のトナティウ・ギレン=ロペス(Tonatiuh Guillén Loópez)は、前政権に比べて人権問題を重視するとインタビューで発言している[El Universal, 6 de noviembre de 2018]。ロペス=オブラドール政権が移民の保護に乗り出すことになるのではないか。

(2) 政策課題の困難性と「直接民主主義」

以上は、政策課題の概観であったが、ロペス=オブラドール政権は政策実行の手法においても独自性を発揮している。具体的には、国民投票のような「直接民主主義」的な手法をとっている。

ロペス=オブラドールは前政権下で進められたメキシコ・シティの新空港の建設に反対を表明し、メキシコ・シティ北部の軍用空港を改修して利用すべきであるとしてきた。この問題に対し、ロペス=オブラドールと国民再生運動は、「諮問(consulta)」と称して、非公式的な国民投票を行った。この第1回の諮問の管理運営は、一応は全国を対象とするものの、一政党である国民再生運動が行ったものであり、「全国選挙管理委員会(Instituto Nacional Electoral)」の関与もない非公式な試みである。

前政権のプロジェクトを進めるか、軍用空港の拡張を行うかを問うたこの諮問では、北部軍用空港利用が賛成多数の70%を占め、この結果を受けてロペス=オブラドールはすでに進行していた空港建設を破棄すると決定した。契約のキャンセルを伴うこの決定を受けて一時、メキシコペソの下落を招くなど経済が一時的に混乱し、野党各党(制度的革命党・国民行動党・民主革命党)は諮問を認めないこと、メキシコの選挙管理を担う全国選挙管理委員会が関与しておらず、投票中に不正が行われたとの指摘もなされた[El Sol de México, 29 de octubre de 2018]。国民行動党はこの諮問を違法だとして実際に提訴した[El Financiero, 6 de noviembre de 2018]。

新空港の建設問題は、契約の遵守といった経済右派が重視する論点を伴うとはいえ、政策課題としてはそれほどの重要性はない。しかしロペス=オブラドール政権は、この諮問という方法を積極的に活用する見込みである。というのは、先述したカンクンからパレンケ遺跡までを結ぶ「マヤ鉄道」プロジェクトの賛否を含む10の政策についても、第2回の諮問を行ったからである(11月24日~25日実施)。第2回の諮問も、国民再生運動が管理運営するもので、非公式なものであった。諮問の結果は、ロペス=オブラドール政権の推進する10の政策を圧倒的に支持した。

さらに、先述したように、憲法改正が必要な国民衛兵の設置の是非を問う第3回諮問も予定されている(2019年3月21日実施予定)。この第3回諮問については、全国選挙管理委員会が組織することとなっている。

諮問のような直接民主主義的な手法が、国民の支持を得るにあたって有効なものか。また、諮問のような方法を濫用すれば、社会が分断される可能性はないか。こういった疑問に対する答えを知るには、やはり今後の展開を待つ必要があろう。

(3) 政策問題の考察のまとめ

以上より、国民の高い支持があったとしても、メキシコが直面する政策課題を解決するのは極めて困難であるという見通しが立つ。治安や汚職といった問題は、立法や政府組織の改組によって短期的に目覚ましい解決を得るのは難しい。とすれば、ロペス=オブラドール政権には、「急進化」し、手っ取り早く有権者の支持を繋ぎとめるために拡張的な財政政策をとる誘因があることは否定しがたい。しかし、国内外の右派メディアはその動向を厳しく監視するだろう。反対を突破するために国民投票のような所謂「ポピュリスト」的な手法を濫発すれば、社会の分極化を招きかねないのである。

3. 制度の問題

ここまで、国民再生運動およびその選挙連合と、ロペス=オブラドールを一体として議論を展開してきた。ここでは、選挙制度と党組織設計の観点からすると問題はそれほど簡単ではないかもしれないという点を指摘したい。

(1) 選挙制度

今回の選挙以降、大きく変わるのが、公職者の再選規定である。メキシコでは、1933年以来2018年まで、連邦上下院議員を含む公職者の連続再選が憲法によって禁止されていた。この連続再選禁止規定は、議員の党執行部に対する従属をもたらした。というのは、再選を禁止された個々の議員は、任期が終われば別の公職ポストに移らなければならない。そして、党執行部が次の公職ポストの指名権限をもっている場合、個々の議員は、別の公職ポストに移るために党執行部に服従することになる。その結果、党執行部は、所属議員に対して極めて強い党規律をかけることができた。かつての制度的革命党はほぼすべての公職ポストを独占する「覇権政党」であったが、その支配を支えた要因のひとつは、この連続再選禁止規定であった[Nacif Hernández 1997]。

