2023 Volume 39 Issue 2 Pages 30-41
2022年のコスタリカ国政選挙では、与党PACが歴史的な惨敗を喫したが、大統領に選出されたのは、無名の新規政党から出馬し、長い海外在住から帰国してまだ数年と、政治経験のほとんどないエコノミストであるロドリゴ・チャベスであった。コスタリカでは2017年から財政悪化が取り沙汰されていたが、少数政権であるPACが伝統政党と組んで粛々と財政改革を実行する姿に有権者が幻滅し、「変革」を掲げるチャベスが勝利したと考えられる。本稿では、PAC政権のもとで進められた財政改革と、それが選挙戦に及ぼした影響、さらにチャベス新政権のこれまでの政策を紹介する。そして最後に、公務員を含むコスタリカの中間層が財政改革で大きく影響を受けるため、チャベス政権が中間層と折り合いをつけることができるのかが問われることになることを示す。
日本からみると、コスタリカはラテンアメリカの優等生である。2022年の人間開発指標はラテンアメリカの33カ国のうち第6位であり、「非常に高い人間開発」に数えられている1。2020年には同性婚が合法化され、性的少数者の権利保障は日本より格段に進んでいる。2020年4月には新型コロナ感染症(Covid-19)危機に瀕して与野党は団結して事に当たり、収入が減った家庭に現金を給付する「保護給付」(Bono Proteger)プログラムを実施した(PEN 2020: 121)。世界的なコロナ感染拡大による不況で2020年のラテンアメリカの経済成長率がマイナス7.0%であったなか、コスタリカはマイナス4.1%にとどまり、また「保護給付」プログラムを実施したことで、貧困率の増大を小規模なものに食い止めたとされる(PEN 2020: 302)。2021年には経済協力開発機構(OECD)への加盟を果たし、コスタリカは「中進国」から「先進国」へと邁進しようとしている。
このように順風満帆に思えたコスタリカであるが、2022年の国政選挙においてコスタリカの有権者は、政権に対し非常に厳しい評価を下した。2月6日に実施された大統領選挙第一回投票では、与党・市民行動党(Partido Acción Ciudadana: PAC)のウェルメル・ラモス(Welmer Ramos)候補の得票率は1%にも満たずに、決選投票には進出できなかった。そして、同日に投票が行われた立法議会(日本の国会にあたる、以下国会)選挙の結果、PACの獲得議席はゼロという、与党として歴史的な敗北を喫したのである。
そして4月3日に行われた大統領選挙の決選投票を制したのは、結党からわずか4年であり、今回が初の国政選挙への参加となった社会進歩民主党(Partido Progreso Social Democrático: PPSD)のチャベス(Rodrigo Chaves Robles)候補であった。この政権交代は、財政悪化を機に、その改革を進める与党PACとそれを支えた国民解放党(Partido Liberación Nacional: PLN)に対し有権者がノーを突きつけ、新しいスタイルの統治の可能性を示したチャベス候補を選んだ結果であった。しかしそのPPSDも国会では57議席中10議席しかもたない少数与党であり、また司法府が、大統領令や国会法案の違憲性につねに目を光らせるなかで、大統領の強力なリーダーシップが発揮される余地は限られている。就任直後の支持率が67.6%2と、近年の政権と比較して非常に高かったチャベス政権ではあるが、財政問題の早急な解決と福祉国家の維持を望む、有権者の高い期待に応えることができるのだろうか。
本稿の目的は、チャベス候補が大統領選挙で勝利した背景と、本稿執筆現在の2022年10月末までの、就任後6カ月間のチャベス政権の統治を紹介することである。まずは2022年選挙結果を概観した後に争点をまとめ、チャベスが勝利した背景を分析する。つぎに、チャベス政権のこれまでの成果を検討する。最後にチャベス政権の課題を明らかにし、今後のコスタリカ政治をみる視点を提供する。
1948年の内戦後に発足したコスタリカ第二共和制においては、長らく二大政党が大統領ポストを独占してきた。しかし2014年に、初めて二大政党以外のPACが大統領を輩出し、コスタリカ政治の変革を印象づけた(尾尻 2014)。2018年にも同党が大統領選で勝利し、その統治が有権者に受け入れられたようにも思われたが、2022年選挙での惨敗によりPAC政権は2期8年で終わることになった。
(1)選挙結果
