ラテンアメリカ・レポート
Online ISSN : 2434-0812
Print ISSN : 0910-3317
論稿
ペルーにおける公共事業によるインフラ整備推進への試み
清水 達也
著者情報
解説誌・一般情報誌 フリー HTML

2021 年 38 巻 1 号 p. 44-58

詳細
要約

ペルーでは近年、財政に余裕があるにもかかわらず、公共事業による社会経済インフラの整備が進んでいない。2020年以降はコロナ禍で医療施設の不足が問題となったが、2010年代に入って公共事業として整備に取り組んだ49の病院建設のうち、これまでに稼働しているのは3分の1に満たない。2016年に始まったクチンスキ政権が優先課題として取り組んだ大規模インフラプロジェクトも、相次いで遅延または頓挫している。

ペルー政府は2000年代以降、公共事業の推進に向けたさまざまな取り組みを行ってきた。事業を一括して民間企業に委ねる官民連携や、民間企業による納税に代わる公共事業など、民間部門のノウハウを取り入れることで、従来の政府調達による公共事業の問題を克服しようと試みてきた。しかしこれらの取り組みでも、さまざまな問題が生じている。

このような状況のなかで最近注目を浴びているのが、外国政府からの支援を受けて大規模な公共事業を実施する政府間合意という方法である。2019年パンアメリカン競技大会をリマで開催するために、ペルー政府はこの方法を用いて準備を進め、大会を成功させた。今後はほかの公共事業でもこの方法を採用することで、大規模なインフラ整備の加速を目指している。

はじめに

2020年のコロナ禍においてペルー国内で顕在化した問題の1つが、病院をはじめとする医療施設の不足であった。公立病院では病床が足りず、敷地内に張ったテントに患者を収容した。それでも十分な数の病床を確保できず、門外には治療を求める患者があふれた。医療用酸素の供給も不足し、酸素を供給する拠点の前には空の酸素ボンベを抱えた患者の家族が何日も長い行列を作った。ペルーの全国インフラ促進協会(Asociación para el Fomento de la Infraestructura Nacional: AFIN)の調べによると、2010年から2019年に始まった全国で49件の病院建設事業のうち、完成したのは17件で、このうち稼働しているのは15件にとどまっている。未完成の32件のうち、予定どおり進んでいるのは2件のみで、16件が遅延、4件が停止、8件が契約解除、2件が情報なしとなっている(Maraví 2020)。

2010年代前半までの資源ブームによる経済成長のおかげで財政収入が増加し、政府はインフラ整備に必要な資金を確保することができた。そこでペルー政府は、民間企業のノウハウを公共事業の実施に活用する官民連携(Public-Private Partnership: PPP1)などの方法を採用し、インフラ整備の加速を目指した。PPPを採用した代表的な例が、ペトロ・パブロ・クチンスキ政権(Pedro Pablo Kuczynski、2016~18年)が推進した4つの大型公共事業(メガプロジェクト)である。政権開始後100日間の成果を発表した文書では、上下水道や道路網の整備のほか、リマ市内の地下鉄であるリマメトロ2号線の工事の建設速度が大幅に加速したことを強調した2

しかし2021年6月現在、いずれのメガプロジェクトも頓挫または遅延している。その要因の1つが、ブラジルのゼネコン、オデブレヒト社(Odebrecht)による汚職事件である。同社はペルーでもいくつかの公共事業にかかわっていたが、汚職事件の捜査の影響で事業を継続できなくなった。その結果、同社が受注したいくつかのプロジェクトが停止した。クチンスキ大統領自身も、以前に同社から報酬を受け取っていたことが明らかになり、2018年3月に大統領を辞職した。その後も政治危機が続いたことが影響し、多くの公共事業が予定どおりに進んでいない。

メガプロジェクトが頓挫・遅延した一方で、例外的に成功したプロジェクトがある。2019年7~8月にリマで開催されたパンアメリカン競技大会(Juegos Panamericanos y Parapanamericanos 2019)である。開催の3年ほど前までは準備の遅れが問題となっていた。しかしペルー政府は、政府間合意(Acuerdo de Gobierno a Gobierno: G2G)という方法を用いて、英国政府の支援を受けることで、予定どおりに実施することができた。これをきっかけとして政府間合意に対する期待が高まり、ペルー政府はほかのインフラ整備事業でもこの方法の採用をすすめている。

