2020 年 36 巻 2 号 p. 32-50
2018年12月に就任した左派のアンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール大統領は、それまでの新自由主義を否定する言説を繰り返すとともに自らの政権奪取を「第4の変革(Cuarta Transformación)」と位置づけ、就任直後から矢継ぎ早に公約を実行に移し、2019年10月まで70%近い支持率を維持し続けてきた。同大統領は就任から10カ月となる2019年9月に発表された政府年次報告書(Primer Informe de Gobierno)において、100項目の政権公約のうち、79項目をすでに「実現した」とその成果をアピールした。一方で国内経済に関しては、政権発足当初は2.7%と予想されていた2019年の経済成長率は11月の最新予想で0%まで引き下げられる事態となっているほか、治安状況にも改善がみられず、殺人件数は2018年を上回り、過去最多となることが確実視されている。AMLO政権の言説とメキシコ経済の実態の乖離はなぜ起きているのか、本稿では月次マクロデータを用いてその実情を明らかにするとともに、対外要因に加え、財政規律重視の行き過ぎた緊縮財政(公務員改革)が経済停滞の要因となっていることを指摘する。
2018年7月の大統領選挙で既存政党への不満と失望を背景にアンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール(Andrés Manuel López Obrador: 以下、AMLO)氏が53%の得票を得て圧勝し[豊田 2019]、初めてメキシコで民主的選挙による左派政権が誕生した。自らの政権奪取を「第4の変革(Cuarta Transformación)」と位置づけるAMLO氏は、2018年12月の就任当初から矢継ぎ早に公約を実施し、2019年9月1日に発表された政府年次報告書(Primer Informe de Gobierno)では、大統領自身が100の選挙公約のうち、すでに79項目について「実現済み」であると主張した[El Financiero, 1 de septiembre de 2019]。2019年10月まで政権の支持率は約70%と、発足当初(約80%)から高い水準を維持し続けている[El Financiero, 22 de octubre de 2019]。その一方で、公的資金に頼った国営石油公社PEMEX改革に対する国際社会からの懸念やトランプ大統領の発言や米中貿易戦争の影響による経済成長予想の引き下げ、7月には経済界からの信頼が厚かったウルスア財務大臣の突然の辞任など、就任1年目にして波乱のスタートを予感させるものであった。また、前述の年次報告書においても政権が未解決の最優先課題のひとつと位置付けられた国内の治安問題は、2019年10月17日に北部のシナロア州都クリアカンで起きた、「エル・チャポ」ことホアキン・グスマンの息子で現在のシナロア・カルテルを率いているとみられるオビディオ・グスマンの身柄確保における失敗を皮切りに、同年11月はじめのチワワ・ソノラ州境で起きたモルモン教徒9人の殺害事件など1、AMLO大統領の肝いりで創設された国家警備隊(Guardia Nacional)は早々に失態を犯し、政府の対応能力全般にも疑問が呈される結果となっている。そのような中、就任当初は2%台後半と予測されていた2019年の経済成長は、毎月のように下方修正が続き、2019年11月のIMFによる最新予測では0%と発表され[El Financiero, 25 de noviembre de 2019]、メキシコ経済のゼロ成長が決定的となった。
本稿では上述の点を踏まえ、メキシコ経済に関する最新のマクロ統計データを用いて多方面からAMLO政権発足前後の状況を比較する。なぜ、政権公約と国民の期待とは裏腹に経済停滞に陥ったのか、メキシコ経済の現状と今後の課題を明らかにすることを試みる。第1節では、AMLO政権の経済関連の公約と政策および政権交代後のメキシコの実情について記述的にまとめる。第2節〜4節では主に月次データを用いてAMLO政権1年目の経済状況を経済成長(GDP)、石油生産、国内投資、雇用、国内消費など項目別に分析する。最後に第5節で結論を述べる。