コスタリカの国政選挙ではまず、国会選挙と大統領選挙を同日に行い、大統領選挙において1位の候補の得票が有効票の40%に達しない場合は上位2名で決選投票を行う決まりとなっている。2022年2月6日に行われた国会選挙の結果3、PLNが24.8%の19議席、PPSDが15.0%の10議席、キリスト教社会連合党(Partido Unidad Social Cristiana: PUSC)が11.1%の9議席、「新しい共和国」(Nueva República: NR)が10.1%の7議席、自由進歩党(Partido Liberal Progresista: PLP)が9.1%の6議席、「拡大戦線」(Frente Amplio: FA)が8.3%の6議席を獲得した(TSE 2022a)。
大統領選挙第一回投票結果は、1位が伝統政党PLNの候補で元大統領のホセ・マリア・フィゲーレス(José María Figueres Olsen)で27.28%、2位はダークホースであったPPSDのチャベスで16.78%、3位は前回の大統領選挙で2位だったNRの候補で14.88%、4位は伝統政党PUSCの候補で12.40%という結果であった(TSE 2022b)。1位のフィゲーレスが40%の得票率に届かなかったため、大統領選はフィゲーレスと2位のチャベスによる決選投票へと持ち込まれた。
そして4月3日に行われた決選投票ではチャベスが52.8%、フィゲーレスが47.2%を獲得してチャベスが接戦を制したのである(TSE 2022c)。そもそも2月の第一回投票直前の複数の世論調査では、チャベスは7~8%の支持率で4位であったため、チャベスが決選投票に進出したことは各方面で驚きをもって受け止められていた4。しかし後に述べるように、チャベスは第一回投票から決選投票までのあいだ精力的に、そして効果的に選挙戦を展開して決選投票でフィゲーレス元大統領に勝利したのである。
2022年選挙の特徴として、多数の政党が乱立したことが挙げられる。国会選挙には25政党、大統領選挙には35政党が候補者を立てた。そして大統領候補の選出過程は各党で多様であった。コスタリカでは政党の大統領候補選出過程はおもに3つのタイプに分けられる。第一に、激しい党内予備選が繰り広げられ、党内に遺恨が残るタイプ。伝統政党PLNはいつもこのタイプであるが今回もそうであり、候補になれなかった人物は離党して別の新規政党から出馬した。第二のタイプは、問題なく大統領候補が選ばれ、党内が団結しているというものである。伝統政党PUSCは、昨今の選挙での不振から、党の再生を賭けて団結し、民主的に党内予備選を実施して、党として初の女性候補を選出した。また左派政党FAも2018~22年に国会で活躍した議員が候補に選ばれた。保守政党NRは2018年の選挙で大統領決選投票までいった候補が新たに創設した政党であるが、党として団結していることで第二のタイプであるといえる。そして、最後のタイプは、新規政党が選挙に勝てそうな人物を候補者に招く場合であり、このような政党は、タクシーの乗客がタクシーの運転手と値段交渉するのになぞらえて「タクシー政党」と呼ばれている5。大統領選で勝利することになるチャベスは2018年に創設され、まだ国政選挙に参加したことのないPPSDとの交渉の末に立候補の切符を得たことから、この最後のタイプに含まれる。
では次に、チャベスが勝利した背景を探ってみよう。
(2)チャベス勝利の背景
選挙の数カ月前に公表された各政党のマニフェストでは、どの政党も似たり寄ったりの主張を展開した。外国投資と観光客の誘致を引き続き積極的に行うとともに若者と女性の雇用を促進して自立できるようにし、購買力を増やし、インフラ投資を行って経済成長につなげる。地域間格差をなくすため地方開発に力を入れる。そして貧困対策、治安対策、汚職対策、環境保護、人権保護をしっかりやるというものである。しかし有権者にとって関心が高かったのは、当時進められていた財政改革と汚職対策の2点であった。
まず財政問題という争点について検討する。コスタリカで財政危機が表面化したのは2017年のことである。中央政府の財政赤字がGDP比で6%を超えると危惧され、また債務残高が、危険水準とされる50%を超える恐れが出てきたのである(表1)。当時のソリス政権は公務員の新規雇用を凍結するとともに、自身をはじめとする政府高官の給与を凍結するなどした(BCCR 2018: 65)。そして、2012年以降はユーロ債(国際市場で発行する債券)発行でしのいできた慣行を破り、国内市場で短期債を発行して危機を乗り切ろうとした(PEN 2019: 42)。財政悪化の原因として、コスタリカでは特定の財源の支出目的が固定されているものが多いこと(したがって、必要に応じて別の歳出項目に切り替えにくいこと)や、30万人にのぼる公務員の給与水準が高いことの2点が挙げられている(Salazar-Xirinachs 2021: 269-270)。
