2021 年 38 巻 1 号 p. 63
ふたりの大統領、ふたつの国会、ハイパーインフレ、GDPが3年で半減する経済破綻、400万人以上の難民の脱出と、近年のベネズエラでは想像を超える複層的危機が継続している。実効支配を続けるマドゥロ政権はメディアを抑圧し、またマクロ経済指標をはじめとする現状把握に不可欠な情報を定期的に公表しなくなった。チャベス派と反チャベス派からは相反するストーリーが語られている。ましてや日本では、ベネズエラに関して圧倒的に情報が不足しており、いったい何が起きているのか、なぜそのような状況に陥ったのかを理解するのは困難だ。
本書は、このような日本におけるベネズエラ情報の不足を補い、同国が直面する危機とその背景に関する理解を深めることを目的に、執筆されたものである。チャビスタ(チャベス派)政権は20年を超え、チャベス死去後8年が経過した今でも実効支配を続けており、ベネズエラの歴史に重大なインパクトを与えるひとつのエポックとなった。それを総括する一冊でもある。
本書の第1~2章はそれぞれチャベス期、マドゥロ期のクロノロジーを、第3章はチャベスの政治思想の源泉とチャベス、マドゥロの人となりを紹介する。第4~8章は、政治、経済、石油、社会開発、外交の諸側面から、チャベス、マドゥロ期を検証する。
チャベス、マドゥロ両政権については、国内外で相反する現状認識や評価が存在する。そのなかで筆者の認識や評価の信頼性を担保するため、本書では実態を示す多くのデータが使われ、一般読者向けの選書ではありながら、多くの注で情報源が明示されている。なお、本書は電子書籍版も出版されており、そちらでは注にはられたハイパーリンクから直接情報源にアクセスすることができる。
本書のおもなメッセージは、マドゥロ政権期に激化した政治経済社会的危機の多くはチャベス期にすでに顕在化しており、その根本的原因はチャベス政権の政治運営や経済政策にあるということである。その背景には、権力の集中と諸国家権力の大統領への従属、インフォーマルな政治経済運営の常態化、それが引き起こした諸制度の弱体化・崩壊がある。その結果、法律や憲法が政権の解釈によって歪められて形骸化し、法の支配や民主主義を消滅させ、国家経済は破綻した。世界各地で民主主義の後退が注目されるなかで、民主主義はクーデターがなくても、また選挙を重ねながらも弱体化し権威主義に移行することを、本書はベネズエラの事例で示し、そのプロセスを追っている。