ラテンアメリカ・レポート
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資料紹介
森口舞 著 『2つのキューバ・ナショナリズムをめぐる比較考察:1902-1963』
山岡 加奈子
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2019 年 35 巻 2 号 p. 95

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本書は、キューバ革命前後に活躍した法律家で政治家であるホセ・ミロ・カルドナを、革命体制を築いたフィデル・カストロと対比し、対照的なふたりの言説を比較することをとおして、キューバのナショナリズムの本質をあぶりだそうとした意欲作である。ミロ・カルドナはハバナ大学法学部でフィデルを教えたこともあり、フィデルがゲリラ闘争を行っていたときも、革命成功当初も彼を支持し、革命政府に参加して首相を務めた。しかし次第にフィデルが主張する革命の理念に疑念を抱くようになり、最終的にはキューバから亡命し、米国政府に支援を求めて革命打倒の道へ進む。

本書はミロ・カルドナとフィデル・カストロの言説を交互に分析しながら、両者の主張が時を追うごとに乖離してゆき、最後には歩み寄り不可能なほど離れていく様子を描いている。本書によれば、ミロ・カルドナは代表制民主主義を支持し、法律家として立憲主義を守ることにこだわった。とくにラテンアメリカの中でもっとも進歩的とされた1940年憲法の順守を繰り返し主張する。これに対してフィデルは、代表制民主主義を信用していない。彼にとって代表制民主主義とは、汚職と不正、権力者による恣意的な運用によって、本来の目的とはかけ離れた制度になっている。暴力革命はジョン・ロックの「抵抗権」の発動として正当化される。

ミロ・カルドナは1961年のピッグズ湾侵攻も支援していた。計画が失敗に終わり、キューバ国民が革命を支持している現実を見せつけられ、深く失望することになる。これに対してフィデルは、超大国米国に立ち向かうハリネズミ、「貧しく弱いが勇敢なキューバ」という新しいキューバ像を国民に示して、広い支持を得ることに成功した。つまり革命が、キューバ人の中にある米国に対するルサンチマンにこたえ、「キューバというネーションに付加価値を与え、『キューバとは何か』『キューバという存在はどのような意味と価値があるのか』という問いに、『キューバは人類普遍の権利を実行する勇敢な抵抗者』である」という答えを出した。そこに国民の革命への支持の根拠があると本書は指摘する。これに対してミロ・カルドナの民主主義、立憲主義の主張は米国の価値観と変わらず、国民にアピールできなかったという。この比較は、大変興味深い。

キューバの現体制が今日まで継続している理由のひとつとして、グリーンフェルドの「ルサンチマンをもとに先発ネーション[米国]との差異を美化し、付加価値に転化した」という視点をキューバに援用した点で、本書はキューバ研究に新たな光を当てたといえる。

 
© 2019 日本貿易振興機構アジア経済研究所
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