2023 年 40 巻 1 号 p. 79
本書は、2000年7月に「新版世界各国史」シリーズの26巻目として刊行された『ラテン・アメリカ史Ⅱ』(以下、「原著」)のブラジル部分を抽出し、名古屋外国語大学教授の鈴木茂氏が補足・修正したものである。原著のブラジル部分を執筆したのは、初期のアジア経済研究所(1960~70年代)の研究員で、その後国立民族学博物館名誉教授などを務め、2011年に逝去した山田睦男氏である。本書は、山田氏と鈴木氏の共著書として刊行された。
原著のブラジルの記述は、植民地時代から始まる。本書も第1章は「植民地時代のブラジル」と銘打たれているが、原著と異なりヨーロッパ人到来以前の歴史にも言及している。また、原著の刊行後に迎えた21世紀のブラジルについても、第4章の終盤や第5章で取り上げており、本書が持つ付加価値のひとつである。21世紀の激動のブラジルと、それまでの歴史的背景が本書ではコンパクトにまとめられており、同国の波乱万丈な歴史の流れを概観するには適した一冊である。
原著では、原語の単語の区切りに合わせて「・」を多用しているが、本書では使用を極力避け、日本語としての読みやすさを重視している。構成の面では、時系列を保ちながらも時代ごとのポイントを押さえた原著の長所を引き継いでいる。また、原著で少なからずみられた「(大統領名)政権」とその時期のみが記載される小見出しの多くが、本書では時代の事象を端的に追記した明解なものに変更された。例を挙げると、原著の「サルネイ政権(一九八四年三月~九〇年三月)」という見出しが、本書では「サルネイ政権と民主主義体制の再生(一九八四年三月~九〇年三月)」というものになった。原著の利点の継承と適切な補足・修正を織り交ぜることで、ブラジルおよびポルトガル語に馴染みがなくても難なく読めるよう配慮が施されている。
ただ、必要な補足がなされたとはいえ、詳細さに欠ける部分があるのは否めない。これは通史の宿命ではあるが、だからこそ原著のように巻末に参考文献の一覧があれば、読者に芽生えるブラジル史に対する関心や向学心を補完でき、本書の特徴をより生かせたのではないかと感じる。他方、本書と同じく“Yamakawa Selection”として先に刊行された各国史や地域史に参考文献リストがない様子から、このシリーズの制作方針としてあえて載せないことになっているのかもしれない。前述のとおり、原著の参考文献がカバーする範囲には限りがあるが、その範囲では有用なものである。詳しく調べたいことがあれば、原著の参考文献一覧に立ち戻りながら読み進めるのも、ブラジル史のより深い理解につながるのではないだろうか。