ラテンアメリカ・レポート
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論稿
サンパウロにおける外国人の犯罪被害と安全への取り組み
近田 亮平
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2022 年 39 巻 1 号 p. 60-75

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要約

グローバル化の進展や紛争により多くの人々が国境を越えて移動し、先進国地域や世界の主要都市に外国人が集まる傾向が強まった。そして、国内に流入する外国人をめぐるさまざまな問題への関心が高まり、外国人や外国系住民のおかれた状況をはじめ、受け入れ社会の雇用環境、経済成長、社会保障に与える影響などに関する研究が行われてきた。外国人の流入という点において、ブラジルは歴史的に移民大国であるとともに難民も多く受け入れ、民族の多様性や人種混交により寛容性の高い国として知られている。ただし、ブラジル最大の都市サンパウロは、多発する日常的な犯罪に加え南米最大級の麻薬組織の拠点であるため、治安は劣悪な状況となっている。

本稿では、外国人の受け入れで先駆的な国であるブラジルのサンパウロを事例として、外国人の犯罪被害と安全への取り組みを定性的に分析する。「サンパウロの外国人は犯罪被害に関してどのような問題を抱え、それらに対して官民問わずどのような取り組みが行われ、課題があるか」という問いを立てる。そして、外国人は不法滞在や違法労働などの問題から安全に関する取り組みへのアクセスが困難となり、犯罪被害に遭う可能性が高くなると指摘する。また、流入外国人の質量ともの変化に対応した安全への取り組みが試みられているが、問題の改善には受け入れ側だけでなく外国人自身による取り組みが重要だと論じる。

はじめに

グローバル化の進展や紛争により多くの人々が国境を越えて移動し、先進国地域や世界の主要都市に外国人が集まる傾向が強まった。そして、国内に流入する外国人をめぐるさまざまな問題への関心が高まり、外国人や外国系住民1のおかれた状況をはじめ、受け入れ社会の雇用環境、経済成長、社会保障に与える影響などに関する研究が行われてきた。これら流入外国人をめぐる問題のなかに犯罪や治安があり、主流な研究は外国人による犯罪の増加や治安の悪化への懸念をもとに移民政策のあり方を論ずるものであり(Bell 2014; Collier 2015; 小井土 2017)、外国人を近年受け入れ始めた日本でも議論が高まっている(友原 2020)。一方で主流ではないが、本稿が対象とするブラジルを含め(Lussi 2015)、移住先での脆弱性などから外国人が犯罪の被害者になる点に注目する研究もある(Freilich, Addad, and Newma 2017; McDonald 2018; Bernat 2019)。本稿も同様に、流入する外国人を説明変数、犯罪や治安の状況を被説明変数として、移民政策のあり方などを議論する主流な先行研究と異なる。

外国人の流入という点において、ブラジルは歴史的に移民大国であるとともに難民も多く受け入れ、民族の多様性や人種混交により寛容性の高い国として知られている。とくにブラジル最大の都市サンパウロはイタリア系や日系の多い「移民の街」であり、現在でもさまざまな外国人が居住や往来をしている。ただし、多発する日常的な犯罪に加え南米最大級の麻薬組織の拠点であるため、サンパウロの治安は劣悪な状況となっている。

そこで本稿では、外国人の受け入れで先駆的な国であるブラジルのサンパウロを事例として、外国人の犯罪被害と安全への取り組みを定性的に分析する。筆者は、サンパウロ州警察のコミュニティをベースとした新たな治安対策に注目し、調査研究を行った(近田 2020)。その結果、外国人は不法滞在や言語の違いという問題のため治安に関する情報を共有する場との関係性が希薄であること、そして、現金を自宅などに保管する外国人の傾向が犯罪の被害者になる可能性を高めているという現実が明らかとなった。治安対策に注目した同研究を継続するかたちで、本稿では犯罪被害と安全への取り組みに焦点を当て、「サンパウロの外国人は犯罪被害に関してどのような問題を抱え、それらに対して官民問わずどのような取り組みが行われ、課題があるか」という問いを立てる。

本稿の目的は、外国人が犯罪の標的となる可能性に注目し、移民大国であるブラジルの最大都市サンパウロを事例に、外国人の犯罪被害の現状、および、安全への取り組みと課題を明らかにすることである。すでに取り上げた警察の新たな治安対策(近田 2020)のほか、「コミュニティ安全審議会」(Conselho Comunitário de Segurança:CONSEG)2と外国人支援施設という制度、および、それらの関係者というアクターを対象とした現地での調査をもとに、サンパウロにおける外国人の犯罪被害と安全への取り組みを研究する。