そこで本稿では、まずメガプロジェクトがうまくいかなかった経緯を振り返る。つぎに、ペルーにおける公共事業に関するこれまでの試みを概観し、従来の政府調達や官民連携などの公共事業の実施方法を比較しながら、その成果を確認する。最後に、パンアメリカン競技大会でペルー政府が導入した政府間合意の方法を紹介し、その特徴と今後の取り組みを説明する。

1. メガプロジェクトの頓挫と遅延

資源ブームによる景気拡大により財政収入が増加し、ペルーの基礎的財政収支(プライマリーバランス)は2002年~14年の間、リーマンショックによる世界金融危機の影響を受けた2009年を除いて黒字を記録した。ペルー政府は財源を確保できていたにもかかわらず、この間にペルーの社会経済基盤の整備、とくに公共事業による大型インフラ整備プロジェクトを進めることができなかった。

その代表的な事例が、クチンスキ政権が事業の推進に取り組んだ4つのメガプロジェクトである。クチンスキ大統領はオックスフォード大学を卒業し、プリンストン大学で修士号を取得後、国際金融機関で経験を積んだ。1980年代にはエネルギー・鉱山大臣、最近ではトレド政権(2001~06年)で経済財政相と首相を務めた実績があり、実務能力が高い大統領として国民の期待を集めた。大統領就任後には、当時実施が遅れていたメガプロジェクトに注目し、2021年の独立200周年にむけて、さまざまな障害を取り除いてインフラ整備を加速することを政権の優先課題として掲げた。

しかし結論からいうと、いずれのプロジェクトも頓挫ないしは遅延している。どのような理由により頓挫や遅延が生じたのか、それぞれについて検討する。

(1) 南部ガスパイプライン

ペルーが取り組んだ公共事業のなかでも最大級のプロジェクトの1つが、南部ガスパイプライン(Gasoducto Sur Peruano)の建設である。ペルー南東部のセルバ(アマゾンの熱帯低地)で産出する天然ガスを南部の海岸部まで輸送する1000キロのパイプラインを建設し、発電、工場、家庭、自動車などで利用するプロジェクトである。天然ガスは現在、輸出用やリマを中心とする中部の海岸地域で発電などに利用されている。これをアンデス地域や南部の都市に供給して、より多くの人々が安価なエネルギーを利用できるようにするのがこのプロジェクトの目的である。

ブラジル最大手のゼネコンであるオデブレヒト社などが参加するコンソーシアムが落札し、2014年に73億ドルで契約を結んで2015年に建設を開始した。しかし同社が汚職調査の対象となったことで、コンソーシアムは新規に資金を調達できなくなり、進捗度35%で工事が停止した。2017年にペルー政府はコンソーシアムとの契約を解除したため、建設のために集められたパイプラインなどの資材は、現場に放置されたままの状態となっている。政府は事業規模を45億ドルに縮小したプロジェクトを計画しており、新たに入札にかけて業者を選定し、2024年の操業開始を目指すとしている3

(2) リマメトロ2号線

2つめは、リマ市内の東西を結ぶ全長35キロメートルの地下鉄、リマメトロ2号線(Línea 2 de Lima Metro)の建設である。リマ首都圏は人口1000万人を抱えるにもかかわらず、大量輸送が可能な公共交通機関の整備が遅れていて、交通渋滞が深刻な問題となっている。2010年に専用道を走る大型連結バスによるBRT(Bus Rapid Transit)方式のメトロポリタノ(Metropolitano)、2011年には高架鉄道のリマメトロ1号線が開通した。しかし両路線は並行して市内を南北に結んでいるため、東西を結ぶ道路の渋滞は緩和されていない。東西の移動時間を大きく短縮できると期待されているのが2号線である。

2014年にスペイン、イタリア、ペルー企業によるコンソーシアムが57億ドルで落札して建設を開始した。当初は2020年に全線開業の予定だったが、2020年末の進捗状況は36%にとどまっている(Gobierno del Perú 2020)。コンソーシアムは、政府が早期に土地取得を完了できなかったことが遅れた原因だと主張して、余分に発生した費用をまかなうための補償金をペルー政府に要求している。一方で政府は、土地取得の前でも各種の調査が可能だったとして双方の主張が対立している4。2018年には全線開業を2024年に延期するよう契約書を変更している。

