ラテンアメリカ・レポート
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論稿
ボリビア2019~20年選挙の対立構造とポスト・モラレスMAS政権の誕生
岡田 勇大沼 宏平
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2021 年 38 巻 1 号 p. 1-13

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要約

2019年のボリビア大統領選挙では、社会主義運動(MAS)の候補であったエボ・モラレスと次点候補との得票差が接近するなかで選挙不正が疑われ、モラレスが辞任・亡命する混乱に陥った。しかし、その1年後に行われたやり直し選挙では、MAS候補のルイス・アルセが得票率を積み増して当選を果たした。このようなMASの失墜と再来はどのように理解できるだろうか。本稿は、MAS派と反MAS派が西部5県と東部4県および農村部と都市部に安定的な支持基盤を有する構造性を指摘したうえで、多くの場合、選挙での多数決でこの構造的対立は解決されるが、党派対立と選挙プロセスへの不信が高まれば2019年選挙のような混乱が今後も起きかねないことを論じる。また、2019〜20年の反MAS派による暫定政権への不満や、MASの組織的動員力の高さ、そして反MAS派の分裂傾向がMASの復権をもたらしたことも指摘する。新アルセ政権は、こうした構造的な党派対立と社会経済面で山積する課題に対処することが求められる。

はじめに

2019年10月20日のボリビア国政選挙では、13年半大統領の地位にあった社会主義運動党(Movimiento al Socialismo: MAS)のエボ・モラレス(Evo Morales)が、選挙不正を疑う大規模な市民抗議によって辞任を余儀なくされた。その1年後、2020年10月18日に実施された大統領選挙では、エボ・モラレスが指名したルイス・アルセ(Luis Arce Catacora)が55.1%の得票を得て当選した。次点カルロス・メサ(Carlos Mesa)は28.8%であった。2019年選挙でエボ・モラレスが47.1%、カルロス・メサが36.5%であったことをふまえると1、大統領候補をモラレスからアルセに変えながらも、MASが大差で返り咲く結果だったといえよう。

なぜ2019年選挙では混乱のなかでモラレスが失脚しながらも、2020年にMASはアルセを擁立しつつ得票率を積み増して政権に返り咲いたのだろうか。2019〜20年の選挙結果は、一見するといくつかの点で疑問を抱かせる。第1に、MASが執拗にモラレスを大統領の地位にとどめようとしてきたことに反して、モラレスを擁しない方が、MASの得票率は高かった2。第2に、選挙不正が疑われた2019年選挙よりも、そのような疑いのない2020年選挙の方がMASの得票率は高かった。これらの点は、そもそも誰がMASを支持してきたのか、なぜ2019年選挙で与野党の得票差は接近したのか、なぜ2020年選挙でMASが勝利したのか、といった問いを投げかける。

本稿は、こうした問いにおおむね次のように答える。第1に、MAS派と反MAS派の支持層はかなりの程度安定的である。第2に、反MAS派は分裂傾向にあり、これは2020年選挙でも同様であったが、2019年選挙ではモラレスが立候補することの正当性をめぐる疑念が反MAS派の得票を単一候補に集中させた。これにより与野党の得票率が接近し、なおかつ選挙不正が疑われたことが、選挙後の抗議行動を促したと考えられる。第3に、2019年11月〜20年10月に暫定政権を担った反MAS派のジャニネ・アニェス(Jeanine Añez)に対する評価が低かったことがMAS復権の一因であった。第4に、MASは社会組織によるボトムアップで形成されており、モラレスを必ずしも大統領として必要としないが、モラレスは社会組織等との交渉役として、アルセ政権でも重要な存在であり続けている。

選挙という民主的ツールは、異なった政治的意見をもつ人々のあいだで、1人1票の原則を通じて統治者選出を可能とする利害調整制度である。このような制度は1982年以降ボリビアで定着し、様々な意見対立を解決することに成功してきた。2019年にそれが機能しなかったことは憂慮すべきことであり、本稿の議論が正しいならば、2019年選挙で起きた混乱が将来再発する可能性はある。しかし、選挙裁判所の中立性などの条件次第では、選挙が有効な利害調整制度として機能し続ける可能性も十分に残されている。