ただし、連続再選が禁止される連邦議会議員は、党執行部の意向を気に掛ける一方で、選挙区を等閑視するようになる。連続再選禁止規定を解除する案は、1965年にも下院議会を通過したこともあった(連邦上院で廃案)。以来、連続再選禁止規定の改正は「タブー」とも呼ばれた[Michel Narvárez 1995]。

2014年の憲法改正および二次法の改正によって、連続再選禁止規定はついに解除された。2018年選挙で選出される連邦上下院議員から、再選が可能になった。再選回数には上限が設けられ(上院は2期12年まで、下院は4期12年まで)、基本的に同じ政党から出馬しなければならないと定められているが、今後の議員の行動に影響が出てくる公算は高い。問題はいかなる影響があるか、である。

歴史的経緯をふまえれば、再選可能となった場合、党執行部が議員たちにおよぼす党規律は弱まる可能性が高い。この党内規律の弱まりの裏返しで、議員たちは選挙区の有権者や利益団体・圧力団体の意向をより気にするようになるだろう。改革によって、議員は有権者に対してより「応答的」(responsive)になるかもしれないが、選挙区の圧力集団や利益団体の強化が、メリットだけをもたらすとは限らない。全国的基盤をもつ政党の執行部は「全国的」な見地から行動しうるが、選挙区選出の議員は選挙区利益を基に行動するだろうからである。ここには、ジレンマが存在しうる。

もちろん、ロペス=オブラドールがカリスマ的なリーダーシップを発揮できるならば、与党・国民再生運動の議員から明確な離反が起きる可能性は低いかもしれない。そこで、ロペス=オブラドールと国民再生運動の関係を考えるために、国民再生運動の党組織の問題を概観しよう。

(2) 国民再生運動の組織

繰り返しになるが、政権与党である国民再生運動は、2014年結党の若い政党であり、その前身政党は、1989年結党の民主革命党である。この民主革命党は、その内部に恒常的で激しい派閥対立を抱えていたことで知られている[Reveles Vázquez 2004; Mossige 2013]。党内の派閥対立は、民主革命党の執行部役員や党の候補者の選出選挙によって悪化した[Corona Armenta 2004; Baena Paz and Saavedra Andrade 2004; Borjas Benavente, 268-285; Mossige 2013]。

民主革命党から分離した国民再生運動の党内組織は、民主革命党の内部対立の歴史を繰り返さないよう、「党内民主主義」を徹底しつつ派閥対立を激化させないようデザインされているように思われる。党の役職者と、選挙の候補者の選出規定をごく簡単に紹介しておきたい。

第1に、党の全国執行委員会・州執行委員会・市町村執行委員会・選挙区調整委員などの党の執行機関(Dirección Ejecutiva)について、同レベルの執行機関には3年の期間を空けなければ再選されず、また再選は一度に限ると定めている[MORENA 2014, artículo 10]。この規定は、特定の個人が党役職者を独占しないよう定められていると思われる。

第2に、党則44条は、党の候補者を選出するにあたって「選挙・くじ引き・世論調査」を組み合わせるとしている[MORENA 2014, artículo 44]。具体的にどのように運営されるかを、連邦下院議会選挙をベースに考えてみよう。メキシコでは、連邦下院議員は、比例代表制と小選挙区制を組み合わせた小選挙区比例代表並立制で選ばれる。比例代表枠は、メキシコ全土を5つの比例区(circunscripción)に分けて構成されている。

国民再生運動は、比例代表枠の候補を選出するにあたって選挙とくじ引きを併用している。具体的には、各小選挙区に設置される党の小選挙区総会(asamblea distrital)で党内選挙を行い、10人(男5・女5)を選ぶ。そして小選挙区ごとに選挙で選ばれた人々を対象にくじ引きを行い、比例区の候補者名簿を作成する。近年、派閥対立を抑制するとしてくじ引きを再評価する動きがあるが、国民再生運動は、くじ引きを用いることで、候補者選出の段階で党内派閥対立を激化させたかつての民主革命党の失敗を繰り返すまいとしていると考えられる。

なお、小選挙区の候補者選出にあたっては、まず選挙区での党内選挙で4人を選ぶ。その後、選ばれた4人に対して世論調査を行って最終的な候補者を選ぶ[MORENA2014, artículo 44]。小選挙区の候補者選出にあたっては、選挙と世論調査が併用されるのである。

政治学では、政党は必然的に上意下達の少数のエリートによる支配をもたらす(寡頭制の鉄則)といわれる[ミヘルス1990]。国民再生運動の党組織は、この「法則」を打破するための試みといえるかもしれない。