AMLO氏は6年の任期中に「第4の変革」――19世紀初めのメキシコ独立、ベニート・フアレス大統領による19世紀半ばの自由主義改革(レフォルマ)および1910年に始まったメキシコ革命以来の大変化――をもたらす[豊田 2019]と宣言しており、日々の大統領発言や年次報告書にも随所にこの表現が使われている。図1は政権交代以降、AMLO政権が随所に用いている政権のシンボル的デザインであるが、左からメキシコ独立の英雄であるモレーロスとイダルゴ神父、先住民出身でもある前出のフアレス大統領、メキシコ革命の父マデロ、農地改革や石油国有化を行い、20世紀の人民主義的な制度的革命党(PRI)体制の基盤を作ったカルデナス大統領(1934〜1940年)という時代の異なる5人の革命的英雄が描かれている。これらの歴史上の人物からも政権の目指す「第4の変革」の方向性――80年代以降の新自由主義的政策からメキシコの伝統的な人民主義的もしくは社会主義的政策への方針転換――が想像できよう。
(出所)Presidencia de la República[2019]表紙より抜粋。
「第4の変革」におけるAMLO政権の経済方針は、上述の年次報告書によれば、これまでの歴代政権の新自由主義による「成長重視」の戦略とは一線を画し、「富の創出(creación de riqueza)」と富の「正当な分配(distribución justa)」により、「社会構造の再構築(reconstrucción del tejido social)」と「国民生活の向上(bienestar de la población)」の実現を目指すものであるという[Presidencia de la República 2019b, xi]2。「富の創出」において重視されるのは、これまで「疎外されてきた」先住民の多い南部地域における農業活性化およびマヤ鉄道やテワンテペック地峡の開発に代表されるインフラ整備と、北部国境地域における最低賃金引き上げを軸とする「産業振興」である[Presidencia de la República 2019]。北部国境地域では、就任早々の2019年1月に最低賃金の2倍への引き上げと法人税引き下げが行われた。AMLO政権はすでに全国でも最低賃金を20%引き上げており、任期中に全国で最低賃金を2倍にすると公約している[El Economista, 12 de septiembre de 2018]。
年次報告書において、AMLO政権は100項目の公約のうち、すでに79項目3について「実現済み」であると主張した一方で、治安の改善はこれからの課題であることを認めるとともに、医療サービスの無償化にも取り組むことを明言した[El Financiero, 1 de septiembre de 2019]。次項以降は、ペニャ・ニエト前政権の経済政策と比較しながら、AMLO新政権において政策の意図と現実の課題との間に早くもギャップが生じていることを確認する。
(2) PRI政権からの政策転換2012年12月に2期12年ぶりに政権の座に返り咲いた制度的革命党(Partido Revolucionario Constitucional: 以下、PRI)の大統領としてエンリケ・ペニャ・ニエト(Enrique Peña Nieto)前大統領はそれまでの新自由主義的経済政策を引き継ぐとともに、外資系企業を含む民間企業主導による生産性改善によってメキシコの経済成長を実現するべく[Gobierno de la República 2013]、就任1年目から積極的に税制改革、エネルギー改革、教育改革、通信改革等を推進した。特に、エネルギー改革においては長年の懸案事項でもあった外資を含む民間部門への石油部門の開放を行い、国際社会からの評価を受けていた。また、対外的にも環太平洋経済連携協定(TPP)への参加など、自由貿易推進に引き続き積極的に取り組んだ。この時期に中西部バヒオ地域を中心に日系企業のメキシコ進出ラッシュが起きていたのは周知のとおりである4。一方で、国内的には汚職問題と治安の悪化から支持率は低迷し、国民の間でPRIを含む既存政党政治に対する失望感が広がった。このことが2018年大統領選におけるAMLO氏の地滑り的勝利へとつながった5。
AMLO大統領は1982年の累積債務危機以降、36年間の新自由主義時代を「持続的な劣化(deterioro sostenido)の時代」と位置づけ、その諸悪の根源を保守層(ホワイトカラー)の汚職と訴追逃れ(impunidad)にあると主張する。新自由主義への批判と結びつけた汚職との闘い通じて、より公正な社会を実現することで、6年間の任期中に「第4の変革」を完了させるとしている[Presidencia de la República 2019a]。