以下、1節ではMAS派と反MAS派の支持層の構造性を概観する。2節では2019年選挙の問題、3節では2020年選挙に先立つプロセスを述べる。4節では2020年選挙とその結果について扱う。5節では今後のアルセ政権の課題について議論する。最後にまとめを述べる。

1. MAS派と反MAS派

ボリビアにおけるMAS派と反MAS派の得票は地理的分布に従っており、MAS派は全9県のうち、ラパス、オルロ、ポトシ、チュキサカ、コチャバンバの西部5県に、反MAS派はサンタクルス、タリハ、ベニ、パンドの東部4県に安定的な支持基盤を有するとされてきた。また、アイマラ・ケチュア先住民系の多い西部の農村部ではMAS派が、それに対して都市部では反MAS派の支持が強いとされてきた(岡田 2018)。とくに、MAS政権が長期化するなかで、権力集中による弊害を嫌った都市住民が反MASの旗幟を鮮明にした点も指摘されてきた(Okada 2020)。

図1は、東部4県vs西部5県と都市vs農村という二元構造を想定して、2009年、2014年、2020年の大統領選挙について地方自治体(municipio)レベルでのMAS候補の得票率をY軸に、各自治体の投票数(対数スケール)をX軸に示したものである。そのうえで、東部4県の地方自治体を灰色の三角、西部5県を黒丸で表している。図のなかの点線はMAS候補(モラレスまたはアルセ)の過半数得票を意味する。図からは、MAS派が西部5県(黒丸)に、反MAS派が東部4県(灰色三角)で比較的多くの支持を獲得してきたこと、2009年と2014年選挙では東部4県でも相当数の自治体で過半数がMAS支持であったのに対して2020年には反MAS派の傾向が強まったこと、西部5県では2020年選挙でも依然としてMAS支持が強いが、人口が多い自治体(図の右側)ではMAS支持の過半数割れが一部で顕著となったことがわかる。地方自治体で区切って観察するかぎり、おおむね構造的な支持傾向が継続しているといえるだろう。

(注)Y軸はMAS候補の得票率。X軸は自治体ごとの投票数(対数スケール)。灰色三角はサンタクルス、ベニ、タリハ、パンド、黒丸はその他の県。

(出所)選挙裁判所のデータをもとに筆者作成。

こうした構造的な支持傾向は、表1にあるように、2005年以降の国政選挙でMAS候補がつねに首位得票を得てきたことを端的に説明する。もっとも2019年選挙では、次点の反MAS候補であるカルロス・メサが36.5%と比較的高い得票率を示している。これは、エボ・モラレスによる立候補を正当視しない投票者が増え、反MAS派のあいだで一定程度の支持集約がみられたことによると考えられる。

(注)括弧内は政党名。MAS:社会主義運動、Podemos:民主社会権力、PPB-CN:ボリビア進歩計画―国民統合、UN:国民統一、CC:市民共同体。

(出所)選挙裁判所のデータをもとに筆者作成。

このような西と東の対立は、2000年代の新憲法制定過程でいったん顕著になったが、その後は比較的穏やかであった。その理由としては、2009年憲法がこの構造的対立のバランスを取る形で作られたこと3、地方自治の基本ルールが確立したこと、好景気によって分配可能な財源が潤沢だったこと、そして多くの場合MASが大統領選挙で過半数を確保したことにあった。選挙制度では、2005年選挙までは一次選挙での過半数得票、憲法が改正された2009年以降は一次選挙で首位得票者が過半数を獲得するか、あるいは40%以上の得票かつ次点とのあいだに10%ポイント以上の差を有する場合には決選投票を要しないと、それぞれ憲法に定められている。MASの支持が40%を大きく超えるかぎりは、構造的対立があるとしても、選挙によって統治者選出や政策決定は解決できると考えられてきた。

