ラテンアメリカ・レポート
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資料紹介
谷口智子 編 『タキ・オンコイ 踊る病―植民地ペルーにおけるシャーマニズム、鉱山労働、水銀汚染』
村井 友子
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2024 年 41 巻 1 号 p. 76

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タキ・オンコイは、スペイン統治下の16世紀ペルーのワマンガ地方(現在のアヤクーチョ県)の水銀鉱山で起きた先住民の反乱の名称である。1560年代から70年代にかけて起きたこの反乱は、水銀鉱山の強制労働に駆り出された先住民たちによる、反スペイン的な宗教運動、鉱山ストライキ、サボタージュで、スペイン植民地支配に対する抵抗運動であった。タキ・オンコイは「踊り病」とも「歌い病」とも称され、運動の参加者たちが憑かれたような表情で踊り、震え、歌い、奇声を発していた。本書は、この「踊り病」が、鉱山労働の水銀中毒が原因で発症したとする「タキ・オンコイ水銀中毒説」を、歴史学、医療人類学、環境化学、宗教学の立場から検証している。

第一章では、宗教史における人類と水銀の関係、アンデスにおける鉱山や岩石の聖性、水銀とシャーマニズムなどを論じ、第二章では、ローマ時代から20世紀まで続いたスペインのアルマデン水銀鉱山における水銀中毒を歴史的に考察している。

第三章では、タキ・オンコイにおける牧畜儀礼とシャーマニズムと水銀中毒の可能性について論じ、第四章では、医学的な観点から16世紀のさまざまな史資料にみられるタキ・オンコイの水銀中毒とその症例分析を行っている。さらに第五章では、アフリカの事例などから水銀中毒の症例を分析し、タキ・オンコイにおける水銀中毒の可能性について論じている。

第六章では、タキ・オンコイにおけるシャーマニズムと民族芸能「ハサミ踊り」の関係について論じている。筆者は、スペイン植民地政府が、鉱山開発と先住民の命(労働力)を天秤にかけ、鉱山開発を優先するなかで、逃げ場を失った先住民がシャーマンであるハサミ踊りの踊り手の憑依に世界の聖なる秩序の回復を託したと解釈し、このハサミ踊りの表現に、タキ・オンコイの片鱗を見出すことができると述べている。つづく第七章では、プレ・スペイン期に、鉱山労働に携わる先住民は「聖なる仕事に携わる者」であったが、植民地政府の支配下に、「奴隷のような賃金労働者」へと変容していった過程を検証している。第八章では、人の血や脂肪をとって殺すアンデスの吸血鬼ピシュタコのイメージの形成過程を植民地期以降の記録から検証し、このピシュタコのイメージがタキ・オンコイにおける水銀性悪液質の症例に似ていると論じている。

タキ・オンコイの全容解明には資料的制約があり、タキ・オンコイ参加者や鉱山労働者の遺体や骨などの物証はみつかっていない。決定的な物証がなく、限られた資料の解釈からではあるが、本書は、スペイン植民地支配下にあった16世紀ペルーの歴史的真実に迫る意欲作である。

 
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