1.サンパウロにおける外国人の犯罪被害

(1)外国人の犯罪被害

外国人と犯罪の関係について多くの先行研究が指摘するように、外国人の流入が犯罪の増加をもたらすとの懸念が受け入れ側の国や地域で根強い一方、多くの国に関する統計データなどにより、そのような明確な相関関係はないことが明らかにされている。この指摘は、前述のおもに移民政策のあり方を論ずる研究(Bell 2014; Collier 2015; 小井土 2017; 友原 2020)、および、外国人が犯罪の被害者になる点に注目する研究(Freilich, Addad, and Newma 2017; McDonald 2018; Bernat 2019)の双方においておおむねなされている。しかし、外国人流入による犯罪増加への懸念を軽減・払拭する目的もあり、外国人の犯罪加害に関する研究の蓄積は多い一方、外国人の犯罪被害に関する研究は相対的に少ない。その理由として、外国人の犯罪被害は受け入れ側の懸念への影響が犯罪加害に比べ少ないことや、外国人は不法滞在などの脆弱な境遇にある場合が多く、犯罪被害に遭っても当局へ通報しないため、データの入手が困難なことが挙げられる。

では、実際の状況はどうなのであろうか。外国人の犯罪加害・被害について、少なくとも本稿執筆時点では、事例とするサンパウロまたはブラジルのデータを入手することができなかった。一方、日本に関しては2016年(平成28年版)の警察白書の「訪日外国人等の急増への対応について」というトピックスにおいて、2006年から2015年までの主たる被害者が外国人である刑法犯認知件数の数値が公表されている。そのため、警察白書で毎年公表されている来日外国人の刑法犯検挙件数と比較し、隔年の推移を下記のにまとめた。犯罪件数が検挙と認知3であるため厳密な比較はできないが、おおむねの傾向を把握することはできよう。

(注)1 刑法犯において警察で検挙した事件の数。

2 我が国に存在する外国人のうち、いわゆる定着居住者(永住者、永住者の配偶者等および特別永住者)、在日米軍関係者および在留資格不明者を除いた外国人。

3 警察において発生を認知した事件の数。

(出所)警察庁「警察白書」のデータをもとに筆者作成。

結果として、犯罪加害と犯罪被害における外国人の割合に大きな差はないものの、数値的にわずかだが犯罪被害の割合が増加している。このことから、データが外国人受け入れ後発国の日本のものであり、本稿は同先進国のブラジルを対象としているが、外国人の犯罪被害という本稿の着眼は、看過されがちな社会の一現実への理解を深めてくれるといえよう。

(2)調査地での外国人リーダーへのインタビュー調査

本稿で事例とするサンパウロのあるブラジルには、政府の統計では2020年時点で合法滞在の外国人が130万人存在し、2011年からの10年で24.4%増加した4。不法滞在の外国人に関して公式のデータはないが、経済の中心地であるサンパウロ州には2014年時点で約100万人が存在し、ボリビア人が約20万人で最多だとされる(Garcia 2014)。州都のサンパウロ市は「移民の街」として知られ、イタリア人や日本人など多くの外国人を移民として受け入れてきた。南米最大の都市であることから、サンパウロには現在でも多くの外国人やその子孫が居住・就労している。とくに市の中心部は、歴史的に移民の受け入れ拠点になってきたことや、縫製業と衣料小売りを中心とした大衆向け商業が盛んであるため、おもにそれらへ従事するさまざまな外国人が多く集まる地域である。筆者が調査対象としたのは、サンパウロ中心部の隣接するブラス(Brás)、パリ(Pari)、ベレン(Belém)の3地区である5

本項では、調査対象のサンパウロ中心部における外国人の安全をめぐる問題の状況を把握するため、調査地で多く居住・就労しているボリビア系のコミュニティのリーダーA氏(57歳、男性、ボリビア人)に行ったインタビュー6の証言を以下に記載する。A氏は、サンパウロ市公認のボリビア市場が週末に開かれるブラス地区のコインブラ通りでレストランなどを経営しており、同じ通りにある「移民統合センター」の責任者D氏(後述)の仲介によりA氏へのインタビューが実現した。

われわれはより脆弱な存在となっています。なぜなら、泥棒が外国人またはブラジル人のどちらから盗むかというと、いつも外国人からだからです。われわれは標的なのです。・・・われわれは時として身分証明書を持っていません。働いてお金を稼いでも、銀行に預けるには身分証明書が必要です。でもそれがないのです。身分証明書を作るのはとても大変です。だから結局、お金を持っている不法滞在者になってしまいます。では、お金をどこにしまいますか?ベッドの下とか。政府が何かしら対策を取ってくれれば、われわれはこんなにも泥棒の標的にはなっていないでしょう。