しかし2019年選挙では、選挙による解決が難しい状況が生まれた。次節で述べるように、この選挙ではエボ・モラレスの立候補が当初から疑問視され、選挙裁判所の中立性も疑われた。こうした状況にあって反MAS派は反モラレスという争点に沿って、ある程度まで単一候補に支持を収斂させることに成功し、まさに首位と次点の得票率の差が10%ポイントに接近する状況が生まれた。もし決選投票に進むことになれば、反MAS候補が票を集めて当選することもありえたのである4

2019年選挙については選挙不正の有無が激しく論じられており、それは確かに重要な論点である。しかしその背景には、西と東、農村と都市のあいだでの構造的対立がある。この構造的要因があるために、以下で述べるように選挙プロセスの正当性が疑われるなどの条件によっては、選挙が解決を与えられない危険性を孕んでいる。以下では、2019年選挙についてなぜ解決を与えることが困難となったのかを検討し、その後2020年選挙で解決が与えられた理由を指摘する。

2. 2019年選挙の問題

MASやその政権は、元々モラレスによる個人独裁ではない。MASは農民組合などの社会組織を基盤として多様な立場を包摂的に取り入れる形で作られ、長期政権化するなかでも、支持集団である社会組織の発言力はそれなりに存在した。たとえばAnria(2019)によれば、MAS党内では候補者の選出や政策決定について、農民組合や労組、住民組織といった支持集団の意向が反映される場合がある。また大統領選挙でモラレスに投票する有権者のなかには、小選挙区制の下院議員選挙では別の政党候補に投票するものがおり、実利を重んじた投票行動が広くみられる(舟木2015; Corral, Sánchez and Pérez 2016)。しかし、長期政権下で多様な利害関心を有する社会組織との交渉や調整がつねに必要とされるなかで、その中心にあったモラレスに対する社会組織からの信頼は次第に唯一無二のものとなっていったと考えられる。

2019年選挙では、そうしたモラレスを大統領職にとどめておきたいとの思惑からMASによるイレギュラーな立候補工作が行われたが、それは選挙の正当性を疑わしめることになった。MASは2009年憲法で明確に禁止された新憲法下での3度目のモラレス立候補を可能とすべく、2016年2月21日に国民投票に打って出たが、僅差で否決された。するとMASは、米州人権規約第23条に定められた人権に該当するためにモラレスの立候補は可能であるとの訴えを憲法裁判所に提起し、2017年11月に憲法裁判所がこれを認める判決を下した5。その後、2018年12月に選挙裁判所はモラレスの立候補を認める決定を行った。こうしたMASによるモラレス擁立工作は、当初より選挙プロセスに疑義を投げかけた。国民投票で否決したはずだと訴える市民は、「21F(2月21日の意)」をスローガンに抗議を繰り返した。選挙裁判所のなかでも意見対立があり、2018〜19年にかけて複数の判事が辞任したり、情報データ担当者が解任されたりするなどの疑わしい事態が起きた。

さらに2019年選挙には別の問題もあった。2019年選挙では、紙による公式開票に加えて電子速報が導入されたが、その不規則な運用が選挙プロセスに対する疑いを決定的なものとした(了泉庵 2020)。選挙当日10月20日の19時40分、電子速報は全票数の83.76%まで報告された段階で特段の理由説明なく更新が停止された。その時点でMASが45.71%、反MAS派の市民共同体(Comunidad Ciudadana: CC)は37.84%であった(了泉庵 2020)。翌21日午後、選挙裁判所は電子速報の報告を再開するが、その時点で95.62%まで開票が進んでおり、MASが46.87%、CCが36.73%となっていた(了泉庵 2020)。一昼夜にして首位と次点との得票率差が10%ポイント未満から以上に拡大していたことを受け、21日夜、米州機構の選挙監視団は懸念を表明した。こうした一連の動きは、反MAS派支持者にとって票の操作を疑わしめるのに十分だった。21日より各都市で抗議デモが起き、一部の警察が抗議側についたり、選挙裁判所が襲撃されたりと混乱が増した。11月1日発表の公式開票結果ではMAS47.08%、CC36.51%となり、決選投票を待たずにモラレスの当選が決まったが、抗議行動が収まる様子はなかった。11月10日、モラレス大統領は選挙のやり直しを発表するも、反モラレス派はこれを拒否したため、モラレスは辞任を表明し、メキシコに亡命した。