2018~22年もPAC政権となったが、そのアルバラド政権下で財政はさらに悪化し、2018年に債務残高はついにGDP比で50%を超える見込みとなった。そのようななかで、ついに与野党(PAC、PLN、PUSC)のあいだで財政改革に関する根本的な合意が得られ6、厳しい財政規律策を含む「財政強化法」が国会で可決され成立したのである(表2)。2021年3月には、アルバラド政権が17億7800万ドルの融資と引き換えに財政収支の数値目標を設定する趣旨の協定をIMFと結び、これも与野党の賛成で可決された7。

(出所)ECLAC (2012; 2014; 2020; 2021), BCCR (2018; 2021; 2022), Estado de la Nación Estadísticos (2022年10月29日閲覧), Instituto Nacional de Estadística y Censos (2022年9月6日閲覧), Ministerio de Hacienda (2022年10月24日閲覧) をもとに筆者作成。

(注)GDP成長率を経常支出の増加率の上限としたうえで、前年の債務残高のGDP比に応じて、経常支出の増加率を決定するという趣旨。
2022年選挙における財政改革の争点としては、第一に、すでに成立している財政規律の適用範囲であった。財政規律の適用範囲については、主要政党の公約では、与党PACをはじめ、PLN、PUSC、PPSD、PLP、NRらが大なり小なり、財政規律の遵守を掲げていたのに対して、断固反対は左派のFAのみであった(PAC 2021: 76; PLN 2021: 87; PUSC 2021: 9; FA 2021: 14; PPSD 2021: 6; PLP 2021: 15; NR 2021: 41)。
もうひとつの財政改革の争点は公務員の給与体系を改める「公務員基本法」であった。これは決選投票の選挙戦のさなかに国会で審議が進められた。PPSDのチャベス候補は「もし国会で可決されても自分なら拒否権を発動する」とアピールした8が、PLNのフィゲーレス候補は第一回投票の前までは同法の可決に賛同しておきながら、決選投票になってから「修正が必要」と主張するなど迷走した9。結局同法は、PAC、PLN、PUSC、RNなどの賛成で決選投票前の2022年3月に国会で可決された10。
また、財政改革に並ぶ争点となった汚職については、各政党が対策を公約に盛り込むなか、PACとPLNに対しては有権者の厳しい視線が注がれた。PACについては、前のソリス政権時の2016年であったとはいえ、PAC政権下で国立銀行から巨額の不正融資がなされた汚職事件「セメント事件」が取り沙汰された。またPLNについては、2021年に公共事業をめぐり巨額の賄賂を受領した疑いでPLN所属の市長らが逮捕されるという「ディアマンテ事件」も注目を浴びた11。
チャベスの勝因については、まず、フィゲーレス側の問題として、元大統領ということで知名度は抜群であったが彼を嫌う有権者も非常に多く、フィゲーレスの不人気に助けられたと指摘されている12。またフィゲーレスがPLNの候補であったことも、チャベスと対峙する候補としては旗色が悪かった。国会では少数政党にすぎないPACのアルバラド政権が財政改革を実行できたのは、国会の最大会派である野党PLNの協力があったからであった。この与野党の協力は「明文化された連立協定は存在していないが、ケース・バイ・ケースで両者が協議する」という「機能的合意」(PEN 2021: 56)あるいは「事実上の連立」(PEN 2019: 50)と呼ばれている。財政改革に対しては公共セクターの労働組合を中心に激しい抗議行動が繰り広げられていたが13、「機能的合意」に参加している政党の候補であるフィゲーレスは、その批判の矢面に立たされたのである。
