ラテンアメリカ・レポート
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ドラウジオ・ヴァレーラ 著 伊藤秋仁 訳 『カランヂル駅―ブラジル最大の刑務所における囚人たちの生態』
近田 亮平
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2021 年 38 巻 1 号 p. 66

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多発する犯罪や蔓延する麻薬などといったブラジルの劣悪な治安状況は、残念ながら世界的に知られる深刻な社会問題となっている。そのひとつに、収容可能な人数を大幅に超える囚人が収監されている刑務所があり、劣悪な環境や人権などの観点から改善が叫ばれているが、その状況に大きな変化はみられず、むしろ近年悪化しているともいえる。ブラジルで治安の悪化が顕著となった1980年代以降、いくつかの大規模な犯罪組織が形成され、それらの関係者が収監された刑務所は逆に犯罪の拠点となった。さらに、刑務所内で異なる犯罪組織同士の抗争や暴動が発生し、多くの死者を出す事件もたびたび起きている。

一方、著者がエイズ治療のパイオニア的な医師であることから、HIV・エイズも本書で語られる主要なテーマのひとつである。1980年代以降ブラジルでもエイズが流行し、本書の舞台であるカランヂルをはじめ多くの刑務所内で感染が広がり、問題となった。また、2020年から世界的に蔓延した新型コロナウィルスについても、超「三密」で感染症に脆弱なブラジル各地の刑務所でクラスターが発生し、2021年4月末で死者数が40万人を超えた同国において、刑務所は新型コロナウィルスの感染拠点のひとつとなってしまった。

「ブラジル最大の刑務所における囚人たちの生態」に関するさまざまなエピソードを綴った本書を読むにあたり、「訳者まえがき」と「訳者あとがき」で説明されているが、このようなブラジルの治安問題や刑務所の状況をふまえておく必要がある。また、1999年に出版された原著は2003年に『カランヂル』というタイトルで映画化され、日本語版のDVDをインターネットなどで入手することができる。軍警察による囚人の大虐殺事件が発生した刑務所およびブラジル社会が直面する現実について、文字だけでなく視聴覚的にも理解を深めるため、訳者が述べているように本書とともに映画を視聴することをお勧めする。

本書は、サンパウロ市内の『カランヂル駅』近くの刑務所で1989年から勤務した医師が、実体験をもとに著した逸話集の翻訳である。そのため学術書と異なり、刑務所の概要、刑務所内での出来事、囚人たちの生活や人生、1992年の大虐殺事件などについて、58ものエピソードが展開される。著者は原著の目的を、矯正制度の告発や犯罪状況への解決策の示唆などではなく、刑務所の人物たちに光を当てることだと述べている。本書をとおして、治安問題と日常が密接するブラジルの社会について、読者が関心や見識を深めることが期待される。

 
© 2021 日本貿易振興機構アジア経済研究所
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