憲法によれば大統領の恒久的不在にあっては、副大統領、上院議長といった順番で継承順位が定められているが、副大統領は大統領とともに亡命、上下院議長と上院第一副議長は辞職したので、11月12日に反MAS派でベニ県出身のアニェス上院第二副議長が暫定大統領に就任した。11月24日、新たな選挙の実施と新たな選挙裁判所判事の任命についての法案が可決され、12月20日にはサルバドール・ロメロ(Salvador Romero)が選挙裁判所長官に就任した。

選挙不正の有無は重要な論点であり、国内外で盛んな議論が繰り広げられてきた(詳しくは宮地 2020参照)。ちなみに、1975〜2006年に世界中で行われた765件の選挙を分析したBeaulieu(2014)は、選挙不正の有無にかかわらず、野党が結束し、かつ選挙民の支持を得ているような状況下で与党が選挙で勝つ場合には、選挙後の抗議行動が起きやすいとされる。MAS派と反MAS派のあいだで構造的対立があり、さらに憲法上定められた決選投票の有無の閾値に極めて近づいたことで、潜在的な対立が抗議行動に顕在化する可能性が極めて高くなったといえるだろう。選挙プロセスについての疑いが、この可能性を決定的なものとしたことはいうまでもない。

3. 2020年選挙までの1年間

混乱のなかで発足したアニェス政権は、やり直し選挙のための「選挙管理政権」となることが期待された。アニェス政権によって任命されたロメロ選挙裁判所長官は、2004年から2008年の混乱期にも長官を務めた経歴を持ち、信用失墜した選挙裁判所を立て直すことができる稀有な人材といえた。ロメロ長官は、就任直後に、やり直し選挙を同年5月3日に実施する予定であると発表した。この間、2019年選挙が無効となり2014年に選出されてから5年間の任期が切れることになっていた(アニェス自身を含む)国会議員について、憲法裁判所は1月15日に暫定的な任期延長を認めた。

モラレス不在のなかでMASの正副大統領候補が誰になるかは注目を集めた。2020年1月11日にオルロで開催された集会では、一部党員らがダビド・チョケワンカ(David Choquehuanca)を大統領候補に、コチャバンバ県チャパレ地方のコカ農民組合のアンドロニコ・ロドリゲス(Andrónico Rodríguez)を副大統領候補に推した。その一方で、ロドリゲスを大統領候補、アルセを副大統領候補として支持する党員もいた。しかし1月19日、モラレスは亡命中のブエノスアイレスで開いたMASの集会においてアルセを大統領候補に、チョケワンカを副大統領として指名した。指名に際し、モラレスはアルセについて「国の経済を保証することができる人物」であると評し、さらに先住民系のチョケワンカとの組み合わせについては「科学的知識と先住民的知識の組み合わせであり、変化のプロセスを継続させるための、都市と農村の団結である」と述べた6