私はブラジルに35年間住んでいて、公共政策のことをよく知っています。私は長年ボリビア系コミュニティのリーダーでした。さらに、政治的キャリアも積んで、市政に多くかかわりました。私はボリビア人だけでなく他の外国人について危惧しています。なぜなら時として、自国を出た外国人に対する差別や搾取が非常に深刻で、外国人をめぐる不安はとても大きいからです。私はブラジルで非常に厳しく、言い換えれば恐れを抱きながら、生きることを学びました。なぜなら、ブラジルの悪い治安による不安は甚大だからです。

私は2002年、労働者党(Partido dos Trabalhadores:PT)市政下で政治に参加しました。そして、カントゥタ広場7を作ることができました。私は自分の娘ともいえるカントゥタ広場のために闘い、政治家になりました。サンパウロ市の参加型予算の委員に立候補し、80票必要だった選挙で200票を獲得しました。「誰がカントゥタ広場を作ったのですか?」と聞けば、みんな私の名前を言います。

私の長男はサンパウロ市の交通局で働いています。次男は弁護士で、三男は建築家です。外国人として私は時に大きな憤りを感じます。なぜなら、私には選挙権がないからです。私は選挙で投票したいし立候補もしたい。変えなければならないことがたくさんあります。私は外国人として、多くのことを知っています。しかし、私のボリビア系コミュニティは(外国系住民の問題の)多くを知りません。

A氏は、治安状況の良くないブラジルにおいて差別や搾取を受けやすいボリビア人などの外国人は、不法滞在で現金を自宅などに保管する場合が多く、このことが犯罪の標的になる可能性を高めていると述べている。そのため、政府による対策を望んでおり、A氏自身は積極的に政治へかかわりボリビア系コミュニティに貢献したと主張している。なお、外国籍であるA氏が立候補し、委員に当選した参加型予算とは、市議会選挙とは別に行われる選挙で選ばれた市民の代表が、サンパウロ市政府の予算の一部について使途などを決定できる政策で、2001年に誕生した労働者党政権において、居住年数など一定の条件を満たした外国人も選挙に立候補できるようになった(Instituto Pólis/PUC-SP 2004: 23)。

A氏がブラジルに来た当時、不法滞在だったかは不明だが、市政に参加した経験から少なくとも合法化を成し得たと考えられる。ただし、定職を得たブラジル生まれの息子たちと異なりA氏には選挙権がないことや、そのためもあり外国人の利害を政治へ十分に反映させることができないこと、そして、外国人コミュニティ自身が移住先の社会に対して関心が低いことを問題として指摘している。

写真1 カントゥタ広場周辺の屋台前で民族衣装を着て踊りに参加したボリビア系の人たち(2018年5月 筆者撮影)。

2.コミュニティ安全審議会

サンパウロ州をはじめとするブラジルには、地域の安全をめぐる問題について市政府や警察などの担当者とともに、市民の誰もが参加し議論できる「コミュニティ安全審議会」という行政の制度がある。1985年に導入された同審議会は州内に約500設置されており、基本的に毎月1回公共の施設で夜に開催されている。州政府のコミュニティ安全審議会のサイトでは、各地域での開催日時などの情報を検索できるが、検索しても情報が掲載されない審議会もある(CONSEG)。筆者は、外国人が多く居住・就労しているベレン地区とブラス・パリ地区8のふたつの審議会に関して観察調査を行い、それを契機に関係者へのインタビューを実施できた。本節では、地域の安全をめぐる問題に取り組むコミュニティ安全審議会を対象として、外国人に焦点を当てた調査の結果をまとめる。

(1)ベレン地区のコミュニティ安全審議会

①観察調査

ベレン地区のコミュニティ安全審議会は、筆者の調査実施時9、電車のベレン駅から徒歩5分ほどの紡織労働組合内で、月一回夜8時から約2時間開催されていた。会場周辺は、ラテンアメリカ最大級の高層マンション群10に約2000人ものアジア系が住み、ボリビア系が集住する地区で、警察の拠点11が近くにあった。そのため審議会は夜間開催だが、同地区に多い外国人を含む住民にとって、距離や安全面でアクセスしやすいといえる。

しかし、審議会関係者以外の参加住民は、3回実施した調査でいずれも10名程度で、多くは中高年の男性であり外国人らしき参加者はいなかった(写真2)。登壇者はベレン地区審議会の会長、警察関係者、市役所の担当者などであった。登壇者の机には「CONSEG-BELÉM」という横断幕が掲げられ、審議会の開始時に全員が起立して国歌を斉唱し、参加者のリストを作成していた。審議会では、地区で発生した安全に関する事件や問題が報告され、それらへの対策などを警察や市役所側が説明していた。外国人に関しては話題に上らなかった。

