ラテンアメリカ・レポート
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エリカ・フランツ 著 上谷直克・今井宏平・中井遼 訳 『権威主義―独裁政治の歴史と変貌』
上谷 直克
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2021 年 38 巻 1 号 p. 67

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ある有名なデータセットによると、ここ十数年のあいだに世界の多くの民主政は概して「独裁化(autocratization)」傾向を示しており、昨今の新型コロナによるパンデミックへの対応にともない、そうした傾向はますます強まっているという。これらの独裁化事例には、少し前まで流行っていた「ポピュリズム」と名指しされる世界のさまざまな政権が往々にして含まれ、書店の棚にもタイトルにこのワードを含む本がずらりと並んでいた。最近ではこのグローバルな独裁化傾向は、結局は(自由)民主主義それ自体の問題であるとの認識が広まっているのか、今度は「民主主義」や「リベラリズム」を中心に据えた書籍が世のなかに溢れるようになった。

しかし一方で、この独裁化の先にある「独裁」や「権威主義」の現在の姿についてわれわれはどれほど正確に知っているのであろうか?日本では、「独裁(者)」や「ファシズム」や「全体主義」に関しては、これまでも、また現在でも、優れた研究書や翻訳書が出版され続けている。しかし、権威主義(体制)そのものについて詳細に論じた書籍は、1995年に翻訳出版されたフアン・リンスの『全体主義体制と権威主義体制』(高橋進監訳、法律文化社刊。ただし原典の初出はなんと1975年!)がほぼ最後である。まして本書の「解説」にあるとおり、最近の比較政治学では、この種の体制を理論的かつ実証的に精緻に論究する研究が増大しており、新規かつ信頼性の高い知見や情報が日々蓄積されているにもかかわらず、である。この点で本書は、コンパクトでありながら、こうした近年の研究成果も取り入れつつ、現代の権威主義をめぐるさまざまな論点を網羅している。権威主義体制の類型やその指導者の特徴、彼らが権力を掌握するプロセス、体制維持の戦略やメカニズム、そして崩壊のパターンなどを、多様な事例に依拠しつつ要領よくまとめた(少なくとも日本語で読める)類のない書籍である。

全人口の7割近くの人びとが権威主義かそれに準じる政治体制を敷く国で暮らす現代世界において、それが「ビジネスパートナー」や「援助先」としてであれ、また「そこにある危機」や「懸念すべき隣人」としてであれ、権威主義や独裁は、われわれの近辺にリアルに存在する。本書が簡潔明瞭に提示するさまざまな知見は、もはや研究者や学生のみならず、一般の現代日本人にとって必須のものといえるであろう。このテーマにご関心のある方々には是非一読をお勧めしたい。

 
© 2021 日本貿易振興機構アジア経済研究所
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