他方でアニェス暫定大統領も、2020年1月24日に自らやり直し選挙に立候補することを発表した。選挙管理政権であるはずのアニェス政権が党派的姿勢を示すようになったことで、同政権による迫害を恐れたMASとの対決姿勢が鮮明となっていく。すでにモラレス亡命直後の2019年11月半ばには、コチャバンバ県サカバ(Sacaba)とラパス県センカタ(Senkata)で起きたMAS派による抗議デモに対して、アニェスが軍による武力行使について免責する旨の大統領令を出しており、その後の鎮圧で10人を超える死者が出たことから、暫定政権とMAS派との緊張は高まっていた。さらにアニェスが任命した内務大臣(検察を所管)が上記の抗議デモの扇情や汚職などの疑いで前政権の閣僚らを逮捕する姿勢を示すと、2020年1月に国会の多数派であるMAS党議員らは前政権関係者の免罪を認める法律を議会で可決した(その後、行政府が憲法裁判所に付託し施行を停止)。この間、複数の前政権閣僚が逮捕されたり、国外に亡命していた反MAS派の政治家が帰国するなどの動きもあった。

その一方で、2020年3月より新型コロナウイルスへの感染が急速に拡大し、強制的な外出制限を含む厳しいロックダウン政策が取られた。5月3日予定の選挙は9月6日に延期されたが、8月後半まで感染拡大が止まらなかったこともあり、10月18日に再延期された。

この間、アニェス政権に対して汚職の疑いが指摘されるようになった。大統領から任命されたボリビア電信電話公社(Empresa Nacional de Telecomunicaciones: ENTEL)の総裁らが刑事告発され、教育次官が省内の複数のポストを「売却」していた疑いにより逮捕された。なかでも、2020年5月にスペインから輸入された人工呼吸器170台が割高な価格で調達されたとして保健大臣他9名が更迭および逮捕されたことは、大きく報じられた。世論調査でも、「モラレス政権時代と同じ程度の汚職が存在する」との回答が35%、「モラレス政権時代よりも増加した」との回答が33%あった7。党派的な態度や汚職の疑いによる不信感は、新型コロナウイルスの感染が抑えられていないことと相まって、アニェス政権に対する批判を高めた。そうした流れのなか、政府による選挙延期に反対するMAS派の道路封鎖によって緊急患者の対応が滞るなどの混乱も生まれた。

一方MASは、前経済・財政大臣としてのアルセを前面に押し出すことで、経済回復戦略をアピールし、街頭のみならずSNSやYouTube広告も利用した大規模な選挙キャンペーンを展開した。アルセは、モラレス政権期と同様に、天然資源国家管理の維持、リチウムの産業化、公共投資の増加による雇用の創出を政権公約とし、さらにパンデミックに伴う貧困増加の実態を受けて、一人あたり1000ボリビアーノス(約144米ドル)の給付金や一部の富裕層を対象とした高価資産税の導入をアピールした。他方で、アニェス暫定政権がIMFからの借款を調達しようとした際には立法府での法案可決を阻んだり、同政権には民営化推進の兆候があると批判するなどの対決姿勢を取り、アニェスに対するネガティブキャンペーンを展開した。

4. 2020年大統領選挙とその結果

2020年の選挙直前にフビレオ財団(Fundación Jubileo)が実施した世論調査によれば、選挙直前の段階でアルセが約3割の支持を得ていた(表2)。他方で、反MAS派のあいだでは2019年選挙でみられたような結束がなくなり、独自に大統領候補や国会議員候補を立てる状況となった。最終的にはアニェスら3候補が辞退し、5人の候補者によって10月18日に大統領選挙が行われた。

(注)サンプルサイズは9月15,979、10月15,553。括弧内は政党名。MAS:社会主義運動、CC:市民共同体、Creemos:我らは信じる、Juntos:共に、FPV:勝利戦線、LD:自由と民主、ADN:民主国民行動、PAN-BOL:ボリビア国民行動。

(出所)フビレオ財団プレスリリースをもとに筆者作成。

事前の世論調査では決選投票にもつれ込む可能性も示唆されていたが、実際の開票結果ではMASが55.1%を得票してアルセの圧勝に終わった。国会では、MASが上院で58.3%、下院で57.7%の議席を獲得した。大統領選挙について各県ごとの得票率を比較すると、MASは支持が固いとされる西部5県および東部のパンドで勝利を収め、反MAS派はサンタクルス、タリハ、ベニの3県で勝利した。