(3) ポピュリズムへの懸念と緊縮財政大統領選挙時から左派候補として大衆迎合的ともとれる社会政策の充実を訴えてきたAMLO大統領には、20世紀の拡張的財政の失敗への反省をもとに堅持されてきた財政規律を乱すのではないかとの批判が常につきまとってきた。危機を繰り返した過去の苦い経験から現在でもメキシコ人(特にメディアや有識者)の間で拡張的財政への嫌悪感は根強く、AMLO大統領はその不安を払拭し、財政規律と彼の望む社会政策の両立を図るべく、汚職の一掃と公務員改革を主体とする緊縮財政(austeridad)によって必要な財源を確保することを政権公約とした。
公務員改革の最大の目玉として、AMLO氏は自らの大統領の給与をそれまでの月額27万ペソ(約13,500米ドル)から月額10.8万ペソ(約5,400米ドル)に大幅カットするとともに、高級官僚は大統領以上の給与を得てはならないとした[El Universal, 15 de julio de 2018]。さらには、大統領公邸には住まずに一般公開すること、大統領専用機は競売にかけた上で移動には民間機のエコノミークラスを利用することなども公約し、政権交代後に実践している。この公務員給与削減に関し、ハーバード大教授のリカルド・ハウスマンは、高級官僚の頭脳流出を引き起こすことに加え、民間より低い給与水準は税務、規制、検察といった汚職対策の要となる監督業務を遂行する役人たちのインセンティブを弱めることになり、結果としてAMLO大統領の望む公正な社会の実現を困難にするであろうと警告している[Hausmann 2018]。
新政権発足後、蓋を開けてみれば緊縮財政の名の下、公務員の給与削減は当初⾔われていた⾼級官僚だけではなく、公務員全体に及んだ[El Universal, 16 de abril de 2019]ほか6、第4節で詳述するように、各省庁が予算削減7の影響を受けて人員整理を行った模様である。その結果、省庁の機能が著しく低下し、各種手続きの遅れに加えて8各部門での予算執行に遅れ(subejercicio)が生じ、このことが国内経済活動の停滞の要因のひとつとなった[El Universal, 6 de agosto de 2019; El Financiero, 1 de octubre de 2019]。報道によると、国内経済停滞の結果、税収額も前年同期と比べ実質で2.1%の減少になっているが、緊縮財政効果でプライマリーバランスはGDP比1.1%の黒字が見込まれており、財政均衡目標は達成されるという[El Financiero, 1 de octubre de 2019]9。
(4) AMLO政権下の治安状況と医療改革における理想と現実第1項で言及した通り、AMLO政権が認識する2年目以降の優先政策課題は治安改善と医療サービス無償化の2点であり、前者は投資の促進と経済活動の円滑化を、後者は政権の重視する社会政策の成功を占うための鍵となる。まず、治安状況であるが、就任前から治安対策の切り札として創設を公約していた国家警備隊が2019年6月30日に発足し、5万3000人の隊員が治安改善が優先される全国150カ所での活動を開始した。発足1年目に8万3000人(うち、8割が陸海軍、2割が警察で構成される)にまで増員され[El Universal, 11 de junio de 2019]、最終的には14万人の隊員が全国266カ所で活動を行う計画であるという[Presidencia de la República 2019b]。しかしながら、6月にはメキシコからのすべての輸入品に関税を課すことを脅しに、中米などからの不法移民の取り締まり強化を求めたトランプ米政権との交渉で、不法移民対策要員としてメキシコ南部国境に国家警備隊員6000人を配置することで合意した上[El Universal, 12 de junio de 2019]、国家警備隊への編入を拒む連邦警察官が2019年7月以降、度々デモを行うなど[Milenio, 3 de julio de 2019; La Jornada, 14 de septiembre de 2019]、出だしから想定外の事態に直面している。