他方、党執行部や候補者の選出過程が民主化されるならば、個々の議員たちが党の上位者や党リーダーに従う必要性が薄れるかもしれない。次の選挙や将来の自らのキャリアがかかっていれば、議員たちには党執行部の意見に従うことで利益が得られるが、そうした機会が党規約によって絶たれるならば、議員たちは自らのイデオロギーや利益を優先するかもしれない。結果として、党の一体性は破壊されかねないのである。ただし、くじ引きの導入によってくじ引き選出議員は党指導者に服従するという観測もあり[Aguilar Rivera 2015]、くじ引きのような制度がもたらす効果については、今後、慎重に見ていく必要があるだろう。

(3) 制度の問題まとめ

選挙制度や国民再生運動の党組織を見る限り、大統領や党執行部が連邦議会議員に課す党規律は強くはない。もちろん、ロペス=オブラドールはカリスマ的な指導者だろうが、そのカリスマによって与党連合をまとめ上げることができるかは、注視していく必要がある。

この点、ロペス=オブラドールと議員の間に、潜在的な亀裂が存在することを伺わせる報道があったことは見逃せない。2018年11月8日、国民再生運動所属の上院議員が、銀行による手数料の徴収を禁止する法案と政令を発議した。この唐突な行動によって、銀行株をはじめ株価が下落した[稲葉2018]。この事態を受けて、ロペス=オブラドールは、今後3年間は金融セクターにかかわる立法を行わない旨を発言するなど、火消しに走った。この事態は、ロペス=オブラドールが議員の行動を完全には統制できていない可能性があることを示しているだろう。

結論に代えて:ポイントと3つのシナリオ?

本稿の課題は、今後のメキシコ政治がどうなるかを予測できないという前提のもと、その未来を占ううえで重要なポイントを可能な限り指摘することであった。これまでの議論のポイントは、次の4点にまとめることができる。第1に、治安・汚職・外交といった問題は根深く、3年後の選挙までに短期的に目覚ましい成果を挙げるのは難しい。第2に、中間選挙に向けて有権者の支持を繋ぎとめるために、財政赤字覚悟で公共投資を急拡大するかもしれないが、この場合には右派から反発が予想される。第3に、若い政党でありながら急激に勢力を拡大した国民再生運動は、その組織的結束を維持できるか否かは不明である。第4に、もし国民再生運動が失速した場合、制度的革命党や国民行動党という既存政党が支持を回復できるか。筆者は、これら4点が今後のメキシコ政治をみるうえでのポイントになると考える。

最後に、これらチェック・ポイントに照らして、今後のロペス=オブラドール政権の見通しについて、ごく大雑把ながら3つのシナリオを描いておこう。

第1のシナリオは、「レームダック化」である。政策を穏健にとどめることで、核心的支持者をも繋ぎとめることができなくなる場合のシナリオである。この場合には、ロペス=オブラドール政権後が問題となる。既存政党が軒並み支持を失っていれば、より過激な主張を掲げる政治的アウトサイダーが出現する可能性がある。

第2のシナリオは、「社会分極化」である。ロペス=オブラドール政権が自らの支持者を固めるために、財政規律を犠牲にして公共投資を急激に拡大するようなことがあれば、ビジネスセクターや富裕層やメディアの一部は、政権批判を強めるだろう。社会はロペス=オブラドール支持者と反対者の間で分極化する。

第3のシナリオは、上述のいずれにも陥らない「軟着陸」である。均衡財政を維持して右派や投資家の批判をかわし、公共投資を通じて有権者の支持を固めるシナリオである。選挙での圧倒的な勝利は難しいかもしれないが、徐々にであっても汚職や治安を改善することができれば、ロペス=オブラドールと国民再生運動はメキシコの左派政党として地歩を固めることになろう。

ロペス=オブラドールは長い政治キャリアを有する現実的な政治家であろうから、レームダック化や社会分極化といった状況をうまく回避し、第3の軟着陸シナリオに落ち着くことができるかもしれない。そもそも政治においては何が起きるはわからない。劇的な治安の改善や汚職対策、目覚ましい経済成長が達成される可能性も皆無ではない。確かなことは、メキシコが極めて重要な局面にあることである。今後のメキシコ政治は、可能なことと不可能なことの境界に挑戦するものとなろう。ロペス=オブラドールは、メキシコに対して極めて重い責任を負っている。

本文の注
1  「全国選挙管理委員会(Instituto Nacional Electoral/INE)」ホームページ上のデータベースより筆者算出(https://portalanterior.ine.mx/archivos3/portal/historico/contenido/Historico_de_Resultados_Electorales/)。2018年12月5日アクセス。

2  ペニャ=ニエト政権下での汚職対策立法について日本語で読める資料としては、[平尾・梅田2017]がある。

参考文献
 
© 2019 日本貿易振興機構アジア経済研究所
feedback
Top