MASの勝因について、以下の3点を指摘したい。第1に、MASの持つ固定票と選挙における動員力である。表3からも明らかなように、各県ごとの得票率はMAS派の西部と反MAS派の東部という構造的な支持基盤をおおむね反映した結果となった。さらに、8月に行われたパヒナ・シエテ紙の世論調査で「投票に行く」と回答した割合は反MAS派政党の支持者では7割程度であったが、MAS支持者では9割以上だった。また「選挙監視員になる用意があるか」という問いに対して「ある」と答えた割合は、反MAS派支持者で30%前後である一方で、MAS支持者では66%だった。この結果の解釈は一様ではないが、MASは反MAS派より強い組織的な動員力を有している可能性が読み取れる。

(注)カッコ内は政党名。政党名は表1および表2の注参照。

(出所)選挙裁判所の公式集計をもとに筆者作成。

第2に、パンデミックの影響により、とくに都市部で悪化した失業率の影響が指摘される(Rojas 2021)。2020年度の年間失業率は8.4%を記録し、最も深刻であった8月の失業率は11.8%に達した。これはフォーマル部門の約40万人以上が失業したことを意味する8。経済投票理論によれば、経済の悪化は現職候補の得票率を下げることが想定され、まさにアニェスをはじめとする反MAS派への批判票が増加したことが推測される。他方でアルセは、好景気時代に経済・財政大臣を務めたことから「経済を保証」しうる人物として魅力的であったかもしれない。

第3の要因として、反MAS派政党間の結束消失が挙げられる。最終的にアニェスらは選挙直前に立候補辞退したものの、反MAS派のあいだで2019年のような票の集約は起こらなかった。メサは、反MAS派の大票田であるサンタクルス県において2019年には全有効投票数の46.9%を得たが、2020年には17.3%まで落ち込んだ。その一方で別の反MAS派候補であるカマチョが同県において45.1%を得票しており(表3)、サンタクルスの反MAS票がカマチョとメサに分散したことが読み取れる。反MAS派の結束度が異なった理由は2点考えられる。メサがラパス市など西部諸県の都市部を支持基盤とするのに対して、カマチョは東部のサンタクルス市を中心とした支持基盤を有し、地方アイデンティティや政策志向の違いが指摘できる。また、2019年にはモラレスの度重なる立候補が問題とされ、その再選阻止という単独争点が明確であったが、2020年選挙ではモラレスが亡命状態にあったため、この争点が失われた。

その一方でMASは、体制を立て直して積極的な選挙キャンペーンを展開した。アルセやチョケワンカらは、モラレスをはじめとする前政権の閣僚らが政界に戻らないことを明言し、各メディアを通じて新たなMASとしての姿勢を示した。また、前述したモラレスのブエノスアイレスでの発言からは、農村部のみならず都市部での票も重視しており、アルセとチョケワンカの組み合わせにより包摂的な票の獲得をめざしたことが読み取れる。相次ぐ選挙延期によって2020年選挙まで1年間あったなかで、アニェス暫定政権側の敵失もあって反MAS派の結束が弱体化した一方、MASは息を吹き返すための時間を得ることができた。

2021年1月22日に年頭教書演説を行うルイス・アルセ新大統領(AP/アフロ)。

5. アルセ政権の課題

過半数での勝利を収めたアルセ政権だが、今後想定される課題は多岐にわたる。以下では、4点を重要な課題として指摘する。

第1に、アルセ政権に寄せられる最大の期待は、パンデミックとそれに起因する経済危機からの一刻も早い回復である。アルセは、政権発足翌日から主要なMAS派の社会組織との交渉に臨み、2年間で経済回復を達成すること、その代わりに政治的利益追求(各セクターからの大臣任命等)に対応しないことで合意した。しかるに、2年のあいだに経済回復を達成できるかどうかが、政権にとっての最重要課題である。政権発足後の100日間は、給付金の支給、付加価値税の還付およびローン支払いの延期等の対処療法が用いられたが、いずれ中長期的な対策が必要になると考えられる。