後述のブラス・パリ地区と比べ、ベレン地区の審議会は形式などの点でより組織化されていると感じた。ただし、組織化され規律などを重視する傾向のため、限られた参加者の限られた閉鎖的な審議会になっているといえよう。審議会と外国人の関係について会長は、「外国人は自らを守ろうとしないし、CONSEGは誰にでもオープンなのに参加しないし、われわれが招待しても近寄ってこない」(近田 2020: 63)と述べていた。しかし、審議会の開催日時などの情報は州政府のサイトに掲載されていないことが多い。ベレン地区の審議会は、独自のサイトやフェイスブックをもっているが12、情報のアップデートはあまり行われていない。そのため、同審議会の活動や地域の安全をめぐる問題の把握は住民にとって容易ではなく、同地区で居住・就労する外国人にはさらに困難だといえる。

写真2 ベレンのコミュニティ安全審議会(2018年9月 筆者撮影)。

②インタビュー調査

ベレン地区コミュニティ安全審議会の会長B氏(60代、男性、会社経営者)に行ったインタビュー13のうち、外国人の安全をめぐる問題に関連する証言を以下に提示する。B氏は1996年から審議会の会長を務め、筆者の調査時は常に議長として登壇していた。

私は(不法滞在と思われる)外国人たちと話す機会がある時、「残念ながらあなたたちがしているのは、泥棒にとってのお客さん、つまり犯罪の被害者になるようなことなのですよ。なぜなら、あなたたちが違法な状況という弱みから報復してこないことに付け込んで、泥棒はますます狙ってくるからです」といつも彼らに言っています。外国人は被害者ですが、その原因は彼ら自身にあります。個人や組織などあらゆる観点において、外国人は自らを合法化しようとしません。彼らは圧倒的に目立つ外見と不安定性という二重の意味から、犯罪被害者になる可能性がより高いのです。このように自らを過度にさらす人々を泥棒は狙います。非常に多くのボリビア系と中国系、少ないですがペルー系、最近ではアラブ系の集住地です。

外国人は警察を恐れ、政府を恐れています。ですが、外国人が恐れるべきなのは現金を保持することです。彼らは強盗を引き寄せる甘い蜜なのです。残念なことに外国人たちは脆弱、すごく脆弱、完全に脆弱なのです。このような状況で私に何ができるでしょう? ・・・われわれは外国人を助けていないし、彼ら自身も助け合っていません。残念ですがわれわれは今行っていること以上の彼らを助ける術を持っていません。可能な限り受け入れ、応対し、助けています。外国人は国外へ追放されることを非常に恐れています。ブラジルが外国人を国外追放することは非常に稀であると彼らは理解すべきです。

B氏はベレン地区に多い違法な状況の外国人について、安全との関連において「完全に脆弱」だと強調する。その完全に脆弱な現実として、違法な状況の外国人は犯罪に遭っても報復しない・できない場合が多く、このことが外国人を犯罪者が標的にする動機となっていると指摘する。そして、犯罪者に狙われやすい特徴的な外見、当局を恐れるがゆえの移住先に関する正しい情報や知識の不足、現金での保持、自衛の試みの欠如などを挙げ、完全に脆弱である原因は外国人自身にあると述べている。

また、B氏は「彼らは(合法的に滞在できるよう)ブラジル生まれの子供が欲しいのです。ベレンの役所はボリビア系でいっぱいです」(近田 2020: 63)と述べている。滞在の正規化や家族構成員のブラジル国籍の取得は政治的権利の獲得につながるため、A氏が主張するように外国人にとって安全を保障するうえで非常に重要だといえる。しかし、B氏が挙げる外国人の国外追放などに関する間違った知識や恐れに加え、ボリビア人を例に後述のインタビューで指摘される同胞による違法労働や搾取関係が、外国人自らが合法化しない傾向の要因になっていると考えられる。

(2)ブラス・パリ地区のコミュニティ安全審議会

①観察調査

ブラス・パリ地区のコミュニティ安全審議会は、筆者が調査を行った当時14、同地区にある大学で月一回20時から約1時間開催されていた。会場周辺は、ベレン地区と異なり電車の駅がなく公共交通手段はバスのみで、警察の拠点が会場近くにあるが、サンパウロ市内の劣悪な治安状況を考えると、夜間開催の審議会へのアクセスは必ずしも容易ではなかった。

ただし、ブラス・パリ地区の審議会には、筆者が観察調査した4回すべてで50人以上の住民が参加していた。外国人らしき参加者はいなかったが、多くの高齢者が参加していた。その要因として、審議会の副会長(当時)が、パリ地区にある貧困高齢者向け集合住宅の居住者かつ責任者であり、審議会への参加に動員をかけていたことが調査でわかった。両地区の審議会ともに登壇者のメンバー構成はほぼ同じだが、ブラス・パリ地区ではベレン地区にあった審議会の横断幕はなく国歌斉唱も行われていなかった。