さらに、チャベスの「外交辞令を言わない」「ストレートなものの言い方」、そして「一見わかりやすいメッセージ」が有権者に受け入れられたともいわれている。印象的なエピソードとして挙げられるのが、フィゲーレスとチャベスが対峙した、ある討論会での出来事である。司会者に「大統領に就任したら最初の3ヵ月に優先する法案はどのようなものか」と聞かれ、フィゲーレスは教育や経済、治安、住宅補助などバランスよく答えたが、チャベスは「第一に汚職対策法案、第二に汚職をみてみぬふりをした者を罰する法案、第三に汚職を告発するコスタリカ人を励ます法案、第四に汚職の抜け穴をなくす法案」と答え、「汚職」という言葉を連発して視聴者には強烈なメッセージとなった14。
この「汚職」攻撃は、チャベスの言うところの「権力者」批判の一環であったが、チャベスの批判対象は政治権力をもつ既成政党だけではなく、経済セクターもその対象であり、「高い物価を維持して儲けている」との言説を繰り返して規制緩和を訴えた。これは、コスタリカの発展の恩恵を受けておらず貧困に苦しみ、現状に不満をもつ人たち、とくに首都圏と区別され「沿岸地域」と呼ばれる地域に住む人たちを意識した行動であった15。

写真 2022年のコスタリカ大統領選挙に勝利したロドリゴ・チャベス(2022年4月3日、ロイター/アフロ)。
前述のとおり就任時のチャベス大統領の支持率は67.6%と、過去20年の政権のなかでは圧倒的に高く、コスタリカの有権者のチャベスに対する期待は非常に大きい。では、チャベス政権が直面している課題はどのようなものなのだろうか。
2022年5月8日の大統領就任演説でチャベス新大統領は「古いやり方」の放棄を訴え変革を宣言した。雇用の創出、生活コストの削減を約束するとともに、不必要な官僚主義や規制を撤廃し、公務員に対して権力の乱用や特権の利用には「容赦しない」と警告を発し、また麻薬マフィアや犯罪組織に対して「ほかの土地を探せ、休戦はしない」と挑発ともとれるような発言をするなど、「チャベス節」は健在であった(Chaves Robles 2022: 10-17)。そもそも、大統領就任式を、通常の国立スタジアムで開催せず「費用を節約するため」16として国会議場で行ったことが、チャベス新大統領の、慣例・前例にとらわれない姿勢を表している。以下では、チャベス新政権の顔ぶれと就任100日間の手腕を分析するとともに、より中長期的な政策について検討する。
(1)新政権の顔ぶれと与党PPSD
2022年5月8日に発足したチャベス新政権の顔ぶれは、官僚出身や別の政権での閣僚経験をもつ人物がほとんどで、「テクノクラート内閣」と評される17。大統領自身が国際畑のエコノミストであり、アルバラド前政権では7カ月間だけ財務大臣を務めている。しかし前述のとおり、与党PPSDは結成から4年しかたたない段階で政権を担当することになり人材不足は否めない。したがって、政党に関係なく人材を登用するのは自然なことといえるが、政権の「顔」であるはずの大統領府大臣でさえ、自前のPPSD党員ではなく別の政党から大統領に立候補していた人物が任命された。また経済政策を担うチームは、これまでに自由貿易協定の締結を支えてきた官僚や経済の自由化を推進してきた専門家から構成されており、「ネオリベラル」と評されている18。
その「ネオリベラル」的性格は、2022年6月にチャベス大統領が「太平洋同盟」への加盟を再開すると表明したことにさっそくあらわれた19。「太平洋同盟」はメキシコ、コロンビア、ペルー、チリという、自由貿易に積極的なラテンアメリカ4カ国が互いに協力する枠組みであるが、経済自由主義に反対の立場をとるPACのソリス政権が発足してからは加盟手続きがストップしていた。「太平洋同盟」への加盟を加速させることは、チャベス大統領がPACとは異なるということを印象づけるものである。
(2)就任100日間の政策
チャベス大統領は就任から100日のあいだに、次々と自身の政策を実行した。第一に、前政権で進められていたさまざまなプロジェクトの中止である。首都圏鉄道網整備計画は脱炭素計画の一環としてアルバラド政権で推進されていたが、「金がかかりすぎる」との一言で中止された。また、代替エネルギー開発として進められていた水素エネルギープロジェクトも「一部の人たちの利益にしかならない」として中止した20。
第二に、生活コストの削減策の実行である。まずは、大統領に就任して数時間のうちに、コスタリカ電力公社(ICE)の経営の透明性を強化する大統領令を発出したが、これは電気料金を経営努力で引き下げさせるためである21。また医薬品の価格を引き下げさせるために医薬品販売の独占を改める大統領令を発令した22。さらに主食であるコメの価格引き下げを狙って、コメの輸入関税を引き下げるとともに、国内の価格統制を緩和する大統領令も発令した23。これらの政策は、いずれも選挙運動中にチャベスが実行を約束していたものであった24。