アルセは自らが2015年に公刊した書籍に基づく「生産的コミュニティ社会経済モデル(El modelo económico social comunitario productivo)」(Arce 2015)を提唱するが、その中身は天然資源等からの財源を公共投資に充て、内需と雇用を創出し、産業を活性化させることにより経済の回復を目指すものであり、基本的にはモラレス政権期の経済政策を踏襲すると想定してよいだろう。しかし、2015年以降は資源ブームが一旦終焉し、徐々に財政赤字と対外債務が増加しており、財源の確保が喫緊の課題となっている。天然資源の国有化は、民間部門からの投資環境を悪化させ、新規油田や鉱山開発の停滞を招いており、経済モデルの基盤は失われつつある。2020年末には伯ペトロブラス(Petrobras)社とのガス売買契約が更新されたものの、パンデミックの影響による国際価格の下落と国内埋蔵量減少による生産能力低下の影響を受けて取引額は減少する見込みである。アルセ政権は、対外債務支払いの延期を国際機関に求めるほか、中国やロシアによる投資を受けて、バイオディーゼルをはじめとする大規模計画を活性化しようと試みている。また同政権は、中長期的な経済回復戦略としてエネルギーおよび電力部門の開発を強化し始めた。ボリビア国内の電力事情は、2010年代の逼迫した状況から余剰電力を生み出すところまで改善しており、アルセ政権は太陽光、水力、風力、地熱等の再生可能エネルギーにも高い関心を示している。ボリビア国内の電力需要は1,600MW程度であるのに対して、炭化水素・エネルギー省は3,500MWへの電力生産拡充を打ち出しており、余剰電力を近隣諸国へ輸出することによる外貨獲得が目指されている。

第2に、2019年選挙で顕在化した構造的対立は、依然として政治的緊張を与え続けている。2021年3月から4月にかけて行われた地方選挙で、MASは336自治体のうち240で勝利を収めた一方で、東部の県知事や都市部の市長に関しては反MAS派に押される結果となった。とりわけカマチョ新サンタクルス県知事は、連邦主義の推進や徴税自治権(Pacto Fiscal)の獲得、そして他県知事との連合を繰り返し発言しており、中央政府との対立が一層深刻化する可能性が高い。2021年2月から3月上旬にかけては、サンタクルス県の大豆農家らが価格規制の撤廃を求めて道路封鎖を展開し、3月中旬以降はアニェス元大統領らが逮捕されたことをめぐって、サンタクルス市内で大規模な抗議集会が行われた。

このような対立構造が長期的に継続する場合、第3の課題が想起される。2019年選挙における紛争は、選挙制度が信頼されず、利害調整制度として機能しなかったことが一因である。今後もMASが多くの国民から疑問視される政治手法をとったり、とりわけ選挙裁判所の中立性を疑わしめたりするようなことがあれば、選挙による解決が困難になる恐れがある。たとえMASが国会で過半数を得ているとしても、過度に党派的でアンフェアな決定や市民の多くが疑問視するような政権運営を行う場合には、街頭での抗議は増えるだろう。

第4の課題は、社会組織との交渉である。ボリビア経済が危機的状況にあるなかで、各社会組織からの要求にいかに対応するかは、アルセ政権の政策実行能力に影響する。すでに2021年1月には、パンデミックの影響を受け、借金返済期限の延長を求める公共交通機関の運転手組合らが大規模な抗議運動を実施した。また同時期、失業者らを中心とする市民らも年金の早期引き出しを求め抗議運動を展開したが、政府がいずれの要求に対しても応える形で決着した。2月上旬からは、立法府で可決された「衛生緊急事態法」について、同法律が国家による医療セクターへのコントロールを強め、地方自治や抗議の権利を脅かし得るものであるとの理由から、医療従事者らが大規模なストライキを実施した。こうした社会組織による抗議の高まりは、政府の政策実行能力を低下させ、場合によっては経済回復のみならず政権の安定性を脅かす可能性がある。