そのような中、10月17日に北部シナロア州都クリアカンにおいて、シナロア・カルテルの大ボスで米国で終身刑を受けた「エル・チャポ」ことホアキン・グスマンの息子の一人で、兄弟とともに現在のシナロア・カルテルを率いているといわれるオビディオ・グスマンの逮捕に向かった国家警備隊および国軍は、一旦は身柄を拘束するも、カルテルメンバーによる激しい反撃を受け、同日夜に「市街戦による一般市民の多数の犠牲者が出るのを避けるため」として、オビディオ・グスマンを解放してしまった。この対応について、最高指揮官であるはずのAMLO大統領が「自分は聞いていなかった」と発言したことに加え、担当閣僚であるドゥラソ公安大臣(Secretaría de Seguridad y Protección Ciudadana: SSPC)の説明が二転三転したことなどから批判が相次いだ。とくに外国メディアは、カルテルによる反撃をまったく想定せず、空からの援護もないまま隊員たった30人ほどで現場に向かったことは、あまりにもお粗末な作戦であったと厳しくコメントしている[El País, 20 de octubre de 2019; The Economist, October 21, 2019]。また、約2週間後には批判をかわすために作戦の責任者である大佐の名を明かしたことについても、前代未聞であり軍の士気を著しく下げるものであると批判が上がった[El Financiero, 1 de noviembre de 2019]。これを受け、トランプ政権が「麻薬戦争」への軍事的支援を申し出るが、AMLO大統領は「内政干渉」であるとして断っている10。
クリアカンにおける事件が冷めやらぬ中、11月4日にはチワワ州とソノラ州の境で車で移動中だったモルモン教徒の母親3人とその子供たち6人の計9人が惨殺される事件が発生し、市民に衝撃が走るとともに、メキシコの治安悪化を印象付けるものとなった。前出のドゥラソ公安大臣は、当初、この事件を車がSUVであったことを理由に「敵のカルテルと間違えて銃撃された」と発表し、またもや批判にさらされた[El País, 6 de noviembre de 2019]。被害者が米国との二重国籍者であったことからトランプ大統領がツイッターでとりあげるなど米国国内でも反応が大きく、11月半ばからFBI捜査官がメキシコに入り、調査に当たっているという[El Diario de Juárez, 18 de noviembre de 2019]。
図2はここ5年間の殺人件数の推移(1月〜10月期)を示したものである。2019年のこれまでの殺人件数(29,574件)は前年同期(28,869件)に比べ、2.4%微増している。そのうち、「フェミニサイド(女性の殺人)」については、2018年の744件から2019年の833件と12%増加しており、AMLO政権の公約とは裏腹に、微増ながらも2019年の殺人件数が過去最大となる見込みであり[El Financiero, 21 de noviembre de 2019]、今後の治安対策強化が緊急の課題である。
他方、AMLO政権が推進する医療サービスの無償化であるが、その実態は、政権交代以降、各地の公立診療所等で深刻な医薬品不足(慢性治療薬、ワクチン等)の他、医師・看護師の解雇や運営資金の枯渇により医療機器のメンテナンスや器具の調達ができず、基本的な医療行為すら行えずに患者が死亡するケースも報告されている[El Financiero, 23 de mayo de 2019; El Diario de Chihuahua, 22 de Agosto de 2019; El Sol de Tijuana, 13 de noviembre de 2019]。この事実は前項で述べた通り、AMLO政権の理想とは裏腹に、財政バランスを保とうとして行った公務員改革(給与削減および各省庁の人員削減)の影響で、省庁の現場が十分に機能しなくなっていることをうかがわせるものである[Reporte Indigo Monterrey, 22 de agosto de 2019]。さらに、年金給付額を2倍(2カ月ごとに2,550ペソを支給)に引き上げ[Presidencia de la República 2019]たものの、政権交代後8ヶ月間に渡り年金支給がストップしているとの報道もなされている[Crónica, 1 de septiembre de 2019]11。前述のハウスマン[Hausmann 2018]の予言が早くも的中するかのような、現政権の理想に逆行する現実が垣間みられる。
(出所)El Financiero, 21 de noviembre de 2019.