リマメトロ2号線の建設は、ほかのラテンアメリカ諸国の地下鉄と比べても建設に時間がかかっている。新聞報道によれば、ラテンアメリカ主要都市の地下鉄の建設速度(総延長を建設年数で割ったもの)を比較すると、パナマシティの年7.0キロメートル、メキシコシティの年6.3キロメートルに対して、リマメトロ2号線は0.9キトロメートルにとどまっている。これは2022年に開業予定のエクアドル・キトの2.2キロメートルの半分以下である5

(3) リマ国際空港拡張

3つめは増加する観光客に対応するためのリマ国際空港の拡張工事である。同空港に1年間に離着陸する航空機の便数と利用者数は、2001年の6万1200便、427万人、(1日168便、1万1700人)から、2019年には19万3400便、2362万人、(1日530便、6万4700人)へと大幅に増えた(OSITRAN 2020)。そのため、滑走路や搭乗口の不足や出入国時の混雑が問題となっている。

2001年、ドイツ、米国、ペルー企業によるコンソーシアム、リマ・エアポート・パートナーズ(Lima Airport Partners: LAP)がペルー政府と契約を結び、空港設備の拡張に加えて30年間の運営と維持管理を担当することになった。段階的な拡張計画にもとづき、2009年までに終了した第1段階では、ターミナルの拡張、VIPラウンジや商業エリアの新設、出入国管理ブースの増設、エアポートホテルの建設などを、ほぼ当初の予定どおりに実施した(Suárez Alemán et al. 2019)。

しかし2009年以降の第2段階、2018年以降の第3段階の計画が大幅に遅れている。第2段階では、搭乗口の増設や航空機の誘導路の拡張が予定されていた。しかし拡張に必要な空港周辺の土地を政府が取得することができなかったために工事が滞った。LAPは第2段階に5億2500万ドルを投資する予定だったが、実際の投資額は1億4200万ドルと計画の27%にとどまった。この影響で第3段階の実施も遅れている。第3段階では、第2滑走路と新管制塔のほか、現在の3倍の規模をもつ新ターミナル、新しいエアポートホテル、コンベンションセンターなどの建設も計画している。

2018年10月、政府はようやく空港の拡張に必要なすべての土地の取得を終えてLAPに移譲した。今後LAPは第2、第3段階の工事を進めるが、拡張工事が完了し新ターミナルが開業するのは、当初より3年遅れの2025年を見込んでいる6。この遅延にともないLAPは、政府と契約条件について再交渉し、空港を運営する期間を10年間延長して40年間とすることで合意した。

(4) クスコ新空港

4つめが、ペルーで最も人気の高い観光資源であるマチュピチュへの入り口となる新空港の建設プロジェクトである。現在は多くの観光客が、クスコ市内にあるクスコ空港に到着し、そこからバスと列車を乗り継いでマチュピチュへ移動している。観光客の増加にともない空港の能力増強が必要となっているが、クスコ空港は市街地の真ん中に位置していて拡張ができない。そこでペルー政府は、クスコ市からマチュピチュへ向かう途中に位置するチンチェロ地区に新たな空港の建設を計画した。

空港建設の構想自体は1970年代からあったものの、建設プロジェクトが実際に動き出したのは2010年代に入ってからである。アルゼンチンとペルー企業のコンソーシアムであるクントゥルワシ社(Kuntur Wasi)が2014年7月に契約を結び、5年間で建設、その後40年にわたって運営、維持管理することになった。しかしこの契約は資金調達の段階でつまずいた7

契約によると、クントゥルワシ社が銀行などから資金を調達して空港を建設し、空港が開業したのち15年間にわたって、ペルー政府がその資金を支払うことになっていた。政府は金利が10%弱になると見込んでいたが、同社は金利が22%の資金しか調達できず、両者は金利水準で合意ができなかった。契約書は資金調達の合意までの期限を定めていなかったため、プロジェクトはそこで停止したままになった。