ブラス・パリ地区の審議会では毎回のように外国人に関する話題が取り上げられていた。大衆商業地区ブラスでの中国人女性への強盗やボリビア人商人への略奪事件が報告され、売上金を現金で保持するため犯罪被害に遭いやすいとの指摘や、年末年始など人手が増える時期への注意喚起がなされていた。また、飲酒したボリビアやペルー系が深夜に外で騒いで警察が出動した事件や、ボリビア人は住人の入れ替わりが早く近所付き合いができないため問題の改善が困難だとの意見などが言及されていた。

ブラス・パリ地区の審議会は、犯罪被害を含め外国人に関連する問題を取り上げ、また、ベレン地区ほど形式などが組織化されていないこともあり、より参加しやすいと感じた。ただし、ベレン地区と同様、審議会の開催情報は広く告知されておらず、前述の副会長の動員がなければ参加人数も少なかったと推測される。副会長も、情報周知の不足は言語の問題とともに外国人が審議会に参加しない要因だと述べている(近田 2020:62-63)。ブラス・パリ地区の審議会の問題として、外国人の犯罪被害を含む安全への取り組みの場に、当事者である外国人が参加していない点を指摘できよう。

②インタビュー調査

ブラス・パリ地区コミュニティ安全審議会の元参加者C氏(60代、男性、自営業)に行ったインタビュー15のうち、外国人の安全をめぐる問題やコミュニティ安全審議会に関する証言を以下に記載する。C氏はライオンズクラブなどの理事を務め、日本の交番をもとにした警察の拠点(近田 2020)を設置する際に尽力したり、カトリック教会などで慈善活動を行ったり、安全をはじめ地域の問題に関心を持ち、取り組んでいる。

一部の例外を除いて、ボリビア人のほとんどは働き者です。彼らは多くの場合や多くの理由により、ボリビア人自身の奴隷であると私は理解しています。私はふたつの物件をボリビア人に売ったことがあり、多くの家屋では50人以上のボリビア人が働いているはずです。・・・中国人は新たな活動や多くの仕事を持ってきました。今、中国人がボリビア人に雇用機会を与えています。

コミュニティ安全審議会に参加するのはいつも同じ人たちです。私も参加したことがありますが、行われるのは決まったストーリーです。会場に到着し、話をし、プログラムを作り、でも何も実現しません。いつも約束ばかりで実施されることはありません。コミュニティを良くするためには、われわれが行動し、実現し、物事を起こすべきだと私は理解しています。コミュニティ自身が利用できるよう(警察の交番を誘致)した近所の公園がよい例です。私からするとコミュニティ安全審議会は役に立っていません。役に立っていたら、私はいつも参加しているでしょう。

C氏の商店があるパリ地区に多い不法滞在のボリビア人について、大人数で集住や労働する彼ら自身の内部で搾取と被搾取の関係があると述べている。この証言から、多くが違法で脆弱な外国人が一カ所に集まっている状況は犯罪者の標的になりやすいことに加え、外国人は移住先国の人による強盗などの犯罪だけでなく、同胞による違法労働といった犯罪の被害者にもなり得る現実を理解できる。さらに、ボリビア人の劣悪な労働状況を考慮すると、C氏が指摘する中国人とボリビア人の雇用関係に関して、外国人が移住先で他の外国人に不当な扱いや犯罪被害を受けている可能性も推察できよう。

コミュニティ安全審議会は地域の安全をめぐる問題への取り組みであるが、C氏は「役に立っていません」と断言する。その理由にC氏が挙げた点と、筆者が調査で観察した点はおおむね合致する。また、「コミュニティを良くするためには、われわれが行動し、実現し、物事を起こすべき」という言葉は、ボリビア系コミュニティのリーダーA氏と同様、本稿の「外国人の安全をめぐる問題」は、当事者である外国人自身が行動などを起こさなければ良くならないことを暗示している。

3.外国人支援施設

前節では、外国人だけでなく地域住民全体の安全に取り組むコミュニティ安全審議会を取り上げたが、本節では外国人に対して支援を行う施設について、安全をめぐる問題に焦点を当てたふたつの調査結果をまとめる。ひとつめはキリスト教カトリック教会による民間の施設で、ふたつめは大半の職員はカトリック教会関係者だがサンパウロ市政府が管轄する官民共同の施設である。なお、ふたつの施設でのインタビューなどは、本調査の対象地域ではないサンパウロ市内にあるカトリック教会系慈善団体「平和ミッション」(Missão Paz)の仲介により実現した。