その一方、AMLO大統領の評価は政権交代以来、極めて好調である。図3はAMLO大統領の就任(2018年12月)以降の月毎の支持・不支持率を示したものである。上述のクリアカン事件後の調査(2019年10月)でも事件の影響はなく、70%近い支持を維持し続けていたが[El Financiero, 22 de octubre de 2019]、モルモン教徒殺害事件後の2019年11月の調査では、調査を行なった新聞社が異なるものの、大統領就任後初めて支持率が59%と10%ポイント近く低下した[El Universal, 15 de noviembre de 2019]。高い支持率を維持する背景には、国民がAMLO大統領の「誠実さ」「リーダーシップ」「結果を出す能力」を評価する声が高い[Forbes México, 7 de octubre de 2019]ことがある。この結果は、AMLO大統領のメキシコ市長時代からの恒例となっている毎朝の早朝記者会見(Conferencia Matutina)の影響も大きいであろう。また、エル・ウニベルサル紙が2019年11月に全国で行った生活実感調査では、回答者の48%が1年前(ペニャ・ニエト政権期)と比べて生活の質が良くなっていると答えており、多くの人(42%)が治安を最優先課題としつつも、以前の調査(2019年8月:43%、同6月:40%、同3月:37%)と比較すると一般市民の生活「実感」に関しては肯定的な回答がみられる[El Universal, 24 de noviembre de 2019]。支持率と同様にこの生活実感に関しては、後述するように実際の経済データとの乖離がみられる。その理由としてはエドワーズが指摘するように、90年代以降の既存政党による新自由主義政策のもとでの格差拡大と汚職の蔓延に対する国民の不満の蓄積[Edwards 2019]が、変革を約束する政権への強い期待として現れているためだと解釈できるだろう。
(出所)El Financiero, 22 de octubre de 2019 (2019年10月まで)およびEl Universal,15 de noviembre de 2019(2019年11月)より筆者作成。
(注)「分からない」は非表示。
AMLO大統領は、2018年の選挙期間中および就任前には、それまでのメキシコの平均経済成長率である2〜3%を大きく上回る年率6%の成長を公約に掲げていたが、根拠のない数字に各方面から批判が上がったため、就任して以降はトーンを下げたものの任期中の年率4%の経済成長達成を掲げていた。ところが、就任1年目にして早くもその目標は達成不可能となった。図4はおもに国際通貨基金(IMF)によるメキシコの経済成長予測であるが、新政権が発足して以降、ほぼ毎月のように下方修正が続いていることがわかる。2019年の経済成長(年率)予測について、ペニャ・ニエト前政権下の2018年10月には2.7%であったものが、AMLO政権発足直後の2019年1月には2.1%に下方修正された。その後、4月には1.9%、続く7月には0.9%となり、11月現在ではゼロ成長と予測されるに至っている。また、2020年の経済成長も下方修正が繰り返されており、2019年11月現在の予測は1.3%である。相次ぐ経済成長率予測の引き下げは、主にAMLO政権がPEMEXへの公的支援を決定したことによる財政悪化懸念により国際的格付け機関が軒並みメキシコ債の格付けを引き下げたこと、および格付け引き下げによる先行き不安と投資の減退によるものと指摘されている[La Jornada, 2 de marzo de 2019]。2020年の経済成長については、IMFは予測値実現の条件として金融緩和の必要性、国内外の経済における不確実性の低下、民間消費の回復を挙げている[El Financiero, 26 de noviembre de 2019]。格付けについては、2019年3月にスタンダート&プアーズが「安定」から「ネガティブ」に、同6月にはフィッチが「BBB+」から「BBB」に、また、ムーディーズが見通しを「安定」から「ネガティブ」に引き下げを行った[El Economista, 6 de junio de 2019]。
ここまで、AMLO政権1年目の実情について、記述的にまとめて来た。次節以降では、国立地理統計院(Instituto Naional de Estadística, Geografía e Informática: INEGI)の月次データを中心に、経済面での実態を明らかにする。
(出所)各種新聞報道より筆者作成。