2016年に成立したクチンスキ政権はこのプロジェクトを進めるために、クントゥルワシ社に代わって政府が資金を調達するように契約を変更した。クチンスキ大統領は国民に対して、この契約変更によって政府が支払う金額が少なくなると説明した。しかしこの変更は、資金調達やリスクの負担を政府が担うという、クントゥルワシ社にとって有利な契約変更であった。当時の首相の姉が同社に出資するペルー企業の幹部だったことから、契約変更に署名した運輸通信省の副大臣や民間企業が共謀して政府に損害を与えたとして、検察が捜査を開始した。結局、マルティン・ビスカラ副大統領(Martín Vizcarra、のちに大統領)が運輸通信大臣を辞任、政府は契約を解除した。

2. 公共事業推進の試み

公共事業の実施を推進するために、ペルー政府はこれまでにも、さまざまな試みを行ってきた。代表的な例として挙げられるのが、官民連携や納税に代わる公共事業(Obras por Impuestos: OxI)である。いずれも民間企業のノウハウを活用する試みである。しかし前述したメガプロジェクトのように、契約手続きにかかわる透明性の欠如や稚拙な契約により、事業が進まないという問題が生じた。

(1) 官民連携の採用

官民連携は公共事業の実施に際して、これまでより多くの段階を民間部門に任せる方法である。表1に、従来の政府調達と、後述する政府間合意(G2G)を含むあわせて4つの公共事業の実施方法を示した。まず従来の政府調達では、中央政府や地方政府などの公的機関が事業を企画・計画し、資金を調達する。施設を建設する場合には、まず設計を委託する民間企業を入札によって選定する。設計が終わったら、つぎは建設でも同様に入札による選定と委託を行う。建物が完成したら仕様を満たしているか検査して、問題がなければ検収する。運営は基本的には公的機関が行うが、維持管理は入札による選定を経て専門の民間業者に委託する。

(注)PPP:官民連携、OxI:納税に代わる公共事業、G2G:政府間合意、公:公的機関、民:民間企業、→:委託。

(出所)内閣府民間資金等活用推進事業実「PPP/PFIの概要」、Chang Yong (2015); Medina Flores(2019)にもとづき筆者作成。

従来の政府調達の問題点は、実施主体である公的機関に高い能力が求められることである。公的機関が設計、建設、維持管理の各段階において仕様を詳しく定めて発注(仕様発注)し、入札手続きを繰り返し、完成後には検収する。それぞれの段階において仕様を定めて検収をする能力を備え、これらを滞りなく適切に行うことができなければ、前述の病院建設事業のように遅延や頓挫が多発する。また、それぞれの段階を別々の民間企業へ委託するこの方法では、受注した企業は、利益を増やすために費用の削減を優先するインセンティブが働くため、建設段階において手抜き工事が発生することも多い。

これらの問題を解決するためにペルー政府が2000年代に入って積極的に採用をすすめたのが、官民連携(PPP)である。これは1970年代から80年代にかけて、英国やチリの政府が公営企業を民営化し、通信、電力、下水などの公共サービスを民間企業に委託したところから始まった。当初は公共事業に必要な資金調達を民間に任せることに主眼が置かれていたことから、プライベート・ファイナンス・イニシアティブ(Private Finance Initiative: PFI)とよばれていた。その後、設計、建設、維持管理など、より幅広い段階において民間企業の参加を求めたことから、PPPという用語が一般的となった。現在では、PFIはPPPの一部分として位置づけられている(エンゲル・フィッシャー・ガレトビック 2017日本総合研究所 2017)。

PPPでは資金調達から維持管理までを一括して民間企業に委託することで効率性を高められる。入札手続きの回数が少なくすむほか、この契約で受注した民間企業は、建設だけでなく維持管理も含めたプロジェクトのライフサイクル全体にわたって費用を削減しようとするため、従来の政府調達で生じていたような建設時の手抜き工事のインセンティブが生じない。逆に、維持管理段階での費用を削減するために、設計段階から品質を高めるインセンティブが生じる。

また収益が生じる事業の場合は、事業を担う民間企業がその収益を活用して資金調達を行うことで、公的部門による資金調達の負担を減らしつつ施設の整備が可能になる。

このほか、設計、建設、維持管理などの各段階における仕様発注ではなく、その公共事業に期待されるサービスの内容を定める性能発注を用いるのもPPPの特徴である。これにより、各段階で細かい仕様を定めたり、検収時に細かく検査をしたりする必要がなくなる。また性能発注は「性能を満たしていれば細かな手法は問わない」8ため、費用の削減やサービスの向上において、民間企業がさまざまな創意工夫を発揮する余地がうまれる。