(1)ブラス地区の「移民統合センター」

① 移民統合センターの概要

ブラス地区にある「移民統合センター」(Centro de Integração do Migrante)は、2015年にカトリック教会の聖霊奉侍布教修道女会(Mission Congregation of the Servants of the Holy Spirit)により創設され、外国移民への支援を行っている(写真316。同センターは、ボリビア系が多く居住し毎週末開かれる市場や屋台で知られるコインブラ通りにあり、ポルトガル語や職業訓練の講座、滞在資格に関する書類作成支援、子供たちを預かる託児所的な活動、サンパウロ大学の協力による心理カウンセリングなどを行っている。筆者が調査で幾度か同センターを訪問した際、子供たちに歌などを教えていたり、キッチンでは海外からサポートに来た教会関係者が調理をしていたり、センターの入り口でバザーを開いていたりしていた。ただし、同センターの活動はおもに日曜日を除く日中のみであり、24時間稼働の「移民受入センター」(後述)と異なる。

写真3 ブラス地区コインブラ通りにある「移民統合センター」(2018年5月 筆者撮影)。

② インタビュー調査

移民統合センターの責任者D氏(50代、女性、修道女)に行ったインタビュー17のうち、外国人の安全をめぐる問題に関連する証言を以下に提示する。

売春宿は多くの場所にあります。悲しいことにそこでは、ブラジルに来たりここで生まれたりしたボリビア系の女の子たちを見かけます。また、「深夜の市場で働くよう言われたのに、雇い主の家で麻薬を売らなければならなく騙された」と言いながら、われわれのセンターを訪ねて来る人もたくさんいます。

盗みの問題が多くありますが、盗むのは外国移民ではなく、恐らく失業中の若者とかが外国移民から盗むのです。ですが、外国移民は通報しません。なぜなら、無駄だからです。1、2年前にわれわれがかかわった事件では、強盗が外国人の家に入り暴行を加え、家のなかのものを壊し全部盗んでいきました。その家には11もの家族が一緒に住んでいました。家の前に来た警察は「死者は?」と質問し、死者がいなかったので何もせず帰ってしまいました。

外国人は同居者に合法滞在者がいる建物内で事件が起きても通報しません。なぜなら、他の同居者が「俺がここでやっている商売は違法だから、お前は通報するなよ」と言って脅すからです。ブラジルで犯罪被害に遭ったことのない外国移民はいないと思います。本当に悲しいです。われわれはセンターの講座の参加者に、犯罪被害や通報の有無について聞き取りを行っています。外国人に対して警察へ通報することが重要であり、そして、警察に対しては外国人からの通報に応対する必要があると説いて、彼らの意識を変えるよう努力しています。

また、外国人への聞き取り調査から、約150人もの子供たちが託児所に行っていないことがわかりました。われわれは当初、センターの対象は大人の外国人で子供のことはあまり考えていませんでした。ですが、実際のニーズを少しずつ知ることで活動の幅を広げてきました。

D氏の証言から、外国人のなかでもより脆弱だと考えられる若い女性が、売春や麻薬売買などの犯罪に巻き込まれる可能性が高いことがわかる。またC氏の証言と同様、外国人は集住する傾向にあり犯罪者の標的になりやすい点に加え、警察の応対により犯罪に遭っても被害が発覚しにくい点、さらに、同胞が犯罪の通報を妨げるなど外国人内部の関係性が被害者化を助長している点など、外国人の安全をめぐる厳しい現実を理解できる。その一方、これらの問題や外国人の実情に対処すべく、同センターでは聞き取り調査などを行い、取り組みの内容を変化させているとD氏は述べている。

(2)パリ地区の「移民受入センター」

①移民受入センターの概要

パリ地区にある「移民受入センター」(Centro de Acolhida para Imigrantes)は2015年、当時左派の労働者党政権だったサンパウロ市政府が管轄する外国人受入施設として運営を開始した。サンパウロ市管轄の外国人受入施設は市内に計4カ所あり総収容可能人数は572人で、200人を収容可能な同センターは最大の施設である(CRAI)。同センターに関して、修道女をはじめ主要な職員はカトリック教会関係者であり、24時間体制で受入外国人に対応するとともに、滞在資格に関する書類作成支援、職業訓練、語学講座などの活動を行っている。また、おもに資金提供を行う市政府に加え、収容施設で多くみられる精神疾患に関してサンパウロ大学が協力するとともに、活動内容に応じてカトリック教会やNGOが参画している。

②インタビュー調査

移民受入センターの責任者E氏(50代、女性、修道女)に行ったインタビュー18のうち、外国人の安全をめぐる問題に関連する証言を以下に記載する。

このセンターの仕事は、われわれ修道女が管理しています。市政府は少し援助してくれますが、施設の維持もわれわれが行っています。仕事や費用がとても多いので、支援してくれる団体をわれわれ自身で探します。

センターが受け入れる外国人の数は時勢により変わります。海外で戦争があったり、中東やベネズエラで問題があったりして最近は増えました。多くの人がブラジルに来たので今はいつも満員です。来る人がいれば去る人もいて、いつも入れ替わりです。