このようなチャベス大統領の「有言実行」の姿勢が評価され、就任100日を迎えた時点での支持率は79%を記録し、就任直後の支持率を上回った25。当面のあいだ、有権者の心をつなぎとめることはできたが、より根本的な変革のために支持が必要とされる国会はどうなのだろうか。
(3)国会運営
チャベス政権の発足に先立って、国会では2022年5月1日に国会役員を選ぶ投票が行われた。その結果、議題選びや審議日程の作成に大きな力をもつ国会議長には、第一党のPLNからロドリゴ・アリアス(Rodrigo Arias)が選出された。彼は1986~90年と2006~10年の二期にわたって大統領を務めたオスカル・アリアス(Óscar Arias)元大統領の弟であり、PLNの重鎮である。その他の国会役員では、副議長はNR、第一書記はPUSC、第二書記がPPSD、書記代理がPLPの議員となった26。このように、与党PPSDは国会で所詮は第三の勢力であることが改めて示される結果となった。
ほかにもチャベス政権にとって国会運営の問題となり得るのが、与党PPSDの経験不足である。前述のようにPPSDは2018年に創設された新しい政党であり、党としての政策立案や国会での折衝の経験はまったくない。加えて、新規政党としてPPSD議員らが、どれだけ団結して事に当たることができるのかも不透明である。PPSDの国会でのトップ(日本の「国会対策委員長」に当たる)は、有名な元ジャーナリストで、チャベス同様PPSDという「タクシー」の「乗客」として国会議員に選出されたピラール・シスネロス(Pilar Cisneros)である。チャベスにしてもシスネロスにしても、PPSDにとっては「外様」であり、党員の支持を得ているとは言い難く、いつまでPPSDの10議席を頼みにできるかわからない。実際に、2022年2月の大統領選挙第一回投票の直前に、チャベスの選挙資金に違法な点があるとしてPPSDの古参党員らが告発したり、同じく古参党員らが、大統領決選投票では対立候補フィゲーレスに投票すると意思表明したりする一幕もあった27。
では、アルバラド政権で財政改革を成功に導いた与野党の「機能的合意」の行方はどうなのか。本稿執筆時点では、2023年予算をめぐり対立し、連日新聞を賑わしている28。しかし、「フォーマルな形での連立はなくとも、ケース・バイ・ケースで交渉して対処していく」のが「機能的合意」である(PEN 2021: 56)ため、このような対立もコスタリカ政治のお馴染みの光景であるのかもしれない。
以上が発足直後のチャベス政権のこれまでの成果である。しかしチャベス政権の真価が問われるのは今後、財政改革を続行して経済的破綻を防ぎつつ、いかにコスタリカ福祉国家を維持していくのかということである。次に、より中長期的な政策についてのチャベス政権の姿勢を検討する。
(4)中長期的な開発戦略
中長期的な開発戦略として、ここでは財政の健全化政策、経済成長策、格差の解消策の3つを取り上げる。まず、財政の健全化であるが、アルバラド政権で再開された、対内債務の対外債務への転換は、チャベスも引き続き行おうとしている。前政権で国会に提出され、減額されたうえで承認されたユーロ債に引き続き、再度60億ドルのユーロ債発行法案が国会に提出されたが、本稿執筆時点ではまだ承認されていない。チャベス大統領は、ユーロ債発行によって得られる資金はすべて債務の返済に充てるとしている29。
また、2022年8月にはチャベス大統領が国立銀行であるコスタリカ銀行(Banco de Costa Rica)とコスタリカ国際銀行(Banco Internacional de Costa Rica)を売却すること、また、同じく国立の保険会社である国立保険公社(Instituto Nacional de Seguros)の49%を売却する方針を示し、売却益は債務の返済に充てると述べた30。コスタリカ銀行の売却益だけでGDPの2.7%から3%になると見積もられているが、今のところ、野党の同意が得られるかどうかはわからない31。