このような利点からPPPは注目を集めた。2020年までの25年間に世界で100カ国以上が1万件以上のインフラ整備でPPPを採用している。ラテンアメリカ諸国ではブラジル、メキシコ、チリ、コロンビア、ペルーが積極的に取り入れている(World Bank 2020)。

ペルーでは1990年代から民営化が進められていたが、PPPに関する法令が最初に整備されたのは2008年である(Suárez Alemán et al. 2019)。2008~18年にPPP方式を採用して契約を締結した公共事業は64件、214億ドルとなっている(図1)。分野別にみると、エネルギー(発電・送電)、輸送(道路)、通信(通信網)の3分野の事業が多く、この3つで件数の85%、金額の92%を占めている。2014年までは毎年5~10件、金額にして数十億ドルの公共事業が進められた。とくに2014年は、前述した南部ガスパイプライン事業のために金額が大きく増えている。

(出所)ペルー財務省(MEF)のデータから筆者作成。

(2) 納税に代わる公共事業の実施

ペルー政府は、大規模な公共事業ではPPPを推進する一方で、比較的小規模な事業では「納税に代わる公共事業(Obras por Impuestos: OxI)」を推進した。これは、民間企業が公共事業を実施し、それにかかった費用を納税したものとみなす制度である。実施する公共事業は、州や市などの地方政府や国立大学があらかじめ登録した案件リストから企業が選ぶか、企業自体が提案する。事業が決まったら、民間企業が必要な資金を調達して実施する。完了後、地方政府や大学が事業を検収してクレジットを発行し、企業は次年度以降の法人税の支払いにこのクレジットをあてることができる。中央政府は地方政府や大学へ配分する資金からこのクレジットの分を割り引くことで、公共事業にかかった費用を回収する(Ernst & Young 2020)。

この方法は地方政府や大学と民間企業の双方にメリットがある。ペルーでは2000年代になってようやく地方自治が進められたこともあり、地方政府の多くが公共事業を実施するための人材に欠いている(Contraloría General de la República s.f.)。そのため、予算を確保できても事業を実施できないことが多かった。道路や施設の建設などで経験が豊富な民間企業がOxIをすすめることで、地方政府はこれまでよりも迅速に公共事業を実施できる。

民間企業にとっても利点がある(Chang Yong 2015)。まず、企業は特定の公共事業を実施したことを宣伝することで、社会的責任を果たしていることを目に見える形でアピールできる。つぎに、その企業がビジネスを展開している自治体で公共事業を実施することで、地元への貢献をアピールできる。たとえば鉱山開発では、水質汚染などを理由に地元住民が鉱山開発に反対し、道路封鎖などの抗議活動を行う事例が頻繁に発生する。鉱山企業は環境保全対策をとるほかに、OxIによって地元の上下水道の整備や公立学校の校舎を建設することで、地域の開発に貢献していることを示せる。つまり企業は、納税という形では人々の目に触れにくかった社会的貢献を、OxIによって地元住民に明示できる。

このように企業にとっても利点が多いことから、2010年代になっていくつかの企業がOxIの実施を始めた。2009~19年に全国で212件、5億300万ドル(1件当たり平均で237万ドル)の事業が実施された。分野別の件数でみると道路(建設・舗装)、教育(校舎の建設・修繕)、上下水道が多い(図2)。社会的責任を果たすことに積極的に取り組んでいる国内の大手銀行や鉱山開発を手がける多国籍企業が主に実施している。

(3) 官民連携の問題

資源ブームによる歳入の増加に加えて、官民連携(PPP)や納税に代わる公共事業(OxI)といった新しい形態の事業実施の方法が導入されたことで公共事業によるインフラ整備が進んだ。しかし2010年代半ば以降、公共事業の実施は大幅に減少している。図1で示した大型インフラ事業が中心のPPPをみると、2015年以降の新規契約は年間1~4件、金額は20億ドル未満にとどまっている。また図2で示した小規模インフラ事業が中心のOxIも、2019年はわずか1件が実施されただけである。とくにPPPについては第1節で取り上げたメガプロジェクトのように、透明性を欠いた契約による汚職事件や稚拙な契約締結などの問題点が表面化している。