まず、図5に2018年以降、2019年8月までのGDP成長率を示す。2018年12月のAMLO大統領の就任以降、急速にGDP成長率が低下しているのが一目瞭然である。図6はその理由を探るべく、同期間の部門別のGDP成長率を表したものである。第1次産業は変動が激しいものの、政権交代後は一貫してプラス成長を維持している。この間には、5月末に中米移民の流入増加を巡ってメキシコからのすべての輸入品に5%の関税をかけるとトランプ大統領が脅したため[El Universal, 31 de mayo de 2019]、アボカドなどの買い占めが発生し、農産物価格が上昇したことなどが一部影響していると考えられる。しかしながら、農業部門のGDPに占める割合は極めて小さく、GDP成長率全体に与える影響は非常に限定的である。一方で、政権交代を控えた2018年10月を境に顕著なマイナス成長を示しているのが、鉱業・建設を含む第2次産業である。メキシコにおいてGDPの60%以上を占める第3次産業もまた、2019年に入ってから成長の低下が顕著になり、8月にはついにマイナス0.1%となった。
(出所)INEGIより筆者作成。
(出所)INEGIより筆者作成。
第2次および第3次産業について、図7、8はそれぞれの部門別GDP成長率の内訳(抜粋)を示したものである。第2次産業(図7)では、製造業が横ばいであるのに対し、AMLO新政権となった2018年12月以降、一貫して建設業がマイナス成長になっているのがみてとれる。新聞報道によれば、2019年上半期の政府関連プロジェクト予算(道路、橋、病院建設等)が前年比で19.3%低下しているという[El Sol de Hermisillo, 7 de octubre de 2019]。これは、新政権による予算カットのみならず、緊縮財政政策の目玉となった一連の公務員給与削減および人員削減により省庁の機能が著しく低下したために生じた政府の予算執行の遅れによる影響も大きいと考えられる。事実、通信交通省(Secretaría de Comunicaciones y Transportes: SCT)の2019年上半期の執行額は予算額の16%にとどまっており、このため、メキシコシティやメキシコ州を含む18州では、同期間に建設部門が2桁のマイナス成長を記録したと報道された[El Sol de Hermisillo, 7 de octubre de 2019]12。さらに、石油産業についても、新政権の公的資金を投入した経営改革にも関わらず、マイナス10%前後の低迷を続けたままである。
第3次産業(図8)については、小売業は全体としてプラス成長を保つ一方、卸売業と公的部門が新政権発足と時期を同じくしてマイナス成長に転じている。特に、公的部門の一貫したマイナス成長が顕著であり、2018年12月から2019年6月までの7カ月間は連続して平均約マイナス4%と、新政権の政府部門の機能が低下していることが見て取れる。現地報道によれば、財務公債省(Secretaría de Hacienda y Crédito Público: SHCD)は2019年1月から8月までの公的部門の物的資本投資は前年同期間と比べ、15.2%減少していると報告しており、経済成長鈍化の要因となっていることが指摘されている[El Financiero, 1 de octubre de 2019]13。他方、金融・不動産部門も2019年以降、徐々に成長率が低下し、8月にはついにマイナス0.2%となった。卸売部門とともに、景気後退のシグナルといえるだろう。
(出所)INEGIより筆者作成。
(出所)INEGIより筆者作成。
図9は石油関連貿易収支を表したものである。メキシコでは、石油関連輸出の約9割を原油輸出が占めているが、新政権移行後もAMLO大統領の発言および政策とは裏腹に、石油関連輸出(原油輸出)は停滞したままであり、収支も毎月約20億ドルの赤字を計上し続けている。2019年2月に輸出の増加と収支の改善が見られるのは、その前月にAMLO大統領が1週間石油パイプラインを停止させ、パイプラインに穴を開けて石油を盗難する犯罪集団(通称Huachicoleros)を取り締まったことによると考えられる。
(出所)INEGIより筆者作成。
図10は総固定資本投資の成長率を示したものである。2018年のプラス成長傾向から、2019年12月の政権移行後に一気にマイナス成長に転じ、7月には前年同月比マイナス9.1%にまで落ち込んでいる。図11は総固定資本投資成長率の内訳を示したものである。建設、設備機械投資のいずれも2018年12月を境に大幅なマイナス成長に転じているが、中でも設備機械投資のマイナス成長が最近では顕著になってきているのは今後の経済成長を占う上で大きな懸念材料と言えるだろう。総固定資本投資における建設部門のマイナス成長は、第1節の図7(第2次産業部門別GDP)の建設がマイナス成長を示していることとも整合的な結果である。続いて、図12では設備機械投資の内訳を示している。政権交代を機に、設備機械輸入がマイナス成長に転じ、それがそのまま設備機械投資全体のマイナス成長に反映されていることが分かる。特に、2019年6月以降は経済成長予測の下方修正が続く中(図4)、設備機械輸入の落ち込みが顕著になっている。