しかし、チャベス大統領は財政の健全化とは反対のことも行っている。翌月の2022年9月になって、アルバラド前政権が出していた、支出を厳しく抑制する大統領令(2021~25年に適用)を破棄したのである。また、2018年に「財政強化法」の一環で制定された「財政規律」については、「適用例外」をつぎつぎに発表し(閣僚給与の100%引き上げを含む)、会計検査院やIMFが懸念を表明する事態となった32。
つぎに経済成長政策についてみてみよう。PAC政権に引き続き、チャベス大統領は経済成長戦略として、外国投資と観光客の誘致を続けていくことを就任演説で明らかにしている。加えて、効率化(手続きの簡素化)などで行政を合理化してビジネスのコストを下げることも、経済成長につなげていこうとしている(Chaves Robles 2022)。前述のように、生活コストを下げる施策もビジネスのコストを下げる施策であり、チャベス政権からみれば、すでに対策を取り始めているといえる。
またチャベス政権がPAC政権とは異なって積極的に自由貿易を促進していく姿勢を明らかにしているのは前述のとおりである。太平洋同盟に加えて、2022年8月には、チャベス大統領が「環太平洋パートナーシップ協定」(TPP)への加盟を申請すると表明した33。しかし、それ以上の経済成長戦略については不透明で、これまでの政権の政策や、選挙キャンペーン時の他の候補とあまり差はない。道路建設などの経済インフラ整備についても、公約には掲げているものの、一部の民間セクターから提案されている、北部における160億ドルに上る「陸の運河(Canal Seco)」計画については否定的な反応を示しており34、やはり具体的な経済成長戦略はまだ不明である。
次に、格差の解消のための施策についてはどうだろうか。2022年選挙において、チャベスが貧困地域で優勢であったことはすでに指摘したとおりだが、本稿執筆の2022年10月末時点で、チャベス政権は社会政策としてはとくに政策を発表していない。コスタリカでは政権発足の年の11~12月に開発政策(Plan Nacional de Desarrollo)が発表されることが慣例となっている。チャベス政権の開発計画については現在作成中との報道があり35、それがPAC政権のものを踏襲したものになるのか、あるいは大きく路線を変更したものになるのかが気になるところである。
本稿では、2022年のコスタリカ国政選挙に、PAC政権のもとで進められた財政改革が及ぼした影響と、これまでのチャベス新政権の政策を検討した。初の非伝統政党政権としてPACへの有権者の期待は大きかったが、粛々と財政改革を行うPACや、それを支援する伝統政党などの野党は有権者の厳しい審判を受ける結果となった。チャベス新政権はこれまでのところ、単純な「右—左」軸におさまる政策をとっているとはいえず、独自の政策を模索しているように見受けられる。
チャベス大統領が決選投票を制した直後、スペイン語版のBBCはチャベスを「ポピュリスト」として紹介した。選挙戦では「対立的(confrontativo)」な姿勢を貫き、権力を握ってきた伝統政党を強く批判したからである36。コスタリカ元大統領でエコノミストのミゲル・アンヘル・ロドリゲス(Miguel Angel Rodríguez)は、「ポピュリスト」というのは、対立的な姿勢で既成の権力を批判するだけでなく、代表民主制の法的制度の欠如または軽視によりカリスマ指導者がパーソナルに統治しようとすると説明しており(Rodríguez 2011: 33)、コスタリカでは概してネガティブな意味で使われる言葉である。はたしてチャベスはポピュリストなのだろうか。
チャベス大統領がとっている、既得権をもつ人たちから特権を奪おうという姿勢は、それが公務員給与の抑制や、独占の撤廃などの構造改革につながり、経済の自由化を求めるネオリベラル派や新しい企業家集団である「新エリート」(尾尻 2014)には受けがよいと推察される。また構造改革による物価引き下げが実現すれば、貧困層にも受け入れられるだろう。
問題は、中間層である。コスタリカの中間層というのは、まさに福祉国家によって恩恵を受けてきた人々であり、30万人いるとされる公務員もそれに含まれる。これら中間層が望むのは、ひとえに「福祉国家の維持」である。チャベスは選挙運動で公務員基本法に反対を表明し、IMFとも再交渉を主張するなどしてうまく立ち回った。しかし公務員をはじめ、中間層に犠牲を強いる政策がとられなければ、コスタリカでは1980年代の債務危機の再来となるかもしれない。
コスタリカはポピュリストというオプションを回避して、なおかつ福祉国家を維持できるのか。チャベス大統領の手腕が問われている。