ラテンアメリカ・レポート
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佐々木剛二 著 『移民と徳―日系ブラジル知識人の歴史民族誌』
近田 亮平
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2021 年 37 巻 2 号 p. 86

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ブラジルの日本移民や日系社会に関する調査研究には多くの蓄積があり、日本やブラジルにおいて数多くの書籍が出版されてきた。それらのなかでも、移民および日系人の知識人の歴史を民族誌的に分析した本書は、今までの研究領域を新たに広げる功績を残したといえよう。著者は、専門である人類学および移民研究の潮流をふまえたうえで、人類学において、自らがおかれた状況を能動的に変化させる働きかけとしてとらえられる「知識」、および、それを生産する行為に注目する。移民研究に関しては、エスニシティや集団的アイデンティティなどの概念による研究が主流であるのに対し、移民を知的実践の主体としてとらえる研究はほとんどないと述べる。そして本書において著者は、ブラジルへの日本移民とその子孫が、移民政策の変遷と移民知識人の介入のもと、独自の徳を保持する政治的主体として自らを形成した歴史を明らかにする。

このような本書の概要を説明する「はじめに」のあと、第1章では1920年代~40年代前半に日本帝国主義とブラジルの国家主義が台頭するなか、「帰還、永住、再移住」について日本移民知識層により行われた立場の理論化が論じられる。「移民的徳の誕生―戦後移住政策と政治的主体としてのブラジル日系人の形成」と題する第2章では、1940年代後半~60年代の移民社会の混乱期から安定期を取り上げる。「第3章 移民知識人の有機性―土曜会の知識実践と戦後移民社会の構造変容」では、1940年代後半~70年代に形成された移民知識人グループの活動に注目する。「第4章 拡散と凝集のプロジェクト」では、2000年代の日系旅行社と邦字新聞社の活動を分析する。「第5章 徳、記憶、期待」では、2008年に開催された政治的祭典としての移民百周年祭に焦点を当てる。そして、第6章で「ブラジル日本移民の政治、知識、徳」について理論的な視座から検討を行い、本書を総括する「おわりに」に加え、「補遺 本書の民族誌調査について」や「あとがき」が巻末に掲載されている。

日系人が多く住むブラジルのサンパウロには、本書が対象とする移民の知識人たちが創設したサンパウロ人文科学研究所があり、日本移民や日系社会に関する調査研究の拠点となっている。著者は同研究所にも籍をおいてブラジルでフィールド調査を重ね、博士号を取得した論文を加筆修正し本書を出版した。移民の知識人は、ブラジルの社会だけでなく出自国の日本の歴史にも主体的にかかわり、大きな影響を及ぼしてきた。その事実や様態を、長きにわたる調査や膨大な資料などにもとづく本書により、われわれは学ぶことができる。

 
© 2021 日本貿易振興機構アジア経済研究所
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