ラテンアメリカ・レポート
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池田光穂 著 『暴力の政治民族誌―現代マヤ先住民の経験と記憶』
笛田 千容
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2021 年 37 巻 2 号 p. 89

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本書の著者は、1987年に内戦下のグアテマラを初めて訪れて以来、マヤ系先住民を主たる対象にエスノグラフィー調査を行っている文化人類学者である。グアテマラの西部高地ウエウエテナンゴ県は、80年代初頭、先住民を革命の担い手とみなす左翼ゲリラによって軍事教練場がおかれたことにより、ゲリラ掃討作戦の名目で国軍および政府系民兵による凄惨な暴力が2年間にわたって住民らに加えられた。数年後に著者がその地を訪れたとき、文化人類学の先人たちが多大な関心を寄せてきた先住民共同体のカルゴ・システムや民衆カトリック信仰は、ほぼ壊滅状態にあったという。以来、著者の関心は、暴力による伝統社会の解体と再編の態様に向けられてきた。

本書はその30 年余にわたる研究成果をとりまとめた大作であり、総論にあたる第1章と第11章のほか、それぞれ独立した論考としても読むことができる9つの章からなる。まず、第2章では、マヤ文化復興運動の支柱といわれる現代のシャーマンの儀礼実践と、その社会的受容に焦点を当てる。続く3つの章、すなわち、暴力による古い経済慣行の一掃と経済観念の変化を辿る第3章と、調査協力者6人の語りと証言を紹介する第4章、そして、理不尽な暴力に晒された人々のその後の政治的態度について考察する第5章は、本書の中核をなす部分といえるだろう。さらに、第6章で政府の国民統合政策と先住民表象のマトリクス図を提示し、第7章ではアメリカ合衆国への移民と難民について、汎マヤ運動のトランスナショナル化と絡めて論じる。第8章では、労働移民と国際援助を通じた外部経済との関係が描出される。最後に、第9章で水源地の土地所有権をめぐる紛争の構造を明らかにし、第10章ではこの紛争と地方首長選挙との交錯の仕方について述べる。

現代マヤ先住民は、他者表象にありがちな「近代化に取り残された人々」でも「暴力の一方的な被害者」でもない。文化人類学者/エスノグラファーとしての著者の信条告白が随所にちりばめられた本書は、門外漢にとって読みやすいとはいえない部分もあるが、歴史的事件と関連づけられ、その都度再定義される「国民」かつ「先住民」との対話を追体験させてくれる。

 
© 2021 日本貿易振興機構アジア経済研究所
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