全員ではないけれど近隣住民はセンターの外国移民が好きではないのです。近隣住民は外国移民が盗みをしていると思い、自衛のためにセンターの前の道を門で封鎖したのです。ただし、外国移民はセンターに入る前、ブラジル人による犯罪の被害に遭っています。・・・外国移民はより脆弱であり、麻薬に手を出しやすいため(麻薬犯罪組織にとって)格好の獲物です。

ボリビア人自身がボリビア人を差別しています。彼ら自身の間の差別はとても深刻です。彼らは貧困なボリビアから人を連れてきて奴隷として扱うのです。同じボリビア人を家のなかで何時間も働かせ、搾取することで儲けるのです。とても悲しいです。人権などありません。病気になれば出ていくよう言われ、路頭に迷います。

E氏の証言から、同センターはサンパウロ市が管轄する外国人支援施設だが、維持管理など多くの業務を現場の人々やカトリック教会が担っていることがわかる。外国人に関して、時勢により出身国や人数が異なるとE氏が述べる点は、時代により異なる外国人を多く受け入れてきた「移民の街」サンパウロの歴史と合致する。また、「住民は外国移民が盗みをしていると思い」という点は、外国人の受け入れの是非を議論する際の典型的な見解である一方、盗みをしていると思われやすい外国人は麻薬の「格好の獲物」、つまり犯罪の被害者になりやすい点もE氏は指摘している。ただし、外国人が麻薬の「格好の獲物」であるが故に受け入れ側の懸念を増幅させるといえよう。さらに、ボリビア人を例としてC氏とD氏同様にE氏の証言からも、同胞外国人による犯罪の被害者化の問題が深刻であることを理解できる。

おわりに

本稿では「サンパウロの外国人は犯罪被害に関してどのような問題を抱え、それらに対して官民問わずどのような取り組みが行われ、課題があるか」という問いを立てた。そして、外国人が犯罪被害者になる点に注目し、サンパウロ市のコミュニティ安全審議会と外国人支援施設という制度、および、それらの関係者というアクターを対象として、外国人の安全をめぐる問題を明らかにすべく定性的な分析を行った。先行研究や警察の新たな治安対策を対象とした筆者の研究(近田 2020)と合わせ、外国人の犯罪被害と安全への取り組みに関して、本稿の分析結果として下記の諸点を挙げることができる。

外国人の犯罪被害が強盗などの場合、不法滞在で銀行口座を持つことのできない外国人は現金を自宅などで保管することが多く、外見的特徴が移住先の人と異なり目立ちやすいこともあり、これらが犯罪の標的になる可能性を高めている。その典型であり本稿で例示されたボリビア人は、ひとつの家屋内に大人数で集住・労働する傾向があり、被害者となる可能性がさらに高い。また、このような外国人は滞在資格だけでなく労働状況なども違法である場合が多いため、自身の違法性のため警察や政府に通報しない・できない境遇にある。当局への通報をはじめ外国人から報復される可能性が低いことは、犯罪者にとって標的にしやすいといえる。このような脆弱性は、風俗や麻薬犯罪においても外国人の被害者化の要因になっていると考えらえる。

また、労働などに関する違法な犯罪の場合、特に不法滞在の外国人は移住先の国の人だけでなく他の外国人、さらには同胞からも搾取されることがある。サンパウロでは、縫製業に従事するボリビア人をはじめとするアンデス地方出身者、および、彼らを雇用することの多い中国人などのアジア系のケースにみられる。

そのほかの安全をめぐる問題として、選挙権のない外国人は政治参加が困難なこと、出稼ぎ外国人に特徴的な高い移動性やそれに起因する移住先社会への関心の低さ、警察などによる差別、言語をはじめ移住先社会に適応する際の障害などが挙げられる。そして、これらが複合的に重なることで、外国人は自身の安全を保障する情報や知識が不足し、コミュニティ安全審議会や外国人支援施設などの制度、および、それらに関わる支援者などのアクターによる取り組みへのアクセスが困難となる。その結果、犯罪被害に遭う可能性が高くなるといえる。

外国人の安全への取り組みに関して、本稿で取り上げたコミュニティ安全審議会は、外国人のみが対象ではなく地域全般の安全のための制度ではあるが、地域住民に対しても情報の周知が欠如しているといえる。外国人は実際に犯罪被害者になっており審議会で議論されているが、その場にほとんど参加していない。審議会は1985年の創設から存続する制度であるが、「移民の街」サンパウロに今日でも多い外国人の安全を保障するためには改善すべき点が多いと考えられる。