(出所)ペルー投資庁(ProInversion)のデータから筆者作成。

ブラジルの大手ゼネコン、オデブレヒト社による汚職事件は、ブラジルに加えて米国の捜査当局が捜査を進めたことで多くの真相が明らかになった。2016年に発覚したこの汚職事件は、これまでの事件と比べて規模が大きいうえ、影響の範囲も多くのラテンアメリカ諸国へと広がっている。同社はペルーで2004~15年に22件のプロジェクトにかかわった。トレド政権下の両大洋間横断道路(Carretera Interoceánica)、ガルシア政権下のリマメトロ1号線、ウマラ政権下の南部ガスパイプラインをはじめとする大型プロジェクトである。これらの公共事業に関連して2001年以降の歴代大統領が何らかの形で賄賂を受け取っていたとして現在も捜査が続いている(木下・林 2018)。

このような汚職事件は、国民の間にPPPでの公共事業実施に対する不信感を植え付け、その後に計画されていたプロジェクトの進行を妨げた。企業は汚職への関与を恐れて公共事業への入札を控えるようになった。PPP契約の当事者となる政府部局の担当者も、自身に責任が及ぶことを恐れて契約への署名を躊躇するようになった9。政府は汚職を防ぐために規則の改定を行ったが、手続きがより複雑になって時間がかかるようになったために多くの公共事業がさらに遅延した10

透明性を欠いた契約に加え、稚拙な契約締結も公共事業の進行を妨げた。PPPによるインフラ整備によって政府が本来目指すのは、完成したインフラを国民が使うことで国全体の生産性が向上することである。しかし時の政権が実績として示したりメディアが取り上げたりするのは、PPPの契約件数と契約金額である。それは、契約締結によってプロジェクトが始まると、雇用や資材販売が増えて一時的に景気がよくなるからである。しかし国民に示しやすい実績を上げるために契約を急いだことで、その後のプロジェクトの進行にさまざまな問題が生じた。リマメトロ2号線建設やリマ国際空港拡張では、政府が土地取得を完了しないまま契約を進めた。土地取得が遅延した場合の対応を契約で定めていなかったため、責任の所在をめぐって国と事業者の間で対立が生じた。クスコ新空港の事例では、契約書に金利の上限や資金調達の期限を定めていなかったために、建設までたどり着かなかった。

稚拙な契約締結によって時間がかかることは数字にも表れている。政府がPPP方式の公共事業を立案してから、入札、契約締結、そして民間企業による資金調達の完了までの時間をみると、先進国やブラジルでは16~22カ月である。一方ペルーでは平均で37カ月かかっている。そのうち、21カ月は契約締結後の資金調達にかかる期間である。また、契約後に数多くの契約変更が行われ、それによって財政負担が増すことや、それが汚職を生みやすいことも問題となっている(World Bank 2020)。

3. 政府間合意による実施

従来の政府調達や官民連携の公共事業では大型のインフラ整備がなかなか進まないなかで、最近注目されているのが政府間合意(Acuerdo de Gobierno a Gobierno: G2G)による公共事業の実施である。

2019年7~8月にリマで開催した2019年パンアメリカン競技大会は約10億ドルの大型公共事業であったが、当初は準備の遅れから開催が危ぶまれていた。そこでペルー政府は、2012年にロンドン・オリンピックを開催した英国政府に協力を要請した。両国政府は半年にわたって協議を続け、2017年4月に英国の国際通商省(Department for International Trade)が支援することで合意した。

政府間合意の時点で開会までの期間は2年3カ月に迫っていたが、英国政府の助言と英国政府が選定した企業の支援により、選手村や競技場(写真1)などのインフラ建設や、開会式・閉会式の文化イベント、選手や関係者の輸送、テレビの放映やプレスへの対応、チケットの販売などのロジスティックスの準備が順調に進んだ。そして2019年7月、19カ国から6680人の選手が参加し大会は予定どおり行われた。国内外の約76万人の観客が訪れ、これまでで最も大規模な大会となった11

政府間合意とは、ペルー政府がこれまで実施したことがない大規模なイベントや複雑なインフラ整備において、外国政府の支援を受けながら公共事業を進める方法である。外国政府に公共事業の実施をすべて委ねるのではなく、あくまでペルー政府が主体となって実施するものの、プロジェクト管理や契約手続きについては外国の政府や企業のノウハウを取り入れることで迅速な実施を目指す。前述した官民連携や納税に代わる公共事業は手続きが詳細に定められている。これに対して政府間合意は、現時点では事業ごとに法令を定めて、その枠組みのなかで担当する省庁や支援する外国政府が協議を重ねながら事業を進めている。

