ラテンアメリカ・レポート
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資料紹介
太田仁志 編 『新興国の「新しい労働運動」―南アフリカ、ブラジル、インド、中国』
近田 亮平
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2022 年 38 巻 2 号 p. 95

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本書は、労働経済学やインド研究を専門とするアジア経済研究所の編者が、同研究所の南アフリカ、ブラジル、中国研究者とともに、新興4か国の労働運動の動態を明らかにしたものである。その際、賃金や労働条件の改善などを目的とした従来型の労働運動とは異なる、2つの「新しい労働運動」という視座をもとに分析を行っている。そのひとつは「新興国型」の「新しい労働運動」で、1970~80年代に南アフリカやブラジルなどの新興国で興隆した、「開発や経済発展のあり方を問う、また権威主義(的)もしくは非民主主義的な体制や慣行の打破をめざす方向に振れた」労働運動を意味する。もう一方は「包摂・権利擁護型」の「新しい労働運動」であり、「排除された労働者の組織化や権利擁護、社会正義の実現に取り組む、労働組合および必ずしも労働組合という形態を取らない組織」や個人が主導する労働運動と定義している。

序章の「新興4か国の「新しい労働運動」」(太田仁志)では、「新しい労働運動」に関する議論の整理や定義を行うとともに、各国の労働運動の動向および各章の要約と労働運動の異同について論じる。第1章の「南アフリカにおける「新しい労働運動」の変遷―南アフリカ労働組合会議(COSATU)に注目して」(佐藤千鶴子)は、労働運動と政権与党との同盟関係が労働法制の整備を促進した一方、労働組合の弱体化を招いたと指摘する。

対象国としてラテンアメリカから選定された第2章は、軍政から民政への移行に貢献した「ブラジルの「新しい労働運動」から誕生したCUTの変遷」(近田亮平)を分析する。時期をCUT(ブラジル中央統一労働組合)が誕生する1980年代まで、経済的変化を特徴とする1990年代、CUTを支持母体とする労働者党政権期、その後およびボルソナロ政権発足に分けて論じる。そして近年、CUTが結成以降で最大の苦境に立たされている状況を明らかにしている。

第3章の「インドの2つの「新しい労働運動」」(太田)では、政党に従属しない独立系労働組合の幅広い政治思想にもとづく独自の労働運動、および、インド特有の階層、出自、性別などに取り組む包摂・擁護型の労働運動について考察する。第4章の「中国の2つの「新しい労働運動」―1989年天安門事件と2000年代」(山口真美)は、労働運動について天安門事件前後を新興国型、2000年代を包摂・擁護型として類型化する一方、両者には継続性もみられるとしている。

複数の新興国の労働運動を対象とすることは意欲的な試みであり、労働(組合)運動や地域研究という分野だけでなく比較研究という観点からも、一定の意義を見出せる書だといえよう。

 
© 2022 日本貿易振興機構アジア経済研究所
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