外国人支援施設は外国人に特化した制度であるため、さまざまな活動が試みられている。本稿のふたつの事例が示すように民間および官民共同の制度ともに、ブラジルで信者が多く慈善活動に熱心なカトリック教会が中心的な役割を担っている。ふたつの施設での調査を仲介してくれた「平和ミッション」もカトリック教会系の慈善団体で、外国人に対して就職斡旋や健康診断など多くの支援活動を20世紀前半から行っている。外国人支援における宗教団体の重要性は、外国人受け入れ後発国の日本の事例でも指摘されている(石黒・初谷 2014)。

本稿では、現場で実際に外国人と接する支援者たちが、外国人の安全をめぐる問題を熟知しているとともに、聞き取り調査などを実施して問題の把握を試みていることがわかった。支援者たちは自身の知見や調査結果をもとに、外国人自身だけでなく警察への啓蒙や活動内容の拡張など、問題改善に取り組んでいる。また近年、南米最大の都市サンパウロに流入する外国人は、増加が顕著なボリビア人をはじめ不法滞在者が多く、19世紀後半からおもに政府の政策移民で外国人を受け入れた時代と状況が異なっている。本稿の事例のふたつの施設は両者とも2015年に創設されており、このような流入外国人の質量的な変化に対応した取り組みだといえよう。

ただし、前述のように2014年時点でサンパウロ州に不法滞在の外国人が約100万人存在するとされており、外国人支援施設の収容能力や人員などは十分だとはいえない。施設責任者のE氏とD氏は、警察は呼んでもなかなか来てくれない点や市政府の援助が資金のみである点などで苦慮していると述べており、治安当局や政府との連携の欠如も課題として挙げられる。また、ブラジル政府は不法滞在の外国人に対する恩赦を行っており、直近では2009年に実施され外国人の滞在の正規化や政治的権利の獲得につながった。しかし、2017年に改訂された移民法から外国人への恩赦が削除されたため、連邦レベルでの取り組みは後退したといえる。

サンパウロは多くの外国人を受け入れてきた歴史があり、ブラジルは多様性や人種混交による寛容性の高い国として知られている。しかし、このようなブラジルやサンパウロのイメージと異なり、外国人の安全をめぐる現実は厳しいものであることが本稿で明らかとなった。不法滞在や違法労働の外国人が増加した近年、治安状況の良くないサンパウロで外国人の安全をめぐる問題の改善は困難だといえる。このような状況において、本稿のインタビュー証言にあったように、受け入れ側だけでなく外国人自身による取り組みがひとつのカギになると考えられよう。

本文の注
1  本稿が対象とする「外国人」は、自身の国籍と異なる国に居住または長期滞在する人、および、その子孫を意味する。インタビューの証言や文脈との関係から、「外国移民」や「(外国)系」と表記する場合もあるが、それらも本稿の対象の「外国人」を意味する。

2  近田(2020)ではCONSEGを「コミュニティ治安審議会」と訳したが、同審議会の「segurança」(英語でsecurity)の日本語は「安全」の方が適切だと考え、本稿では「コミュニティ安全審議会」または「審議会」と表記する。

3  「検挙」とは警察による容疑者の身柄拘束や取り調べなど捜査手続きの実施、「認知」は警察による犯罪の把握を意味する。

4  “Número de novos imigrantes crescem 24,4% no Brasil em dez anos.” Agência Brasil, 7 de dezembro, 2021.

5  3地区の概要については近田(2020: 59-60)を参照。

6  2019年7月20日、コインブラ通りにあるA氏が経営するレストランで行った筆者によるA氏へのインタビュー。年齢は調査実施時点。

7  カントゥタ広場はブラス地区近くの中心部にあり、毎週末ボリビア系住民が屋台などを出したり、伝統的な踊りを披露したり活動を行っている(写真1)。カントゥタ(Kantuta)はボリビアの国花である。

8  筆者の調査時、ひとつのコミュニティ安全審議会が隣接するブラスとパリ地区を管轄していた。

9  2018年9月18日、11月28日、2019年4月16日の3回、観察調査を実施した。

10  名称は「Condomínio Projeto Viver」で、約2000戸分のマンションが28棟ある。

11  名称は「Base Comunitária de Segurança(BCS)」。詳細は近田(2020)を参照。

12  独自のサイトおよびフェイスブック(2022年4月27日閲覧)。

13  2019年4月30日、ベレン地区でB氏が経営する会社で行った筆者によるB氏へのインタビュー。

14  2018年8月28日、9月25日、11月27日、2019年4月30日の4回、観察調査を実施した。

15  2018年12月12日、パリ地区でC氏が経営する商店で行った筆者によるC氏へのインタビュー。

16  移民統合センターに関する教会内のサイトおよびフェイスブック(2022年4月26日閲覧)。

17  2019年7月6日、移民統合センターで行った筆者によるD氏へのインタビュー。

18  2019年7月22日、移民受入センターで行った筆者によるE氏へのインタビュー。

引用文献
 
© 2022 日本貿易振興機構アジア経済研究所
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