(出所)INEGIより筆者作成。
(出所)INEGIより筆者作成。
(出所)INEGIより筆者作成。
図13は正規雇用者数の推移を示したものである。2018年を通して100万人増加した正規雇用者数は、政権交代とともに減少し、2019年2月以降は横ばいの状態が続いている。また、正規雇用者の増減とその内訳を示したものが図14である。2019年以降、無期雇用者数の増加率は一貫して0%付近であるのに対し、2018年後半は毎月1%程度の増加をみせていた有期雇用者数が政権交代とともにマイナス4%の減少からプラス2%に変化した後、2019年6月まで減少に転じている。この間の正規雇用の減少と増加は政権移行に伴う人員交代によるものと考えられる。さらに、前述のとおり、AMLO政権は緊縮財政政策に伴う(高級官僚のみならず)公務員全般の給与削減と各省庁での人員削減を行なっており、同期間に政府の有期雇用職員の多くが退職もしくは解雇されたであろうことがうかがえる。
(出所)INEGIより筆者作成。
(注)有期雇用者も含む。
(出所)INEGIより筆者作成。
続いて図15は都市における失業率および不完全雇用率を表したものである。新政権移行後、失業率は期間を通して約4%と横ばいであるのに対し、不完全雇用率は上昇傾向にあり、6.8%(2019年1月)から7.8%(同年9月)と1%ポイント上昇している。また、図16はインフォーマルセクターでの雇用率を示したものである。本統計は四半期ごとであるが、2017年第3四半期を境に上昇傾向に転じており、新政権移行後の2019年もその傾向は続いている。図14・15の正規雇用の減少傾向とも整合的であり、AMLO政権に対する国民の期待とは裏腹に、雇用情勢の改善はみられていないことがみてとれる。
(出所)INEGIより筆者作成。
(注)国内32都市の総計。15歳以上人口に占める割合。季節調整済み。
(出所)INEGIより筆者作成。
一方で、国内民間消費は現在のところ堅調さを維持しているようである(図17)。2019年に入って以降も、2018年のような右肩上がりの傾向はみられないものの、全般的に横ばいで推移しているといえる。図10(総固定資本投資)で示された悲観的な国内投資行動とは裏腹に、年金額引き上げ、学生向け奨学金の充実、医療の無償化などAMLO政権の貧困者向け社会政策に、国民から大きな期待が寄せられていることを裏付けるものといえるだろう。
(出所)INEGIより筆者作成。
また、メキシコにおいて長年の懸案事項であったインフレ率は新政権移行後、特に2019年4月以降は顕著な低下傾向を示し、9月にはついに政府のインフレ目標である3%を達成するに至った(図18)。これを受け、中央銀行は毎月のように下方修正される経済成長予測に対応する形で、8.25%から0.25ポイントの政策金利引き下げを行った[El Economista, 27 de septiembre de 2019]。その後も10月、11月、12月の理事会で0.25ポイントずつ引き下げを行い、2019年末時点で金利が7.25%となった[El Financiero, 21 de noviembre de 2019; El Economista, 20 de diciembre de 2019]。
出所:INEGIより筆者作成。
本稿では、2018年と2019年の月次データをもとに、様々な角度からAMLO政権1年目の経済状況を整理した。AMLO自身の選挙中および大統領就任後の公約とその「実現」、また、それらに対する期待を反映した高支持率とは裏腹に、どの角度から検証しても政権移行後の経済停滞が明らかとなった。特に、投資の明らかな減退や治安の悪化傾向から推測すれば、政権2年目以降も経済が好転する見通しは極めて薄いといえるだろう。北米市場の消費の減速傾向がはっきりして来たことも気がかりな要因である。政権が重視する石油産業も当然ながら増産の見通しはついていない。
今のところ、就任前に最も心配された財政バランスの悪化はみられていないが、「緊縮財政」政策による公務員の給与および人員削減、省庁の予算カットが適切な公的部門投資を妨げ、結果として更なる経済悪化の原因となっていることは大いなる皮肉である。今後も経済成長が見込まれない中、押し寄せる移民対策や悪化する治安対策、また政権が重視する貧困対策には予算を注ぎ込み続けなければならない。AMLO政権が財源として主張する汚職取り締まりによる税収確保には当然限りがあり、このままでは景気の悪化とともに税収が下がっていくことは想像に難くない。経済面において財政バランスが崩れるのは時間の問題なのか14、2年後の中間選挙に向けてポピュリズム的性格を強めていくことになるのか、今後も引き続き注目していく必要がある。