以上に加えて、アルセ政権における大統領と副大統領、そして選挙後の2020年11月に帰国したモラレスとの関係が今後注視される。基本的にはアルセが経済回復や政策にかかる技術的な役割を担い、チョケワンカが先住民性を代表し、モラレスは社会組織間の調整や支持動員を行うといった形で、3者間では役割分担と組織内調整が機能していると考えられる。今後も、山積する課題について、政権トップが政策決定に利害関係を有する社会組織との交渉を行わなければならない場面があるだろう。そうした場合には、とくに組織的な抗議動員能力が高いために意向を無視しがたい社会組織との交渉や調整において、モラレスが重要な役割を果たすと考えられる。モラレスは、政府内の役職を有してはいないが、14年間大統領として社会組織と清濁併せ呑むような交渉をしてきたことについて、社会組織から個人的な信頼があると想定されるためである。今後モラレスが改めて選挙に打って出るかなどを含め、その動向については目が離せない。

おわりに

本稿では、MAS派と反MAS派の対立構造、2019年選挙の混乱の理由、2020年選挙でMAS派が過半数得票を得て政権を奪還した要因を検討した。MAS政権が返り咲いた背景には、パンデミックとそれに起因する経済危機の渦中でアニェス暫定政権や反MAS派への失望が高まり、逆にルイス・アルセ候補への期待感が高まったこともあった。

アルセ政権に対する国民の期待は高いが、同政権が直面する課題も多く、今後の政権運営には注視する必要がある。また、2019年に顕在化した対立構造は今後も続くと予想されるため、MAS派が過度に党派対立を鮮明にすれば、今後緊張が高まる恐れもある。意見の対立は構造的な背景もあるために避けられないと考えられるが、選挙裁判所の中立性などの基本的な部分にまで疑いが生じると、選挙によって解決を与えられない事態が生まれかねない。社会構造に根ざした対立が政権運営に与える影響を抑えること、ならびに選挙プロセスの正当性を掘り崩さないことについての配慮は、とくに権力者側に必要であるだろう。

課題山積みの状況で政権を発足させたアルセ大統領が、党派対立にどのように向き合うか、安定的な政権運営を実現できるかには注視が必要である。ハネムーン期間とされる100日が経過した2月には、アルセ大統領の経済戦略に対する疑問の声が上がり始めた。資源依存の経済モデルが継続するとみられるが、炭化水素や鉱業部門の開発は停滞しているため、アルセの掲げる経済モデルをいかに機能させるかは難しい課題である。経済回復の実感を国民に与えることができるかどうかも、今後重要になるだろう。

付記

本稿は、著者らの個人的見解に基づくものであり、外務省ならびに在ボリビア日本国大使館の立場や見解とは一切関係ない。

本文の注
1  選挙裁判所の2019年11月1日の公式発表による。なお、2019年選挙の投票率は88.3%、2020年選挙は88.4%とほぼ同様である。義務投票であり、投票しない場合には社会保障受給などの公的手続き面で支障が生じる。

2  MASの得票数をみても、2019年選挙は289万票、2020年選挙は339万票であった。いずれも選挙裁判所の公式発表による。

3  2009年憲法は、制定過程においてMAS派と反MAS派の対立が高まったが、最終的には国会で両者参加のもと逐条審議が行われた。結果として、ベネズエラやエクアドルの同時期の憲法改正と比べても大統領権限の強化を避けてバランスをとる憲法になったとされる(Corrales 2018)。

4  2016年の国民投票でエボ・モラレスの再立候補への支持が50%に届かなかったことは、このシナリオの蓋然性を高めたと考えてよいだろう。

5  このような米州人権規約の解釈は、2003年にコスタリカ、2009年にニカラグア、2015年にホンジュラスの国内裁判所でも行われている。

参考文献
 
© 2021 日本貿易振興機構アジア経済研究所
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