ラテンアメリカ・レポート
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資料紹介
幡谷則子 編 『ラテンアメリカの連帯経済―コモン・グッドの再生をめざして』
清水 達也
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2020 年 36 巻 2 号 p. 92

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「連帯経済」とは何だろうか。編者の説明によれば、資本主義における私企業の営利目的に基盤を置かず、既存の経済体制において社会的疎外に苦しむ弱者を社会に取り込もうとする社会連帯に基づいた経済システムである。フランスを中心とした欧州において、連帯経済は単なる助け合いを基盤とする社会連帯ではなく、市場原理に基づく資本主義経済とは異なる新しい経済パラダイムとして人々に受け入れられているという。

ラテンアメリカでは1980年代の経済危機とそれに続く新自由主義経済改革によって、貧富の格差が拡大し、既存の経済システムから取りこぼされた人々が増加した。彼らは生き残るために、地域通貨、回復企業、協同組合、地産地消運動、フェアトレードなどさまざまな新しい社会運動と経済活動を実践した。2000年代にラテンアメリカ各国で成立した左派政権がこれに注目して支援したことも、新自由主義に対抗する運動として注目を集めるきっかけとなった。

本書は、ラテンアメリカ各国の連帯経済の事例を集めた論文集である。序章~第2章では編者が、先行研究を丁寧に整理して連帯経済の概念を説明している。1960年代までさかのぼり、今日なら連帯経済と呼べる民衆運動についても解説するほか、欧州やラテンアメリカを中心に広がっている連帯経済運動のネットワークについても触れている。第3章~8章では、7カ国における個別の事例を中心に連帯経済の実践について説明している。コーヒー等の農産品や民芸品のフェアトレード、生産者と消費者のネットワーク、地域ブランドの農牧産品販売、生産者や労働者による協同組合、教会による社会扶助活動、移民社会を基盤とした医療サービスを取り上げている。連帯経済の理論的背景から歴史的な流れ、そしてラテンアメリカにおける代表的な取り組みまでが一冊で分かるようになっている。

本書を読むと、連帯経済がふたつの側面で既存の経済体制とは異なることが理解できる。ひとつは資源配分の主体として。質の高い財やサービスを安価に供給できない政府や企業にしびれを切らした人々が、組合や運動などの代替的な主体を組織して、自らでこれらを供給しようとしていること。もうひとつは配分を決める価値基準として。一般の市場取引では金額で表示された価格が唯一の価値基準である。しかし連帯経済では価値基準が多様化しており、家族、仲間、地域、自然などとのつながりが、価格と並んで重要な価値を持つことがわかる。

 
© 2020 日本貿易振興機構アジア経済研究所
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