(出所)ペルー・パンアメリカン競技大会レジェンド特別プロジェクト(PROYECTO ESPECIAL LEGADO JUEGOS PANAMERICANOS Y PARAPANAMERICANOS)提供。

ペルー政府は以下のような流れでパンアメリカン競技大会を実施した12。まず2015年に教育省内(後に運輸通信省に移管)に「2019年パンアメリカン競技大会準備実施スペシャルプロジェクト(PEJP)13」を設けた。スペシャルプロジェクトは政府が大型公共事業の実施にあたって省庁の内部に設ける組織で、予算の執行や管理において省庁の部局と比べて自律性と柔軟性が高い。

つぎに政府は2016年11月に法令第1248号を定め、PEJPが迅速に準備を進められるように、政府間合意などの方法を採用できるようにした。これによりPEJPは、外国政府や国際機関から直接支援を受けられるようになったほか、大会実施にかかわるインフラの建設やサービス提供の契約手続きにおいて、ペルー政府が定める政府調達手続きとは異なる方法を用いることができるようになった。

PEJPは2010年代に大型のスポーツイベントを実施したメキシコ、英国、カナダ、ブラジルの各国政府にコンタクトして、政府間合意にもとづく支援を受けることができるかを打診した。このうち、英国とカナダが興味を示して支援案を提示した。ペルー政府はこれらを検討し、内容と予算にもとづいて英国を選んだ。2017年4月、パンアメリカン競技大会の実施において英国の国際通商省がPEJPに対しプロジェクト実施にかかわる技術的支援を行うことで、両者が合意・調印した。

この合意にもとづき英国際通商省は、インフラ建設やイベント開催において豊富な経験をもつ英国のコンサルティング企業3社を「デリバリーチーム」として選定した。このチームが設計、企画、ロジスティクスに関する技術的なアドバイス、インフラ建設やサービス提供を担当する企業の選定、プロジェクト管理などを支援すると同時に、それに関するノウハウをPEJPに移転した。ペルー政府はこれらの支援に対し7000万ドルを支払っている14

英国政府によるノウハウの移転のなかでも注目を集めたのが、プロジェクト管理オフィス(Project Management Office: PMO)の設置と、英国で活用されている新しい契約手続き(New Engineering Contract: NEC)の採用である。

デリバリーチームの英メイス社(Mace)が担当したPMOは、プロジェクト実施における司令塔の役割を担った。PMOは、施設の建設やサービス提供を担う企業の進捗状況、その品質やコスト、問題点など、プロジェクトにかかわる情報をすべて集約し、主催者であるPEJPと共有した。こうすることで、計画どおりに事業が進んでいるかを確認し、進行を妨げるリスクがあればこれに対処した。プロジェクト管理自体はこれまでの公共事業でも行われていたが、その重要性が十分に認識されていなかった。英国際通商省は公共事業の実施においてこの役割を重視し、これに特化した部門を置くことで、限られた時間内に競技大会に必要な施設の建設を終えて、大会を実施することができた。

NECは英国の土木建築関連の業界団体が定めた契約手続きで、2012年のロンドン・オリンピックのインフラ整備にも用いられたほか、最近では諸外国のインフラ整備事業でも採用されている(Patterson 2018)。インフラ整備に関するこれまでの契約は、責任の所在を明らかにするのが主な目的で、法律の専門家でないと契約書の内容が理解できないのが一般的だった。その結果、何か問題が生じた場合、当事者は責任を逃れるために問題を隠す傾向があった。また、それにともなって紛争が生じた場合には、これを解決する調停機関に裁定を仰ぎ、その間は工事が中断することが多かった。

