ラテンアメリカ・レポート
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工藤瞳 著 『ペルーの民衆教育:「社会を変える」教育の変容と学校での受容』
清水 達也
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2019 年 35 巻 2 号 p. 96

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著者によれば、ラテンアメリカの民衆教育(educación popular)とは、社会を変えるという目的を強調した教育思想・実践・運動を指す。ラテンアメリカの伝統的な教育はエリート主義的で、既存の社会構造を存する傾向がある。民衆教育は、このような伝統的な教育への批判として生まれ、おもに貧しい人々を対象としている。開発経済学の従属論やカトリック教会の解放の神学と結びつき、1960年代以降に取り組みが進んだ。識字教育など基本的な知識の習得にとどまらず、社会的に抑圧された状況におかれていることを学習者自身が認識し、現状を変革する力を身につけることをめざすものであった。民衆教育の特徴として挙げられるのが、対話型や参加型と呼ばれる学習方法と、学習者の組織化や行動である。伝統的な教育現場で行われるような、教師から児童や生徒への一方的な知識の授与ではなく、学習者自身が各々の経験について討論することで学びを深める。さらに、労働条件の改善や生活インフラの整備を求める活動を行うなど、生活向上を実現するために組織化して行動に結びつけることが重要になる。

1980年代以降ラテンアメリカでは、軍事政権から民政への移行や、対外債務危機と新自由主義に基づく経済改革により、政治・経済・社会は大きな変革を遂げた。そのなかで民衆教育はどのように変容したのか。これについて著者は、3つの立場からの見方を紹介している。ひとつめは維持・発展論者で、民衆教育はそれが扱うテーマを先住民やジェンダーなどに広げながら、発展しているという立場である。ふたつめは制度包摂論者で、これまで民衆教育が行ってきた活動を、学校教育などの公教育が取り込んでいるとみている。3つめは限界論者で、先住民の文化や知の継承などを目的とする共同体教育が近年注目を集めているが、これと民衆教育とは目的が異なり、民衆教育の範疇で扱うには限界があると主張している。

著者は、資料を細かく分析し、数多くの関係者へのインタビューを行うことで、民衆教育の変化を丁寧に追っている。本書を読むことで、ラテンアメリカ社会における貧困や格差を解決するために、学校教育を中心とする正規教育のほかにも、さまざまな試みが行われてきたことがわかる。教育の質の向上というと、ペルーではOECDが実施する国際学習到達度調査(PISA)のスコアや順位がどれくらい変化したかが注目を集めることが多いが、本書はそれだけでは計ることができない教育について考えるきっかけを与えてくれる。

 
© 2019 日本貿易振興機構アジア経済研究所
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