これに対してNECは、プロジェクトの進行を促進することを重視し、そのための工夫を契約のなかに織り込んでいる。まず、現場の責任者でも理解できるような簡素な文章を用いている。これにより、問題が生じるたびに法律の専門家に相談する必要がなく、現場で迅速な意思決定ができる。つぎに、予定よりも費用の削減や工期の短縮ができた場合には、担当した企業が経済的インセンティブを受け取れるようになっている。また、調停機関を常設とし、事後的な裁定よりも事業の進行を恒常的に見守ることで問題を未然に防ぐことを重視した(Medina Flores 2019)。これらの工夫により、競技大会の実施に必要な選手村や競技場などのインフラが予定どおりに完成しただけでなく、PEJPは総事業費を当初予定の12億2900万ドルから10億7600万ドルに削減することができた(PEJP 2020)。

パンアメリカン競技大会の開催が成功したことを受けてペルー政府は、そのほかの大規模な公共事業においても、政府間合意を活用する方針を示した。2021年4月までに、クスコ新空港や北部海岸地域の復興事業など6件について調印した(表2)。また、リマメトロ3号線と4号線の建設についても2021年のうちに政府間合意の調印を予定している。

おわりに

2010年代前半までの資源ブームによる経済成長のおかげで増加した財政収入を経済成長に結びつけるために、ペルー政府は公共事業による社会経済インフラの整備に取り組んでいる。しかし中央政府や地方政府に公共事業を実施する能力が十分に備わっていないためにインフラ整備がなかなか進んでいない。そこでペルー政府は、これまでとは異なる方法を用いることで公共事業の推進を試みている。具体的には、資金調達とあわせて設計から建設、運営、維持管理までを一括して民間企業に委託する官民連携(PPP)や、民間企業の事業実施能力を利用した納税に代わる公共事業(OxI)である。これらの方法により比較的規模の小さな公共事業は進んだものの、大規模インフラプロジェクトについては頓挫や遅延が相次いでいた。

そこでペルー政府が注目したのが政府間合意(G2G)である。2019年パンアメリカン競技大会は、当初は準備が遅れて開催できるのかが懸念されていた。しかし政府は政府間合意によって英国政府の支援を得たことで、大会を成功させることができた。

政府間合意による公共事業の実施に関して、今後は以下の点に注目する必要がある。1つは、ほかの公共事業でもこの方法でインフラ整備を進められるかどうかである。表2で示したプロジェクトのいくつかは、パンアメリカン競技大会と比べても予算規模が大きく、技術的にも難易度が高い。また、建設だけでなく運営や維持管理が必要な案件もある。

もう1つは、政府間合意の実施を通して得たノウハウを、ペルー政府がほかの公共事業の実施にも生かしていけるかという点である。プロジェクト管理オフィス(PMO)や新しい契約手続き(NEC)というツールは、さまざまな公共事業の実施において利用できる。政府間合意による公共事業の実施を通して、ペルー政府がこれらのノウハウを吸収し、今後の公共事業で活用できれば、インフラ整備は大きく前進する。

(注)金額は1ドル=3.5ソルで換算した金額。

(出所)“Acuerdos de Gobierno a Gobierno, el mecanismo que seguirá de moda en el próximo gobierno.” semana económica, 3 de abril de 2021にもとづき筆者作成。

本文の注
1  官民連携については、ペルーではスペイン語表記のAsociación Público Privada: APPと表記されるが、ここでは日本でも使われることの多い英語表記であるPPPを用いる。

2  “PPK brindó el informe de sus primeros 100 días de gestión.RPP noticias, 26 de octubre de 2016.

5  “El metro más ‘lento’ de América Latina.El Comercio, 20 de agosto de 2020.

7  “Manual para entender el Caso Chinchero.El Comercio, 8 de septiembre de 2019.

8  内閣府民間資金等活用事業推進室「PFIの仕組み」ウェブサイト

9  ペルー・パシフィコ大学ホセ・ルイス・ボニファス教授(José Luis Bonifaz)へのインタビュー(2021年3月)。ボニファス教授は同大学修士課程(公共サービス監督・インフラ整備管理コース)の責任者。

11  2019年パンアメリカン競技大会の記録サイト

12  パンアメリカン競技大会の政府合意についてはPEJP (2020)とMedina Flores (2019; 2020)を参照した。

13  正式名称は、2019年第18回パンアメリカン競技大会・第6回パラパンアメリカン競技大会準備実施スペシャルプロジェクト(Proyecto Especial para la preparación y desarrollo de los XVIII Juegos Panamericanos y Sextos Juegos Parapanamericanos del 2019)。

参考文献
 
© 2021 日本貿易振興機構アジア経済研究所
feedback
Top